天は地に落ち 民は骸となった
 叡智は奪われ 護り手は護ることを捨て
 過去を知る賢者だけが
 喪われたものを探しつづける
 けれども賢者は光を見失う
 探索の果て咎に墜ちた賢者は息絶えて
 戦士に一振りの剣を託す
 もう二度と過ちを繰り返さぬよう願いを込めて
 護り手は彷徨う
 喪われたものを失わない為に
 護るべき者を護るために


『亡国の戦士』
作者不明


渦巻くのは焔





「なんだって、こんなことになっちまってるんだよ……」
 苛立ちと共に吐き出した言葉は、しかし誰にも聞き取られないまま消えた。
 ギイスは鬱屈とした気持ちを押し流すようにため息を吐くが、なおも重たき感情は内から湧きだしていた。振り返ってみれば、何かが思い通りにいった試しなど、一度も無かったような気がしてくる。
(俺の人生も、相当終っているみてえだな……)
 解りきった感慨を唾棄するように、安物のイスに背もたれながら、ギイスは目の前にある小さなデスクへと乱暴に足を投げ出し、自分が居る部屋を見渡した。目の前にある格子のはまった小さな窓以外は、継ぎ目が一切見当たらない封鎖された部屋。
 おそらく一時間は一人で待っているはずだ。いる部屋は薄暗く、壁には時計も無いため体内の時間間隔でギイスは当たりをつける。十日も居れば精神に以上をきたすのではないか。そう思えてならないほどに、退屈な空間だ。
(取調室に、娯楽を求めるほうが可笑しいか。にしても、ひでえなこれは)
 窓からは空しか見えない。他は封鎖しているのにあえて窓を残しているのは、自白を強要するためだと、以前知人に聞いたことがある。容疑者に自由への希望を持たせるためだと。眉唾物だが、似たような意図はあるのだろう。少なくともギイスにはそうとしか思えなかった。
 ギイスは室内で唯一動く物体、己の体へと意識を集中する。もう二十年以上も使い慣れた肉体。明確にその姿を思い描くことが出来る。
 短く刈り込んだ黒髪と日焼けの肌。今は上も下も黒尽くめの服装に身を包んでいる。
 全身に注意を向けるが、ここに連れてこられる際に殴られた以外の外傷は無く、身体的な問題は見当たらない。
 連れてこられた。連行された。取調室へ。
 そもそもなんで自分はこんな所にいるのか。それは解りきっている。
 納得が、いかないだけだ。
「まったく……何で俺だけなんだよ」
 悪態をついた途端、部屋の様が一変した。
 染み一つ無い様相から突如、壁の紋様が浮き上がり、出入りできる扉が現われ、天井に出現した照明がギイスを淡く照らし始めた。繋ぎ目の無い部屋から、メリハリのある様子へと変わっていく。
 電磁的な遮断によって、取調室を封鎖していた逃亡防止のシールドが解除されたのだ。
 あえて扉には眼を向けず、ギイスはそのままの姿勢で小窓を見つめつづける。
 やがて抜ける空気の音がした。扉が左右に開いたのだろう。
 続く足音は二つ。二人が入ってきたのだとギイスは認識する。
「ギイス=ベルドーク、何か話す気になったか」
 聞こえてきたのは、連れて来られた時にギイスを審問した声と一緒だ。
 だからギイスは無視した。ギイスを殴ったのも、この男だからだ。
「野良猫と何をやっていたっ? やはり貴様も共犯なんだろう!」
 声を荒げる男からは、短気さと粗暴さしか感じられない。治安部員がそれでいいのかという疑問は残るが、今のギイスにそれでどうにかできることなど無い。

 野良猫(ストレインジキャット)――ギイスがここに連れてこられた原因がそれだ。

 仕事を探す為に早朝からギルドに向かっていたギイスの前に、いきなり現われた黒髪の少女。一度クエストでかかわったことのある、ユキという名の少女だった。
『おじさん、久しぶりだね〜』と屈託の無い笑顔で告げる少女に対して、年齢的な反論を挟む余地も無く、四人の治安部に取り囲まれた。
 その後は、なし崩し的に戦闘に巻き込まれ、四人を叩きのめしてみれば、ユキはすでにおらず、後からやって来た治安部数人に連行されたのが、事の顛末。

