日記

2006年08月27日







【自分の土俵で相撲を取る】


碁の勝敗は、
石の効率で決まると言っても過言ではありません。
置き碁で、
どうしても黒が勝てないのは
石の働きが乏しいからにすぎません。
例えば新しい職場、
初めての仕事は慣れるまでが大変ですよね。
右も左もわからず、その動きには無駄が多く、
ベテランの人とはその早さが比べものになりません。
碁もそれと一緒で、
何十年やってても実は新人と同じなのかも知れません。

本当の意味でのベテランになるために、
これからは
石を最大限に働かせるような打ち方を心掛けましょう。
その為には序盤の打ち方が一番大切です。
序盤の内は、
決して石を取ろうとか
地を取ろうという意識は持たないでください。
相手の弱い石を早く見つけて、
ひたすら攻めて自分の土俵を築くことだけに専念します。

こうして出来た自分の土俵だけで相撲を取るようにします
(決して相手の土俵で相撲を取ってはいけません)。
置き碁では、
置き石が多ければ多いほど既にある程度土俵は出来上がっていますので、
ほんの少し肉付けをするだけで済みます(これを大風呂敷と呼びます)。
そして、
自分の石数が多い所では強く戦います。
決して弱気になってはいけません。

強気の態度が何れ勝機を見い出すと信じて、
戦いまくってみてください。
例え負けても、そこから得るものが何かある筈です。
それを繰り返すことによって明日が見えてくる筈です。
戦わずして負けたんでは(例え勝っても)、
そこからは何も生まれてきません。

尚、置き碁の場合その力の差から、
少しでも白石が多い所は「白の土俵」と言えます。
黒石が少々多いぐらいでは
「黒の土俵」と言えませんのでお気を付けください。

では、皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
 
 
【もう一人の敵】

『子供の頃、ほしい物全てを買ってもまだお金が余っていました。
私の人生で、この時が一番お金お持ちだったような気がします』

私が幼少の頃です。
お年玉をもらって、
欲しかったおもちゃやお菓子を一杯買っても、まだお金が残っていました。
こんな究極の“至福の時”は、
後にも先にもこの一度っきりでした。
皆さんには、そのような経験はありませんか?。
今、ほしい物すべてを手に入れようと思ったら、
一体いくらのお金が必要でしょう。
いくらあっても足りませんよね。
何故このようなことになるかと言えば、
子供には欲が無いからです。
大人になった今、
私たちはすっかり欲の固まりと化してしまいました。
あの井原西鶴も言っています、
「欲に手足を付けたのが人間である」と。
その最たるものが政治家かも知れません。

欲にも“金銭欲”“名誉欲”“色欲”“食欲”と色々ありますが、
碁で、もっと石を取りたがるのが“物欲”かも知れません。
普通にヨセていれば数目残っているものを、
欲を出して逆転負けをするというケ−スがよく有りませんか?。

私の今までの講座を実践してきた皆さんは、
もう既に優位に立っています。
後は的確な形勢判断と目算を残すのみだと思ってください。
この形勢判断で、自分の碁形が厚いか薄いかを判断します。
厚いと、地が増えることはあっても減ることはありません。
薄いとその逆です。
目算では、お互いに同じような所は数えません。
その差さえ解ればいいことですから、
どんどんカットしていけば数える所は限られてきます。

この時点でもしも負けていることに気づいたら、
「どこか手になりそうな所は無いか」
「コウを仕掛ける所は無いか」を捜します。
いわゆる勝負手を放つわけですが、
それすらも無いときはさっさと投げましょう。
相手が間違えるのを期待して、
普通にヨセるのは愚かなことです。

人間の心理として、僅かの勝ちの時はとても不安なものです。
そして、もっと勝ちたいという“欲”が頭をもたげてきます。
そんな時、
相手に少しでもスキがあると強引に決めてしまおうと思いがちです(誘いのスキかも知れないのに)。
この心理にも打ち勝たないと、最後のツメで躓くことになります。
敵は目の前の相手だけではなく、
実は己の心の中にも潜んでいると思ってください。

では、皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
 
 
【こんなヨセはよせ!(^o^)】

福沢諭吉の語録に
『世の中で 一番寂しいことは 仕事がないことである』
というのがあります。
これを囲碁に置き換えると
『碁の中で 一番寂しいことは 打つ所がないことである』
になります。
もっと言えば、
『世の中で 一番悔しいことは 碁で一目負けを喫することである』になります。
誰しも、一目差(或いは半目差)の負けで悔しい思いをした経験がある筈です。
ネット碁だとそれほどでもありませんが、
それが囲碁大会の時だと、その悔しさたるや半端では無いでしょう。
こんなことなら、ヨセでもっと頑張っておくんだったと後悔することしきりです。

終盤で目算した時には確かに勝っていたのに、
並べ終わって数えてみたら負けていた。
これは何を意味するのでしょう。
優勢な時はどうしても安全運転に徹しがちです。
相手の手が少々強引だなと思いつつも、
ついつい手が緩めがちになってしまいます。
そんなことを何回か繰り返している内に、
いつしか追いつかれてしまっているんだと思います。
優勢な時でも、やはり無理手は咎めないといけません。

皆さんの置き碁を見ていると、
互角の権利(両先手)である筈の一線のハネツギを、
みんな白に打たれてしまっています。
そして最後の“手止まり”を白に打たれ、
やっと黒に先手が廻ったかと思うと、
残っているのはカスみたいな所だけというパタ−ンです。
これでは、さしもの良い碁も悪くなるのは当然です。
先手になる一線のハネツギは、
中に何も手がないとわかった瞬間に、
相手より先に打つようにしましょう(中盤でも)。
利かされてばかりでは余りにも辛いので、
出来れば手を抜きたい。
安易に受けないで、
それよりももっと大きな所が先手で打てないかを考えます。
それから受けるようにしましょう。

ヨセでは、
中を囲うより二線のスベリのほうが大きいと考えたほうがいいでしょう。
中央のほうがどうしても大きく見えますが、
自分の地が数目増えるだけです。
それに対して二線のスベリは、
相手の地も減らしています。この出入りが大きいんです。
初心者の方が陥りやすい目の錯覚ですので、
お気を付け下さい。
ヨセにも、
定石に出てくる手筋を応用できるケ−スがよくあります。
手筋の捨て石を放って、先手で切り上げる工夫をします。
碁は“気合いだ−!”ならぬ、
“先手と効率だ−!”と常に念じながら打って下さい。
ヨセには、
布石のような雄大なロマンはありません。
事務的で無味乾燥かも知れませんが、
先手先手と続けて何度もビシビシと決めれるようになると、
これほど痛快なものはありません。
例へ碁に負けても、負けたような気がしないから不思議です。

皆さんが早く『石を取る悦び』から脱皮し、
細かい碁に導き、
それを征することに悦びを感じるようになることを願っています。

では、皆さんのご健闘を祈ります

 
 

