咲き誇るのは花々





 街は様々な音に支配されていた。
 人々の喧騒。賑やかな呼び込みの声。時折治安部のサイレン音と、それをかき消すように祭典を祝う音楽が其処彼処で流れている。
 大通りは人々でごった返していた。祭りに参加している皆が皆、これほどの人がパイオニア2にいたのかと思うほどだ。屋台や的屋が軒を列ね、通りに吊られた淡い明かりだけが街を彩っている。
「すばらしい光景ですねギイス」
 ランディが、無機質な声のまま感動していた。
「観て下さいあの人々の表情、生き生きとしています。心拍数の平均値もかなり高いですよ」
 ランディはさまざまなものに目をやり、その一挙手一踏足に反応していく。
「バナナチョコ五千メセタはいただけませんね。いくらなんでも法外です」
「……疲れた」
 ギイスがポツリと呟いた。
「どうしました? 調子でも悪いのですか?」
「……昨日から寝てねーんだよ。それに、さっきどっと疲れが出てな」
「それはいけませんね。ああしかし、祭典も捨てがたくはないですか?」
 逡巡するランディに軽く驚きを覚えてから、ギイスは苦笑混じりに言った。
「いいよ、一人で帰れるから。お前だけでも行って来ればいい」
 ランディはしばし停止。後ろにいた子どもがぶつかって泣き出したが、すぐに人波に飲まれてうやむやとなる。
「……よろしいのですか?」
「気負うことじゃねえだろ。ほら、行ってこいって」
「そうですか。では、お気をつけてお帰り下さい。事件のことはまた明日にでも」
「ああ、じゃあな。間違って子どもを踏み潰すなよ」
 言うなりギイスは家路につく。ランディはしばらくその背中を見送っていたが、やがて向き直ると人波へと消えていった。

