ジョスリン戦記(1)

<序章>

 戦乱開始から9年。再び庇護者を失ったわしは前途の希望を失い、我が子らと共に隠棲すべく父祖の地カレティに赴いていた。
 しかしその地もまた、わしにとっては安住の地では無かった。 そう、前線から離れ戦火こそ及ばぬものの、代わりにその地は王家の圧政下に置かれていたのである…

 そしておよそ一年後… 様々な紆余曲折の末、わしは民衆の不満を糾合し決起。不意を襲って油断する領主を討ちカレティとカンティベリを制圧し、イシュメリア全土に高らかにトルディン家の復活を宣言する事となったのである。


 こうしてわしは、三度戦火に身を投じる事と相成った。それも今度は家臣でも客分でも無く、弱小ながら一家の当主として、自らの意志で!
 
 国は貧しく、部下は身内のみ。ましてや宝石の加護などある訳もない。
 そう、血迷った年寄りの暴発と笑わば笑え。 わしはもう運命に弄ばれるなど真っ平御免、己が人生を自分で切り開きたいのみなのだから…



 <……かくしてトルディン家当主ジョスリン、54歳にして立つ。 それは宝石を持たぬ貴族による、初めての決起でもあった…>



<1年1月>

 わしが家を興しての最初の仕事、それはカレティの放棄であった。 折角奪った地の半分を放棄する、それは無念極まりない事ではあるが… 所詮260余の兵で王家から2国を維持する事は出来ぬ相談なのだ。わしは再来を父祖に堅く誓い、全軍をカンティベリに移動させた。
 
 勿論、王家がすぐさまカレティに再び兵を入れた事は言うまでもない…


<1年2月>

 わしは隣国を牽制する兵力は維持しつつ、当面はひたすら開発に専念する事にした。
 フュノーは我が家の出遅れを気に病んでいる様だが、なあに、案ずる事はない。 どうせ我が家より弱き家などありはしないのだから。

 かつてランフランク卿は言われた、「王の暴政を憤って挙兵した者が、民をないがしろにしてどうする?」と。 卿はあまりにその理念に忠実で、その為にあのイリアスめに付け込まれ命を落とされる事となったが、その志はわしも受け継いで行きたいものだ。


<1年5月>

 この頃、毎月のようにイリアスめが同盟を求める使者を送ってくる。どうやら奴には記憶力というものはない様である。 今は戦争になるのは好ましくないので形ばかりは丁重に断り続けているが… いいかげんうんざりではある。来月も来るのであろうか。
 まあ奴の事など気にはすまい、今日も内政に勤しまん。


<1年9月>

 収穫の時… そう、わしが当主となって初めての税収期である。 納められた作物の量もひたすら尽力した甲斐もあり、なかなか好感触と言える。
 あの阿呆は相変わらず使者を送ってくるが、無視して内政に励む。 しかし北方では王家とブランシェ・ライル家、西方では王家とスレテート・ライル家が連日三つ巴の争いを繰り広げているが、南方はいたって平和である。願わくばこの平和が今暫くは続かんことを…


<1年12月>

 状況は相も変わらず。 当主として初めての一年を過ごしたが、国は着実に富み、神の加護を受け能力もわずかながら上がり、災害にも見舞われぬ良い年であった。 来年も是非こうありたいものだ…


<2年9月>

 二度目の税収期。 開発とこまめな取り引きの甲斐もあり、国庫も次第に潤って来ている。そろそろ次の行動を考える時かもしれぬ。

 なお北方・西方では相変わらず戦火は絶える事無く続いており、相次ぐ争奪戦でほとんど不毛の地と化した国もある模様だが、それに対し南方は依然平和である。


<2年12月>

 イリアスめがついに動き王家領セルシーを急襲するも、領主シアボルドの奮戦の前に敗退し、その兵力を減退させた模様だ。  時は来た! 今ならマシェーティもおそらく使えまい。わしは国庫を開き、ありったけ傭兵をかき集める事にした。
 来年早々、我が家の命運を賭けた一戦をする事になろう…

 

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