<建安二(197)年・一月>
年明け早々、私は曹操殿が駐屯している洛陽を訪れていた。
…彼の国の矛先を逸らさねば、我が国におそらく「来年」はあるまい。
私はそう確信を抱いていたが、努めて平静たらんとしつつ、政庁へと足を向けた。
「(さて、曹操殿はどう出るかな…)宛城城主・張繍が使者、賈[言羽]と申します。
曹操様にお目通りを願いたい!」
「ほう、其方が張繍殿の使者か」
「はっ。張繍軍にて参謀職を拝命しております賈[言羽]と申します。どうぞ、御見知りおきを願います」
そして、いよいよ私と曹操殿の交渉が始まった。
「…この様に同じ董家の遺臣とは申せ、李[イ寉]とは違い張繍は天下に秩序が戻らん事を希求し、陛下にも浅からぬ敬意を抱いております。
元の同輩たる李[イ寉]を討とうというのも、申すまでも無くそういった志の表われでございます。
つきましては皆の心を励まし、また民草達を安堵させる為にも、是非にも曹操様と一年間の不戦の盟を交したく、ぶしつけながら参上した次第です
」
「ふむ…」
私の口上を聞き、暫し思案にくれる態の曹操殿。
天子様を擁する曹操殿には撥ね付けづらい大義を並べたつもりではあるが、其の返答如何に我が国の命運がかかっているかと思えば、やはり緊張を禁じ得ない。
「…よかろう、承知した。 この乱世において、張繍殿の志は誠に尊いものだ。 どうかよろしくお伝えあれ」
「はっ。ありがたき御言葉、我が君も喜びましょう」
そして私は深々と礼を述べると、礼物の目録を担当官に渡し退出しようとした。
だが、そんな私に曹操殿は思い出した様ににこやかに声をかけてきた。
「賈[言羽]と…申したな。ひょっとすると『次』は無いかも知れぬぞ?」
やはり小手先の技は効かなんだか。 あらためてそう思いつつも、私も負けず笑顔で言葉を返す。
「おっしゃる意味が良く分かりませぬが… 仮に『次』が無くとも、まずは『一年』がもたらされたのです。
今はそれで良いのではないかと…」
こうして私はあらためて一礼し、曹操殿の元を辞した。
これで当面の危機は回避出来た。 が、我が国がいまだ弱小である事実が急に変わる筈も無い。
私は殿に吉報を伝えるべく帰路を急ぎつつも、改めて前途の多難さを思わざるを得なかった。
<建安二年・七月 〜前編〜>
曹操と盟を結んでより、瞬く間に半年が過ぎた。
今年は袁紹軍こそ孔融を降し、公孫家を北平から追いやるなど活発に動いていたものの、我が国の周辺は概ね静かであった。
…つい先月までは。
「弘農に進撃した曹操殿の大軍が、李[イ寉]軍を圧倒して同地を占拠した由、只今報告が入りました」
鎧を身に纏い座していたわしは、目を閉じながらそんな賈[言羽]の報告に耳を傾けていた。
「…いよいよ、か」
「はっ。 今をおいては機会は御座いません。 殿、御下知を!」
そしてわしはゆっくりと目を開けると、直ちに全武将の参集を命じた。
そして半刻後… 広間に集まった影は半年前に比べ更に三つ、その数を増していた。
そう。 張遼・法正・徐晃という、いずれも賈[言羽]が口説き落としてきた傑物達が、新たに我が幕下に加わっていたからである。
「良いか! これより我が軍は長安を急襲し、逆賊李[イ寉]を叩き潰す!
