彷徨うのは闇夜





(ミリニアさんは、そろそろ話が終った頃ですかね……)
 ノイリスは思い巡らす。
 時刻はすでに宵の口を過ぎ、夜がパイオニア2を包んでいる。彼がいるのはビルの屋上、昼間謎の男に昏倒させられた場所だ。近隣で最も高いから見える光景は、なお高い総督府の建物と、無闇を求めて空を切り裂くサーチライトだ。だがそれ故に闇はビルの間に広がり、光のあたらぬ場所の夜を確かなものにしている。
 一撃の下に倒れ、気絶したノイリスが目を覚ませば、目の前には昨夜出会った女性が居た。時刻はすでに夕方で、ノイリスが転がされていたのはビルの屋上ではなく、路地の裏であったが。
『奇遇ね』
 そう言って自分を介抱する仕種に嘘を感じながらも、ノイリスは話し掛けた。
『私に協力して欲しい。そうすればこちらも情報を提供するわ』
 シャフトと名乗った女性からそう持ちかけられて、ノイリスは話に乗った。女性が信用できるかどうかなど、もはやノイリスには関係が無かった。
 <鋼鉄シュタール>のヴァズ――
 知ることができるなら、会うことができるなら、なんだっていいと思える。
 そのためにしてきた努力は、ついさっき謎の男に打ち砕かれたばかりだから。
 けれどノイリスはただ一つ、ミリニアの言葉を思い出していた。
 ――相棒なんだし、応援しなきゃね――
 彼女に協力して欲しかったからか、それとも相棒としてのけじめをつけたかったのか、その時は解からなかったが、ノイリスはシャフトに、ミリニアも誘うように求めた。
 今でも、何故かは解からない。
 様々な話をした。ミリニアと組んで彼女の父親のことを調べていたこと。ヴァズと相対したときのこと。彼を――どうしてもこの手で倒したいこと。
『あなたがそれを望むのであれば、話してみましょう』
 夜になるまでは連絡しないでと言い残して、シャフトはミリニアの元へ向かった。
 一人になってノイリスは、再びこのビルの屋上にやってきていた。
 だが男はおらず、期待が外れたことに少しのショックを受ける。
(一撃でのされた相手に会えなくて残念がるなんて、本当にどうかしていますね私は……)
 自分は酷く間抜けなんじゃないだろうか。そう思う自分がいる。
 相棒を信頼せず、見ず知らずの女を信用し、自分の目的のみに生きる。
 そうまでしてやりたい事といえば、ただの意趣返しだ。
(ゲオジルクさんの事も、ユキさんのことも……結局は言い訳でしかないんですね)
 論理も理屈も飛び越えて、ノイリスはヴァズを越えたかった。そのために、自ら危険にも挑んでいたのに。
 謎の男の見せた圧倒的な技に、反応もできずにやられてしまった自分。再度打ち砕かれた尊厳。できればもう一度あの男に会って、何かを掴みたかった。
(意外と負けず嫌いだったんですかねぇ、私は)
 パイオニア2に乗る前の自分は、こんな考えをもつことも無かった。ただ生きていければそれで良かった。人からどのように揶揄されようと、危険を回避し、敵対せず、流されるようであっても生きていけるなら、それで良かったのだ。
 けれども、ミリニアと出会うことで産まれた、彼女をサポートするという目的。それは小さな変化だったが、今までに無いことだった。生きるために生きるのではなく、目的をもって生きること。そんな自分に気がついて感動すら覚えたものだ。
 だがしかし、敵わぬ存在はその生き方を脅かす。そして今、その目的すらも失いつつある。
(もう今の自分は、ミリニアさん無しでやっていくのは、きついんでしょうねぇ)
 その時、電子音が夜闇に響いた。
 耳慣れた音に、ノイリスは自分の通信用端末を見る。発信元は――ミリニアだった。
 わずかな間、ノイリスは止まっていたが、やがて回線を開くスイッチを押す。
 浮かび上がった画面には、ミリニアが映し出されていた。
「……はい、なんでしょう?」
『このアホたれーーっ!』
 ミリニアの怒号が屋上に鳴り渡った。あまりの音量にノイリスは耳が痛くなる。
「ちょっ、み、ミリニアさん、夜なのに声が大きいで」
