<5年3月( 前編 )>
昨年末よりブランシェ家がしきりに王家領リンドウムを襲撃している。
守るジェフリーは驚異的な粘りを見せて四度に渡り耐え抜いているが、もはや彼の地には戦力と呼べる数すら残っていない様である。
…もはや王家の落日は誰にも止められまい。
そしてわしも王家に引導を渡すべく、まずは残る三カ国の結節点と言うべきウェラミウムへと軍を進めた。
我が軍900を迎え撃つは、王と近衛軍350余、そして…
「三度目か… これで最後にしたいものだな」
思わずそんな思いを抱かせるのは勿論王家の切札、いや今となっては最後の札ともいうべきあの邪龍である。
わしはいつもの様に騎兵を率いて王の本陣へと進撃を開始すると共に、他の部隊には計画通り迫り来る邪龍の撃破を命じた。
特に妙計が有る訳ではない。 弓兵と歩兵で奴の頭を押さえつつ、その間にもう一隊の歩兵とマシェーティで側面を襲う、
ただそれだけである。
「下手な小細工は傷を広げるのみであり、むしろ正統的な戦法こそが最良」
それが奴との二度の戦いを経ての、わしの結論であった。
<5年3月( 後編 )>
その巨体で大地を揺るがしながら突進して来た奴は、立ち塞がる第二部隊に対し小賢しいとばかりに一声あげると、紅蓮の炎を猛然と浴びせ掛ける。
そしてその爆炎に、わずかばかりの耐熱魔法が施された盾をかざして必死で耐える同隊。
灼熱の空間に耐え切れず、一人、また一人と影達が崩れ落ちる中、その頭上を第三部隊の放つ矢の雨が飛び交う。
いかに奴の炎が凄まじくとも、防御に徹した220余の兵を一時に焼き払う事は出来ぬ。
そしていかに奴の鱗が堅くとも、数百本もの矢を浴びて無傷でいられる筈も無く、
奴の突進が僅かに止まる…
あるいは、勝敗はこの時決したのやも知れぬ。
その隙を逃さず側面からマシェーティが渾身の真空波を放ち、傷ついた奴の鱗を切り裂く。
さらにその傷めがけて一斉に突っ込む第四部隊。
怒りと苦痛の咆哮をあげる邪龍。
そして盾を打ち捨て攻撃に転じる第二部隊…
昼から始まった邪龍との攻防戦であったが、奴の放つ炎は次第に弱まる一方であり、夜半には無念の咆哮を残すと、掻き消える様に奴は宝石へと還っていった。
そして頼みの邪龍の敗走は、ボロボロになりながらも必死にわしの突撃に耐え続けた近衛軍の戦意にも、瞬く間に止めを刺す事になった…
<5年4月>
ブランシェ家がまたもリンドウムを襲うが、ジェフリーはそれを防ぎきったばかりか、敵将ジュラスコを捕らえる奮戦を見せたという。全くたいしたものだ。
しかしそこにフュノーが間髪を入れず進撃すると、さしもの奴も全く戦力が枯渇しては手の打ち様も無く、撤退を余儀なくされた様である。
これで王家も残るは一国。 しかしフュノーも、何時の間にか抜け目の無い奴になったものだ。
またライル家は、ブランシェ軍の敗戦の間隙を衝いてブリガンテスを奪い取った。
やはり一番油断出来ぬのはあの者かも知れぬ。
<5年5月( 前編 )>
コリタニー。 かつてのライル家の本拠であり、今は王が最後の決戦を挑もうとしている場所である。
あの王家をわしがこの手で滅ぼすとは…
いや、それも全てはこの戦いに勝ってからの事。
わしは自分の先走りに苦笑すると、直ちに全軍に進撃を命じた。
まったく、我ながらすぐ心を高ぶらせるとは進歩が無い事だ。
我が軍650に対し敵は300余。 しかし度重なる敗戦に意気阻喪したか、敵の抵抗はこれまでに無くあっさりと潰え、兵力差以上の完勝をもって戦いは終結した…
・
・
「エセルレッド王を御連れしました」
御苦労、と声をかけると側近を下がらせ、わしは狂王に相対した。
王は既に王冠を失っており、その豪奢な鎧も戦塵で薄汚れてはいたが、傲然とわしの前に立つ姿には、紛れも無い威が感じられた。
「ジョスリン、まさか貴様如きに破られるとは夢にも思わなかったぞ…」
「…そうでしょうな」
「わしをどうする? 首をはねるか? 船に乗せ流すか?」
「…あなたのして来た事を考えれば、そうすべきなのやも知れませぬ。しかし、我が家にとってもやはりあなたは王でした。
どうにもわしの手であなたを裁く気にはなれませぬ。
どうぞ、御望みのままに身を処されませ…」
「…」
王はわしを睨むかの様に見つめると、無言のまま深々と、そして初めて頭を下げた。
沈黙が辺りを覆う。 そして王は、そのまま広間から去っていった…
<5年5月( 後編 )>
ロイヤルブラッド。 正しき秩序もち掲げし時正しく世を導き、邪心もち掲げし時世を滅ぼす、そう伝えられる強力無比な王冠である。
それが不完全ながら今、わしの手元にある。
「我が力をもって、お前に全てを与えよう…」
不気味に輝く血の様に赤い宝石からは、囁くかの様にそんなドラゴンの声が聞こえる気がする。
