揺らめくのは色彩



13

 よく解からない。
 ゲオとノイノイの話は何だか難しかったから聞いてなかったんだけど。突然ゲオが泣きそうな色してるし、ノイノイはぐるぐるになってるし、ヘズちんはゲオに撃たれたのにぴんぴんしてるから、大人の遊びなのかなって思ってたのに。
 思ってたのに、ゲオの色は消えそうだ。
 解からないまま、わたしはゲオに駆け寄る。
 見るとゲオのお腹の横が大きく窪んでる。
 そこからゲオの内側の色が、優しい色が抜けて出てゆく。
「お返しだよおっさん。人の台詞を遮りやがって。いきなり撃つか普通」
 ヘズちんが今は淡い赤色で、楽しそうに喋ってる。
「質問に答えてなかったな。よく聞けよノイリス。俺の本名はヴァッツァー=バイオ。知ってる奴には<鋼鉄(シュタール)>のヴァズって呼ばれてるな。職業はフォースだ。忘れんなよ」
 ノイノイは何も喋らない。ぐるぐるがさらに早くなっていくみたい。
 ヘズちんは構わないで喋りつづけてる。
「ったく、命令だから仕方ないけど、使い慣れない武器はやっぱ駄目だな。双剣ってのは派手さに欠けるし、なによりこう、なんだ、いっぺんに片付けられないのが問題だな。やっぱ、使い慣れた相棒に限る」
 そういって、懐から何かを出してる。長方形の薄いものなのに、それは危険な色を帯びていた。
 ゲオをこんなにしたのはヘズちんだ。ヘズちんなんだ。
「まあ、おっさんの始末と、ユキちゃんの確保と、軍部の動きと、全部把握できたからいいさ。ばっちりお勤めは果たせそうだ。ついでに結構楽しめたしな。ノイリス、あんたもいい腕してる。あとは割り切りと、手加減しないことだな。無意識でもしちゃ駄目だ」
 ひとしきり言うと、ヘズちんは笑い出した。
 ゲオはまだ息がある。
 ゲオがハンドガンを撃った。全部紙で弾かれる。
「甘いよおっさん。俺は防御力なら組織一だと覚えとけ。<鋼鉄>の二つ名は伊達じゃないぞ」
「ユ…キ。……逃げ……ろ」
「俺がきちんと保護しといてやるよ。能力者の扱いはお手の物だからな。まあ、色で見える程度の能力、何に使うか知らんけどな」
 ゲオが、ゲオが消えそうだ。
 父さんと一緒だ。
 ヘズちんが近寄ってくる。  みんなヘズちんが悪いんだ。こんなことして、ゲオが死んだら、誰も代わりにならないのに。ヘズちんなんかに、ゲオの真似なんかできっこないのに。
 刀を振る。ヘズちんの足元に。今なら油断している。
 お仕置きしてやらなきゃいけないんだ!
 ――硬い?
 なぜか弾かれた。ズボンしかはいてないのに、ズボンが切れない。
「痛いよユキちゃん。硬質化の能力つっても、打たれる痛みまでは取れないんだから、止めてくれよな」
 ヘズちんが言いながら三歩後ろに下がり、そして腕を振るう。
 符がゲオの足に張りつき、
「怨」
また爆裂した。足が、ゲオの右足が吹き飛んでる。
「やめろ!」
 ノイノイの叫び声。床に崩れてる。
「道化は黙って主役を引き立てな。それが道化の美学ってもんだろう」
 何でこんな事をとか、それはどうでもいい。
 許せない。許せない。こいつは絶対に許せない!

 瞬間、世界が切り替わった。

 目の前でヘズが符をノイノイに放とうとしているのが解かる。
 後ろでノイノイはテクニックを放とうとしているけど、間に合わないのが解かる。
 色の流れが、気持ちの行き着く先がなぜか解かる。
 ヘズちんの気が伝わってくる。ずっと快。そして楽。
 ノイノイの気が伝わってくる。驚、哀、そして怒。
 なら、わたしは何色なんだろう。わたしの中には、どんな気が流れているんだろう。
 解からない。解からないなら、出してみればいい。
 父さんたちが死んでから、ずっと吐き出したかったものを、母さんの刀にのせて放つ。
 ゲオは包んでくれた。
 ヘズちんが代わりになるというのなら、
「受け止めて見せてよ!」
 わたしは斬撃を放つ。


14

「受け止めて見せてよ!」
 唐突なユキの声の意味を、ノイリスは理解しきれない。
 ヘズの――ヴァズが本名らしいが――その視線は愉快さそのものだ。
 自分は疲労している。だが、集中を始める。
ユキが斬撃を放つ。ヘズに向かって。だが届く距離ではない。
「何を……」
 嘲りの声音。顔前に構えた符を、こちらに放とうとしている。
 瞬間、二枚の符は真中から断ち切れた。
「なっ!?」
 うって変わって驚愕の声。だがそれはノイリスには届いていない。
 残りの力を全て注ぐ。脳の回路が焼ききれんばかりの複雑な構成。
 思い描くのは白。断罪の光だ。
「滅!」
 決して外れない光が、ヴァズを捕える。放ったテクニックは完璧な威力とは言えないが、それでも人に使っていいようなものではない。
「……こりゃ、本気でやばいね」
 窮地にあって、どこか愉快そうな声。
 そして光が、溢れて。
 ――弾けた。