 【「上達以前」の問題について 】


日々努力しているのになぜ上達しないのか、
疑問を抱いたことはありませんか?
碁に「定石以前」という言葉がありますが、
私たちは「努力以前」に問題があるのかも知れませんね。
“相手の地にヤキモチを焼く嫉妬深さ”
“手拍子で打つ軽率さ”
“石を捨てたがらない強欲さ”
“石が死ぬとスグあきらめる粘りのなさ”
“スト−カ−のようなしつこい追及”、どれか心当たりがありませんか?
どれも「これからの碁」の場合がほとんどですから、
一呼吸置いて局面全体を見るクセをつけるようにしましょう。
私はネット碁の考慮時間を、一局の碁で数回「形勢判断」のために使います。
考慮時間をたくさん残して負けるのは愚かなことです。

一般に、碁は60目の地を争うと言われます。
お互いに普通に打つと60目前後の地になることがよくあります(お互いに地取り碁をすればお互いに100目以上の地ができることもありますが)。
これは強い者同士でも弱い者同士の碁でもよくなるから不思議です。
相手の地を数えなくても、自分の地が70目あれば10目勝ち?
碁はそんな単純なものではありませんが、
60目をひとつの目安に考えればいいと思います。

自分より極端に強い相手と打っても、その手の意味が理解できないと思います。
それより、
自分より2目強い相手を捜してそれを越えることを目標にした方がいいでしょう。
対になったらまた2目強い相手を捜す、その繰り返しです。
今は昔と違って、
ネット碁でスグ相手が見つかるので便利です。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
 
 
【相手が強引に石を取りにきた時】


皆さんのネット碁を観戦していると、
自分の不備は棚に上げて強引に石を取りに行く人をよく見かけます。
さらに、
攻められてる側もさして考えもせず活きにつこうとします。
これではいくら打っても上達する筈もなく、
いたずらに局数を重ねているにすぎません。

元々早碁は上達の足しにならないと言われますが、
手所でも考えない碁は全く身に付きません。
私は石が取られそうになった時は、
まず捨てて打てないかを考えます。
それから相手の不備(欠陥)を捜します。
そして最後にようやく一番得な活き方、あるいは先手で活きれないかを考えます。

これらを30秒以内に読める訳もなく、ここで考慮時間を使います。
単に活きるだけなら長考派の私でも30秒もあれば充分ですが、それではあまりにも辛すぎます。
前に「後手活きは辛い」と言いましたが、相手の言いなりにならない「反発心」が大切です。
活きる前に利かせれる所は利かしておきましょう。
活きた後では利いてくれない場合もありますので。

石はそう簡単に取れるものでもありませんし、
そう簡単に取られるものでもありません。
ですから滅多に取りに行こうとしてはいけません。
「取ろう取ろうは取られのもと」と言います。
石を取りにいく時は、
自分の足場をしっかり固めて、確実に取れるという裏付けがある場合だけにします。
それで相手が警戒して一手入れてくれるなら、
それで満足します。

以前にも言いましたが、
碁は「取る気などサラサラ無いよ」という気持ちで臨み、
攻めにだけ専念します。
そうすると相手が勝手に転んでくれます。
それをひたすら待つという打ち方が私の打ち方です。
転んでくれない相手には適いませんが(^o^)。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 

 
 
【壁にブチ当たった時】


「一目でも強くなりたい」
これは囲碁ファン共通の願いですが、
皆さんは今壁にブチ当たっていませんか?
想えば私も“3級の壁”“初段の壁”“三段の壁”と、
幾度と壁にブチ当たったような気がします。
その度に挫折したもんです。
小説「ある高校生の挫折」がいい例です。
皆さんも一度大きな碁会所に行ってみませんか?
近所の小さな碁会所では駄目です。
大阪だと「OS囲碁センタ−」(小説では「MK囲碁センタ−」にしてました)のような大きな所がいいでしょう。
そこでケチョンケチョンにやられてください。
そう、二度と立ち上がれないくらい。
人間は惨めな思いをしないと
本気で勉強に取り組めないようです。
負けず嫌いの貴方でしたら、
必ずそこから這い上がって来られるでしょう(ネット碁だと顔が見えないせいか、いくら負けても挫折感が味わえません)。

私は初心者の頃、
杉内雅男九段の「やさしい定石」を見て、
いくつかの定石を丸暗記したものです。
しかし、定石のウロ覚えほどたちの悪いものはありません。
相手が定石はずれを打ってきたり、
途中で間違えたりするとヒドイ目にあいます。
これでは始めから覚えなかった方が良かったと。
囲碁川柳に
「定石を 覚えて 二目弱くなり」というのがありますが、
これは定石の一手一手の意味を理解していないからに他なりません。

定石は、手順だけ覚えてもその手の意味を理解していないと駄目なんです。
手の意味を理解していれば定石はずれにも対応できますし、
自ら定石はずれを打って相手を困惑させることも出来ます。
例えば最初の一隅目は定石通り打ちますが、
残りの三隅は定石通りが良いかと言うとそうとも限りません。
周りの石の配置によっては定石はずれの方がいい場合もありますので、変幻自在に対応します。

その後、
石田芳夫九段の「定石事典」に出会い、
繰り返し読んでいる内自然と身に付きました。
中でも特に小目の“二間高バサミ定石”が気に入り 、
得意な戦法にしています(これだけでも一冊の本になってます)。
“三連星の武宮”“中国流の加藤”と言う風に、
皆さんも“○○流の○○ちゃん”と呼ばれるように得意な戦法を身につけられることをお奨めします。
よく実利と厚み、どっちがいいかと質問を受けますが、
そんな時こう聞き返します。
ここに現金10万円と半年先の20万円の約束手形があります(約手には不渡りになる危険性が付きものです)。
どちらを選ばれるでしょう?
迷わず前者を選ばれたら小目多用の実利を、
後者なら二連星を。
迷った方は“星と小目の併用”でバランスを取られることをお奨めします。

私が弱い頃に一番感銘を受けた本が
梶原武雄九段の「石の心」でした。
これを機に碁風が変わったような気がします。
それまでの石を取りたい病が治り、
捨てることに喜びを感じるようになりました。
一旦利かした石はどんどん捨てます。
地も小さく囲うのではなく、
大きく広げて 相手の焼きもちを待ちます。
入ってきた石を攻めますが、
例え活きられてもその見返りは必ずあります。
初めの内は気前よくやりすぎて大負けしたものですが、
その内戦いのコツのようなものが見えてきたものでした。

YさんもSさんも「もう歳だから..」と諦めないで、
どうぞ自分流の碁を確立してください。
勝負事は幾つになっても
「勝てば嬉しい、負ければ悔しい」もんです。
それが“人間の常”ですから。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
 

 
【ネット碁と生碁】


碁は実戦だけでも、本の勉強だけでもいけません。
“文武両道”でどちらも大事です。
力碁で実戦派の人は本で筋を身に付けることによって上達し、本で筋のいい人は対局を積み重ねることによって上達します。
その対局も、
ただ局数をこなせばいいかというとそうでもないようです。
数よりもその内容です、
その一局をいかに打ったかが大切です。
ネット碁のような早碁は、
いくら打っても徒労に終わっているような気がします。

ネット碁で対局数は増えたけれども、
果たして以前より強くなっているかというと『怪しい』という気がしませんか。
実際に碁会所なり大会に出ればわかるかも知れないけど、
そんな暇も無ければ金も無し、
それにチョット怖い気がしたりして..^^;。
私は生碁とネット碁はちょっと違うような気がします。
生碁が真剣勝負だとすると、
ネット碁は道場の木刀勝負でしょうか。