(ランディのやつ、いつも人の事は小難しく考えてるくせに自分の欲求には疎いってんだから、わかんねー話しだ)
 ギイスは帰り道、疲れた足と頭を総動員で、一人考えながら歩いていた。
 ハンターズ専用区画内部に入ると、祭典の喧騒はかなり遠くなり、夜景に照らされる空の明るさだけが少し遠くに見える。
(どんなクエストからも必ず生還する<灰色の燕>が祭りに対してのあの言動。戦闘アンドロイドにしては感情が豊か過ぎじゃねえか?)
 ギイスは頭をひねり、眼を閉じて黙考しようかと立ち止まる。だが、頭を振ってまた歩を進める。
「……まあ、どうでもいいかぁそんなこと」
 ランディなんぞのことを考えるのは無駄だと判断し、家路を急ぐ。キャロルの店に寄ろうかとも考えたが、どうせ居ないか、居ても酒に付き合わされるだけだ。一直線に帰ることにした。
 やがて、赤い壁をした三階建てのアパートが見えてくる。この二階にギイスの部屋があるのだ。
「一ッ風呂浴びて、寝るかねぇ」
 そう言うと、なんだかもう一元気出てきたような気がする。ギイスは薄暗い階段も勢いよく駆け上がると、部屋目指して駆けようとした。
 ふと、ドアーの前にうずくまる人影を見つける。
「ギイス兄さん……?」
 人影の声は、彼にとって聞き逃すことの出来ない相手。何よりその声は、はっきりと自分を呼んでいる。
 人影が立ち上がる。
 廊下の電灯に照らされたそこには、予想通りの顔があった。
「フィル……久しぶりだな」
 年の頃なら二十より少し前。いや、確か今年で十八になるはずだ。はっきりとした輪郭に、丸く大きめな眼は黒。だがよく観れば、今その色は不安定に揺れている。パーマのかかったブラウンの髪が若さとあどけなさを引き立たせているが、その表情は真剣そのものであった。
「どうして――」
 わずかながら、声も震えている。感じ取ってしまった相手の動揺にギイスは内心舌打ちをしながらも、無言で相手の言葉を待った。
 罵詈も悪口も雑言も、全て受け入れるつもりだ。
 覚悟を決め、歯を食いしばり、相手から眼をそらさない。
 俺はもう逃げないんだ。
「どうしてちっともカッコ良くなってないの!?」
 ギイスは盛大にすっ転ぶ。
 ほぼ同時のタイミングで、宵の闇に緑のフォトン花火が浮かび上がった。
 ピンと張った弦をゆるく鳴らしたような、フォトンが炸裂する独特の音が響く。
「あ! 花火だ! 綺麗〜」
 そう言った後、フィルと呼ばれた女性は今気がついたという様子で、転んでいるギイスを見やった。
「兄さん、何でそんなところでコケてるの?」
「……3年振りだってのに、軽いなお前」
 ギイスがうめくように言った。起き上がりながら、フィルを見やる。
「だって、昨日も会ったじゃない。まさかもう忘れたの?」
 神妙な声音のギイスとは対照的に、フィルの声は明るい。表情は真剣なままであったが。
「そうそう、昨日はビックリしたんだからね! 非番で街に買い物へ行くつもりだったのに、いきなり凄い音が通りの向こうから聞こえてきたんだもん。兄さんのお友達のえーっと……ランディさんだっけ? 一応治安部に報告しに来てくれてたみたいだけど、今度からはきちんと路上を歩くように注意しといてよね! それと、兄さん未成年者を誘拐とかしてないでしょうね? 身内を逮捕するのは嫌だからね?」
 一気にまくし立てると、フィルはギイスの顔色をうかがう。ギイスは呆気に取られながらも、一応答えておくことにした。
「あれは誘拐じゃなくて、人探しのクエスト依頼だ。ランディの奴が軍治安部に言いに行っただろう」
「聞いてない。だって私、治安部配属じゃないよ?」
「はあ? 前に治安部だって言ってたじゃないか。たしか俺に銃を向けたときにもそう言ってただろ」
「だって目の前でとっても犯罪チックな事が行なわれているんだもん。とりあえず逮捕しなきゃって思ったら、ちょっと嘘出ちゃった。まさか、根に持った?」
 そう言ってはにかみながらも、フィルは悪気がなさそうにしている。
「……お前、何だか元気になったなぁ」
 ギイスは感慨深げにそう言う。その顔は、嬉しいような悲しいような、そんな顔色。
「パイオニア2に来る前に配属が変わったの。小さい部隊だけど、楽しい所なの。変わった隊長さんだし、前みたいに息苦しくないし」
「そうか……ここ最近はメールもろくにしていなかったからな」
「もう、ギイス兄さんは私のことなんて忘れてるのかななんて思ってたんだけど、どうなの?」
「なんだそりゃ?」
 ギイスが不思議そうに聞き返す。
「家のことは、もういいのかなってこと」
 フィルは再び笑顔を消していた。
 薄明かりの元、狭い廊下に二人は向き合っている。
 ギイス=ベルドーク。フィーリング=ベルドーク。
 代々続く名家ベルドーク家の兄妹として、産まれた二人。
 そして、ギイスは出奔した。妹を残して。
「もちろん、諦めたわけじゃない」
 ギイスは真顔に戻っていた。
