渦巻くのは焔





「いい妹さんね」
 ミリニアの一言に、ギイスは浸っていた感慨をとりあえず飲み込んだ。
 妹のこれからは、己には関わりの無い事だ。
 それよりも、目の前の謎をどうにかしなければならない。
「……えーっと、俺に用があったんじゃねえのか?」
 とりあえず、真っ向から探りの一言を入れておく。
 見知らぬ相手に名前を知られていることは、そう珍しくも無い。
 だが、話が合って来たと目の前の女性は言っていた。
「あなたに少し聞きたいことがあるの」
 挑みかかるようなミリニアの目線と姿勢。少なくとも、交渉云々の態度ではない。
 おそらくは、小細工が嫌いなのだろう。素直な性格が思い浮かべられる。
「とりあえずは暇だからな。聞いてやってもいいぜ」
 余裕を見せながらも、ギイスは観察を怠らない。
 ギイスほどではないにしろ、鍛えられた体つきをしている。おそらくは軍属かハンターズで後衛か中衛の銃士だと予測をつける。
 対するミリニアは迷うこと無く、回り道せず、真正面から疑問を口にする。
「<野良猫(ストレインジキャット)>――ユキちゃんについて、何か知ってる?」
 多少、陰鬱な気分をギイスが襲った。出来れば関わりたくない名詞だ。自然、返答も投げやりになる。
「なんだよ……人探しか何かか?」
「そうね。あの子に会わなければいけないの」
「悪い事は言わねえから、関わり合いにならない方がいい。お前さんハンターズだろ?」
「ええ、中衛銃士(レンジャー)をやってるの。よく解ったわね?」
「軍属なら<野良猫>については聞く必要も無いしな。しかしミリニア、下手するとあんた、死ぬぜ」
 初対面の相手とはいえ、一応の忠告はしておく。
 <野良猫>探索はもはや軍部も大詰めだろうし、捕縛されるのも時間の問題だ。それに、ギイスが関わった時のような襲撃が無いとも限らない。
「近づけば危険があるということね。臨む所よ」
 忠告を聞いておきながら、意気揚々となるミリニアにギイスは辟易とした感情を覚える。今まで何人もこういう人間を見てきた。戦場でも、ラグオルでも。
 そういった人間の辿る道は、大体一緒だ。
「あのなぁ……人の話聞いてねえのか? 危ないって、言ってんだよ」
 苦々しい顔で忠告するギイスに対して、少しだけ笑みを浮かべてミリニアは言葉を返す。
「死なないわよ。私は、こんなとこじゃ死なない」
「……馬鹿の大連鎖かテメエの脳味噌は」
「うーん、ばよえーん、って言えば、喜んでくれるの?」
 挑みかかるようなギイスの言葉に、ミリニアは臆すること無くとぼけて見せる。
「そういうこと言ってんじゃねえっ。馬鹿に貸すものはねえんだよ。返ってこないからな」
「じゃあ、お願い」
 いきなり変わるミリニアの調子に、ギイスは面食らう。
「私が探しているのは、その先なんだ。だから、こんな所じゃ終われないの」
 懇願する姿勢に変わられて、ギイスは内心困り果てていた。
 今日は確実に女難の日だと感じる。
 何故かそんな厄日ばかりな気もするが、それは記憶の中に消し去ることにする。
「父を探しているの」
 聞かれてもいないのに、ミリニアは話し始める。それはつまり、聞かせるつもりだという事。
「……あんたの話を聞いたって、協力する気にはならないかも知れんぜ」
 釘をさすギイスに、微笑み一つだけを返して、ミリニアは尚も続けた。
「父は軍人だったの。そして、パイオニア計画にも参加する事になった」
「ってことは……」
「パイオニア1に乗船することが決まったのよ」
 それはつまり、彼の人物が死んだことを意味する。移民船パイオニア1は入植した惑星ラグオルで謎の爆発に巻き込まれ、乗員は全員、死亡したのだ。
「私は、父の存在した跡を探してきた。そうしなきゃいけない理由があったの」
 理由の一言で済まされるような物でもないのだろうが、そこまで話す気は無いのだろう。できればギイスも聞きたくは無い。
 不幸自慢など、願い下げだった。
「幸い父の知り合いや小さい頃からの知人が軍部にいたから、調べるのは何とかできたけど……父の活動にはおかしな所が多いの」