いくら筋が良くても、
ケンカ慣れした相手にまともに行ったんでは適いません(ボクサ−が街のチンピラに簡単に負けるように)。
相手がイチャモンをつけてきた時は、
盤面をよく見ると相手が負けている時ですから、
まともに相手せず少々のことは妥協しましょう。
あまり妥協しすぎると逆転されますので、
その辺の兼ね合いが難しいところです。
こういう所で確かな形勢判断と目算が要求されます。

碁は序盤でまずリ−ドするように、
得意な戦法を身に付けます。
そのためには日頃から布石や定石の勉強をし、
プロの碁を観ることです。
優位な立場から中盤戦を迎える実戦を繰り返していれば、
その内戦いのコツのようなものが見えてくることでしょう。
置き碁は始めから黒がリ−ドしていますが、
それがいつの間にか追いつかれ追い越されてしまうのは何故でしょう。
それは始めに置いた石を活かす打ち方をしていないからに他なりません。
序盤では置き石がつながるように打ち、
中盤の戦いでは常に“盤全体”を見渡し“部分”に拘らないことです。
部分的にはどうしても上手に誤魔化され損をしますが、
全局的にみて得をするような打ち方を心掛けましょう。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
 

 
【石の攻め方・守り方】


どうすれば碁が強くなれるか。
それは前にも言いましたが、「筋と形」に明るくなることです。
では、どうすれば「筋と形」に明るくなれるか。
それは「定石」を勉強することに尽きます。
「定石」は手筋の宝庫ですから、
その中から出てくる“手筋”に感心することが大切です。
「定石」は無理に覚えようとしなくても、
何度も繰り返し見ている内に自然と身につくものです。
出来上がった形を見ただけで、
その手順がわかるようになればシメタものです。
いくら力が強くなっても、
“力”は自分より強い相手やプロには通用しません。
その点“手筋”は技ですから、
柔道で小さい者が大きな相手を投げ倒すほどの効果があります。

「石の攻め方」ですが、
相手の石を直接追いかけている方をよく見かけます。
攻めが直線的です、あからさますぎます。
これでは相手に
「ズボンのチャックが開いてますよ」と直接言っているようなものです。
カツラの「ヅラがずれてますよ」と直に言っているようなものです(^o^)。
私にはとても言えません、遠回しに教えます。
“攻め方”もそれと同じで、
遠回しに攻めます(“モタレ攻め”とも言います)。
石を取りに行く時も、相手の石の近くには打たないものです。
オブラ−トに包むようにしましょう。

「地の作り方」ですが、
相手の石を攻めながら自然と出来る地が理想だと前にも言いました。
それでも隙間が2カ所ある場合がよくあります。
片方の進入を後手で守ると、
もう一方から値切られてしまいます。
そんな時、どちらかを先手で止める工夫が必要です。
その為に捨て石を放ちます。
ある程度犠牲を払ってでも先手で切り上げ、
もう片方をやっと後手で守るという打ち方をしましょう。

本気で石を取りにいく時と地を作る時は、
その前にしっかり考えるようにしましょう。
呉々もノ−タイムで打たないように。
失敗してから考えても
「もう遅いのや」←(男女7人の明石家さんま風に^^;)。

「2子局」の中の“白の打ち方”は私(白)の2子局です。
白1の小目は、黒のカカリを誘っています。
黒にカカらせ、
挟んで先手をとりアキ隅に先行したいという気持の現れです。
だから白は星に打ったり、高目や目ハズシには打ちません。
それだと黒に、アキ隅に 打たれてしまうからです。

前にも言いましたが、白の一手目がどこであろうと、
黒の一手目はアキ隅の星です。
星以外の手は、
最初に置いた石とのバランスが崩れてしまいます。
将棋の坂田三吉が「歩が泣いてる」と言いましたが、
「置き石が泣いてる」と思ってください。
何目の置き碁でも、
常に置き石とのバランスをとるようにしましょう。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
 
 

 【気持ちのいい碁を打ちたい】


今は昔、カメラのキャッチコピ−で
『ボクたちは 気持ちのいい写真を 撮りたい』
というのがありました。
碁もこれと一緒で、
『ボクたちは 気持ちのいい碁を 打ちたい』
をモット−にしませんか。

皆さんは、打っていて気分を害したことはありませんか?。
私は何度もあります(^o^)。
確かに勝てば気分がいいし、負ければおもしろくない。
これは人間の常ですから仕方のないことですが、
負けてもそれほど腹が立たない碁が理想です。
負けても清々しさ(爽快さ)が残るような、
そんな碁になる相手に巡り会いたいもんです。
ただ局数だけを重ねればいいというもんではありません。
一緒に悩み考え切磋琢磨し合う、
そんな相手と頻繁に打つことが上達への近道のような気がします。

先日、
小川誠子プロとアマ五段の著名人の4子局を
テレビで観戦しました。
率直に言ってヒドイ碁でした。
相手がプロ、テレビ中継ということを差し引いてもです。
5級の間違いではないだろうかと思ったぐらいです。
大事な局面ではすぐに打ち、絶対の一手のところでは考える、これでは勝てません。

思うに、
こういう人たちは普段は早打ちで、
考える癖がついていないんでしょう。
力だけで相手をねじ伏せてきたことでしょう。
こんな相手にすら負かされているであろう自分って、
情けない^^;。
途中でチャンネルを変え、
戻ってみたら案の定小川プロの大勝でした。
局後、
小川プロは適当な誉め言葉が見つからず
「チカラがお強いですねぇ」と言ってました、
ヤッパリ(^o^)。




【ヨセ勝負のすすめ】


碁は普通「厚み」と「実利」の別れをしますが、
石を取ると、一瞬にしてその両方を手にすることが出来ます。
前に「置き碁」は競馬の長距離レ−スみたいなものだと言いましたが、
碁はまた、ボクシングのようなものかも知れませんね。

部分的にいくらポイントを稼いでいっても、
最後に大石を取られるとKO負けしてしまいますから。
だからみんなが石を取りたがるわけですが、
勝ってる時はそんなことを考える必要はありません。
一発逆転は負けてる側が企むことであって、
勝ってる側は地道にポイントだけを稼いで逃げ切ります。
つまり、最後の判定(並べる碁)にもっていくようにします。

皆さんのネット碁を見ていると、
負けているのに平気で淡々とヨセている人がいます。
勝っているのに強引に決めてしまおうとする人もいます。
これらの人は、途中でちゃんと
“形成判断”なり“目算”をしているんでしょうか。
持ち時間はタップリ残っているようですので、
それをこれらに使う習慣を身につけるべきです。
対局数の多い早打ちの人は、
ヨセまでいくことが少ないせいかヨセが雑です。

実戦の数も大事ですが、
もっと大事なのはその“内容”と“並べる碁”にもっていくことです。
対局数がいくら増えても一向に上達しないのは、
その内容が雑でヨセまで行かないからではないでしょうか。
これからは、
一局でも多く“身になる碁”を打つように心がけてください。