「ご苦労、レイニー軍曹」
 続けられる男の怒声を完全無視していたところへ、女性の声が発せられた。男の声とは対照的な、落ち着きと思慮深さが感じられる。
 軽めの足音が響き、女性がギイスの前へと回ってきた。
 整った顔立ちに左半分だけに描かれた黒い紋様が、とかく眼を引く。髪は艶やかな黒髪を高い位置で束ね、着物のように改造してある治安部の制服を着こなす姿は、どことなく雅を感じさせる。
 彼女だけがもつのであろう、独自の存在感が周囲を包み込んだ、印象的な女性。
「あんた……何者だ?」
 ギイスは自然と、居住まいを直していた。だらけた姿勢で相対するなど、この女性の前では愚なる行為だと本能が告げている。
「マハジャ=シュンカ中佐。治安部の長を勤めておる」
 改造式の制服には、佐官を示す階級証がつけられていた。
「中佐か……またすげえお偉いさんが来たもんだな」
 ギイスも軍隊長クラスには今までお目にかかったことは無かった。実力的にはハンターズで言う所の熟練者(マスター)クラス以上の剛の者がほとんどであると言われ、中には到達者(ハイ・マスター)すらも凌ぐ超人がいると、ハンターズ内でささやかれることも多い。
到達者(ハイ・マスター)が容疑者となればの」
 そう言って少しも表情を崩さず、真っ直ぐギイスを見据えている。その目は確かに、到達者となったギイスも息苦しくなるほどの圧力が潜んでいるように思えた。
「隊長ともなりゃ忙しいだろうに、ご苦労なこった。高官殺害とか調べなくていいのか?」
 ギイスはわざと投げやりな態度をとってみせる。挑発するわけではないが、相手の狙いが読めないうちは何かしら引き出さなければ始まらない。
 高官殺害は、数日前に起こった大事件である。数名の政府高官が二度に分けて襲撃され、治療センターに入院中、全員殺害されると言う衝撃的な事件であった。
 目下、治安部以下軍部の大部分が、威信をかけてこの事件を捜査しているはずであり、治安部はその先頭にたっているはずである。
「気遣い痛み入る。ならば、早々に済ませたい」
 返ってきたマハジャの台詞は、少なからず現状を肯定しているものではあった。
「……そっちの男には言ったけどよ、俺はあんな小娘しらねえぞ。治安員だって、いきなり殴りかかってきやがったんだ。正当防衛させてもらっただけさ。たいした怪我はしてねえだろ」
「状況は理解しておるよ」
 ギイスの思惑を読みとっているかのように、マハジャはギイスの言い訳を、余裕をもった態度で突っぱねる。座ること無く、ギイスを見下ろす調子でだ。
「だったら、早く帰してくれ。長くいると気が狂いそうだ。そっちの旦那みたいにな」
 そう言って、ギイスは視線だけ男に向ける。後ろ手で休めの姿勢を取っていた男は、自分に話が振られたことが一瞬理解できなかったのか訝しげな表情をしたが、すぐに顔が真っ赤になる。