 含みのある言葉。しかし傭兵経験のあるギイスにとって、軍の不正規活動などは日常茶飯事とも言えた。
 本星で起きている惑星的な大戦の中では、まともな事の方が少ないのだ。
「父は軍部10番隊に所属していた。でも、その部隊の正式な活動記録はほとんど無くてね」
「10番隊……? 確かに聞いたことはねえな。戦闘部隊の6番隊とか20番隊とかなら知らねーこともないが」
 本星政府の正規軍と直接やりあったことは無かったが、知識だけならギイスにもあった。それでも、10番隊などは存在すら耳にした事が無い。
「おそらく、情報部か特殊部隊だって思って、構成員を調べたの。たくさんお金も使ったし、危険な橋だって渡ったけど、得られたのはたった二人の名前だけ」
 ミリニアの様子に、ギイスは迷った。ここから先は、危ない領域だ。聞くだけで命を狙われるかもしれない危険な情報には、ギイスも何度か触れたことはあるが、その後の面倒を考えると出来れば関わらない方がいい。
 相手は余計な事を知った人間を一人消すくらい、造作も無い集団なのだから。
 ミリニアも承知しているのか、ギイスの様子を見ていた。
 まんまと引っ掛かった。ミリニアに協力しなければ、このまま話して協力せざるを得ない状況を作る。協力してくれれば、ここから先には触れないという脅し。
 小細工が嫌いな印象は、自分の思い違いだったらしいとギイスは考えを改める。
(形振り構ってねえなこいつは……)
 ミリニアが他人を巻き込むような人間かは解らない。だからこそ使える駆け引きだ。
「……ユキちゃんの居場所が解ればいいんだな?」
 嫌々ながらも手助けすることに決める。すでに手遅れかもしれないが、ミリニアは個人で動いているらしいことだけが抜け道だとギイスは感じていた。組織と個人の違いは、危険度にこそ現われる。
 踏み込みが少なければ、無視される可能性も大きい。
「出来れば、軍部より早く会いたいの」
「……当てはないことも無いけどよ、確実じゃねえぞ」
 ギイスの言葉に笑顔になるミリニア。否定も肯定もせず、次の言葉を待っている。
「まずは、メディカルセンターだ。それと、軍部より先にってんなら急いだ方がいい。今朝<野良猫>が捕縛されかけたみたいだからな」
 自分も関わっていたなんて事は無論口には出さないのだが。
 ギイスの言葉にミリニアは考えるような仕種をつくり、悩むように言葉を返す。
「そうなのね……ギイスさん、今更だとは思うけど、出来れば捜索にも協力して欲しいの。もちろん、報酬は出すわ」
 ミリニアのすまなさそうな言葉に、最近減った収入だとか、自分の警戒心の無さを呪い、いざとなれば身を隠すしかないと考えながら、もう絶対ハンターズからの依頼は受ないと誓って。
 仕方なく、ギイスは協力する事にする。
「どうにでもなれってんだ」
 ギイスのうめきは、風に乗って散った。




 怒鳴り声にも似た音声が、声高に鳴り響いていた。
『ターゲットをF地区で補足! 周囲の治安部員は至急応援に来られたし!』
『空き地に追い込むよう包囲を敷く。ASAP!』
『了解。シュンカ隊長も現場へと向かっている。治安部の威信のためにも、今日でケリをつけるぞ!』
 響き渡るのは、薄暗い室内。フォトンの発達した時代に、古めかしい灯篭の明かりのみで照らされた空間だった。
 そこに二つの人影が、並んでいた。
 中央には空の座席があり、その間を挟むかのようにして二つの人影が立っている。
「軍部も大詰めのようだし……そろそろ行くかぁ?」
 のんびりと声を発したのは、ゆったりとしたローブに身を包む影だ。
 声音から男と解る。
「オレが船内での仕事とはな」
 もう一つの影からも、声が放たれた。
 アンドロイド特有の機械音声(マシンボイス)
 本来平坦なはずの音声には、喜々とした感情が明らかに含まれている。
「軍部ならば<巨人(ヘカトンケイル)>か、はたまた<策謀(ポイズン)>か……どちらでも消し炭にしてやる。右手の調整には丁度いい」
