<弾正記・序章>



 天文二十四(1555)年春、時は戦国。
 群雄相争い、一つの行動 ・ 決断が、勝利を、滅亡を招く、そんな乱世である。
 そしてここ大和でも、新たな戦乱の幕を切ろうとしている者が居た。


 うららかな陽気のある日、信貴山城・本丸茶室にて二人の武士が茶を喫していた。
 主人役は城主・松永久秀。 客はその家宰・細川藤賢である。
「しかし、これほど早く事を起こす事になるとは思いもよりませなんだ。
まだまだ三好家の力、侮れませぬでしょうに…」
「…わしもまだ今しばらくは中から食らうつもりでおったのだ。しかし存外、殿の一族どもが喧しくての。 家中の状勢も、何かときな臭くなってきたのよ」
 やや苦々しげな久秀の声。しかしそれに対する声は場違いなほど朗らかであった。

「大殿も義賢殿、一存殿あたりに焚き付けられましたかな?」
「…とりあえずは大和一国と、ついでに勝竜寺城を頂戴すべく手筈を整えておる。まあ殿には、わしのこれまでの働きに対する褒美と思って甘受して欲しいものだな」
 そうとぼけた様に笑う久秀に対し、大笑いで応えるのはやはり明るい声。
「いやはや、これは大事になりそうですな。謀反に成功しても、三好に細川・畠山・鈴木・北畠と周りは全て敵ばかり。まさに前途遼遠を絵に描いた様な展開になりますなあ」
「御所様を忘れておるぞ、藤賢。しかし、そなたはまったく嬉しそうだな…」
「おっと、これはしたり。痩せても枯れても御所様を御忘れするとは。
なんにせよ、これからの当家の波乱万丈を考えると、不謹慎ながら胸が高まってなりませぬな!
いやいや、殿の様な梟雄に御仕え出来てこの藤賢、喜びに耐えませぬぞ!」


 湧き立っている、というよりはしゃいでいる、というべき藤賢の様子に苦笑を浮かべつつ、久秀はふと空を見やった。
 …そこでは雲一つ無い青空が、この大和を覆い尽くす様に広がっていた。

「いや〜、うららかな謀反日和ですなあ」
 そして久秀は、そんな脳天気な声を背に聞きながら、来るべき日に想いを馳せていた。
「 ( いよいよ、我が最大の博打が始まるわ。果たして我が器がどれほどのものか、しかと見定めてくれようではな いか… )」


 天文二十四年春、時は戦国。新たなる群雄の登場は、もうまもなくであった…

 

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