『うるさい! 何勝手に話し進めてんのよ! 相棒でしょう!? 相談ぐらいしなさいよ!』
 声も、そして顔も、とんでもないくらい怒っている。そうノイリスは判断して、とりあえずなだめる為の言葉を紡ぐ。
「落ち着いて下さいよぉ。もうシャフトさんとは話したんですよね?」
『話しをしたからこうなってんでしょうが! 何なのよあの女は!? 勝手に人の心にずけずけ入り込みやがって自分は余裕しゃくしゃくで! おまけにすっごい美人だし。ふざけんじゃないわよ!』
 まさに<烈火>。
 その激高ぶりには、うかつに手をだせない。
『だいたいあんたもあんたよ!? なんだってあんな得体の知れない女の話を真に受けてんのよ! あたしは相棒じゃなかったの!? どうせ鼻の下びろーんってしながら聞いてたんでしょ! あー、もういいわ! 今から行くから。あんたどこにいんの!? 聞きたいことは山ほどあんのよ!』
「ミリニアさん、ちょっと話を聞いてください」
『こっちが聞くって言ってんでしょうが! 何があったのか知らないけどね、一人でうじうじやってるからいつまでたっても彼女の一人もできないのよ! ニューマンだからってね、恋人いる人なんて山ほどいんのよ? それがなによ! 人が手伝うって言った途端に村八分? あたしを舐めんじゃなわよ! もういい、今から殴りに行く。顔洗って歯食いしばって正座して行くまで待ってなさい――』
「ミリニアさん! 聞いてください!」
 真剣な声音にようやく少し落ち着いたのか、ミリニアが怒気をやわらげた。
『……なによ、人の話は聞かないくせに。アホたれ』
 画面の向うに少しだけうつむくミリニアを見ながら、やはり自分は馬鹿だと、ノイリスは感じていた。
 アホで馬鹿で、なおかつ人の話を聞かないのならば、本当に救いがない。
「ミリニアさん、能力者と呼ばれる人々のことを知っていますか?」
『あの女から聞いたわよ。でも、どんなのかは知らないわ』
「異常フォトンの影響や様々な要因によって、体内の生体フォトンが変質し、特殊な能力を得るに到った人たちのことを言います」
『それがこの話と何か関係があるの? あんた誤魔化してんじゃないでしょうね?』
 ミリニアの眉間に再びしわが寄り始める。だがノイリスは構わず続ける。
「その能力は千差万別で、身体能力が異常に強化された者から、異質な声を持つ者まで、様々あるそうです」
『だからそれが何の――』
「シャフトさんは、能力者だそうです」
 ビル風が、強く吹いた。
 帽子を飛ばされぬよう抑えながら、いつもの皮肉げな笑みを浮かべ、ノイリスはミリニアに告げる。
「彼女はその能力をつかって、能力を悪用する者たちの行いを止めようとしています。ミリニアさんも協力を求められましたよね?」
『ええ、でも内容までは聞かなかったけど……本当にそんな人間がいるの?』
 ミリニアは困惑の顔をしていた。ノイリスは、気遣うこと無く後を続けていく。
「彼女の目的は、私たちが森で遭遇したあの闇の怪物だそうです。あなたが行ったギルドへの報告を彼女が読み、偶然出会えた私たちに協力して欲しかったようです」
『……なぜ、彼女が怪物を狙うの? っていうか、私たちが協力する必要がどこにあるのよ?』
「狙う理由は、私も詳しくは知りません……でも、私の目的に協力してくれるというなら、シャフトさんの目的はさして問題じゃない。私の必要としている人がいて、代価に有益な情報をくれるというなら、私には断る理由が見つかりませんでした」
『だからって……』
 後の続かぬ、ミリニアの責め苦。それを受け止めて、ノイリスは言葉を紡ぐ。
「あなたが協力してくれると言ったことには、本当に感謝しています。元々は、私があなたに協力していたはずだった。それがいつの間にか、あなたのお陰で私は、楽しんでクエストを行うことが出来るようになっていた」
 そこで口の端を片方だけ吊り上げる、いつもの皮肉げな笑みを浮かべた。