 アンドロイドはそう言って、声をだして笑った。
「剣と盾の役目を忘れんじゃねーぞ」
 男がアンドロイドを戒める。
「……これ以上の失態、御大には見せられねえ」
 声音には、明らかな恐怖が含まれていた。
 対するアンドロイドは悠然とした声音のまま、歩を進め始めた。
「失態はキサマのせいでもあるだろう。オレの目的は全て手に入れ、そして全てを焼き尽くす。簡単なことだ」
 アンドロイドは悠々と、室内を後にする。
 残された男はため息をついて、アンドロイドが消えた方へと声を放つ。
「……恐怖を理解できねえのは、アンドロイドの究極の不幸だぜ。解らんかなグレンよぉ」
 そのまま、中央の座席へと視線を移した。
「……まったく、あなたのお考えはどこまでも未知です。本当に恐ろしい――」
 声音が変わる。快を含んだ軽快なものへと。
「恐ろしくて恐ろしくて――興奮で狂いそうですよ。仰せとあらばご覧に入れましょう。鋼鉄と灼熱にまみれた地獄を」
 ひたすらに愉快そうな声音に変わり、男は歩み始める。さらに深い闇の中へと。




 太陽が傾き始めていた。
 様々な建物に紛れ、やや遠くにそびえるようにして建つ中央メディカルセンター。その白を基調とした壁も、次第に陽射しに色を染め始めている。
 ギイスとミリニアの二人は高台より半時間ほどかけて、メディカルセンター付近まで来ていた。
 以前<野良猫>のユキを探した時に使ったレーダーは、壊れて使い物にならない。ランディに連絡を取ろうかとも考えたが――
(あのアンドロイドが関わってきて、いい事なんて一つも無かったしな)
 苦々しげにギイスは思い返して、連絡を止めた。
 見つけられる確証がないままの捜索であったが、ミリニアがいるお陰で核心へと近づいていることが解る。
「やっぱり、治安部だらけねこの辺」
「そうなのか? 俺にはいまいち解らんね」
 ミリニアの台詞に、ギイスは感心を返す。制服のみならず、私服であってもミリニアには解るらしい。
「仕種とか、雰囲気が違うもの」
「ブーマとゴブーマの違いなら一目で解るがね」
「怪物が見分けられるのに、何で解らないかなぁ」
 呆れ顔のミリニアに対して、ギイスはつまらなそうに周囲を見渡す。
「しかし、区域閉鎖とかしてねえようだな」
「みたいね。治安への配慮じゃないかな?」
「面度くせえこったな。まあ、お陰で近づけるわけだけどよ」
 メディカルセンター入所棟へと歩を進める。過去のクエストで、ギイスがユキを見かけたのはセンターの裏庭だ。軍部も張っている可能性があるが、ユキの勘の鋭さを思い出して、まだ捕まっていないほうに賭けてみることにした。
「しかし、ユキちゃんに出会えたとしてもだ」
 ギイスはミリニアに話し掛ける。不自然じゃないように徒歩で、自然な動作を心がけながら探している為、周りに漏れない程度に会話しておく事も必要だ。
「何か聞き出せるとは限らんぜ。あの娘は会話が成り立ってねー事が多かったからな」
 20歳近いはずの実年齢から考えれば、幼すぎる雰囲気を纏う、ユキの姿を思い出す。
「それでも、聞ける範囲で聞かないとね……」
 何故か寂しそうな表情を作り、ミリニアは空を見た。
 いや、目線の先には次第に近づくメディカルセンターがあるのだ。そう気がついて訝しげになるギイスを後目に、ミリニアは目線をギイスへと移す。
「ユキちゃんを見つけたら、あとは何とかするわ。巻き込んでごめんなさい」
 うって変わって愁傷な様子のミリニアに、つくづく女は信用できないという気持ちを新たにして、それでもギイスは気遣う言葉を放ってしまう。
「気にすんな。どうせ、仕事も無かったんだしよ」
「助かるわ。あなたが無職なお陰で」
「……嫌味かコラ」
「話は変わるけど、妹さんって軍部の人よね?」
 それは、気を紛らわせるための会話だったのだろう。ギイスにとっては今日一日で起きた出来事の中でも、重要な事柄だったから、あまり触れて欲しい内容ではなかったのだが。
「……まあな。どっかの雑用部隊にいるらしい」