では皆さんのご健闘を祈ります。




【互い先の布石について】


定石の重要性は前に述べましたが、それよりもっと重要なのは実は布石です。

級位者の皆さんの碁を見ていると、
どこに打っても一局の碁になる、と大して考えもせず打っているようです。
お互いにそうなら布石の段階だけで勝負はつきませんが、
ちょっと布石を研究している相手に遭うと序盤の段階で不利な戦いを強いられます。

布石がマズイと後々まで響いてくるものです。
敗因は中盤の攻め合いの時の一手ではなく、
実は布石の数手目にあったと認識すべきです(置き碁だと一手目の場合も)。

碁石を数手転ばせば相手の力量も分かりますし、
私たちの碁はプロと違って数手打っただけで一旦勝負がついているものです。
ただお互いにそれに気づかず逆転逆転の繰り返しをしてるに過ぎません。
勿論序盤だけでは決着はつきませんから、
道中にミスの少なかった方が最後に笑うことになります。

碁は確かにどこに打とうと自由ですし、どこに打っても碁の形になるから不思議です。
ですが、序盤から苦戦するより優位に立った方がいいに決まっています。
そのために日頃から布石を研究しておく必要があります。
どう打てば始めから戦いの主導権を握れるか、
自分なりの得意なパタ−ンを身につけることです。

いろんな相手に同じパタ−ンで繰り返し挑み、
そして改善していきます。
馴染みの碁仇と切磋琢磨するのもいいですが、
ネットでいろんな人と打ちいろんな考え方があることを知るのが勉強になります。

少なくとも昼休憩に二、三局打つようなザル碁だけはやめたほうがいいと思います。
そういう早碁は、上達の足しになるどころか妨げになっているような気がします。
上達の一歩は負けた碁を反省することから始まりますから、
早碁では反省のしようがありません。

何度も言いますが、碁は“筋と形”です。
力の強い海千山千のジジイ^^;に力で対抗しようとしても如何せん無理な話です。
力には技(手筋)で対抗します。
死んでも形の悪い手だけは打ちたくない、と思うようになれば本物です。

では皆さんのご健闘を祈ります。





【利かしに利かない反発心】


〈プロローグ〉
ここに訪れたあなたには、
相手の安易な利かしに、
安易に利かないでほしい.......。


相手が軽い気持ちで、
先手に利くだろうと思って打ってきた時、
その時こそが実は勝つチャンスだと思ってください。
(えっ!)

相手の利かしにノータイムで受けていませんか
(だって受けないと死んじゃうもん)

死んでは何にもなりませんが、
だからと言ってノータイムで受けないでください。
その時こそ小考してほしいんです。
そこよりももっと大きい所はないかと、
探してみてください。
(......)

受けるにしても安易に受けないで、
何か手はないかを考えてください。

「利かし」に「利かし返す」とか
「ノゾキ」に「ノゾキ返す」とか、
兎に角部分的な折衝には先手で切り上げる工夫をしてほしいんです。
少々の犠牲を払っても、
先手のほうが大きい場合が多いんです。

(急場シノギの手で間に合わすと、その報いは必ずきますよね)
手を抜いた部分に関しては後でイジメを食うことになりますが、
それ以上の所に打った後ですので、
それは仕方のないことです。

手を抜いて打った所より、
手を抜いた報いのほうが大きい場合は、
それはあなたの判断ミスにほかなりません。
でもそういう失敗を繰り返すほうが、
かえって明日につながると思いませんか。

(そう言えば『危険なアネキ』で、
宇津井健が伊藤美咲によく言ってたっけ。
「やらないで後悔するよりはやって失敗する方がいい。 やらないで後悔することはやって失敗するより失敗」だと)

ノータイムで受けるということは、
「失敗を恐れて何もしない」に等しいんです。
手を抜くからにはある程度“読み”を必要としますが、
考えて失敗するほうが心に残ります、
芸の肥やしになります。
“人間は考える葦である”と言います、
要所要所で考える癖をつけてください。

置き碁で黒を持っている皆さん、
これからは白の言いなりにならないでください。
白の手に一々挨拶しないでください。
先手先手と利かされるのは辛いことだと認識してください。
時には反発してみて、白の鼻をあかしてやりましょう。

中には本当に受けないと死んでしまう場合もありますが、
それでもいいんです。
その失敗は後々のためのいい経験となり、
やがて実を結び大輪の花を咲かせることとなるでしょう。


では皆さんのご健闘を祈ります。





 【ネット碁は、厚かましいほうが勝つ】
 
 
 アマ同士の碁(特にネット碁・早碁)は、
少々無理気味な手が通用する傾向にあります。
ネット碁をやっていて、
何でこんな弱い相手に負けたんだろうと
不思議に思われたことはありませんか。
それは、
まともに相手をしているからではないでしょうか。
力の強い海千山千のジジイ^^;を相手に、
力と力でまともにブツかっても誤魔化されるのがオチです。
そこには、
何度も修羅場をくぐってきた経験の差が如実に現れます。

相手は全部わかったような顔をしてポンポン打ってきますが、それに騙されないでください。
全てを読み切っているのではなく“見切り発車”をしているだけですので、恐れることはありません。
自分の石数が多い所(自分の土俵)では確かに強く戦います(決して相手の強引な手に屈してはいけません)が、
石数が同じくらい(或いは相手のほうが多い)所はまともにぶつからづ、軽くいなすようなつもりで打ちます。
そういう戦いを繰り返すことによって力が付き、
攻め合いのコツのようなものが見えてくる筈です。

プロを相手の指導碁では
“見切り発車”や厚かましい手は通用しません。
力の強い高段者が、
いとも簡単に負かされるのはそのせいです。
碁は先づ『筋と形』がありきで、『力』はその次です。
筋と形さえ良ければ、
プロ相手でもそこそこいい所まで行きます。
決して早々にツブレることはありません。

ネット碁・早碁の細かい形勢の時は、
少しでも遠慮したほうが負ける傾向にあります。
計算が出来た上での遠慮ならいいですが、
そうでなければ少々強引にいったほうがいいでしょう。
こちらが強引に行くと相手が折れてくれます。
しかし、
相手が一歩も譲らないと一戦を交えることになるります。
勝ってる時に余計な戦いは無用ですが、
負けている時は望むところとなります。
いま自分は勝っているのか負けているのかの判断に、
“形勢判断”と“正確な目算”が要求されます。
これは日頃の訓練次第です。

ここで、
今これをご覧のかたにだけにそっと耳打ちを。
ネット碁で、
早打ちの相手を負かす秘策があります。(←小声^^;)
それは、
ダメづまりをねらって、
トントンやウッテガエシを狙うという手です。
例えば、
タケフでしっかりつながっている相手の白石があるとします。
ところがダメがつまってきて、
黒のハネに白が手拍子で押さえると、
切れない筈のタケフの所が切れるよいう現象がよく起きます。
これだけで勝敗が逆転することもよくあります。
これは相手のポカによるものですが、
このポカを誘う姑息な手段を伝授します(^o^)