「貴様――」
「軍曹」
 荒げかけた声を、タイミングよくマハジャに遮られ、男は押し黙った。何か言いたそうな素振りすら見せないのは、素晴らしい統制だと言えるだろう。
(犬とかわらねえ気もするがな)
 哀れみでもなく、嘲笑でもない。ギイスに残るのは、自重の念。こうはなりたくないという思いだ。
「ベルドーク殿。我等は貴殿を犯人じゃと決めたいわけではない」
 マハジャは自嘲とも取れかねない表情で、笑みを浮かべていた。
「じゃが――」
 続くマハジャの言葉。その表情は、一切の変化がない。
「虚偽は貴殿にとって不利にしかならぬ」
 心臓を刺激する言葉だ。マハジャは表情を示さない。かえってギイスの鼓動は一瞬にして高鳴り、それを表に出さないことだけで手一杯になる。
「……俺が嘘をついてると?」
「違うまい」
 肯定の言葉に、ギイスは内心で舌打ち一つ。
 マハジャはさもつまらなさそうに、腕を組みながら告げてくる。
「ハンターズ殺人が明るみになった頃。否……祭典の日であったな。ハンターズ二名が件の少女を捕獲寸前まで追い込みながら、何者かの襲撃を受け取り逃がした」
 情報量がまるで違うことに、ギイスは不利を感じていた。このままではいい様にあしらわれるだけだ。
「そう言えばそうだったな。確かクエストで探したっけか。忘れてたよ」
 頭を掻く振りをして、目線を外す。
 マハジャからの視線が、さらに重く圧し掛かる。ギイスは押し退けたくて言葉を搾り出す。
「チラッと会っただけだからな。実際、何の関係もねえよ」
「すれば、それを供述してもらいたいだけじゃ」
 マハジャは全く視線を動かさず一蹴してくる。挙動全てが淡々としており、隙が無い。
(くそったれ……こりゃ本気で参ったな)
 マハジャ=シュンカ。見たところの雰囲気からも解る。戦闘的な実力も相当なものだろう。ギイスは己が軍治安部を舐めていたことを思い知らされる。
「では、二三質問に正直に回答願おう。我等も、色々と抱えておるものでな」
 マハジャの皮肉とも取れる発言に、もはやギイスは笑うしかなかった。
 敗北感が湧きあがる。
 思えば、久しく感じてはいなかった。
「よろしいか、ベルドーク殿――」
 ベルドーク家。ギイスにとっては、呪われた名前。
 敗北の称号。
 叱責され、避難され、揶揄され、無視され、捨て置かれながらも生かされた日々。
(あれに比べりゃ、なんだってマシか)
 小窓の外を見ながら、圧迫された空間で、ギイスは一人思考を加速させる。
 マハジャの声が遠くなる。
 聴覚は空けられながらにして塞がれ、
 触覚は敏感でありながらにして麻痺し、
 味覚は機能しながらにして停止して、
 視覚は開かれながらにして閉じられる。
 ギイスの世界は暗転し、思考の空間が展開していく。
 忌むべき過去が、始まっていく。