「ってことはあのアンドロイドさんも軍部ね。なんか、正直恐かったんだけど」
「バルバスつったか……あんだけ存在感のあるアンドロイドはそうは居ないだろうな。まさか、歌まで歌いやがるとは」
 恐々とした面持ちで、ギイスは紫黒のフォルムを思い出す。そんなとぼけたアンドロイドは灰色のアンドロイド以外知らない。
「あのアンドロイドさんが歌った唄、知ってる?」
 ミリニアは神妙な面持ちで、まるで確認を取るかのように聞いてくる。
「亡国の戦士、って詩に、よく似てるの」
 詩などに疎いギイスは、素直に解らないと答える。ミリニアは一人で悩むように、言葉を続けていく。
「前半部分は違うんだけどね……そもそも、天空の国の戦士、なんて部分は詩に無いんだけど……」
「あの旦那の創作なんじゃねえのか」
 言っておいて、馬鹿馬鹿しい発想だとギイスは感じていた。自分自身アンドロイドの感情を信じきれないのに、ましてや創作などするものかと。
「違うの。前に聞いたことがあるのよ、前半の唄も。広くは伝わっていないみたいだけど、同じ唄を歌っていた人が居たの」
 そして思い悩むように、ミリニアは俯く。
「どうして母さんと同じ唄を……お伽噺じゃなかったの?」
 小さな呟きだったが、ギイスには聞こえてきた。だが何を言っていいか解らず、メディカルセンターへと歩は近づいていく。
 ミリニアは顔を上げ、ギイスへと言葉を放つ。
「ギイスさん、天空の国とか、天の剣って呼ばれていたもの、何かない?」
 意図の読めぬ質問に、ギイスは戸惑う。
「天空の国……? あー、なんかあったっけなぁ――」
 そこへ横合いから、声が掛かった。
 聞き覚えのある、圧力の篭もった女性の声音。
「そこの二人、制止せよ」
 ギイスは振り向くまでも無い。今朝出会ったばかりで、忘れ得ぬ存在がそこには居るはずだ。
 漆黒の髪を後ろで束ね、特別に改造された制服を着込む艶やかな姿。さらに顔の左半分にある不思議な紋様が、ただの美人では言葉足りぬ存在へと押し上げている。
「またあんたか……忙しいんじゃなかったのかよ隊長さん」
「その責は、主に取ってもらうこともできるのじゃがな」
 妖麗の美女、マハジャ=シュンカ治安部隊長は、ギイスの皮肉もさらりとかわして近づいてきた。
「懲りぬな。あまりの面倒事はこちらもお断りしたいと申したはずじゃが?」
 突然の登場に、ギイスは一瞬言葉を捜す。余計なことを言えば、またしょっ引かれるかもしれないからだ。
「私たち、センターへ面会に行く所なんですよ」
 そこへミリニアが、気負いなく言葉を放った。
 マハジャはミリニアとギイスを交互に見やると、ミリニアへと体を向けた。
「マハジャ=シュンカ中佐、治安部の長を勤めておる。貴公の名前と所属を伺いたい」
「ミリニア=ウィーバー。ハンターズですよ」
 ミリニアの言葉に一瞬だけマハジャが反応するが、すぐに平静に戻る。そして続けて言葉を放った。
「周辺は何かと物騒じゃ。ましてハンターズとなればの…。緊急でないのであれば、面会を延期にすることはできぬじゃろうか?」
 ギイスは黙って見守る事にした。下手に口を滑らせるわけには行かないし、ミリニアの目的が達せられないなら、目当ての報酬も危うくなるからだ。
「ここには父の戦友がいるんです」
 どうやらミリニアは、最小限の言葉に抑えるつもりのようだ。治安部とはいえ、閉鎖もしていない地域から退去させることは出来ないと考えたのだろう。
「……お父上のことは、残念でならぬよ」
 マハジャの言葉に、ミリニアは微笑。おそらくは、言われ慣れた言葉であったのだろう。
「お気遣い、ありがとうございます……ところで、父をご存知で?」
 儀礼的な文句とはいえ、痛恨の念を覗かせるマハジャの言葉に比べて、ミリニアの台詞にはどこか攻める勢いがあった。
「私、父のことを余り知らないのです。よろしければ是非」
 問われたマハジャは表情を変えず、しかし答えるまでに僅かな間があった。
「面識はない。武勇を耳にした程度じゃが……」
「些細なことでも構いません。父のことを直接知っている方は少ないので」