黒が少し考えてこの手に気づいたとします。
そしてすぐにハネたところで白は押さえてくれません。
そんなことは相手も百も承知だからです。
つまり、
いくら相手が早打ちでも、こちらが考えて見ている所
相手もその間見ているということです。
ですから、
考えて気がついた所はスグに打たず、
他の絶対に利いてくれそうな所に打ちます。
そこを考えていたわけじゃないよと思わせることが肝心です。
先手になるような所を数回ポンポン打って、
それからネライのハネを素早く打ちます。
そうすると相手も手拍子で受け、
タケフが切れるというわけです。

こんな姑息な手段は皆さんにはお勧めではありませんが、
相手の着手があまりにも早く、
腹が立った時だけお試しください。
ただジックリ考える相手には通用しませんが、
元々ダメ元ですので損はありません
(コウ立てをなくすという損はありますが)。

では皆さんのご健闘を祈ります。

 
 
 
 





 
 
 

 
 
 

 
2015年04月05日
【もう一人の敵】

『子供の頃、ほしい物全てを買ってもまだお金が余っていました。
私の人生で、この時が一番お金お持ちだったような気がします』

私が幼少の頃です。
お年玉をもらって、
欲しかったおもちゃやお菓子を一杯買っても、まだお金が残っていました。
こんな究極の“至福の時”は、
後にも先にもこの一度っきりでした。
皆さんには、そのような経験はありませんか?。
今、ほしい物すべてを手に入れようと思ったら、
一体いくらのお金が必要でしょう。
いくらあっても足りませんよね。
何故このようなことになるかと言えば、
子供には欲が無いからです。
大人になった今、
私たちはすっかり欲の固まりと化してしまいました。
あの井原西鶴も言っています、
「欲に手足を付けたのが人間である」と。
その最たるものが政治家かも知れません。

欲にも“金銭欲”“名誉欲”“色欲”“食欲”と色々ありますが、
碁で、もっと石を取りたがるのが“物欲”かも知れません。
普通にヨセていれば数目残っているものを、
欲を出して逆転負けをするというケ−スがよく有りませんか?。

私の今までの講座を実践してきた皆さんは、
もう既に優位に立っています。
後は的確な形勢判断と目算を残すのみだと思ってください。
この形勢判断で、自分の碁形が厚いか薄いかを判断します。
厚いと、地が増えることはあっても減ることはありません。
薄いとその逆です。
目算では、お互いに同じような所は数えません。
その差さえ解ればいいことですから、
どんどんカットしていけば数える所は限られてきます。

この時点でもしも負けていることに気づいたら、
「どこか手になりそうな所は無いか」
「コウを仕掛ける所は無いか」を捜します。
いわゆる勝負手を放つわけですが、
それすらも無いときはさっさと投げましょう。
相手が間違えるのを期待して、
普通にヨセるのは愚かなことです。

人間の心理として、僅かの勝ちの時はとても不安なものです。
そして、もっと勝ちたいという“欲”が頭をもたげてきます。
そんな時、
相手に少しでもスキがあると強引に決めてしまおうと思いがちです(誘いのスキかも知れないのに)。
この心理にも打ち勝たないと、最後のツメで躓くことになります。
敵は目の前の相手だけではなく、
実は己の心の中にも潜んでいると思ってください。

では、皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
2015年04月12日
【こんなヨセはよせ!(^o^)】

福沢諭吉の語録に
『世の中で 一番寂しいことは 仕事がないことである』
というのがあります。
これを囲碁に置き換えると
『碁の中で 一番寂しいことは 打つ所がないことである』
になります。
もっと言えば、
『世の中で 一番悔しいことは 碁で一目負けを喫することである』になります。
誰しも、一目差(或いは半目差)の負けで悔しい思いをした経験がある筈です。
ネット碁だとそれほどでもありませんが、
それが囲碁大会の時だと、その悔しさたるや半端では無いでしょう。
こんなことなら、ヨセでもっと頑張っておくんだったと後悔することしきりです。

終盤で目算した時には確かに勝っていたのに、
並べ終わって数えてみたら負けていた。
これは何を意味するのでしょう。
優勢な時はどうしても安全運転に徹しがちです。
相手の手が少々強引だなと思いつつも、
ついつい手が緩めがちになってしまいます。
そんなことを何回か繰り返している内に、
いつしか追いつかれてしまっているんだと思います。
優勢な時でも、やはり無理手は咎めないといけません。

皆さんの置き碁を見ていると、
互角の権利(両先手)である筈の一線のハネツギを、
みんな白に打たれてしまっています。
そして最後の“手止まり”を白に打たれ、
やっと黒に先手が廻ったかと思うと、
残っているのはカスみたいな所だけというパタ−ンです。
これでは、さしもの良い碁も悪くなるのは当然です。
先手になる一線のハネツギは、
中に何も手がないとわかった瞬間に、
相手より先に打つようにしましょう(中盤でも)。
利かされてばかりでは余りにも辛いので、
出来れば手を抜きたい。
安易に受けないで、
それよりももっと大きな所が先手で打てないかを考えます。
それから受けるようにしましょう。

ヨセでは、
中を囲うより二線のスベリのほうが大きいと考えたほうがいいでしょう。
中央のほうがどうしても大きく見えますが、
自分の地が数目増えるだけです。
それに対して二線のスベリは、
相手の地も減らしています。この出入りが大きいんです。
初心者の方が陥りやすい目の錯覚ですので、
お気を付け下さい。
ヨセにも、
定石に出てくる手筋を応用できるケ−スがよくあります。
手筋の捨て石を放って、先手で切り上げる工夫をします。
碁は“気合いだ−!”ならぬ、
“先手と効率だ−!”と常に念じながら打って下さい。
ヨセには、
布石のような雄大なロマンはありません。
事務的で無味乾燥かも知れませんが、
先手先手と続けて何度もビシビシと決めれるようになると、
これほど痛快なものはありません。
例へ碁に負けても、負けたような気がしないから不思議です。

皆さんが早く『石を取る悦び』から脱皮し、
細かい碁に導き、
それを征することに悦びを感じるようになることを願っています。

では、皆さんのご健闘を祈ります

 
2015年04月19日
【「上達以前」の問題について 】


日々努力しているのになぜ上達しないのか、
疑問を抱いたことはありませんか?
碁に「定石以前」という言葉がありますが、
私たちは「努力以前」に問題があるのかも知れませんね。
“相手の地にヤキモチを焼く嫉妬深さ”
“手拍子で打つ軽率さ”
“石を捨てたがらない強欲さ”
“石が死ぬとスグあきらめる粘りのなさ”
“スト−カ−のようなしつこい追及”、どれか心当たりがありませんか?
どれも「これからの碁」の場合がほとんどですから、
一呼吸置いて局面全体を見るクセをつけるようにしましょう。
私はネット碁の考慮時間を、一局の碁で数回「形勢判断」のために使います。
考慮時間をたくさん残して負けるのは愚かなことです。

一般に、碁は60目の地を争うと言われます。
お互いに普通に打つと60目前後の地になることがよくあります(お互いに地取り碁をすればお互いに100目以上の地ができることもありますが)。
これは強い者同士でも弱い者同士の碁でもよくなるから不思議です。
相手の地を数えなくても、自分の地が70目あれば10目勝ち?
碁はそんな単純なものではありませんが、
60目をひとつの目安に考えればいいと思います。