 血の中に、母が倒れていた。
 母は美しい女性だ。だが、ことさら血の気を失った今では、まるで人形のようだとギイスは思う。敷き広がる赤色の上に置かれた、蒼白の人形。
 そんな客観的な観察をしている自分が嫌だった。叩き込まれた冷静さが憎らしかった。
 けれども眼差しは子細の欠けも無く現実を映し出す。
 母の側らで座り込む妹が、母さん、と何度も何度も叫んでいる。
 自分も駆け寄りたかったが、それより早く処置しなけば危険だ。まずは、人を呼ばなければ。そして止血だ。
 かなりの出血だから、素早く対処しなければならない。でなければ、母は助からないだろう――
(――でも、助かった所で、何になる?)
 手首を切ったのは母だ。何度失敗したか解らない試みだが、それでも母は未だ続ける。
 母は死にたがっているのだ。
 だとすれば、これが母の望む姿。
「……フィル、そっとしておいてやれ」
 妹に声を掛ける。
 信じられないという表情でこちらを振り返る妹に近寄り、屈んで顔を覗き込んだ。
「もう、いいじゃないか」
 フィルは首を横に振り、母の動脈を抑えている。母はすでに意識を失っているのか、微動だにしない。
「いやよっ」
 妹が叫ぶ。押し退けようとしても、母の腕から手を離そうとはしない。
「フィル、母さんを楽にしてあげるんだ……母さんは疲れてる。いつだって、ずっと疲れてるんだから……」
「母さんが居なくなるのは、いやなの!」
 泣き出しながら震える声で言い返し、ギイスを睨む。
「どうして普通に生きていちゃダメなの? どうしてこんなことにならなきゃいけないの?」
 フィルの声を掻き消すように、大勢の足音が聞こえる。異変に気がついたのだろう。
「何をやっている!」
 扉の開く音と共に、知っている声が響く。母の管理係の声だった。他にも何人かいる様子だが、大人たちが入ってきた通路の逆光で、よく見えない。
 一人の大人が手をかざすと、母がフォトンの光に包まれた。傷口が見る見る塞がっていく。
 輸血だ処置だと叫ぶ大人達に、幼いギイスとフィルは突き飛ばされ、母は担がれて、光の中へと消えていった。
 残ったのは背丈の低い、人影が一つ。雑音が消え去ってようやく、物静かな声音で、こちらに言ってくる。
「愚かなものだな。親子共々」
 その人影が誰か、ギイスには解っていた。
「貴様らには死ぬことなど許されんのが、まだ解らんか」
「――うるさい! さっさと帰れ!」
 ギイスは精一杯凄むが、人影にはまるで届いていないようだ。
「数少ない成功例だ。多少の我ままには目をつむるが……父の寛容にも参ったものだ」
 父、ギイスにとって憎むべき男。母を、壊した男だ。
「まあ結果はどうあれ、あの女は父を惑わせるのに役立つ。存分に生きてもらわねばならんのだよ」
 人影はそう言って、一歩一歩こちらへと近づいてくる。ギイスと背丈はさほど変わらない。
 間合いに入ったら殴ってやる。そう思った瞬間、ギイスは吹き飛んでいた。
 一気に踏み込んだ人影の蹴りで、打ち倒されたのだ。
「だから、余計な考えを起こしてもらっては困るぞ。兄に尽くすのが弟の役目だからな」
 喜々とした声音に変わり、兄と名乗った人影が近寄ってくる。
 倒れこんだ所を連続して蹴りこまれ、ギイスはもはや声も出ない。
「どうしたN−07、手も足も出んか」
 兄は常に名前を呼ばず、実験番号でしかギイスたちを呼ばない。憤りなど当の昔に忘れてしまった。痛みも日常茶飯事だったが、体はなかなか慣れてくれなかった。抵抗もままならず、ギイスは蹴られつづける。
「この程度……所詮は、失敗に過ぎんということだ。どれだけよい遺伝子を集めようが、どれだけ弄くろうが、初めから世界に選ばれた者に、勝つことなどできん。父はなぜそれが解らん」
 罵りと嘲りが聞こえてくる。言われずとも体が知っている。兄は絶対的強者だ。そういう風に刷り込まれてきた。年齢はほとんど変わらないが、訓練で勝ったことは無いし、常に圧倒的な存在だった。
「まったく、愚か者ばかりで困る」
 この男には、敵わない。
 諦めて眼を閉じ、ギイスは痛みに耐える。
 永遠に続くかと思われた苦痛の中で、急に打撃が止まる。
 うっすらとギイスが眼を開けると、妹が覆い被さっていた。
「フ、ィ……ル」
 退けと声を出したくても、上手く声が出ない。どうやら、ダメージを受けすぎたらしい。
「……愁傷なことだな、N−12」
 兄が詰まらないものを見たかのように吐き捨てた。それっきり興味を失ったのか、そのまま通路の光へと向かって歩き始める。
「一つ教えてやろう」
 兄が置き去るように、言葉を吐いた。
「あの女が壊れきったら、次はN−12、貴様だ」
 フィルがびくりと体を震わせるのが、ギイスにも伝わってきた。その言葉の意味するところを、妹は理解しているらしい。
「私がこの家を掌握するまでは、生かしておいてやろう。せいぜい、あの父に可愛がってもらえ」
 兄が去り、扉が閉ざされ、母の血の上で、震える妹に抱きしめられたまま。
(強くなりてぇ……)
 意識は遠のき、再び世界は暗転していく。




