<弾正記・第十一章>

 

< 永禄九(1566)年・春 〜前編〜 >

 赤池家崩壊、その余波は誠に凄まじいまでのものがあった。 拠るべき主を失った諸城が、次々と当家に頭を垂れて来たのである。
 かくして長門・豊前・豊後・筑前・筑後・肥前・伊予・土佐の内、都合十四城が無血で我が所領となり、当家は四強の末席から一躍日の本最大の大名へと成り上がったのであった。

「いや、六百十四万石とは! なんとも当家は恐ろしい程の大国になりましたな、殿!」
 いつにもまして晴れやかな笑みを浮かべる藤賢に対し、わしも不敵な笑みで応える事にする。
「なあに、藤賢… これはまだ、日の本の三分の一ぞ!」


 そして一時の高揚が治まると、わしはあらためて藤賢と今後の方策を検討してみる事にした。

「現在西国で当家に従わぬのは、畿内の三家と肥後の一揆勢、そして阿波・讃岐・南九州の諸城といった所の様 ですな。 まずはこちらの平定を行う事に致しますか、殿?」
「ふむ、名分も無く義元殿との同盟を破る訳にもいかぬからの。まあ順当な所じゃな」
「して、まずは何処から御討ちになりますか?」
「やはり、まずは肥後の国一揆から鎮めねばなるまいて。既に日向・薩摩にも飛び火しつつある様じゃしの、猶予 はなるまい。
その後は三家を討ち平らげつつ、豊かな国から切り取っていけば良いわ…」
「御意!」

 かくして方針を確認したわしらは、茶を喫しつつ、暫し窓辺より聞こえてくる鶯の音を楽しんだ。



< 永禄九年・春 〜後編〜 >

 四半刻もそのままであったろうか、再び藤賢が口を開き始める。
「…どうも東国では、相も変わらず今川・北条両家が激しく競り合っている様ですなあ」
「うむ。双方地力は伯仲しておる様じゃからの、そうそう決着はつくまいて」

 実際、元々は姻戚関係であった故も与ってか両家の戦いは苛烈を極めており、関東・中部・北陸等各地で続く死闘によって、両者の勢力図は毎月の様に激しく変わり続けていた。

「このような大戦、当家も是非参戦したいものですなあ」
 まるで世間話でもするかの様な気楽さで、藤賢がそんな言葉を投げかけてくる。
「ふむ、しかし我が盟友に非も無く打ち掛かる訳にもいくまいて…」
 わしは埒も無い、とばかりに首を振ってみせる。
「…ほう。では義元殿が殿に刺客でも放ってくれれば良いですなあ」
 相も変わらずにこにこと、藤賢が言葉を紡ぐ。
「…ふむ。だがむしろ此度は不敬な事が起こりそうな気がするわ」
 わしは今度は悲しげに言葉を紡ぎ出す。

「不敬、でございますか?」
「うむ。今川領には三条公を初め、貴顕の方々の御料所が数多くあるがのう、仮にそこからの年貢が滞ったとしたら、やはりそれは朝廷に対する不敬、と言わざるを得まいて…」
「…ほう、もしその様な事が起きれば捨てては置けませぬな。 …特に注意を払っておきまする」
「うむ、頼むぞ… 最早当家は昔日の当家では無い。畿内を預かる、日の本一の大名として天下の仕置きもせねばならぬからのう。天下の為には、あえて鬼にならねばならぬ事があるやも知れぬ。 悲しい事じゃがの…」
「…しかり、しかり。 私情を捨てねばならぬとは、天下の仕置きとは因果なものでございますなあ」

 藤賢はそう肯くと、不意に窓辺より空を見上げ、しばし心を奪われたかの様に動かなくなる。
 わしも奴に合わせて外を覗いて見ると、そこにはまさに抜けるが如き見事な青空が広がっていた。
「いや、青天白日、青天白日。まさに我らが心根の様な見事な青空ですなあ…」
 感に耐えぬ様にそうつぶやくと、藤賢はにっこりと微笑んだ。


 こうしてわしは心行くまで茶を楽しむと、藤賢に後事を託し、一揆勢を平らげるべく肥後へと向かったのであった。



< 永禄九年・夏〜冬 >

 わしは引き続き他の諸将と共に、西国を平定すべく各地を駆けずり回っていた。
 勿論、圧倒的な兵力で臨む当家に太刀打ち出来る者など最早いる筈も無く、夏には鈴木家と一揆勢を滅ぼし、秋には本願寺を開城させたうえ畠山本拠・根来の包囲を開始するなど全ては順調であり、わしは拾うが如き容易さで新たに百万石あまりの所領を切り取っていったのであった。


 戦こそ絶えぬものの、今年はわしにとってはこれまでに無い平穏な年であった。
 しかしながらその平穏は、都より藤賢がもたらした知らせにより脆くも破れ、再び戦雲は急を告げる事となったのである。
「殿。三条公を初めとする貴顕の方々より、訴えが出されましたぞ…」


(天下)
●細川家滅亡。
●紀伊畠山家、北条家に降伏。

 

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