自分より極端に強い相手と打っても、その手の意味が理解できないと思います。
それより、
自分より2目強い相手を捜してそれを越えることを目標にした方がいいでしょう。
対になったらまた2目強い相手を捜す、その繰り返しです。
今は昔と違って、
ネット碁でスグ相手が見つかるので便利です。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
2015年04月22日
【相手が強引に石を取りにきた時】


皆さんのネット碁を観戦していると、
自分の不備は棚に上げて強引に石を取りに行く人をよく見かけます。
さらに、
攻められてる側もさして考えもせず活きにつこうとします。
これではいくら打っても上達する筈もなく、
いたずらに局数を重ねているにすぎません。

元々早碁は上達の足しにならないと言われますが、
手所でも考えない碁は全く身に付きません。
私は石が取られそうになった時は、
まず捨てて打てないかを考えます。
それから相手の不備(欠陥)を捜します。
そして最後にようやく一番得な活き方、あるいは先手で活きれないかを考えます。

これらを30秒以内に読める訳もなく、ここで考慮時間を使います。
単に活きるだけなら長考派の私でも30秒もあれば充分ですが、それではあまりにも辛すぎます。
前に「後手活きは辛い」と言いましたが、相手の言いなりにならない「反発心」が大切です。
活きる前に利かせれる所は利かしておきましょう。
活きた後では利いてくれない場合もありますので。

石はそう簡単に取れるものでもありませんし、
そう簡単に取られるものでもありません。
ですから滅多に取りに行こうとしてはいけません。
「取ろう取ろうは取られのもと」と言います。
石を取りにいく時は、
自分の足場をしっかり固めて、確実に取れるという裏付けがある場合だけにします。
それで相手が警戒して一手入れてくれるなら、
それで満足します。

以前にも言いましたが、
碁は「取る気などサラサラ無いよ」という気持ちで臨み、
攻めにだけ専念します。
そうすると相手が勝手に転んでくれます。
それをひたすら待つという打ち方が私の打ち方です。
転んでくれない相手には適いませんが(^o^)。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 

2015年04月24日
【壁にブチ当たった時】


「一目でも強くなりたい」
これは囲碁ファン共通の願いですが、
皆さんは今壁にブチ当たっていませんか?
想えば私も“3級の壁”“初段の壁”“三段の壁”と、
幾度と壁にブチ当たったような気がします。
その度に挫折したもんです。
小説「ある高校生の挫折」がいい例です。
皆さんも一度大きな碁会所に行ってみませんか?
近所の小さな碁会所では駄目です。
大阪だと「OS囲碁センタ−」(小説では「MK囲碁センタ−」にしてました)のような大きな所がいいでしょう。
そこでケチョンケチョンにやられてください。
そう、二度と立ち上がれないくらい。
人間は惨めな思いをしないと
本気で勉強に取り組めないようです。
負けず嫌いの貴方でしたら、
必ずそこから這い上がって来られるでしょう(ネット碁だと顔が見えないせいか、いくら負けても挫折感が味わえません)。

私は初心者の頃、
杉内雅男九段の「やさしい定石」を見て、
いくつかの定石を丸暗記したものです。
しかし、定石のウロ覚えほどたちの悪いものはありません。
相手が定石はずれを打ってきたり、
途中で間違えたりするとヒドイ目にあいます。
これでは始めから覚えなかった方が良かったと。
囲碁川柳に
「定石を 覚えて 二目弱くなり」というのがありますが、
これは定石の一手一手の意味を理解していないからに他なりません。

定石は、手順だけ覚えてもその手の意味を理解していないと駄目なんです。
手の意味を理解していれば定石はずれにも対応できますし、
自ら定石はずれを打って相手を困惑させることも出来ます。
例えば最初の一隅目は定石通り打ちますが、
残りの三隅は定石通りが良いかと言うとそうとも限りません。
周りの石の配置によっては定石はずれの方がいい場合もありますので、変幻自在に対応します。

その後、
石田芳夫九段の「定石事典」に出会い、
繰り返し読んでいる内自然と身に付きました。
中でも特に小目の“二間高バサミ定石”が気に入り 、
得意な戦法にしています(これだけでも一冊の本になってます)。
“三連星の武宮”“中国流の加藤”と言う風に、
皆さんも“○○流の○○ちゃん”と呼ばれるように得意な戦法を身につけられることをお奨めします。
よく実利と厚み、どっちがいいかと質問を受けますが、
そんな時こう聞き返します。
ここに現金10万円と半年先の20万円の約束手形があります(約手には不渡りになる危険性が付きものです)。
どちらを選ばれるでしょう?
迷わず前者を選ばれたら小目多用の実利を、
後者なら二連星を。
迷った方は“星と小目の併用”でバランスを取られることをお奨めします。

私が弱い頃に一番感銘を受けた本が
梶原武雄九段の「石の心」でした。
これを機に碁風が変わったような気がします。
それまでの石を取りたい病が治り、
捨てることに喜びを感じるようになりました。
一旦利かした石はどんどん捨てます。
地も小さく囲うのではなく、
大きく広げて 相手の焼きもちを待ちます。
入ってきた石を攻めますが、
例え活きられてもその見返りは必ずあります。
初めの内は気前よくやりすぎて大負けしたものですが、
その内戦いのコツのようなものが見えてきたものでした。

YさんもSさんも「もう歳だから..」と諦めないで、
どうぞ自分流の碁を確立してください。
勝負事は幾つになっても
「勝てば嬉しい、負ければ悔しい」もんです。
それが“人間の常”ですから。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
 

2015年04月25日
【ネット碁と生碁】


碁は実戦だけでも、本の勉強だけでもいけません。
“文武両道”でどちらも大事です。
力碁で実戦派の人は本で筋を身に付けることによって上達し、本で筋のいい人は対局を積み重ねることによって上達します。
その対局も、
ただ局数をこなせばいいかというとそうでもないようです。
数よりもその内容です、
その一局をいかに打ったかが大切です。
ネット碁のような早碁は、
いくら打っても徒労に終わっているような気がします。

ネット碁で対局数は増えたけれども、
果たして以前より強くなっているかというと『怪しい』という気がしませんか。
実際に碁会所なり大会に出ればわかるかも知れないけど、
そんな暇も無ければ金も無し、
それにチョット怖い気がしたりして..^^;。
私は生碁とネット碁はちょっと違うような気がします。
生碁が真剣勝負だとすると、
ネット碁は道場の木刀勝負でしょうか。

いくら筋が良くても、
ケンカ慣れした相手にまともに行ったんでは適いません(ボクサ−が街のチンピラに簡単に負けるように)。
相手がイチャモンをつけてきた時は、
盤面をよく見ると相手が負けている時ですから、
まともに相手せず少々のことは妥協しましょう。
あまり妥協しすぎると逆転されますので、
その辺の兼ね合いが難しいところです。
こういう所で確かな形勢判断と目算が要求されます。