「けど私たちは結局一人で生まれ、どこまでも孤独なんです。しかもニューマンは、いつ死ぬかも解からない。あなたとは、この孤独を共有することはできない――いや、するべきではないんでしょうね」
『……そんな簡単に……これだけ同じ時間を過ごしていたのに……共有できない? なによそれ』
 涙声になるミリニアに対して、ノイリスは言葉を続ける。
「私は、空っぽなんです。これまでは、生きる意味が見出せなかった。そして見出せたのに、それを忘れて……あなたの気持ちの変化に気がつかなかったんです」
『あの女となら、共有できるって言いたいの……?』
「……シャフトさんは異能者で、異端者。ひょっとすると私の危機を感ずる力も、彼女と同じ能力者としての力なのかもしれない」
 共感を感じていた。シャフトの活動と、その姿勢に。
 ミリニアは次第にうつむき加減が強まり、表情が見えなくなってしまった。泣いているのかもしれない。それでも必死に、単語でこぼれそうな言葉を、紡ごうとしている。
『私が……辞めるって言ったから? あなたの気持ちに気づかなかったから? どうしてそんなに、一人でなんでも解決しようとしちゃうの? 私たちはただ組んでいただけだって言いたいの?』
 疑問の応酬。けれどもノイリスには、優しさをもって答えうる言葉など無かった。
 代わりに一つの決断を紡ぐ。<道化>らしく、おどけた口調で。
「気づかなかったのはそれこそ、その程度の仲でしかなかったと言うことの証なんですよぉ。ミリニアさんは、新しい幸せを探して欲しいです。私の問題は、私の手で解決します。あなたは一刻も早く、こんなしがないハンターズの生活など忘れるんです。相棒ごっこも、もう終わりにしましょう」
『…………』
 風が止む。ミリニアの眼は悲しそうで、今も溢れそうだ。
 火は風に消され、風はどこまでも漂々と流れていく。
 ノイリスは、もはやミリニアを見ることはせず、最後の一言を放つ。
「さようなら、ミリニアさん。お幸せに」
 そういってノイリスは、通信を遮断した。
 画面が消失したのを見て、電源を切り、ため息を一つ。そしてその場に座り込む。
「道化は道化らしく、ですかね」
 ビル風の音にかき消されて、声は誰にも届くことは無い。
 ビルの谷間の闇は暗く、どこまでも深い。




『 ヴァッツアー=バイオについての情報。
外見的特長
 身長180cm前後。推定年齢20代後半。
 褐色の肌に、緑色のドレッドヘアーが特徴のハンターズ。
経歴
 パイオニア2乗船以前よりフォースとして到達者たるハイ・マスターであり、「呪符術」と呼ばれる特殊な技の持ち主。現在はある犯罪組織に幹部クラスとして所属し、率先して非合法な活動に手を染めている。性格は好戦的で快楽的な模様。罪状・量刑ともに算出不可能。それ以前の経歴は不明。別名、<鋼鉄シュタール>のヴァズ
備考
 犯罪組織の名は『カーズ』。かの有名な十ヶ国連盟の裏の顔である『ブラックペーパー』とは違い、目的、構成、活動内容ともにほとんどが不明。その多くがハンターズの犯罪者で占められているらしい。
特記事項
 彼は能力者である。
 そのあだ名の通り、対抗組織の襲撃にもほとんど傷なく生還し、おそらくは鉄壁の防御力をもつ能力と推定される。また本人もその能力を自在に操ることができると見られ――』


 初めの高官襲撃事件が起きてから四日目の夜を迎えていた。
 未だ犯人の目星はつかず、その後の動きも無い。高官たちは脅えて護衛を増やし、流れ出した噂をメディアは囃し立てる。政治機能も一部停止し、総督府、及び軍治安部は対応に追われている。
 高官は空飛ぶ怪物に襲われた。蠢く闇が現われた。怨恨、愉快犯、テロリスト……
 様々な仮説、噂が飛び交い、護衛していたハンターズ真犯人説まで浮上していた。
 だがすべて事の真相には程遠く、一部の者達はすでに別の段階で活動を行っている。騒ぎ立てているのは事態に置いていかれた者達だけで、彼らが真相にたどり着く頃には、きっと全てが終っているのだろう。
 これら一連の事件など、より大きな事象の一端にしか過ぎないということを、彼らは知らずに過ごしていくのだ。