 ミリニアの質問に、マハジャは逡巡。
「……曰く、<幻影(ファントム)
 曰く、<魔術師(マグス)
 曰く、<鬼札(キリング)
 我が入隊した頃は隊長職を退いておったが、元10番隊隊長として字に違わぬ実力に、目覚しい活躍をしておったと聞いておる」
 先ほどミリニアから聞いた話と変化はない。ギイスにとっては他人事だ。
 だがミリニアは、何かを得たかのようにギイスに振り向いた。
「やっぱり……ギイスさん! 天空の国って本当に無いのっ?」
 いきなり話を振られて戸惑うが、先ほどから言われていたことを思い出し、何とか記憶を辿る。
「あー、何か聞いたことはあるんだが……たしかそれは天空の剣だったような……」
 曖昧な頭の中を揺らめくように潜っていく。
「アインクリークス、だっけか? 俺も小さかったし……後で聞いたんだけどよ」
「浮遊機械国家"アインクリークス"か」
 マハジャの補足に、ギイスは記憶を掘り出した。
 アインクリークス。
 機械技術を突き詰め他国を圧倒する先進科学技術を独得し、常軌を逸した高高度浮遊要塞として重鎮し続けた国家。
「たしか、国旗に剣を掲げてたんだろ、だから天空の剣とか呼ばれてたはずだぜ」
 ギイスとマハジャの言葉に、ミリニアは先ほどから考え込むようにしている。
「ねえ……その国って、滅んだんじゃない?」
 ミリニアの指摘に、ギイスは記憶を振り絞る。
 歴史などの学問はベルドーク家にいるころ一通り学ばされた。忌々しい記憶だったが、知識として役立つことには違いない。
「確か、十五年くらい前に滅んだな。突如墜落して、相当な数の人間が死んだはずだ。原因は不明だが、内乱とも、当時の十ヶ国連盟の陰謀とも言われてるな」
 真実は闇の中ってわけだ、とギイスは付け加える。
「相応しくはないが、事実のようじゃ」
 マハジャも懐疑的な様子で、詳しい所までは知らないようだった。
 戦乱の世で、国が滅ぶことはままあることであった。墜落がセンセーショナルな事件とはいえ、ギイスは幼く、落ち着いてはいるがマハジャもほとんど変わらない年だろう。ミリニアに到っては産まれてすぐの出来事であるはずだ。違う世界の出来事にしか感じられないのも当然と言える。
 大量の人間が死のうとも、身近でなければ、それは数字としてしか捉えきれない。悲劇性を持つニュースであっても、目の前で起こる悲劇ではない。
 戦乱の世に慣れた三人にとって、取り乱す出来事ではなかった。
 だがミリニアは、真剣な眼差しでマハジャを見据えると、疑念の声音で言葉を向けた。
「ひょっとして父は……10番隊はその国の滅亡に関わっているんじゃないですか?」
 突拍子も無い推測に、ギイスは呆れ顔でツッコミを入れる。
「おいおい、何だっていきなりそうなるんだ?」
「……唄よ」
「ああ? さっきの旦那のか?」
「――しかし楽園に永遠はなく、強欲なる魔術師の焔は天をも焼き尽くした
 戦士は無力に伏して、掲げる剣は光を失って折れた
――魔術師って、父の字かもしれない……」
 都合のいい思い付きだ。ギイスはそう一蹴することも出来た。
 藁にもすがる想いの人間は、時としてとんでもない外れクジを引いて尚、喜ぶことがある。しかし真剣な眼差しのミリニアを、すぐに戒めるだけの言葉が見つからない。
 誰も彼もが沈黙している所に、電子音が鳴り響いた。
 マハジャの通信機だ。ギイス達をちらりと見ると、礼を一つ残して距離をおく。
 通信を聞かれないための措置だろう。
 ギイスは興味も無かったので、視線をミリニアに戻して様子を見る。
 見ればミリニアは、思いを廻らせているようだ。一つの思いつきから、推察を繋げているのだろうと、ギイスは考える。
(自分の親の過去を探るなんざ、よっぽどなんだな)
 ただの好奇心ではあるまい。それはミリニアの様子からも解る。使命感にも似た気迫を感じさせていた。
 ギイスは顔を上げる。メディカルセンターまではもうすぐだ。
「なんと、どういうことじゃ!?」
 いきなり、マハジャの大音声が響いた。
