A HAPPY NEW YEAR !!!


Hop&Hope



大凶:全て悪し。

「…………」
 賑わいをみせる境内に、一点陰が落ちる。
 あまりに眩しい人々の表情の中、陰の存在は人々の視界から無意識的にも消されてしまっているのか。惨めに。
 お約束といえばそれまでだが、これだけは勘弁して欲しかった。
 人生において、これほどの絶望を感じる瞬間はないだろう。
 どうして全ての始まりである希望に満ち満ちた1日目から、この先一年を否定されなければならないのか。
 あんまりだ。あまりに理不尽過ぎる。
 泣こう。今日くらいは泣いてみよう。本気で。
「俺の人生が紙切れ一枚に左右されてたまるか!」
 いや、叫びたくもなる。こんなことがあってたまるものか。紙切れに泣かされるなどと馬鹿馬鹿しい。
 だいたい、一言で片付けているところも腹立たしい。
 なんだ、『全て悪し』って……
 対策やら何やら事細かに書き込んでいるのが普通ではなかろうか。
 ここまで人を小馬鹿に、それでもって絶望の淵まで叩き落していったい何が楽しいのか。
 そうだ。こんなもの破り捨ててやろう。
 大人にもなって、こんなものに感慨受けていては情けないことこの上ない。
 大凶だからなんだというのか。
 紙を両手に持って構え、今にも引き裂かんと力を込める。
 だが、破れるか破れないかのところまで捻って、その手が止まる。
 本当に破ってしまっていいのだろうか。
 踏み切れないのは弱さか。
 だが、どうしても不吉に感じるのは気のせいか。というか、呪われそうだ。
 それになんだか、結果が気にいらないからといって、なかったことにしてしまうとする自分の考え方も子供臭い。加えてなんとなく負け犬っぽい。
 しかしこのままでは、不名誉な章を背に、この一年を引き摺って生きていかねばならない。
 天秤にかけるまでもなく、それだけは避けたい。
 寧ろ紙に書かれたたかだか2文字に負けるものか。
「ク、クソったれ!  勇気を持て。動け、俺の腕!」
 今度こそはと力を込め……
 ビリビリ―――
 と、自分の手元からではなく、すぐに隣から紙を破く音。
 邪魔をしたのは誰だ。もとい。潔く破り捨てた猛者はいったいどんなやつだろう。
 きっと自分と同じ目にあったに違いない。
 そうだろう。破りたくなって当然だ。
 ありがとう。勇気が湧いたよ。
 などと感謝の言葉を心中で幾度と繰り返しながら、そおっと顔を向ける。
 そこには丁度紙を破り終え、誇るように光沢を放つ無機質な黒紫色の手。
 ゆっくりと視線を流しながら、その相手の表情を覗き込む。
 さも満足気。否、自信に満ちた鉄面皮とでもいうのか。
 それはよく知った顔でもあり、できればこのような場所では会いたくない人物であった。
 黒と紫を基調としたアンドロイド。同じ軍部の仲間……
 最強だの厳格だの呼ばれる軍部の一隊長にして、何が気に入らないのか自分を執拗にライバル視してくるストーカー野郎だ。
 確かに猛者にはかわりないが……そのアンドロイドがなぜここにいるのか……
 おみくじなどを嗜みにきたとでもいうのだろうか。
 ありえない。こんな場所に赴くことを寧ろ億劫とするようなやつが。
 だいたい、アンドロイドがおみくじの結果に何か感ずることがあるのだろうか。
 でも、破り捨てたってことは大凶だろう。相手が相手だが、自分と同じ立場の者が身近にいるってことだけでも、とりあえず少しは救われた。
 お前も一緒に泣けばいい。
 ここまでひとしきり思考を巡らせ、心も少し落ち着いた。
 とりあえず、離れよう。ここで絡まれて喧嘩を売られようものなら、困るし嫌だ。
 幸いにも自分の存在に気付かれていないようだ。空を仰いでいる今がチャンスだ。
 手に握ったおみくじのことはさておき、その場を後に、そっと一歩を忍ぶ。
「末吉だ」
 アンドロイドは小さく呟いた。
「おい、ふざけんな! 末吉様を破り捨ててんじゃねぇよ!! もったいねぇだろうが!!」
「ぬ? サイ……」
 何故か口を切ったのは自分……
 まずいと言わんばかり口を塞いでみせるが、既に遅い。
 思わず反射的に反応してしまった自分に情けなさを感じながら、こうなれば自棄と言わんばかり、大凶よりも遥か高みの存在である末吉様を破り捨てた神への冒涜者を睨み付ける。
 アンドロイドは不思議そうにサイを捉え、そして手元に握られた紙切れを一瞬見やった。
「……おめでとう」
「おめでとう――じゃねぇよ! 今俺のおみくじに対して言ったろ?」
「新年の挨拶だ。……なるほど、当然の大凶だったか」
「おい、当然ってどういう意味だ?」
「今年、まずは1勝だな」
「なっ?! おみくじなんかで優劣つける気か? 落ちたもんだな、軍部最強のアンドロイドさんよぉ!」
「新年の出足から挫かれたことがそれ程に不服か?」
「上等だ! なんなら今ここで一生分の優劣つけてやろうか! 神様の前で懺悔してきな!」
 自分から絡んだような気がしたが、そんな事実忘れよう。
 こいつだけには解からせてやらねばならない。末吉様の有難みを。
 馬鹿にされてなるものか。
 境内の雰囲気は険悪。いつの間にか、人々の注目の的だ。
 そんな視線すら気にした様子もなく、今にも掴み掛かからんと、互いの視線が火花を散らす。
 ――ヒュンッ――
 そして何かが風を切った。
 それは一瞬にしてサイの握る不名誉な紙を貫通し、彼等の横に合った木の幹に突き刺さる。
 何事だろう。
 2人の目線、そして人々の目線もそれに集中した。
「これ、破魔矢か……?」
 サイの紙を貫いたのは、他でもない聖なる矢。
 大凶を討ち払ってくれたのか。
 誰だか知らないが、ちょっと救われた気がする。
 しかしこれが、もし自分の手に当たっていたらどうなっていたのだろう。
 そんなことまでまるで考えず、状況に相応しくない解釈をしながら、サイはどこか満悦気に矢の飛んできた方へと振り返った。
 そこで、今自分の置かれている大凶的事態に気付く。
 視界に飛び込んできたのは、いつもは三つ編の若葉色の長髪を結い上げ、同じく緑の振袖を着込んだ瞳の大きな女性。
 まだ幼い印象を受けるが、そこは化粧様々といったところだろうか。
 そしてその可愛らしい女性の手に握られているのは、今の破魔矢を放った木製の弓。
 サイは見なかったことにしようと、急いで視線をアンドロイドへと戻した。
 アンドロイドもきっと同じことを考えたのであろう、再び絡み合う視線。
 だがそこに、先程の険悪さは微塵にもない。
「参ったな。今日は絶好の得物持ってるぞ、あいつ。だいたい破魔矢って魔除けのお守りとかの類だろ?」
「破魔弓か……場所が場所だ。不思議はない」
「やっぱお前も大凶じゃねぇの?」
「一緒にされては困る」
 サイはひと呼吸つき。
「バルバス、俺達はまだ何もしてない。違うか?」
「正論だ」
「未遂は罪にはならないって?」
 いつの間にか距離を詰めた弓の女性が隣にいる。
 サイは恐る恐るそちらに振り返り、そしてあからさまに引き攣った笑みを送る。
「あけましておめでとう」
「うん、あけましておめでとう」
 対して女性はにっこり笑う。その笑顔に、冷や汗が流れた。
 必死に言葉を探す。
「振袖姿も可愛いね、メリーちゃん。あー、でもダメだな。その弓のせいで台無しだ。それは俺が預かるよ」
「じゃあ、こっちの破魔矢も一緒にお願いね」
「んな物騒なもん、こっちに向けて構えんなぁぁぁああ!!」
「新年早々、あんたたちはな〜にやってんのよ〜〜!?」
「待て、まだ何もやってないって! それにもとはと言えばオタクの隊長がだな…って、バルバス! どこいきやがった?! 末吉かっ! 末吉パワーで逃げやがったのか? 汚ぇぞ!!」
「こんな人の集まる場所で乱闘騒ぎなんて起こしたら、軍から正式に首が飛ぶわよ!」
「だったらまず自分自身の行動にも疑問を持て!」
 懸命に訴えかけるサイに、メリーは弓を構えたまま。
「何の騒ぎじゃ?」
 と、そこへ現れたのは、襟元にキラリと治安隊の勲を付ける、救世主。
 治安隊ならば、この一方的な暴徒を治めてくれるに違いない。
「あぁ、マハジャ! 助かった! どうにかしてくれ!」
「む? なんじゃ、サイとメリー殿であったか」
「おめでとうございます、シュンカ中佐殿」
「おめでとう。こちらも早々巡回に忙しい故……痴話喧嘩も時と場所を考え程々にの。では……」
 そして何事もなかったかのように踵を返す、救世主。
「え? ちょ、待っ! 頼むよ、マハジャ!」
「うむ。今年もよろしゅう」
「なんだそのボケ? ……ってマジで行っちゃうのね……そうか、これが大凶か……」
「悪霊退散!!」
「破魔矢は正しく使いましょぉぉぉおおおおおお!!!」

