<張繍伝 第三章>

 

<建安三(198)年・一月>

 年明け早々、私は今年も曹操殿が駐屯している洛陽を訪れていた。 無論の事、それは先日失効したばかりの両者の盟約を更新せんが為である。

「賈[言羽]か、久しいな。張繍殿は御息災か?」
「はっ、御心配無く。 昨日は長安、今日は漢中といった具合に飛び回っている程で御座います」
 …かくして、私と曹操殿の二度目の交渉は始まった。


「……このように張繍におきましては、日々民草の撫育に心を砕き、陛下の御稜威が普く領内全てに行き届かん事を希求しております。 つきましては皆の心を励ます為にも、是非曹操様との盟を更新致したく参上した次第です」
「ふむ…」

 ひとつ呟きを漏らすと、しばし思案にくれる態の曹操殿。 そこで私はさりげにもう一枚の札を切る。
「なお近頃、とみに袁紹から友好を求める使者が参っておりまして… 張繍は彼の者に何か不逞な志があるのではと心を痛めております。
…言うまでも無く我が君は、一朝事あらば非力の身なれど、陛下の御為に馳せ参じる覚悟で御座いますが」

 そして…
「…ふっ、よかろう。 この様な乱世においても、変わらず陛下に忠たらんとする張繍殿の志は誠に尊いものだ、 喜んで盟約を更新する事に致そう。 くれぐれもよろしくお伝えあれ」
 暫しの沈黙の後、眉一つ動かさず曹操殿は盟約に同意した。 まるで「袁紹」という札の事など無かったかの様に…  やはり、大した御人である。


 かくして無事に目的を果たした私は今回も深々と礼を述べ、礼物の目録を担当官に渡すと退出しようとした。 そしてそんな私に、曹操殿は再び声をかけてきた。
「賈[言羽]よ… 『蛇は卵のうちに殺せ』とは実に含蓄のある言葉だとは思わぬか? わしは近頃、しみじみとそう思うぞ」
 勿論、私もにこやかに言葉を返す。
「はて… 曹操様には何か御悩みの事が?  はばかりながら張繍には六万の兵が御座います。何か変事があらば、どうぞ安んじて御命じ下さいませ」


 私はあらためて一礼し、曹操殿の元を辞した。
 再び得られた、今度は一年半に及ぶ猶予。 それは決して短い時間では無いが、我が国の背後を固め、更に兵備を進めるにはそれほど長い期間という訳でも無い。
「さて、次に私がこの地を訪れるとしたら… それは使者としてでしょうか? それとも…」
 私はそんな取り止めの無い事を考えつつ、殿の待つ長安への帰路を急いだ。



<建安三年・十月>

 漢中攻略より此の方、我が軍は只ひたすらに兵備の充実・人材の招聘に明け暮れていたが、その成果は充分満足のいくものであった。
 主に賈[言羽]と田豊の活躍により、劉表軍の甘寧・魏延、袁紹軍の顔良、在野の士孟達といった有能な将達が新たに幕下へと加わった上、趙雲・徐晃等武官達の精力的な徴募・練成を経て、総兵力も遂に十万を突破したのである。
 董相国の遺金という経済的な裏付けにも支えられ、全ては順調極まり無い。

「実に順調だな、賈[言羽] 」
「はっ。…そろそろ動いても宜しいかと」
 そして… 日頃の訓練の成果を示す大演習を終え、閲兵に当っていたわしと賈[言羽]は、密かにそんな囁きを交し合う。
 曹操との同盟はあと八ヶ月。失効後中原に押し出すのか、更新を図って益州に進出するのか、わしは未だ結論を出してはいない。 しかしどちらを選択するにせよ、我が背後を脅かす馬騰を早いうちに潰しておくに越した事は無かろう。

「密偵達の報告を纏めました所、現在馬騰軍の総勢は七万余と見られます。 一方で差し当たって動かせる我が軍が七万二千余り…  欲を言えばもう一軍は用意したい所ですが、時間との兼ね合いを考えますれば、この辺りが頃合いかも知れませんな」
「そうだな… うむ、こちらから仕掛けるのには良い潮であろうな」 
 わしは賈[言羽]の言葉にそう肯きを返すと、隠密裏に兵站の準備を終える様、あらためて命を下した。

「(ふっ… 尚武の地たる涼州を治めるのに相応しいのはどちらか、決着をつけようでは無いか、馬騰よ!)」
 来月の出陣を決意したわしは、郷里への帰還を前に、思わず心を高ぶらせていた。



<建安三年・十一月 〜前編〜>

「…南の本城に馬騰の本隊以下二万九千、西の支城に馬超の支隊一万一千、更には天水からの援軍が数万、こちらに向かっている模様です」
 月も改まり予定通り馬騰討伐を開始したわしは、手始めに兵を進めた安定で街道沿いに全軍を展開させつつ、参軍の田豊の報告を受けていた。

「早くも馬騰軍主力が結集、か。 まあそれはともかく…  どう見る、田豊?」
「はっ。 馬騰の本隊が安定城に殿を引き寄せ、援軍との挟撃を狙っているのはまず間違い無いでしょうな。
そして馬超隊については… 消極的には我が方の戦力吸引、積極的には兵糧奪取を狙っているのではと」
「ふむ…  何にせよどうも馬騰め、『騎兵』というものの真髄を忘れたらしいな。
趙雲・張遼・徐晃・魏延! ここはひとつ騎兵とは如何なる兵種か、奴に思い出させてやるとするか!」
 わしは背後の四将を見やると、思わず不敵な笑みを浮かべた。