 それは、一度ついた格差は、持たざるものがどれだけ努力しようとも、永遠に追いつけないという経済の法則に似ていた。
(……そんな戯言は、置いていかれた者のやっかみなんでしょうけどねぇ)
 知っていることが幸せなのか、知らないことが幸せなのか。そう考えながらノイリスは一人、ハンターズ専用区画の中心部にいた。
 夜になっても活動の衰えないこの区画でも行き交う人々は一見して普通だが、やはりハンターズと思しき者の姿も多い。
 ノイリスは近くの施設が一望できる高台に立ち、近くの巨大なメディアボードに映し出されるニュースを見ている。先ほどのニュースに続き、ハンターズ連続殺人事件の続報や、ラグオル開拓状況などがニュースに流されていた。
 辺りにはハンターズの特権たる転送装置を始めとして、ハンターズギルドへと続くゲートや、ハンターズ専用のメディカルセンター、特別な許可を得ている専門の武防具屋、ハンターズの活動に役立つ道具屋などが軒を列ねていた。さらには総督府中枢へと直接転送を行える転送装置も存在し、総督府のハンターズへの信頼の高さを物理的にも表している。
 軍治安部や、一部世間での評価は軒並み下落中のハンターズであるが、この区画においてそれは聞こえてこない。
 ただ単純にそれは、内なる雑音に回りの声が届いていないだけなのだろうが。
「お待たせしたかしら」
 確かな声がノイリスに届く。辺りの雑音にもかき消されない、引き込まれるような声質。
 振り返らずとも誰だか解かる。
「いいえ、大丈夫ですよ」
 銀髪の美女、シャフト。
 ノイリスの協力者は、優雅に立っている。
「今さらだけど……本当に良かったのかしら?」
 けれどその表情は、若干の苦悩を表していた。
「いいんですよ。こちらの欲しい情報は頂いたんですから、その分のお返しはしないといけません」
 そういうノイリスの顔に、表情の曇りは無い。
「すでに申請は済ませていますけど、準備はいいですか?」
 シャフトに頼まれ、ノイリスは昨日中ラグオル地表への降下申請や準備に追われていた。
 もちろん、ミリニアとは連絡を取っていない。
 もはや後ろめたい気持ちを持っていても仕方が無い。彼女との道は自分から断ったのだから。
「先に説明だけしておくわ」
 ノイリスの思考をかき消すように、シャフトの声が響いてきた。
 彼女の目的は、蠢く闇――五日前に地表でノイリスたちが遭遇した怪物だ。曰く、政府高官襲撃事件もその怪物と関連していて、パイオニア2にいても手がかりは望めないとの事だ。ノイリスにとっては高官襲撃などもはやどうでもいいことであったが、一応頷いておく。
 そして、ノイリスを一撃で昏倒したあの男もシャフトの協力者であった。
「彼は、仲間と言うわけではないのよ」
 運が悪いわね、と気絶させられたことについて言われた。路上に転がしておいて、シャフトに連絡を入れたのは彼だという。
 怪物がなんであるか、なぜ倒したいのか……やはり彼女の口からは出てこない。
 ノイリスも聞く気は無い。事件についても、もっと深い部分まで彼女は知っているのだろう。ただ自分のことを気遣って教えようとしないのだなと、何となくではあったが、ノイリスは感じていた。
 おそらくは、自分がミリニアに向けたのものと同種の、気遣い。
 けれどもそんな気遣いがあろうと、もはや自分は――引き返せはしない。
「それじゃあ、いきましょうかねぇ」
 話を終えると、二人は無言で転送機へと向かった。
 巨大なリングに乗り装置を発動すれば、瞬時に測定が開始され、二人の体は素粒子レベルに分解される。二人の体を形作っていたものは遥か数十万キロの下、ラグオル地表へと転移されていく。
 後を追って転送機に入る影があったことなど、素粒子となった二人は気がつかないままであった。


10

 地表にて再構築されたノイリスとシャフトは、森へと降り立っていた。
 ごく稀に、地中に埋まったまま実体化されることもあると、空恐ろしい怪談話としてまことしやかに伝わってはいるが、発表されている限りの事故は無い。