 絶叫が境内に響き亘り……

「あっちは随分賑やかですね」
「馬鹿騒ぎしている連中がいるんだろう。こんな日だ、結構なことだな」
 花の散った振袖姿のミイニと、タンクトップにジャケットを羽織っただけのハルス。
 秀麗に整ったミイニと相変わらず粗野なハルスとが、不釣合いに目立つ。
 ハルスには欠かせない咥えた葉巻は、いつものようにモクモクと煙が吐き出され続けていた。
「ボス、ここは禁煙です」
「来年からは気をつけよう」
 ミイニは小さなため息をついた。
「今年は始まったばかりではないですか……」
「初日から、固いことは言うな」
「そんな調子のいいこと言ってもだめです」
 ミイニに軽く睨まれ、苦笑しながらもハルスは渋々と煙を消した。
 そんな姿を見ながら、ミイニは嬉しそうに微笑む。
「ボス」
「なんだ?」
「今年もよろしくお願いします」
 ミイニが改めて新年の挨拶を送る。
 彼女の一杯の笑顔を見て、ハルスはどこか照れ臭そうに視線を逸らした。
「頼りにしているぞ、ミイニ」
「はい!」
 ミイニはいつもにないくらい元気に返事を返し、そして横の人集りのできた小屋を指差す。
「ボス、おみくじ引いてみませんか?」
「悪くないな」
 言うなり聞くなり、ミイニは足早に駆け出した。
「随分と機嫌がいいようだな」
 いつもらしからぬミイニの言動に心中では驚きながらも、ハルスは穏やかにその背中を見送る。
「今年一年の我等の成功に、願を掛けるのも悪くなかろう!」
 清々しい空気を、灰に吸い込み。
「皆、よろしく頼む!」
 一杯に叫び、豪快に笑い。
 そして、ハルスは新しい葉巻に灯をつけて……

 これから訪れる日々に思いを馳せ
 新年の風は、肌寒くも、優しく撫ぜる。

草書