 薄れ行く視界の中にあって、ノイリスの耳に聞こえる声がある。
「……対人相手に<光の柱を使うとは、いい割り切りだよノイリス。ユキちゃんも発展途上か。面白いな。実に面白い」
「うるさい! お前なんか死んじゃえ!」
「へぇ、君は覚醒すると緑色の眼になるんだな。まったく、色々あるね」
「逃げるなぁ!」
「また会うさユキちゃん。俺は君の保護者なんだから」
 笑い声。怒号。
 そして暗転。


15

 目覚めると、全てが白かった。
 ノイリスは自分の体を確認する。全て動かないが、なんとか五体は満足のようだ。
 意識が覚醒したと同時、右肩に痛みが復帰してくる。
 たまらずうめき声が漏れる。
「ノイリス!? ……ドクターを呼んで下さい!」
 聞き覚えのある声。ミリニアだ。駆ける足音も聞こえた。
 おそらくメディカルセンターに自分はいるのだろうと、ノイリスは判断する。
「ノイリス、喋れる? 今医者が来るからね」
 乾燥して張りついた喉では声も出せない。仕種で気がついたのかミリニアが水を軽く注いでくれる。
「……私、どれくらい寝てました?」
 ノイリスは聞く。
「えーっとね、運び込まれて丸一日。あんまり心配させないでよ」
 ミリニアは安堵の表情。そして、当然の疑問を投げかけてくる。
「それで、何があったの?」
 問われて、少しの間沈黙する。
「何だったんでしょうね……」
「聞いた話だと、あなたは意識を失ってて、女ハンターにここへ運び込まれたらしいわ。右腕はボロボロだわ精神力は使い果たしていたわで、大変だったらしいの。同時に危篤患者も運び込まれてたから病院はてんてこ舞いだし、訳が解からない。お父さんの昔の知り合いに話を聞きに行くってだけのはずだったじゃないの?」
 ミリニアは矢継ぎ早に質問をしてくる。だが、ノイリスの疑問は別のところだ。
「……ユキさんは? 青い目をした、黒髪で小柄な女性の……」
「その女ハンターが、ユキって名前だったらしいけど……。聞いた人は緑の眼が印象的だったって言ってたから別人かなぁ?」
「……ゲオジルクさんは、生きているんでしょうか……?」
「その人一人だったらしいから解からないなぁ……。いいわ、今は混乱してるだろうし、あとで落ち着いてから教えて。こっちも収穫があったの」
 ミリニアがそう言うと、調度よく医者が駆けつけ、簡単にチェックをすませていく。
「早く良くなってね」
 ミリニアはそう言うと病室を出て行った。
 ノイリスは鎮痛剤を投与され、精神疲労からそのまま深い眠りへと落ちていく。意識が闇に完全に落ち込む前に、ノイリスはミリニアの言葉を思い出す。
(混乱している? 私は正常ですよ。ただ、事態の外にいただけ……それだけなんでしょうね……)
 闇は、何も答えてくれなかった。




第三話 完

間奏

 パイオニア2の夜。電飾の街並みを見下ろすビルの屋上。
 そこに二つの影がある。
 一つは背丈のある人型のもので、その骨格から男のものであると推測できる。
 一つは夜の闇よりもさらに深い、まさに漆黒を体現する闇そのもので、形がようとして定まらない。
 闇が音を放つ。美しい旋律の、女性の声だ。
「軍部が遺跡深部に到達したわ。ハンターズのトップクラスも、調査に乗り出しているみたい」
 その声質は魅惑的ですらある。
 対する男は答えない。その声に何も感じていないかのようだ。
「近く遺跡で『WORKS』が極秘に大きな作戦を行なうようよ。例のM計画かしらね。あなたの組織は能力者確保に忙しいから、沈黙を通すみたいね。軍部のあの連中は、どう動くかは解からなかったわ。この事態の動き。まるで、ゾーク=ミヤマの死によってバランスが崩れてしまったみたい……」
「……彼は偉大な英雄だった」
 男が声を発する。その声は年を重ねた重みと、若さのバランスをぎりぎりの所で保っているようである。
「あの遺跡は全てを呑み込む。まさに地獄よ。戦士たちは次々と倒れていっている……。英雄でも例外は無い」
 女性は淡々と告げる。
「君らへのバックアップは惜しまないよ。君の情報は信頼がおける。また機会があれば取引をしよう」
 男がこれで会話は終わりだというように、踵をかえし闇から離れようとする。
「もう一つ、おまけで教えてあげる」
 女性が引き止める。その声には効し難い魔力が伴っていた。
「あなたの娘さん、まだあなたのこと探っているみたいよ」
 一拍の沈黙が流れる。男は振り返らない。
「……知っているよ」
「会いに行ってあげないの? 少佐」
 女性が挑戦的な声音を送る。男はただ黙って歩き出す。
 女性は蟲惑的なため息を吐くと、夜の中へと解けて消えた。
「知らない方が良いこと。この世にはそれしかないのか――」
 男の呟きは、誰にも聞こえない。





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