突然の別れと出会い
(人間の一生なんて、案外あっけないもんなんだな)
まだ着慣れない高校の制服に身を包み、空は呆然と目の前の遺影を見ていた。
にかっと底抜けの笑顔の持ち主は、もうこの世にいない。
酔っ払った車にひかれ、あっけなく死んでしまった。
「空・・・・・・おまえ、少し休め」
「うん、ありがと」
親戚の類がいなかったらしい父。
高校生になったばかりの空には一人で葬儀から諸処の届出までわかるはずもなく、ただただ唯一の身内を失った事に放心していた。
心配してきてくれた直のお母さんやお兄ちゃん達、相手方がよこした弁護士・葬儀会社の手を借りて、式や届け出関係は何とか滞りなくすんだ。
頭の中がいっぱいで、何も考えられなくて。
お兄ちゃんの言葉に甘えて、素直に横になった。
二人しかいない生活が寂しくなかったといえば嘘になるが、子供みたいに手がかかる父の世話、苦労したけど楽しかった。
自分にはちっちゃい頃の記憶、なぜか無くて。
どうして母親がいないのか聞くと、普段では考えられないほど寂しそうな顔をする父を見てから、もう二度と口にしないことを決めた。
親戚とかの話しも全然聞いた事がなくて。
父しか、いなかったのに。もう自分には、誰もいないのだ。
直も祭も、お兄ちゃんたちもいてくれるけど。
誰も、ずっと一緒にはいてくれない。
そう考えると寂しい気持ちが込み上げて、目の奥がじんとなった。
「…おいっ……おい、空」
髪をくしゃりとされる感触。
「・・・・・・空」
自分を呼ぶ、少し低い声。
なかなか目を開こうとしない自分に、諦めたようにほぉっと深い息を吐く音。
優しく優しく撫でてくれる大きな手が気持ち良くて、夢と現実の間でまどろむ。
不思議なほどの懐かしさに、なぜか涙がこぼれた。
指がそっと涙をぬぐう感触に恥ずかしくなって、空はますます目が開けられない。
側にいて、静かによりそってくれている。
空は安堵に包まれながら、いつしか深い眠りにと落ちていった。
「もうそろそろ起きろ、この寝ぼすけ」
ゴンッと頭を殴られる。
包み込むような優しさの夢からいきなり現実に引き戻され、状況認識が追いつかない。
ぼぉっとしていると、もう一度頭を殴られた。
「いってぇ」
頭を抱えてひぃひぃしていると、殴った張本人はにやりと笑った。
「だいぶ、いい表情になったな。本当はもう少し寝かしてやりてぇけど、おまえに客だ」
「誰? また、弁護士さん?」
「あいつだったら、また来させればいい。そんなんじゃねぇよ」
ちょっとむっとしたように、隣りの部屋を指差す。
「あそこで待たせてある。さっさといって、会ってこい」
「うん。ありがと、兄ちゃん」
「子供が遠慮するなって」
いろいろな意味を込めての礼に、真一朗は大好きな笑顔で応えた。
閉じられたふすまの前に立って。さて、客人とは誰だろう?と頭をひねる。考えても埒があかない事にすぐに気づいた空は、思い切って開く事にした。
「失礼しま・・・・・・」
「空!!!」
開けたと同時に、いきなり抱きつかれた。自分より一回りも大きい腕に抱き込まれ、身動きができない。
「なっ?」
驚きのあまり、フリーズしてしまう空。どう考えても男に抱きつかれているのに、不思議と嫌悪感とかはわいてこなかった。
「くっ、苦しい・・・」
あまりにも力強く抱きしめられていたので、呼吸が苦しい。あえぐような声に気づいたのか、腕の力が緩められる。背中に回った腕は外されていないが、ようやくあいた空間に、相手の顔を見上げる。
引き締まったほほ。切れ長の瞳。カタチ良いカーブを描く眉。怪しい魅力を湛えた口元。自分よりずっと大人の空気を持つその人は、なぜか自分に似た面立ちを感じさせた。いや、自分というよりは、父親のほうにだろうか?
空は呆然と、その顔をみつめていた。
嬉しそうに細められた瞳が、自分を映している。
「空、久しぶり。大きくなったな」
優しくささやかれて、でも自分には会った記憶がなくて。あまりにも嬉しそうにしてくれる相手に申し訳なくて、とても居心地が悪い。
あいまいな笑顔でどうにかなるわけでもないのに、空はおとなしくへらへら笑いながら腕の中にいた。
「い〜つまで、そうしているつもりだ?」
不機嫌大爆発、といった感じで真一朗が入ってくる。
空はほっとしたように、笑顔を向ける。すると今度は、腕の持ち主もむっとしたような顔になり、心持ち背中に回された腕の力が増した。
「うるさい、俺たちのことは放っておけ」
「空、困ってるのわかんない?」
「ちっ」
苦々しげに、腕の呪縛は解かれた。それを、少し残念に思えた空は慌てて、真一朗に向かい合う。そっと耳元に顔を寄せて、ささやくように尋ねる。
「ねぇ、兄ちゃんの知り合い?」
自分には覚えが無いのだからそうなのだろう、という確認も込めて聞いてみる。真一朗は、なんともいえないあいまいな顔で、返答に困っている。
「そりゃ、知り合いっていえばそうだけど・・・」
「空、こっちに来いよ。知りたい事があれば、全部俺が教えてやる」
さも当然、といった感じで差し出される腕。空は、ちょっと困ったように逡巡しながらも、その腕に一歩近づいた。
「空は・・・・・・おまえの事、覚えていない」
苦しそうに、真一朗がつぶやく。
「えっ?」
言葉の意味がわからず、思わず立ち止まってしまった空を、すばやく腕が抱き込む。
「知ってるさ。だから、俺が全部教えてやる。悪いけど、二人だけにしてくれ」
「・・・・・・わかった。じゃあ、空。また、来るからな」
「う、うん。今日は、本当にありがとう」
手を振って退散する真一朗を、まだ事態が上手く飲み込めないまま空は送り出した。
「それで、空。おまえはまず何を聞きたい?」
目が細められ。驚くほど父に良く似た優しい表情で尋ねられる。そのことが、もう父親がいないことが思い出させ、空は少しだけ悲しくなった。
空の瞳の色が曇ったのに敏感に気づいたのか、大きな手がそっと頭をなで、胸に抱き込んでくれる。
とくん・・・・・・ とくん・・・・・・
生きている、という証の確かな音が、空の悲しみを和らげてくれる。
(この感触・・・・・・夢の中と、一緒だ・・・・・・)
そこは、あまりにも居心地が良い場所で。涙が、こぼれた。
「あんた・・・・・・誰なんだ? どうして、オレの前に、姿を現した?」
泣き顔を見られたくなくて、うつむいたまま小さな声が尋ねる。聞こえていてもおかしくないくらいだったのに、甘い声で答えが返る。
「俺の名は、夜。空を一人にしないために、帰ってきたんだ」
「帰って・・・・・・きた?」
「あぁ。おまえ、忘れてしまったみたいだけどな」
暗く沈んだ声に、空の心は罪悪感に満たされる。
「すぐには信じられないかもしれない。・・・・・・俺はおまえの兄、なんだ」
ふふ、やってしまいました。すでに完全オリジナル設定ものです。
もう、何も弁解の余地はありませんな。完璧に趣味と妄想の世界です。
戻る