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その日は日曜日とあって、通天閣の前は朝早くから行列が出来ていました。
別口で、「安田大サーカス」のお笑いライブも催されていました。
最初は無料のエレベーターに乗り、
次に有料のエレベーターに乗り換えるというシステムです。
一番上にこの「ビリケンさん」が奉られていて、拝んできました。
でも入場料が高すぎるので、二度とは上りませんけど...。
無料のそれを降りた所に土産物屋があるので、それで充分です。
その日は江戸堀の
「ファミリーイン・フィフティーズ大阪(肥後橋)」に一泊。
ここは、一階にPCが3台あるのでいつでも使えそうです。
ただ、碁は打てませんでした(javaの設定がしてないせか)。
P場もすぐ隣で安いが(一泊千円くらい)、
途中に出し入れが出来ないのが難点(別料金)。
夕食は近所の「持ち帰り弁当」。
朝はパンが食べ放題ですが、
すぐ超満員になるので、オチオチ食べてはいられません。
安いと思ったのは気のせいで、
全体的に古く 立地も悪く、普通です。
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沖縄には哀しい性がある。
現地の親戚の者たちと居酒屋に飲みに行った時のこと、
何も知らない私は瓶ビールを注文しました。
そしてお互いのグラスに差しつ差されつしました、いつも本土でしているように。
実は、これはしてはいけない事だったのです。
この後、親戚の者たちは生ジョッキを注文してガンガン飲んでいました。
あまり飲めない私は、ひたすら食べることに専念していました。
沖縄の人たちは、外では生ジョッキ、家では缶ビールと決まっているようです。
私も家では缶ビールですが、グラスに注ぎます。
沖縄の人のように、直接口を付けて飲むことはしません。
食堂でもこんなことがありました。
そこは座敷もある大きな食堂でしたが、
畳の片隅に「座椅子」が高く積み上げられていたんです。
見ると誰も利用していませんでした。
寝るときも、布団を敷いたりしません。ゴザの上に雑魚寝です。
私はこれらを目の当たりにしたとき、愕然としました。
「沖縄はまだ戦争が終わっていないのか...」と。
本土のように座椅子に座って本格的に食事をしたり、
チンタラチンタラと酌をし合ったり、本格的に布団で寝たりしない。
これらは、空襲からスグに逃れるためではないのか!と。
昔の名残が今だに続いているような気がしてならない。
沖縄の人たちが、本当の意味で心休まる日が来ることを願っています。
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その昔、京都の彼女と一緒に来た思い出があります。
私は奈良の生駒に住んでいて、
京都まで近鉄電車をよくキセルしていていました。
その日はGパンに下駄履き姿で、
中庭の石に腰掛けていると、
一人の外国人の男が近寄ってきました。
始め何を言っているのかわかりませんでしたが、
盛んに私の足下をみるので、
嗚呼、ゲタが珍しいんだなと思いました。
私は「ジャパニーズゲタ」と言うのが精一杯でした。
今回はそんな思い出以来の訪問になりますが、
二条城は昔のままでした、何もかわっちゃいない。
側にその彼女がいないだけです。
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天橋立(アマノハシダテ)は、
昔はもっと賑わいでいた印象があるんですが、
今はすっかり寂れていた。
ただイタズラに年(歳)を重ねてきただけのようで、
何の努力もしてこなかった己自身を見ているようでした。
その日は「天橋立ホテル」に一泊しましたが、
これが失敗でした。
どこかの宿サイトの安売りにはご注意ください。
部屋選びには「海側」と「山側(道路側)」があり、
「山側」は更にお安いのですが、
私は迷わず眺めが良いだろうと「海側」を予約しました。
そして通されたのが一階の部屋でした。
天橋立は上から見るもので、
下から見ても、おもしろくも何ともありません。
こんなことなら安い「山側」にすればよかったと、
後悔する事しきり。
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