全ては手筈通りだ、皆遅れるな!」
「応!」
そして皆は唱和すると、出陣の準備をすべく散会していった。
「では、行ってくるぞ」
「殿…御武運を。 そしていかなる損害を出そうと、どこまでも追って必ずや李[イ寉]を捕らえますよう…」
「うむ、分かっておる。 董相国の遺産… 我が夢の為にも必ず手に入れてやるわ!」
此度は留守を務める賈[言羽]の言葉に応え、わしは兵達の待つ広場へ向かい歩き出す。
兵力ではやや劣っているが、この戦いは絶対に負ける訳にはいかぬのだ。
そう、所詮は我が夢の第一関門でしか無いのだから。
<建安二年・七月 〜後編〜>
わしは二万八千の精兵を率い、一路長安を目指して進む。
密偵の報告によれば、弘農での敗戦により李[イ寉]の軍は二万九千までその数を減じているという。
「練度では我が軍、地の利は奴に分がある、な。
勝敗を決するのは将の差、という事になろうか…」
そしてそんな事を考えつつ馬を馳せさせていたわしに、物見より街道沿いに「鐘」の旗を掲げた敵勢九千が布陣、との報が飛び込んでくる。
「迎え撃て! 逆撃を加え、一気に殲滅するぞ!」
…かくして号令一下、わしの全戦力を投入した長安攻略戦の幕が上がった。
「かかれ、かかれぃ!」
ショウヨウ軍九千を一息で蹴散らした我が軍は、その勢いを駆りて前後より長安城を攻め立てていた。 わしの号令の元、前門の我が本隊二万と後門の趙雲軍八千は、火の出る程の勢いをもって士気の奮わぬ李[イ寉]の本隊を圧倒していく。
奴は挟撃体制を破るべく兵の少ない趙雲軍に矢の雨を集中させていたのだが、趙雲の沈着な指揮に阻まれ目的を達し得ず… 結局は我が軍の猛攻と張遼率いる遊軍による支城制圧の動きの前に遂に長安を放棄、再起を期して下弁へと落ちていった。
「まずは一勝…」
激闘の末の長安占拠。 しかし湧き起こる兵達の凱歌の中、わしの思考は勝利の喜びよりも、早くも下弁追撃戦へと移りつつあったのである。
<建安二年・八月>
わしは後事を降将のショウヨウに託すと、敗走した李[イ寉]を追って急ぎ下弁へと進撃した。
先の戦いで我が軍は二割近い損害を出していたものの、敵軍もまた一万余まで打ち減らされており、勝敗の帰趨は最早明らかであった。
そして… 我が軍の猛攻の前に敵勢は僅か数日で崩壊し、李[イ寉]は我が軍門に降った。
此処に自立後最初の大規模な戦争は、わしの大勝利で幕を閉じる事となったのである。
そしてなにより…
「うむ、大分目減りしてはおるが、確かに。 …これで当面は安泰だな」
新たに我が本拠と定めた長安に、下弁より陸続と荷駄が送られてくる。
それこそ今回の重要な目的の一つ、董相国の遺産たる二万数千金に及ぶ軍資金であった。
(諸国の動静)
●袁紹軍が代・晋陽を連破し、公孫賛を滅ぼす。
<建安二年・九月>
この月…長安にて大規模な暴動が発生した。
わしにとってこの地は郷愁を呼び覚ます香しい都ではあるが、住民達から見れば我ら「董家の残党」はかつての悪夢の象徴に他ならぬ、そんな理解してはいた筈の事実を改めて突き付けられた気分である。
「まずは李[イ寉]より召し上げた物資を供出し、民心の安定を図りましょう。
…後は時間と殿の施政次第で御座います」
宛より合流を果した賈[言羽]の進言を入れ、とりあえずの秩序を回復する事は出来たのだが…
やはり我が前途は多難であるようだ。
<建安二年・十二月 〜前編〜>
李[イ寉]の降兵の再編と、補充兵の徴募・訓練もようやく一段落を終え… わしは本拠・長安の安全を確保すべく、新たに三万六千余の兵をもって漢中へと兵を進めていた。
「米賊の総兵力は四万六千余。 ただしその練度は高からず、との報告が入っております」
此度の遠征で参軍の任に当っている魯粛が、次々と報告を読み上げる。
先日賈[言羽]が長安にて見出した若者だが、知力・胆力共になかなか非凡な男である。
「魯粛よ、では手筈通りで良いのだな?」
「はっ、問題ありません。 後は実行あるのみです」
わしは肯き、更に全軍の布陣が完了した事を確認すると、一気に進撃の命を下した。
「よし、いくぞ! 奴等に雑軍と精鋭の差を見せてやれ!」
かくしてここに、立案・賈[言羽]、仕込み・法正、実行・魯粛という三軍師共演による漢中攻略戦が幕を開けたのである。
(同刻・漢中城)
「師君! 敵勢三万余、張繍を先頭に一路この本城を目指して進軍中です!」
「ふっ、来おったか。 …[赤β]昭、見事お前の予想通りだな」
急を告げる楊松の報告を受け、余は傍らの[赤β]昭に微笑むと直ちに手筈通りの出陣を命じた。
余の本隊を囮とし、後詰めの[赤β]昭、遊撃の楊松・閻圃隊と連携の上で敵本隊を張衛の待ち構える本拠まで誘い込み、一気に叩き潰す。