 それはともかくとして、ノイリスにとっては四日ぶりにラグオルの森である。
 ラグオル地表は朝であり、斜めから差し込む朝日が目に痛かった。
 ノイリスはいつものフル装備で、今回は派手な緑色に金色のボーダーという、あいかわらずふざけた配色の戦闘用対刃ローブと、水色のフレームを着けている。頭に黄色と赤の三角帽子をかぶり、右手にはフォトンのシールド装置が装着され、武器は無し。もちろんマグもつれてきている。
 対してシャフトは、その美貌に似つかわしくない装備であった。
 全身を包むマントは闇色……否、むしろそこに闇があるがごときであり、両腕には地面に届かんがばかりの長さを誇る機械式の腕が装着されていた。腕は先が鋭利な爪になっており、扱いにくそうな見た目以外は凶悪な武器として映る。
「凄い装備ですねぇ……」
 歩きながらノイリスは、少し緊張を紛らわそうとシャフトに声をかけた。
 闇の怪物と少し似ているなとノイリスは思ったが、口には出さない。
「不本意ではあるけれど、ね。私だって出来ることなら、一刻も早く脱ぎ捨ててしまいたいのだけれど…」
 そう言って、微笑を返してくる。だがそれっきり何も言わない。
 明らかに、口数が少なかった。ノイリスから見ても場慣れしていそうなシャフトであっても、今回の目的には思うところが多いのだろうか。
 彼女の目的と、それに似た装備。
(因縁、なのかもしれませんね……)
 そう思い、考えることは止めにした。気配を探ることだけを考える。余計な戦闘を避け、目標地点まで誘導するのも、自分の役割だ。
(そういえばミリニアさんと初めて会ったときも、こんなことしましたっけ)
 考えまいとしても、思考が突いて出る。
 軽く首を振り、集中しなおす。
 そのまま二人はしばらく歩いたが、やはり危険は感じられない。
 少し木々が開けた場所へとたどり着いた。それでも何も感じない。
 森のエネミーたちはまだ眠っているかのだろうか。
 その思った瞬間、風が木々を揺らし、ざわめきを連れてくる。
「この辺かしらね……」
 シャフトが言葉を放つ。
 ノイリスは足を止めて、シャフトに聞き返した。
「ここで、何かあるんですか?」
「怪物をおびき寄せるための道具があるの。でも、闘いやすい場所じゃないと、ね」
 そういって微笑みを浮かべ、そのまま手元で道具を使用するための作業を始めていく。
 小型の発信装置のようなものを地面に設置した。
 その時だった。
「あ〜! ノイノイだー!」
 森の木々、その奥から声が響いた。
(――気配を感じなかった?)
 ノイリスが驚愕して身構えると、木の陰からひょっこりと少女が顔を出す。
 前髪が切りそろえられ、肩までの黒髪を後ろで結んだ、小柄な少女。その幼げな雰囲気に包まれた顔に輝く双眸は、印象的な青だ。
 見れば両腰にカタナと呼ばれる非フォトン式の剣を、鞘ごと左右一本ずつ差しており、体には黒塗りのアーマーを着込んでいる。
(……まさか……そんな)
 なぜ彼女がここに?
 一人で? いったい何を?
 様々な疑問が、ノイリスを駆け巡る。
 逡巡が始まる。
「ユキさん!」
 ノイリスは思わず声を荒げる。
 ユキと呼ばれた少女――よく見れば、年齢的に少女の呼び名は相応しくないほどに成長しているのが解かるのだが、印象は幼げな雰囲気が強い――は心底愉快そうにノイリスに微笑みかけてきていた。
 澱みを感じなかったのは、彼女がこちらに危害を加える気がないからであった。
「えへへ、久しぶりだね〜。元気元気? わたしはちょっとお疲れなんだよぉ〜」
「どうしてユキさんがここに……」
 ノイリスは訳が解からないといった表情でユキを見る。シャフトは様子を見るつもりなのか、何も言ってはこない。ただユキだけが楽しそうに、満面に笑っている。
「鬼ごっこ! ノイノイもやりたい?」
「お、鬼ごっこなんですか? いったい誰と――いやいや、それよりも今までどうして」