 見ればマハジャもギイス達の方を見ており、痛恨の表情を浮かべていた。つい大声を出してしまったのを、悔やんでいるのか。
 マハジャは通信を切ると、ギイス達に向かって叫ぶ。
「ここは危険じゃ、今すぐ離れよ!」
 そう言って再び通信機を取ろうとする。切迫した緊張感が、マハジャの全身から伝わってくる。
 瞬間、異質な声がギイスの耳に届いた。
「虫ケラ三匹、つまらんな」
 喜々とした機械音声。
 聴覚が初めて聞き取る声に、ギイスは否応なしに反応する。声の主を探し目を向けると、少し離れた通路からその姿を見つけ出す。
 炎が具現化したかのごとき陰影が、そこにいた。
 深紅色のアンドロイド。
 そのフレームは、ギイスの見たことの無いフォルムを形作っていた。風になびく炎を模したのだろうか、規格外の頭部パーツが最も目を引く。さらにはボディのいたるところにも、同じような細工が見られる。肩に浮かぶのは、その特殊なボディ形状を意識したような鬼面体のマグ。
 そして手には、使い手と同じく炎を模した深紅の大剣が握られていた。
「……<灼熱(インフェルノ)>のグレン!」
 マハジャが深紅の機械人に向けて叫ぶ。グレンと呼ばれたアンドロイドを正面に、すでに戦闘態勢に入っているようだ。
「ほぉ、俺のことを知っているとは……どこの雑魚かと思えば、街の番犬だったか」
 楽しそうな感情が、ギイスにも伝わってきていた。
「しかし退屈すぎる。少しは楽しませてもらいたいものだな、おい」
 言うが早いが、手にした大剣をかざし、轟雷が如く振り下ろす。
 速さに違わぬ轟音が響き、瞬時に地面に突き立った大剣の紅が膨れ上がった。
 突如として生み出された火柱が、ギイス達に向かって走る。
 虚を突かれたギイスだったが、なんとか右飛びで瞬応し炎を避ける。
 見ればマハジャは同じく右に、ミリニアは左に飛んで、炎を避けていた。
 地を走る火柱は、ミリニアとギイス達を分断する形で、そのまま後方へと抜けていく。
 幻影でも幻覚でもない。生み出された火柱は、熱波をもって肌にその存在を伝えてきていた。
「くそっ、何だってんだいきなり!?」
 ギイスの言葉に答える者は無く、炎はただ突き進む。
 炎を生み出す剣など、ギイスは見たことは無かった。
 現行で使用されている近接兵器の中には、切りつけた際に炎熱を発生させる武器もあるが、あくまで刃先に点る程度であり、アンドロイドの大剣が産み出した炎は桁外れだ。
 さらに深紅のアンドロイドの肩には、明らかな脅威が浮いている。
 戦闘補助の可変装甲をもつ人工知能――マグ。その多機能さと有用性はハンターズの中でもマグを大事にするギイスの良く知る所ではある。
(けど、あんな形見たこともねえ。やべえな……)
 マグの有無が個体戦力に大きく影響することを、ギイスは身をもって知っていた。
 すでに火柱の壁は通路を抜けて、かなり遠くの方まで続いている。空を見えればやや遠方からも煙が上がっていて、炎は区画一帯に広がっているようだ。
 突如現われたアンドロイド。だがその異質性に、ギイスの経験が警鐘を鳴らしていた。
「このような所業、何のつもりじゃ? 己の行い、理解しておるのか?」
 マハジャの怒声に、グレンは余裕を持って答える。
「ククク…知ったことか。斬りおとされたこの右手が疼いて抑えが効かないものでな!」
 グレンの言葉に、マハジャから強烈な圧迫感が発せられた。それはギイスを尋問していた時とは比較にならぬ程の、殺気だった。
(こいつも、やっぱりとんでもねえ使い手だ……)
 互いの殺気に、空気が歪んだようにすら感じる。
 歩幅にして十五歩ほどの間合いで、両者は対峙する。
 一瞬の緊迫感から、マハジャが動いた。
 流れるような動きから、隙の無い動作で両手が振るわれる。
 清流がごとき動きの腕から、同時に四つ、長方形のものが高速で放たれた。
 ギイスはマハジャが、牽制の投擲武器を投げたと見ていた。
 グレンは全く動かずに、余裕を持って剣を振り上げ打ち下ろす。
 再び生み出された炎が、マハジャの投げた武器を舐め尽くす――そう思われた瞬間、マハジャの声が轟く。