碁は序盤でまずリ−ドするように、
得意な戦法を身に付けます。
そのためには日頃から布石や定石の勉強をし、
プロの碁を観ることです。
優位な立場から中盤戦を迎える実戦を繰り返していれば、
その内戦いのコツのようなものが見えてくることでしょう。
置き碁は始めから黒がリ−ドしていますが、
それがいつの間にか追いつかれ追い越されてしまうのは何故でしょう。
それは始めに置いた石を活かす打ち方をしていないからに他なりません。
序盤では置き石がつながるように打ち、
中盤の戦いでは常に“盤全体”を見渡し“部分”に拘らないことです。
部分的にはどうしても上手に誤魔化され損をしますが、
全局的にみて得をするような打ち方を心掛けましょう。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
2015年04月26日
【石の攻め方・守り方】


どうすれば碁が強くなれるか。
それは前にも言いましたが、「筋と形」に明るくなることです。
では、どうすれば「筋と形」に明るくなれるか。
それは「定石」を勉強することに尽きます。
「定石」は手筋の宝庫ですから、
その中から出てくる“手筋”に感心することが大切です。
「定石」は無理に覚えようとしなくても、
何度も繰り返し見ている内に自然と身につくものです。
出来上がった形を見ただけで、
その手順がわかるようになればシメタものです。
いくら力が強くなっても、
“力”は自分より強い相手やプロには通用しません。
その点“手筋”は技ですから、
柔道で小さい者が大きな相手を投げ倒すほどの効果があります。

「石の攻め方」ですが、
相手の石を直接追いかけている方をよく見かけます。
攻めが直線的です、あからさますぎます。
これでは相手に
「ズボンのチャックが開いてますよ」と直接言っているようなものです。
カツラの「ヅラがずれてますよ」と直に言っているようなものです(^o^)。
私にはとても言えません、遠回しに教えます。
“攻め方”もそれと同じで、
遠回しに攻めます(“モタレ攻め”とも言います)。
石を取りに行く時も、相手の石の近くには打たないものです。
オブラ−トに包むようにしましょう。

「地の作り方」ですが、
相手の石を攻めながら自然と出来る地が理想だと前にも言いました。
それでも隙間が2カ所ある場合がよくあります。
片方の進入を後手で守ると、
もう一方から値切られてしまいます。
そんな時、どちらかを先手で止める工夫が必要です。
その為に捨て石を放ちます。
ある程度犠牲を払ってでも先手で切り上げ、
もう片方をやっと後手で守るという打ち方をしましょう。

本気で石を取りにいく時と地を作る時は、
その前にしっかり考えるようにしましょう。
呉々もノ−タイムで打たないように。
失敗してから考えても
「もう遅いのや」←(男女7人の明石家さんま風に^^;)。

「2子局」の中の“白の打ち方”は私(白)の2子局です。
白1の小目は、黒のカカリを誘っています。
黒にカカらせ、
挟んで先手をとりアキ隅に先行したいという気持の現れです。
だから白は星に打ったり、高目や目ハズシには打ちません。
それだと黒に、アキ隅に 打たれてしまうからです。

前にも言いましたが、白の一手目がどこであろうと、
黒の一手目はアキ隅の星です。
星以外の手は、
最初に置いた石とのバランスが崩れてしまいます。
将棋の坂田三吉が「歩が泣いてる」と言いましたが、
「置き石が泣いてる」と思ってください。
何目の置き碁でも、
常に置き石とのバランスをとるようにしましょう。

では皆さんのご健闘を祈ります。
 
 
 
2015年04月29日
 【気持ちのいい碁を打ちたい】


今は昔、カメラのキャッチコピ−で
『ボクたちは 気持ちのいい写真を 撮りたい』
というのがありました。
碁もこれと一緒で、
『ボクたちは 気持ちのいい碁を 打ちたい』
をモット−にしませんか。

皆さんは、打っていて気分を害したことはありませんか?。
私は何度もあります(^o^)。
確かに勝てば気分がいいし、負ければおもしろくない。
これは人間の常ですから仕方のないことですが、
負けてもそれほど腹が立たない碁が理想です。
負けても清々しさ(爽快さ)が残るような、
そんな碁になる相手に巡り会いたいもんです。
ただ局数だけを重ねればいいというもんではありません。
一緒に悩み考え切磋琢磨し合う、
そんな相手と頻繁に打つことが上達への近道のような気がします。

先日、
小川誠子プロとアマ五段の著名人の4子局を
テレビで観戦しました。
率直に言ってヒドイ碁でした。
相手がプロ、テレビ中継ということを差し引いてもです。
5級の間違いではないだろうかと思ったぐらいです。
大事な局面ではすぐに打ち、絶対の一手のところでは考える、これでは勝てません。

思うに、
こういう人たちは普段は早打ちで、
考える癖がついていないんでしょう。
力だけで相手をねじ伏せてきたことでしょう。
こんな相手にすら負かされているであろう自分って、
情けない^^;。
途中でチャンネルを変え、
戻ってみたら案の定小川プロの大勝でした。
局後、
小川プロは適当な誉め言葉が見つからず
「チカラがお強いですねぇ」と言ってました、
ヤッパリ(^o^)。



2015年04月30日
【ヨセ勝負のすすめ】


碁は普通「厚み」と「実利」の別れをしますが、
石を取ると、一瞬にしてその両方を手にすることが出来ます。
前に「置き碁」は競馬の長距離レ−スみたいなものだと言いましたが、
碁はまた、ボクシングのようなものかも知れませんね。

部分的にいくらポイントを稼いでいっても、
最後に大石を取られるとKO負けしてしまいますから。
だからみんなが石を取りたがるわけですが、
勝ってる時はそんなことを考える必要はありません。
一発逆転は負けてる側が企むことであって、
勝ってる側は地道にポイントだけを稼いで逃げ切ります。
つまり、最後の判定(並べる碁)にもっていくようにします。

皆さんのネット碁を見ていると、
負けているのに平気で淡々とヨセている人がいます。
勝っているのに強引に決めてしまおうとする人もいます。
これらの人は、途中でちゃんと
“形成判断”なり“目算”をしているんでしょうか。
持ち時間はタップリ残っているようですので、
それをこれらに使う習慣を身につけるべきです。
対局数の多い早打ちの人は、
ヨセまでいくことが少ないせいかヨセが雑です。

実戦の数も大事ですが、
もっと大事なのはその“内容”と“並べる碁”にもっていくことです。
対局数がいくら増えても一向に上達しないのは、
その内容が雑でヨセまで行かないからではないでしょうか。
これからは、
一局でも多く“身になる碁”を打つように心がけてください。

では皆さんのご健闘を祈ります。


2015年05月01日
【互い先の布石について】


定石の重要性は前に述べましたが、それよりもっと重要なのは実は布石です。

級位者の皆さんの碁を見ていると、
どこに打っても一局の碁になる、と大して考えもせず打っているようです。
お互いにそうなら布石の段階だけで勝負はつきませんが、
ちょっと布石を研究している相手に遭うと序盤の段階で不利な戦いを強いられます。

布石がマズイと後々まで響いてくるものです。
敗因は中盤の攻め合いの時の一手ではなく、
実は布石の数手目にあったと認識すべきです(置き碁だと一手目の場合も)。

碁石を数手転ばせば相手の力量も分かりますし、
私たちの碁はプロと違って数手打っただけで一旦勝負がついているものです。
ただお互いにそれに気づかず逆転逆転の繰り返しをしてるに過ぎません。
勿論序盤だけでは決着はつきませんから、
道中にミスの少なかった方が最後に笑うことになります。