 言いかけた瞬間、澱みが強くなっているのを認識する。しかもかなりの濃さだ。ユキとの再会に夢中になり、気がつかなかったようだ。
 身構え言葉を押し込めると、森の沈黙の中に小さく声が聞こえてきた。
「だから嫌だっていったんだ。ガキの御守なんざまっぴらだってな」
「少し黙れ。聞こえたら奴は逃げる」
 声は次第に近づいてくる。
「わわっ、ターちゃんたちもう来ちゃった」
 ユキも聞こえたのか、慌てているようだ。
「残念だけど、再会は後にして。敵よ」
 シャフトが冷静に告げる。
 その言葉が具現化したかのように、ユキが現われた方向から走ってくる男二人の姿が見えた。
「罰せられたくなければ、素早く探すことだイーギー」
 嗜めるのは、黒髪を散切りにしている、濁った目をした男だ。黒塗りのアーマーにシールド発生装置をつけ、両手には今時珍しく非フォトン式の、無骨な作りをした大ぶりのナイフが一本ずつ握られていた。
「おっかねえこと言うんじゃねーよ。さっきからずっと探してるだろうがよ。ほんとやってらんねー」
 ダルそうに声を放つのは、長銃を構えた、長身の男だった。金髪をオールバックに、赤いアーマーを着込み、それ以外はさしてみるべき所も無い武装だ。
「その言葉、組織への反逆と見なされるぞ」
「うるせーなー、エネミーだってさっぱりいねーのに、あの人がここにいるかよ」
「……その油断、いずれ死が来る」
「こんな森で何があるよ? 大丈夫だっつーのー。まったく、日なたはあちーし、日影はさみーし、やってられねーよこんな事」
 二人は言い争いながら駆けて来た。
「カーズ……」
 シャフトが苦々しそうに言葉を放つ。
 カーズ。ヴァズのいる組織。
 ノイリスの中で、ひょっとしたら、という気持ちが湧きあがる。
 シャフトは懐から機械式のマスクを取り出していた。
「ノイリス君、私は彼らに姿を出せない。気づかれないように回り込むわ。それまでは、お願いしていいかしら?」
 顔を隠すためか、フルフェイスのマスクを装着し始める。その面相は、髑髏をそのまま金属製にしたかのような、異様なもの。
 完全武装のシャフトは、森で見た闇の怪物とまったくそっくりであった。
「はい、囮役は慣れてますから、まかせて下さいねぇ」
 ミリニアと組んでいるときには、常にオトリ斥候を勤めてきたのだから。
「頼りにしてるわ」
 そのまま美貌の顔を奇怪なマスクに隠し、シャフトは茂みへと姿を消す。
 ユキはその様子を見るわけでもなく、観念したのか追いかけて来た二人に向いていた。
「おやー? ガキは居たけど、なーんか変な奴まで一緒だぜ?」
 イーギーと呼ばれた金髪の男が、ユキに気がついて声をだす。黒髪の男も動きを止めた。
 距離は10メートルほどか。
「貴様、何者か?」
 黒髪の男が聞いてくる。
「噂の消去者かもしんねーぞ」
 イーギーはすでに、ノイリスに向かって長銃を構えていた。
「ダメだよイーちゃん、ターちゃん。ノイノイは悪い人じゃないよ?」
 ユキがノイリスと金髪の間に入ってきた。
「退くのだユキ。どちらにしろその男、話を聞かねばならん」
 黒髪の男も、大ぶりの非フォトン式ナイフを両手に構えている。
「そう言って、また殺しちゃうんでしょ? ノイノイはダメなんだよ」
「それはー、その変態さん次第ー。目標の探索はグレン隊に任せとけばいいしなー」
 金髪男は下品に笑って、長銃の照準を合わせ始める。
(あまりにも、遅すぎますけどね)
 すでにイメージは固まっていた。
 思い描くのは黄。駆け抜ける閃光。
 先手必勝は、勝利の方程式だ。
「醒!」
 イメージが具現化し、掲げた掌から雷光が溢れ出る。
「げっ!?」
 雷光は悲鳴を上げるイーギーを一瞬で貫き、体内を巡って次は黒髪の男を狙う。
 黒髪の男は驚きに顔を引きつらせながらも、追いすがる雷光から逃れようと飛び退った。
 だが迫り来る雷に回避は不可能と感じたのか、黒髪の男は雷光にナイフを投げつけた。電撃がナイフを絡め取り、はじけて消える。
「おのれっ!」
 難を逃れた黒髪の男が、ノイリスに向かって突進してくる。