「解、雹!」
 声と同時、氷の柱が炎の前に産み出された。
 氷に激突した炎は消失し、炎を押し返すようにして氷鎖が地を進む。
「ほぉ、呪符か。面白い!」
 迫る氷鎖を前にして、なおも喜々とした声音で、グレンは大剣を振るう。
 鈍く響く踏み出し音と共に、猛烈な旋風がグレンの周りに生み出された。
 同瞬で三度振るわれた深紅の線が、三重の炎となって放たれる。
 直撃の瞬間、蒸発の鈍い音を上げて、氷鎖と炎は同時に消失。
 水蒸気の薄霧が、二人の間に横たわった。
 再び沈黙のまま対峙する二人。
 ギイスは驚愕を禁じえない。
(呪符術の使い手かよ……見るのは初めてだ……)
 話だけ聞いたことはあった。だが、フォトンジュネレーターの恩恵を受けられぬ船内で、テクニックのような効果を発するとは、規格外もいいところだ。
「――センターが!?」
 驚愕にふける間もなく、炎の向こう側から、ミリニアの悲鳴にも似た声がする。
 最初の火柱は、メディカルセンターにも届いていた。白壁が見る間に煤け染まっている。
「くっ……」
 苦悶の表情のマハジャ。もし室内にでも燃え移れば、例えスプリンクラーが作動しても被害は免れない。ましてやメディカルセンターには、動けない者も居るはずだ。
 しかし狂気のアンドロイドを前に、うかつな動きは出来ない。
「マハジャ! 何か武器は持たねえのか!? あったら俺に渡せ!」
 ギイスの言葉に、マハジャは振り向くこと無く答える。
「呼び捨てとは敵わぬな。主がこの場で武器を手にした時点で、船内武装規定違反じゃ」
「んなこと言ってる場合か! 目の前にいる奴がどんなのか考えろよ!」
 ギイスの言葉に、無言のままマハジャは懐から何かを投げた。
 筒状のそれは、フォトン式武器の柄。手早く展開すると、緑色のフォトンが生み出された。
「セイバーかよ……もっとマシなのはねえのか」
「武器は不得手での」
 苦々しそうに言うマハジャ。
グレンは愉快そうに様子を見ていた。
「何匹でも構わんぞ、おい。余興に足りうるのならばな!」
 余裕を持った挑発に、しかしギイスは乗らない。
 思考を高速で巡らせる。
 ミリニアは前衛には見えない。戦力としては数外。
 マハジャが最も頼りになるが、呪符がどれほどの技なのか信頼できない以上、不安定な要素も残る。
 そして自分。最弱の武器一本。
(せめて二刀なら……って無いものねだりしてもしょうがねえけどよ)
「ねえギイスさん、あれっ!」
 ミリニアが炎に撒かれるセンターを指差す。
 出入り口に向かって駆ける、黒髪の少女。
 ユキ=レイトリーがメディカルセンター内へと進入していったのだ。
「なんであの中に入りやがる!?」
「ゲオジルクさんの所に行ったんだ……何とかしないと!」
 焦燥の声音で、ミリニアが叫んだ。
「踊れ」
 突如として、炎が迫る。
 油断なくグレンを見ていたマハジャが再び手を振るうと、印を結んで言葉を一つ。
「護、碧!」
 三人の目の前に青色の障壁が生み出され、炎を受け止めた。
「――マハジャ! さっきみたいな氷のやつ、まだ使えるのか?」
 ギイスは問う。戦力を隠されることも考えたが、マハジャの思慮に賭けるしかない。
「……限りはあるがの」
 ギイスは決断を迫られていた。
 突然上がった火の手。火の手に飛び込んだ<野良猫>。当然、各所の対応は遅れているはずだ。当てには出来ない。
 誰が必要とされていて、いま自分は何をすべきか。
 失わない為に、何をするか。
「……いいか、俺が時間を稼ぐ。その間にマハジャ、お前さんは鎮火に努めろ! 軍の組織力でも呪符でもいい、あんたしか出来る奴はいねえ。 ミリニア、あんたはセンターの避難を手伝うんだ!」
 言い放つギイスに向かって、マハジャとミリニアは驚きの表情を返す。
「ギイスさん!? 一人で戦う気なの?」
 心配するミリニアの声に、ギイスはしかし強がり一つ。
「いいから急げ!」
 ギイスの言葉にマハジャは無言のまま、ギイスに一枚の符を放った。
