<弾正記・第七章>

 

< 永禄四(1561)年・春〜冬 >

 本年は、まさに朝倉家との死闘の年であった。
 北陸道で畠山家と果てしない戦いを繰り広げている義景こそ出てこぬものの、その属国大名波多野・蘆田家、そして印牧等重臣達が、次から次へと我が前に立ちはだかって来たのである。

 わしは摂津で、丹波で、播磨で、一人、また一人と敵将を屠りつつ、ひたすら朝倉領を切り取り続けていった。
 そしてわしの領土が播磨・三木に達した時、目の前の美作に翻りしは「一文字三つ星」の旗…
 遂にわしは西の超大国・毛利家と境を接する事になったのである。


(天下)
●波多野家・斎藤家・蘆田家・佐竹家滅亡。



< 永禄五(1562)年・春 >

 今年も年頭は、波乱を感じさせる幕開けであった。
 突如、三好・島津が相次いで北条家に降ったのである。
「いやはや、とんだ事になりましたなあ。もう洛中ではこれで北条が天下様じゃと大騒ぎのようですな」
 わしは宮中への拝賀を終えた後で久方ぶりに藤賢と茶を共にしていたが、やはり話題は当然の如くこの変事であった。


「まあ、そう簡単なものではなかろうて。実際、九州・四国はあまりに関東と離れ過ぎておる。此度の降伏は、両家の毛利に対する徹底抗戦の決意のあらわれでしかあるまいよ」
「成る程。ともに北条旗下となる事により、兵力を纏め上げようという腹積もりですかな」
「勿論資金援助も期待しての事だろうがな。しかし…」
「しかし?」
「今更両家が力を合わせた所で、果たしてどれほど対抗できるものかの…」
 毛利の総勢は優に四万近いが、三好・島津両家が軍をかき集めた所で、その総数は最早二万を超えまい。

「もし、対抗出来ねば…」
 心なし目を輝かせ、藤賢が言を継ぐ。
「両家が潰え、毛利の矛先は必然的に東に向かうだろうて」
 わしは苦笑しつつ、点てた茶を藤賢の前に置く。
「(今の時点ではまだ苦笑ですむ。しかし、最早事態はここまで来おったか。
一刻も早く朝倉・宇喜多とのけりをつけておかねば、どうにも手のうち様があるまい。 さて…)」
 そしてそんな物思いに沈むわしの心中を知らでか、藤賢の方はいつにもまして朗らかであった。


 かくして強烈な危機感を胸に、いよいよ本格的に宇喜多領へも侵攻を開始すべく、わしはほぼ全軍に当る一万八千余の軍をもって福知山へと乱入した。
 一方、そこでわしを迎え討つは宇喜多家当主・直家率いる一万余の敵主力軍… まさに緒戦が決戦となったのである。


 そして数刻の激戦は、予想以上のあっけなさで我が軍の完勝に終わった。

「宇喜多直家… 随分悪名高き男の様でしたが、所詮は蛙。やはり殿の様な真の梟雄を前にしては、一介の小悪 党に過ぎませんな!」
 直家の旗印と家老・岡利勝の首、そして福知山城。 皆がもたらした戦利品を前に、藤賢の高笑いと兵達の歓声は絶える事無く辺りを満たしていた。


(天下)
●鈴木家が北条家に降る。



< 永禄五年・夏〜秋 >

 鳥取・福知山・八上・田辺。わしは春先より、狂ったかの如き勢いをもって朝倉・宇喜多領を攻め続けた。
「急がねば…」
 今のわしの心中を占めるは、正直この一点のみであった。

 すでにこの方面の朝倉領は八上城ただ一つを残すのみとなっており、宇喜多家もわしとの正面決戦に敗れし後は一気に衰亡へと向かいつつある。 通常ならば十分過ぎる程の順調な侵攻状況と言えよう。
 だが、今や九州における毛利対北条(実質的には島津・三好連合軍)の争いも佳境を迎えつつあるらしい。

 一月でも、例え一日でも良い、長引いてくれ。 それが偽りの無い我が願いであったが、そんなせめてものわしの願いが打ち砕かれるのには、そうそう時を待つ必要すらなかった。

「毛利の第一陣七千、本土に舞い戻り宇喜多領を侵しつつあり」
 乱破のそんな報告が、わしの耳を叩いていた…


(天下)
●宇喜多直家討死。重臣籾井教業が跡目を襲い、籾井家となる。



< 永禄五年・冬 >

 三好・島津勢九州にて敗亡。遂にそんな確報がわしの元にもたらされた。
 そしてわしも強引な強襲により、毛利を迎え撃つ前に何とか予定通り籾井家を踏み潰す事が出来た。


「毛利の主力軍が続々と本拠に帰還しつつあるとか。いよいよ、ですな」
 藤賢がそっとわしに囁きかけてくる。
 そう、いよいよである。 とうとう超大国毛利に対し、真っ向から立ち向かわねばならぬ日がやって来るのだ。
 国力で倍近く、兵力では倍以上の開きがある強敵に…

「さて はたしてどう転ぶかな…」
 わしはふっと天を見上げた。そこには抜ける様な青空が広がっており、わしの目に飛び込んでくる。

「(天道、などというものがもしあるのなら、わしも奴もとうに滅んでおるわ。 才略と天運、それに勝る方が勝ち残る、ようはそれだけの事よ)…面白いの」
 そんなわしがぽつりと漏らした言葉を耳にしたか、藤賢もにっこりと笑みを浮かべた。
「御意! この藤賢にとって、殿に御仕えする以上の愉楽はこの浮世にはござり申さん!」


(天下)
●真柄家・葛西家滅亡。

 

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