「ユキ、どけ!」
 ユキは不動無言。
 ノイリスは逡巡していた。テクニックを放とうにも、黒髪の男だけを狙うイメージの物がない。広範囲のものを使ってユキに怪我をさせるわけにもいかない。唯一指向性のある電撃系のテクニックは、おそらく同じように回避されるだけだ。その他のものは、威力がありすぎて手加減できない。
 逡巡が、可能性をさらに低くしていく。
 ユキが鞘に手を当てて構える。黒髪の男はすでに数歩の間合いだ。
(こうなったら……仕方ありませんね)
 距離を稼ぐために、落雷のテクニックを放とうとする。
 間に合うか、間に合わないか。
 ノイリスがそう思ったとき、横合いから砲声が響いた。
 巨大な薄緑のフォトン弾が、木々の間から黒髪の男に向かって迫る。砲弾に自動で反応したのか、男のシールド発生装置が砲弾を受け止めるが、威力を殺せず横に吹き飛ばされ森の茂みへと突っ込んだ。
 ノイリスが急ぎ振り向くと、そこには見慣れた姿があった。
「やっ……と、追いついたぁ……」
 燃えるような色の赤い髪。軍用野戦服に、着込まれたブッシュカラーのアーマー。左腕には緑色の光を放つシールドと、肩に担ぐのは大きな筒状の射撃武器。
「……ミリニアさん!?」
 ずっと走ってきたのだろう、肩で荒い息をしている。その姿を見て、ノイリスは言葉が続けられない。
 やがて息を整えたミリニアが、大きく天に向かって息を吐いて、ゆっくりとノイリスを見た。
 いや、睨んだ。
「の〜い〜り〜す〜」
「あっ……すっごく、怒ってますね……」
「あのお姉ちゃん、ノイノイの友達?」
 ユキが不思議そうに聞いてくる。
「そうなんですけど……今は危険かもしれません」
 ノイリスは冷や汗をたらす。ユキには解からないだろうが、こんな怒りは見たことがない。烈火を通り越して、もはや猛火を思わせる怒気が、後ろに陽炎を作っているようにさえ感じられる。
 ミリニアはゆらりと近づきながら、ランチャーを振りかぶるように構える。
「さあ、殴りに来たわ」
「えぇ!? そっちなんですか!?」
「当たり前でしょう! 正座して歯食いしばって待ってないあんたが悪いのよ! 罪の上塗り!」
「いや、ミリニアさん声が大き」
「はい、言い訳したから罪状追加。マウントで殴るから早く寝なさい」
 そう言って、ミリニアは近寄ってくる。
 燃え上がる気配と共に。
「大体ねえ、あんたがなんであたしの幸せ勝手に決めてんのよ! あたしの幸せは私が決めるわよ! そんなことも解からないの!? それとなにがその程度の関係だった〜よ! 勝手にあたしの気持ちまで決めないでよね! あと他の人が聞いたら勘違いするでしょうが! あたしはあたしよ! ミリニア=ウィーバー! それ以下でもそれ以外でも無いし、それ以上でもないのっ! 独立独歩の人間に、偉そうな口聞いてくれた罪は重いのよ!?」
 素敵なマシンガンっぷりだ。
「い、今気がついたんですけど、ミリニアさんって激高したら自分のことあたしっていうんですねぇ……」
 ノイリスがつい余計なことを口走る。すでにミリニアは目の前だ。
「……ふざけてるならマジで殺すよ?」
 本気だ。右手が愛銃に行きかけてる。
「ご、ごめんなさい」
 ノイリスは頭を下げた。
 瞬間、強い衝撃が後頭部に来る。
「……これで勘弁してあげるわ」
 頭をさすりながら面を上げると、握りこぶしを作ってミリニアが見上げていた。
 その表情はまだ怒りが残るものの、ほんの少しだけ、笑っていた。
「仲直りできたみたいね」
 茂みの中から現われたシャフトが、笑みを湛えながら穏やかに告げてくる。マスクはスライドしていて、美貌の顔が現われている。
 やっと廻りの存在を思い出したのか、慌ててミリニアがノイリスから一歩離れた。場を繕うように言葉を繋ぐ。
「まだ話は終ってないけどね……ってあれ? シャフトさん? っと、その女の子は……?」
 ミリニアは疑問を口にした。
「ノイノイ、モテモテなんだね〜。……モテノイ?」