「蒼、盾!」
 濃厚な青のフォトンがギイスを包みこんだ。
「……三分だけ持たせよ。それで戻る」
 言うがいなや、マハジャはセンターに向かって駆け出した。通信機を取り出し、どこかに連絡を取っている。
「ククク…逃げるか、このオレから」
 グレンの声と共に、再び剣が振るわれようとしていた。
 炎を打ち出されれば、消す手段はこちらには無い。
 焦燥がギイスを包み、何とか阻止しようと間合いを詰める。
 しかし、遠すぎる。
 高く振り上げられた大剣は、ギイスもろとも、マハジャを焼き尽くす意思の現われ。
「灰となれ!」
 鉄を打ち鳴らす轟音が響く。
 瞬間、炎を模した大剣が、空を舞っていた。
「――なにっ!?」
 気を逃さず、ギイスは間合いを詰めた。
 緑色の光刃が横薙ぎに振るわれる。
 突然の事態にも瞬応したグレンがバックステップで回避するが、避けきれなかったのかボディを浅く薙いだ。
 畳み掛けるギイスに、グレンの左手刀が突き出される。
 恐るべき速度の突きも、ギイスを包む青い光に触れた瞬間、その速度を鈍化させた。
 何とか反応したギイスは紙一重で右半身を捻り、突きを回避。
 そのまま回り込む速度で斬撃を繰り出す。
 グレンは突き出した勢いのまま前転し、声高に叫んだ。
「喰い殺せ――オーガ!」
 ギイスの脳内で、凄まじい警鐘がなった。
 突如呼ばれた名詞は、そこに居るはずの何かを呼ぶ声。
 追撃を即座に止め、セイバーで防御姿勢を取りながらグレンと反対方向へ跳躍。
 防御越しにも、腕に重たい衝撃が走る。
 衝撃に飛ばされながらも何とか姿勢を保つと、先ほどとは位置を変え、弾かれた大剣の側にギイスは立っていた。
「あたし抜きでやってんじゃないわよ!」
 炎に負けぬ赤い髪を振り乱し、ミリニアが高らかに叫ぶ。
 片膝をつく姿勢で、その手に構えるのは硝煙をあげる黒塗りの拳銃。
 非フォトン式の拳銃から放たれた弾丸が、大剣を吹き飛ばしたのだと理解する。
「グッジョブ! って言いたい所だが、あいつに当てろよ!」
 ギイスの抗議の声に、しかしミリニアは怒声で返す。
「あんたの体が邪魔で撃てなかったのよ! それともどっかのお話みたいに、一緒に撃ち抜いて欲しかったの!?」
「だったら今撃てよ!」
「もう全弾使っちゃったわよ! 一瞬で六発撃ったことを褒めなさい!」
 グレンはすでに、油断なくギイスとミリニアを見ている。
 見れば肩に居たはずの鬼面体のマグが、グレンの周りを飛び回るように旋回している。
(さっきのオーガってのは、あれかっ?)
 直接攻撃型のマグ。最終段階に入ったマグならあるいはそういう機能も付くかもしれない。
 大剣を無くしたとはいえ、隙の無いグレン。
 もう同じ手は使えそうに無い。
「私は出来ることをする! あと二分、任せたわよ!」
 そう言って踵を返し、全速力でセンターの救助に向かっていった。
「気楽に言ってくれるぜ……」
 手持ちの装備では明らかに心もとない。目の前のアンドロイドは、素手でもかなりの使い手だ。
 それに、足元の大剣を奪い返されたらもう打つ手は無くなる。間合いの外から必殺されるだけだ。
 油断なくセイバーを構えながら、しかしギイスは不安に飲み込まれそうになる。
(勝てるのか……俺に)
 迫り来る己の闇。
 母の血が、兄の拳が、脳裏に蘇る。
 そんなギイスの不安を見越してなのか、グレンはなおも愉快そうに佇んでいた。
「ククク…ネファリウスを獲って満足か? それでも随分と余裕がないようだな、おい。少しはできるようだが、話にならん」
 見抜かれている。
 一瞬、大剣を取って使うことも考えたが、人間が扱える代物には見えなかった。
 思考しなければならない。あざ笑う死神を打ち払って、ギイスは己の全てを超速駆動に掛けた。
「生身であることを呪って死ね」
 深紅の陽炎がギイスへと突進を始める。
 ギイスは剣を握る手に、更なる力を込めた。




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