それこそが我らの作戦である。
「いくぞ、皆の者! この地は我らに残された最後の信仰の砦、決して負ける訳にはいかぬぞ!」
そんな余の激に応じるは全軍の歓呼。
練度で多少後れを取ろうとも、士気と作戦では負けてはおらぬ。
この時点での余は、まさに文字どおり作戦の成功と勝利を確信していた。
<建安二年・十二月 〜中編〜>
「…ほう、帥旗が翻っておりますな。 どうやら期待通り張魯殿が出てきてくれた様です」
そんな魯粛の報告にわしは一つ肯くと、傍らの趙雲へと声をかけた。
「さて趙雲! ここはひとつ奴等に正規軍の力を見せてやるとしようか!」
「はっ!」
そしてわしは最後に魯粛に目配せすると、一気に全速での進撃を開始した。
目指すは米賊の巨魁・張魯、只一人である。
(同刻・張魯軍本営)
「て、敵勢が!」
「なっ!?」
張繍軍と接触せり! 遊撃の楊松・閻圃隊よりその報がもたらされたのも束の間、瞬く間に両隊は蹴散らされ、敵軍は予想より遥かに早く我が前にその姿を現そうとしていた。
「…ええい、今更引けぬわ! 全軍、打ち方用意!」
勢いに乗り、一路我が陣目掛けて突進してくる敵軍に対し、余は矢の雨を降らすべく兵達に弓を引き絞らせる。
が、不意に奴等の遥か後方で大きな黒い旗が振られるのが視界に入って来た。
「あれは何…」
だが不審に思った余がそんな呟きを漏らす暇も無く、その答は突如、矢の雨となって我が隊に降り注いで来たのである。
…背後から。
「なっ? [赤β]昭!? 貴様?」
「はっはっは、張繍殿! この[赤β]昭、約束は必ず守りますぞ。
それっ、力の限り矢を放てぃ!」
突然の[赤β]昭の裏切り。
そんな予想外の出来事に混乱した我が軍が、益々勢い付いた敵本隊の猛攻に敵しえる筈も無い。 …かくして余は、むざむざと敵の虜となったのである。
<建安二年・十二月 〜後編〜>
「張魯殿、お初に御目にかかる。 張繍と申す」
「…」
戦いに敗れ、我が前へと引き出された漢中の教主・張魯。 奴は余程無念であったか、ひたすら無言でわしを睨むばかりであった。
「殿。 漢中を円滑に統治する為には、是非にも張魯殿を懐柔なされませ。
曹操殿の例も御座いますれば、国法に触れぬ限りでの信仰は、御認めになっても支障は無いかと」
脳裏には長安を出立する際の、そんな賈[言羽]の言葉が浮かぶ。 彼奴の判断は何時も的確だが、わしとしては怪しげな宗教の影響は、出来れば排除しておきたい気持ちが強い。さて…
「殿…」
そして敵兵の武装解除に当っていた魯粛が、不意に舞い戻って囁きかけてきたのは、わしがそんな思案にくれている時分であった。
「(どうした、魯粛。 武装解除は滞り無く済んだのか?)」
わしはその場を離れると、小声で魯粛を糾す。 そして場を察した奴も小声で返答を返して来たのだが… その内容は、到底座視出来るものでは無かった。
「(はっ、そちらの方は問題無く。ただ張魯殿が虜囚となった事を知った民衆達が続々と城門前に集まって来ておりまして…)」
「(! …そうか)」
「(殿。 それがしも賈[言羽]様の意見に賛成で御座います。
民衆を敵に回してしまってはとてもの事、円滑な統治はおぼつきませぬ。
やはり条件付きで信仰を御認めになるべきではと…)」
「…」
はたして、どうすべきであろうか。 わしはなおも答を決めあぐね、改めて張魯という人物を見つめてみる。
黄巾党の流れを汲む者。 とはいえ、狂信者と一口に括れる様な人物とは違い、確かに理知の光を感じる人物の様ではある。
…わしは、腹を決めた。
「張魯殿… もし貴公がわしに降るなら、信徒達には国法に触れぬ限りは信仰の自由を認め、教団にも保護を加える事を約束しよう。
この儀如何?」
「…?」
先程からわしをじっと睨みつけていた張魯は、ぶしつけとも言うべきそんな我が提案に不意を衝かれたのか、目を見張る。
そして… わしははじめて微かな笑みを浮かべると、更に言を継ぐ。
「断じてその場しのぎの約定では無い。 この張繍の名に賭けて約束しよう。
…あらためて問うが張魯殿、この儀や如何?」
張魯は再び問い掛けるわしの目をじっと見つめると、一瞬、僅かに目を閉じた。 そして…
「…良かろう。 我が赤子たる民草の自由が守られるのならば、余は貴公に御仕えしよう」
ゆっくりと目を開けると、迷い無く、そう我が問いに答える張魯。
その時の奴には、紛れも無く一国を治めし長者の風が漂っていた。
かくして登用を固辞した閻圃を除き、張魯勢は教団を挙げてわしに降伏。
漢中は無事平定されたのであった。
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