 意味の解からない疑問をユキが上げているが、とりあえずノイリスは無視しておく。
「それと、シャフトさんの格好、何か見たことあるんだけど」
 ミリニアもノイリス同様、シャフトの装備に森の怪物を思い出したのかもしれない。
「……気になるかしら?」
「森のお化けを思い出すわね。ひょっとして、あれはシャフトさんだったかな」
 声音に険が含まれている。ミリニアは敵対心丸出しでシャフトに向かっているようだ。
 対するシャフトは悠然として、押しも引きもない。
「まあまあ、ミリニアさん落ち着いて……」
「あんたは黙ってなさい!」
 その様子に、シャフトはくすくすと笑い声を上げていた。
「あはは、怒られてる〜」
 ユキにまで馬鹿にされてしまった。
「き、貴様ら……俺を無視するな」
 その時脇の茂みから、よろめきながら吹き飛ばされていた男が立ち上がった。
 ミリニアとノイリスは同時に構え、シャフトは面を再びスライドさせる。
 イーギーは痙攣しっぱなしで、起き上がる気配も無い。
「ターちゃん、無理はダメなんだよ」
「五月蝿い。裏切りものめ。義父がどうなってもいいのか」
 その言葉に、ユキの顔が強張った。
 義父とは、ゲオジルクのことなのだ。
「そうだ。お前は逃れられない。さあ、早くこちらへ来い」
 黒髪の男が手招きする。ユキが困ったような顔を見せて、ノイリスに振り返った。
「ごめんね。遊ぶのはまた今度なんだよ」
「ユキさん……まさかゲオジルクさんを人質に?」
 問いにユキは答えず、黒髪の男のほうへと向かっていく。
「ユキさん!」
「……なんだか知らないけど、あの女の子とゲオジルクさんが関係していて、あの男を吹き飛ばしちゃ駄目なわけね」
 ミリニアが構えていたランチャーを下ろした。
「闇の凶鬼とは貴様か?」
 黒髪の男は、シャフトに向かって問いを放った。すでに面をスライドさせて髑髏がごとき面相になっているため、表情は見えない。
「お前を捕らえることこそ今回の我が使命。ユキ、二人で掛かるぞ。貴様は目標を牽制しろ」
 言いながらメイトを服用している。
 まだやる気なのか。
「……ドコマデモオロカ」
 シャフトのマスクから、機械式の音声が響いた。その内容は侮蔑。
 だが男はにやりと笑うと、ナイフを胸元で交差する。
「真実も虚実も我に意味などなく。ただただ使命に突き動かされるのみ。アイゼン隊第1大隊、<突撃ラッシュ>のタンジェット――」
 タンジェットと名乗る黒髪の男から、殺気が溢れ出した。
「――推して参る」
 瞬時にしての、戦闘開始。
 いつの間にか放たれていたタンジェットの投げナイフが、咄嗟に避けたノイリスの頬を掠める。
「集中させる暇など与えぬ!」
 一気に間合いを詰め寄ると、右からの斬撃を放ってくる。
 ノイリスは辛うじてバックステップで回避。
(一瞬遅かったら、首をやられていましたね……)
 牽制に放ったミリニアの砲撃も、位置をつかんだタンジェットは軽くかわしていた。
 タンジェットは完全にノイリス狙いで攻めてきている。
 ユキはシャフトの相手をしていた。両者とも近距離での攻防をしているが、ノイリスはそちらを見やる余裕はない。
 いくら体術を鍛えたといっても、本職の前衛に敵うはずもなく、次第にノイリスは追い詰められていく。
「もう、ちょこまかしないで!」
 タンジェットの巧みな位置取りに、ミリニアは砲撃をうまく撃てないでいる。
 強い風が、森を吹き抜けていった。
 追い詰められながらもノイリスは、ひとつの違和感を感じている。
 澱みが、膨れ上がっているのだ。
 近づいているといってもいい。
 己の危険は目の前に迫っているはずなのに、どこか遠くからやってくるみたいに――
 そう思った瞬間、背中に木がぶつかった。
「ノイリス!!」
「その首貰い受ける!」
 ミリニアが叫び、タンジェットが吼える。
 だがしかし、すべてを塗り消すかのように、金切り声が森を支配した。




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