 その眼は、臨戦体制のときのような、するどさを持つ眼差し――戦士の眼だ。
「母さんの仇は俺が討つさ。メールでも伝えてただろう?」
「……仇討ちなんて、母さんは望んでなかったよ」
 フィルが悲しげに呟く。目を伏せ、その表情は解からない。
 断続的に夜を裂く花火が、彼女の横顔を様々な色に染める。
「最近ね、私たちは家にこだわり過ぎてたんじゃないかって、思うことがあるの」
 フィルは先ほどまでの威勢も無く、弱々しく確かめながら言葉をゆっくり紡いでいた。
「兄さんが出て行くときに、母さんと一緒に、ついて行けば良かったんじゃないかって。苦労もするだろうけど、あの家にいるよりは、良かったんじゃないかって……そう思うことがあるの」
 ギイスは言葉を返せない。いや、言葉を待たなければならない。
 目の前の明るかった女性は、今自分の前でこその姿を見せているのだから。
「兄さん、パイオニア2に来てくれたのは、どうして?」
 フィルが、若干の明るさを取り戻した声音で聴いてきた。ギイスは澱みなく答える。
「親父やあいつの手が届かない所で、もう一度やり直したかったんだ」
「……嘘つき」
 フィルが言った。
「私に着いてきてくれたんでしょ? 昔っから動物でもなんでも、面倒見はいいんだから」
「ノーコメントだ」
「恥ずかしがり屋も変わらないね……良かった」
「何が良いんだよ?」
 ギイスは聞き返す。
「兄さんが諦めてなかったってこと。だって、あれだけ啖呵を切って出て行ったんだから、ハンターズになったなら、<赤い輪>のリコとかの英雄くらい強くなっててくれないと私も悲しいけど、それで兄さんが噂のキリークとか、別の人みたいになってたら嫌だもん」
「いや、さすがにそこまではちょっとつらいが……」
「だから、無理に仇を討とうなんて考えないで。これから兄弟で、仲良くやっていけばいいでしょう? ここだったら兄さんの言う通り、家の、お父さんたちの手は届かないんだよ」
 フィルがギイスを見つめる。その眼は試すようであり、諭すようでもある。
「それだけは……やっぱ譲れねえな」
 気がつけばいつの間にやら、花火も終っているらしかった。フォトン花火の発生音が聞こえてこない。
 ギイスは言ってから間が持たず、ふと空を見上げる。フィルもつられて空を見た。言いたいこと、話したいことは山ほどあるはずなのに、お互い言葉が出ない。
 瞬間、夜空が赤く花開く。
 咲いたのは、夜空を裂く巨大な赤の輪。
 もはや帰らぬ英雄を悼むかのように。命の繋がりを示すかのように。
 一拍置いて、フォトン花火とは比べ物にならない轟音が居住区に伝わっていく。
「な、なんだぁ!?」
「火薬花火だ……作戦うまくいったのね……」
 連続で点の叫びを轟かせながら、火薬花火は祭典のフィナーレを飾るべく乱舞する。
 二人はしばし呆然と見とれていたが、やがてフィルは、眼差しを強めてギイスに向き直った。
「ねえ兄さん」
 フィルが呟いた。
「どうしても、仇を討つの?」
「……ああ、これは俺の意地だ。どうあっても譲れない」
「だったら、私を除け者にしないで。もう私だって、足手まといじゃない」
 力のこもった口調に対して、ギイスはフィルの眼を見返さない。
 ただ彩られる空を見ながら、ゆっくりと頷いた。
 フィルは大きく手を打ち合わせると、花火に負けない音量でギイスに叫んだ。
「そうと決まれば、今日はお祭りを楽しみましょ!」
「切り替え早すぎだろ……って、あれ? お前どうやってここを調べた? ハンターズ専用区画だろう」
 ギイスが疑問を浮かべて聞く。
「ランディさんだっけ? あの人に聞いたら教えてくれたよ」
「あの野郎、勝手に人に教えんじゃねえよ……」
 ギイスがうめく。フィルが、まあまあ、と言いながら楽しそうにギイスの肩をばしばし叩く。
「ねえそんなことより、昔本星であった花火大会のこと、覚えてる?」
 フィルが尋ねる。火薬花火は色鮮やかに移り変わり、余韻を残して消えていく。
「覚えてねーなぁ。いくつの時の話だよ」
「五歳くらいかなぁ。その時ね、お母さんが教えてくれたの。花火を見るときはね、元気になる魔法があるって」
「元気ねぇ……」
「花火に合わせて大声で叫べば叫ぶほど、その人に幸せを呼び込むんだってさ。一緒に唱えよう」
「幸せねぇ……なんか非合理な感じもするけど、まあいいや。ため息つくよりはましだろう」
 そういって皮肉げに笑うと、ギイスはフィルに向き直った。
「で、どんな魔法なんだ?」
「えっとね――」
 言いながら、フィルはギイスに魔法の言葉を耳打ちする。

 打ち上がる彩り豊かな火薬花火の数々は、人々の歓声と感興とそして感動をあおる。
 淡いで切なく、華やいで脆く、そして強く、儚く。
 夜空一面に咲き乱れる花々に、願いを託して…
「た〜まや〜〜〜〜〜〜!!!!」




第四話 完

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