碁は確かにどこに打とうと自由ですし、どこに打っても碁の形になるから不思議です。
ですが、序盤から苦戦するより優位に立った方がいいに決まっています。
そのために日頃から布石を研究しておく必要があります。
どう打てば始めから戦いの主導権を握れるか、
自分なりの得意なパタ−ンを身につけることです。

いろんな相手に同じパタ−ンで繰り返し挑み、
そして改善していきます。
馴染みの碁仇と切磋琢磨するのもいいですが、
ネットでいろんな人と打ちいろんな考え方があることを知るのが勉強になります。

少なくとも昼休憩に二、三局打つようなザル碁だけはやめたほうがいいと思います。
そういう早碁は、上達の足しになるどころか妨げになっているような気がします。
上達の一歩は負けた碁を反省することから始まりますから、
早碁では反省のしようがありません。

何度も言いますが、碁は“筋と形”です。
力の強い海千山千のジジイ^^;に力で対抗しようとしても如何せん無理な話です。
力には技(手筋)で対抗します。
死んでも形の悪い手だけは打ちたくない、と思うようになれば本物です。

では皆さんのご健闘を祈ります。





2015年05月01日
【利かしに利かない反発心】


〈プロローグ〉
ここに訪れたあなたには、
相手の安易な利かしに、
安易に利かないでほしい.......。


相手が軽い気持ちで、
先手に利くだろうと思って打ってきた時、
その時こそが実は勝つチャンスだと思ってください。
(えっ!)

相手の利かしにノータイムで受けていませんか
(だって受けないと死んじゃうもん)

死んでは何にもなりませんが、
だからと言ってノータイムで受けないでください。
その時こそ小考してほしいんです。
そこよりももっと大きい所はないかと、
探してみてください。
(......)

受けるにしても安易に受けないで、
何か手はないかを考えてください。

「利かし」に「利かし返す」とか
「ノゾキ」に「ノゾキ返す」とか、
兎に角部分的な折衝には先手で切り上げる工夫をしてほしいんです。
少々の犠牲を払っても、
先手のほうが大きい場合が多いんです。

(急場シノギの手で間に合わすと、その報いは必ずきますよね)
手を抜いた部分に関しては後でイジメを食うことになりますが、
それ以上の所に打った後ですので、
それは仕方のないことです。

手を抜いて打った所より、
手を抜いた報いのほうが大きい場合は、
それはあなたの判断ミスにほかなりません。
でもそういう失敗を繰り返すほうが、
かえって明日につながると思いませんか。

(そう言えば『危険なアネキ』で、
宇津井健が伊藤美咲によく言ってたっけ。
「やらないで後悔するよりはやって失敗する方がいい。 やらないで後悔することはやって失敗するより失敗」だと)

ノータイムで受けるということは、
「失敗を恐れて何もしない」に等しいんです。
手を抜くからにはある程度“読み”を必要としますが、
考えて失敗するほうが心に残ります、
芸の肥やしになります。
“人間は考える葦である”と言います、
要所要所で考える癖をつけてください。

置き碁で黒を持っている皆さん、
これからは白の言いなりにならないでください。
白の手に一々挨拶しないでください。
先手先手と利かされるのは辛いことだと認識してください。
時には反発してみて、白の鼻をあかしてやりましょう。

中には本当に受けないと死んでしまう場合もありますが、
それでもいいんです。
その失敗は後々のためのいい経験となり、
やがて実を結び大輪の花を咲かせることとなるでしょう。


では皆さんのご健闘を祈ります。



2015年05月01日
【ネット碁は、厚かましいほうが勝つ】
 
 
 アマ同士の碁(特にネット碁・早碁)は、
少々無理気味な手が通用する傾向にあります。
ネット碁をやっていて、
何でこんな弱い相手に負けたんだろうと
不思議に思われたことはありませんか。
それは、
まともに相手をしているからではないでしょうか。
力の強い海千山千のジジイ^^;を相手に、
力と力でまともにブツかっても誤魔化されるのがオチです。
そこには、
何度も修羅場をくぐってきた経験の差が如実に現れます。

相手は全部わかったような顔をしてポンポン打ってきますが、それに騙されないでください。
全てを読み切っているのではなく“見切り発車”をしているだけですので、恐れることはありません。
自分の石数が多い所(自分の土俵)では確かに強く戦います(決して相手の強引な手に屈してはいけません)が、
石数が同じくらい(或いは相手のほうが多い)所はまともにぶつからづ、軽くいなすようなつもりで打ちます。
そういう戦いを繰り返すことによって力が付き、
攻め合いのコツのようなものが見えてくる筈です。

プロを相手の指導碁では
“見切り発車”や厚かましい手は通用しません。
力の強い高段者が、
いとも簡単に負かされるのはそのせいです。
碁は先づ『筋と形』がありきで、『力』はその次です。
筋と形さえ良ければ、
プロ相手でもそこそこいい所まで行きます。
決して早々にツブレることはありません。

ネット碁・早碁の細かい形勢の時は、
少しでも遠慮したほうが負ける傾向にあります。
計算が出来た上での遠慮ならいいですが、
そうでなければ少々強引にいったほうがいいでしょう。
こちらが強引に行くと相手が折れてくれます。
しかし、
相手が一歩も譲らないと一戦を交えることになるります。
勝ってる時に余計な戦いは無用ですが、
負けている時は望むところとなります。
いま自分は勝っているのか負けているのかの判断に、
“形勢判断”と“正確な目算”が要求されます。
これは日頃の訓練次第です。

ここで、
今これをご覧のかたにだけにそっと耳打ちを。
ネット碁で、
早打ちの相手を負かす秘策があります。(←小声^^;)
それは、
ダメづまりをねらって、
トントンやウッテガエシを狙うという手です。
例えば、
タケフでしっかりつながっている相手の白石があるとします。
ところがダメがつまってきて、
黒のハネに白が手拍子で押さえると、
切れない筈のタケフの所が切れるよいう現象がよく起きます。
これだけで勝敗が逆転することもよくあります。
これは相手のポカによるものですが、
このポカを誘う姑息な手段を伝授します(^o^)

黒が少し考えてこの手に気づいたとします。
そしてすぐにハネたところで白は押さえてくれません。
そんなことは相手も百も承知だからです。
つまり、
いくら相手が早打ちでも、こちらが考えて見ている所
相手もその間見ているということです。
ですから、
考えて気がついた所はスグに打たず、
他の絶対に利いてくれそうな所に打ちます。
そこを考えていたわけじゃないよと思わせることが肝心です。
先手になるような所を数回ポンポン打って、
それからネライのハネを素早く打ちます。
そうすると相手も手拍子で受け、
タケフが切れるというわけです。

こんな姑息な手段は皆さんにはお勧めではありませんが、
相手の着手があまりにも早く、
腹が立った時だけお試しください。
ただジックリ考える相手には通用しませんが、
元々ダメ元ですので損はありません
(コウ立てをなくすという損はありますが)。

では皆さんのご健闘を祈ります。

 


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