「と、殿、全軍です。 張繍軍七万余、馬超隊には目もくれず全速でこの城目指して突っ込んできます!」
「な、何だと? ちっ、張繍め…  ええい、作戦中止だ! 超にも急ぎこちらに来る様合図せい! ぬかったわ!」
 予想外の事態に、慌てて幕営に飛び込んで報告する馬岱。思わず舌打ちを禁じ得ぬ馬騰。 しかし彼等が次の手を打つ前に、早くも戦局は安定城を巡るものへと変化していったのである…


「はっはっは、馬騰よ! 暫く会わぬうちに随分と寝呆けた用兵をする様になったものだな! 騎兵の命は機動力… 先手を打てなかった時点で貴様の負けよ!」
「ほざけぃ、張繍! わしが鍛え上げた涼州兵を甘く見るなよ! ええい、矢を放て! 援軍さえ到着すれば我等の勝ちだ、皆力を奮えい!」

 舌戦も一瞬の事、一気に激突を始める両軍団。
 だがその地・安定は両軍合わせて十万近い兵がぶつかる場としては、決して広いとは言えぬ場所であり…
 …激戦が乱戦となるまで、そう長い時間はかからなかった。

「ちっ、馬騰軍め。流石に手強いわ… ええい全軍、陣形の再構築を図り敵陣を突破、包囲体制を整えるのだ!潰せっ!」
 わしはなんとか場の主導権を握ろうと試みるが、一度乱れた戦局を操るのは決して容易ではない。そして乱戦の中では五日という時間など、それこそあっと言う間に過ぎ行くものである様だ。

「裴元紹只今到着! そうれ、敵は皆殺しじゃあ〜!」
「董賊共めが! 最早この地に貴様らの居場所は無いと知れ!」
「馬一門を甘く見るなよ! それ、突っ込め〜!」
 かくして安定城を巡る攻防は、天水より裴元紹・ホウトク・馬休等敵軍三万余が駆けつけた事により、更にその激しさを増す事になったのである…



<建安三年・十一月 〜後編〜>

「おら! 突撃、突撃っ〜!」
「ええい、超はまだ来んのか!」
「ふん、背後ががら空きだな。 それ、趙雲殿を援護するぞ、斬り込めっ!」
「ホウトクだと? 面白い。我が名は魏延、相手になってやるわ! あの世でじっくりと、己の愚かさを噛み締めい!」
「殿、我が隊はもう持ちません! 撤退します…」

 乱戦、である。 敵味方が入り乱れ、挙げ句の果てには一騎打ちまで行われているその状況は、まさにそれ以外に形容の仕様が無かった。
 だがどんな混戦であろうとも、勝利への道までが混沌とする訳では無い。
「雑魚に構うな、馬騰を討ち取る事のみ考えよ! 奴を潰せば戦は勝ちだ!」
 そう。どんな規模の戦いであろうと、大将を討てば勝つ。
 わしの兵法などたかの知れたものだが、それでもそれくらいの事は判る。 わしはあらん限りの声を張り上げ、全軍を叱咤し続けた。
 そしてわしの包囲陣に、乱戦を制した各隊が次々と参加。 安定城への猛攻は刻一刻とその激しさを増して行く。

 果てしない乱戦の末、直営を三千まで打ち減らされた馬騰が退き鐘を鳴らして天水へと撤退して行ったのは、それから間もなくの事であった…


「はん! どうせ俺は名誉ある武人様なんかじゃねえからな。 助けてくれるのなら、あんたの為に戦おうじゃねえか…」
「負け申した。かくなる上はこの身、如何様にもお使い下され…」
 激戦の結果、力尽き虜囚となった裴元紹・ホウトク両将と万余の兵は投降し、その他遺棄された敵の戦死者も優に二万余。
 かくして「安定の戦い」は我が軍の大勝によって幕を閉じ、我ら両国の軍事的均衡は、ここに完全に崩壊したのであった。



<建安三年・十二月>

 勝ち潮に乗った時は、徹底的に敵を叩くに若くは無い。 わしは事後処理もそこそこに、天水へと追撃を開始した。
 降兵を加え、その数を増した我が軍は七万四千余。それに対し、先の戦いで痛手を受けた敵軍は僅かに三万余。 勝敗の帰趨はいわずもがなであり、奴は数日の抗戦の末に抵抗を断念、本拠西涼にて再起を期すべく落ち延びていった…

 破竹の連勝に沸き返る我が兵達。だが将帥たるわしまでが浮かれるのは、来月でも決して遅くは無い筈である。
そう、馬騰への引導と郷里への帰還を果した上で。

「北路は城までの距離は短いですが、非常に狭隘な上に敵も戦力を結集してくる事が予想されます。ここは西の迂回路を活用し、挟撃を狙った方が…」
「いや机上ではそうだが、西路はある意味北路以上に険阻で狭い。結果的には北路を強引に打通した方が良かろう…」
 そして西涼攻略の準備に余念が無かったこの時のわしらは、中原で遂に曹操・袁紹という二大勢力の決戦が始まった事など、無論知る由も無かったのである…


【諸国の動静】
・曹操軍、業へ進撃するも敗退。
・袁紹軍、陳留へ逆撃を加え、同地を占領。

 

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