「ギイス兄さんっ! 今度は何やったの!?」
 暗い所から出て陽光を浴び、かなり面食らっていたところに、ギイスは大声を浴びせられた。
「今度は、って……いきなりだなオイ」
 うめくように呟いて、ギイスは声のした方向を見やる。
 治安本部から出たギイスを呼び止めたのは、20代前後の人間の女性だ。
 目鼻立ちのはっきりとした輪郭と、丸く大きな両目が整った印象を人に持たせ、ブラウンにパーマのかかった肩ごろまでの髪が軽やかに揺れている。
 フィーリング=ベルドーク。ギイスの妹。
「なんだ、出迎えにでも来てくれたのか?」
 なんてことは無いはずの挨拶だが、フィルは眉間にしわを寄せている。その服装は白のパンツスーツに薄青色のワイシャツと言う、きっちりとした格好だ。ただ、軍部支給の制服ではない。
「出迎えなんて、益々犯罪者っぽいんだから止めてよっ。まったく、私がどれだけ恥ずかしいか」
「なんだよ、今更だろ……」
「せっかくばっちりメイクしたのに、世間に顔向けできないじゃない」
「…………」
 うつむくフィル。台詞はかなり微妙だったが、それなりには心配してくれたのだと思うことにする。
 治安部長マハジャの質問は、やはり二三では済まず、結局一時間以上に渡る長丁場だった。時にネチネチと、時に激しく、それは縦横無尽に叱責された。成人をとっくに過ぎたいい男が、おそらく大して年端も変わらぬであろう女性から完膚なきまでに、上から目線で、怒られたのである。
 強くなりたかったはずの自分は、今は犯罪者まがいの弱者。
(やべえ、なんか泣きそうだ)
 虚しくて涙が出そうになる。
 泣くわけにはいかない。それは敗北を認めることだ。いや、認めることは構わない。敗北は新たな成長の芽となる。
 ただ認めてしまうことが、失うことに似ていたから――
「……兄さん、いきなり何やってんの?」
 声を掛けられ現実に戻ったギイスは、気付かれないよう前へ進みながら目を拭いておく。
「なんでもねえよ。それよりフィル、なんでここに?」
 二人がいるのは、治安本部前である。
 軍本体の本部がある建物とは場所が違う。治安部員ではないフィルがいるのはおかしな話だ。つい数時間前に捕まったギイスだが、成人した大人を出迎えに来るとは思えない。
 私服ならばおそらくは非番なのだろうが、なおのこと治安本部前にいるのはおかしいのである。
「ちょっとね。人と会っていたの」
 追いついてきて、横顔のまま答えを返す妹の顔は、少しだけ真剣な様子だった。
「そしたら、屈強な男に連れて行かれるギイス兄さんが見えたのよ? もう私は恥ずかしくて恥ずかしくて……せっかくの新しいアイシャドウも台無し――」
「いや、それはもういいんだけどよ……自分のことばかりかお前は」
 連行されたのは二時間以上も前のことである。捕まる所をみていたということは、出てくるまで待っていてくれたのだろうが、いつ解放されるかも解らない状態で待っていたのであれば、よほどの根性だとギイスは感心する。
「にしても、公務執行妨害だなんてギイス兄さんらしくもないじゃない。どうしてそんなことになったの?」
 罪状まで知っているとは、流石の治安部も同族には甘いようだった。そもそも、隠すことでもないのかもしれないが。
「なんでもねえよ」
 ぶっきらぼうに言い放ち、そのまま歩を進める。
 少しだけ沈黙が続いた。
 フィルは何も言わず、ギイスも話すことが思い当たらない。
 何とはなしに気まずさを覚え始めた所で、フィルが口火を切った。
「兄さん……暇なんでしょ?」
 探るような口調に、どことなく陰を感じながらも、ギイスは軽く言葉を返す。
「決め付けてんじゃねえや。たまたま今は用事が無いだけだ」
 仕事も最近は少ないしな、と不満だけは口にしておく。
 フィルは、何かを迷うように――
「だったら、少し付き合って」
 そう言って、いきなりギイスの手を引いた。


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