この魔性に飲まれた時、わしは新たな狂王になるやも知れぬ。
ますます気を引き締めていかねばならん。
なお王家の崩壊後、その遺臣はそれぞれの思惑を胸に去っていったが、ヒューバード・ゲオルグ・シアボルド・ブライデリの四名はわしに剣を捧げた。
ブライデリは近衛として、他の者達は領主として、わしとかつて死闘を繰り広げた勇将達である。
その彼らがわしを新たな主として選んでくれた、それは素直に嬉しき事であった。
そしてさらにはもう一人、我が家には騎士が加わる事になったのである
「在野の騎士エセルレッドと申す。 年老い、たいした能も無いが平和の為に戦わせて欲しい…」
粗末な、だが使い込まれた鎧を纏った初老の男は、そう言ってわしに剣を捧げた。
それが、王が自らの手で選んだ贖罪であった…
<5年6月>
これまであえて考えぬ様にして来た事だが、最早はっきりとさせねばならぬであろう。
「わしはこの戦乱を治めイシュメリアを統一し、平和なる世界を築かん!」
今更ではあるが、わしはあらためてそう、皆と神に誓う事にした。
なんとしてもわしの代でこの戦乱に終止符を打ち、フュノーやメルティナらには平和な世を託したい、それが今のわしの偽らぬ気持ちである。
次の目標にブランシェ家を選んだわしは、来るべき戦いに備えるべくウェラミウムにゲオルグ、リンドウムにヒューバードを派遣すると共に、自らは北進しライル領カンブリアへと軍を進めた。
我が軍600に対し、敵はオスウィユ率いる340余の兵と魔術師チル。
だが、此度のわしには兵力差以上に必勝の自信があった。
つんざく様な魔龍の咆哮が戦場に響き渡る。
そう、この戦いは初めてわしが味方としてドラゴンを引き連れての戦いであった。
しかし、かつてはあれほどわしを悩ましたこの咆哮が、今ではどんな声よりも頼もしく感じられるとは…
まったく、我ながら現金なものだ。
そして味方としての魔龍の働きも、全く期待に違わぬものであった。
魔龍の放つ紅蓮の炎が、その強烈な突進が、次々と敵部隊を吹き飛ばすかの様になぎ倒してゆく。
それは、宝石魔術師たるチルすら例外では無かった。
そして我が軍が一呼吸を置き、傷つき打ち減らされた敵部隊を掃討すべく総攻撃を開始すると、脆くもライル軍は秩序を失い四散した。
なお、戦後処理の最中にブランシェ家がライル家からブリガンテスを奪還したとの報が入る。
この期に及んでも抗争を続ける両家の因縁の深さは、まさに噂に違わぬ様である。
<5年7月>
ブランシェ家の領内は、ライル・ランカシア両家との長年の抗争により想像以上に疲弊している様である。
わしは一気に総攻撃をかける事を決し、ゲオルグ・ヒューバードに北進を命ずると共に、自らは400の兵をもって北部の最要衝・ブリガンテスに侵撃を開始した。
八カ国に通じる街道を持つこの要衝を守るは、隻眼の猛将として名高いスウェイン。
しかし如何に奴が無双の勇者であろうと、我が軍の十分の一以下の数では敵すべくもなく、闘わずして北方へと落ちていった。
そしてわしの勝利を追うように、ゲオルグよりエルメット無血入城の報が入る。
ブランシェ軍の緒戦の相次ぐ撤退。 これが見た目通りの力負けか、切札サンダラスの温存かで今後の戦局は大きく変わろう。
しかしどちらにせよ、わしに手を緩める気は無い。
たとえ奴に思いもよらぬ詭計があろうとも、今の我が家にはそれを正面から噛み破るだけの力がある、わしは過信ではなくそう思う。
<5年8月>
北方より相次いで早馬が到着する。ゲオルグが無傷でペトアリアを、ヒューバードが激戦の末ディアラを占領したとの朗報である。
二月で四国。いかにブランシェ家に昔日の力が無いとはいえ、なにやら空恐ろしい程の順調ぶりである。
<5年9月>
「ブランシェ領制圧、御下命通り完了致しました」
ゲオルグがそう言って頭を垂れ、わしの前にサンダラスとポイズンの両宝玉を献じる。
カルが守る最前線コーブリッジを討ち、返す刀でブランシェ本拠バーニシアを制圧。
話としては判るのだが、こうも簡単に事が済むと何やら妖精にでも化かされている様な気分である。
まったく、底知れぬ男を幕下に加えたものだ。
しかし開戦より僅か三ヶ月であのブランシェ家が崩壊するとは…
よもや誰も思わなかったであろう。
わしは引き続きゲオルグの連れてきた捕虜達を引見する事にしたが、彼らの表情も亡国の悲しみや怒りというよりは、どこかあまりの事態の急展開を前に気が抜けている、そんな風であった。
結局エラン達は、しばしの自失から立ち直ると武人らしい直截さで敗北を認め、次々とわしに剣を捧げた。
エラン・ペンドラゴン・カル・アルゴル・オーウェン・スウェイン・ガウェイン…
ブランシェ家の主力達を新たに迎え入れた我が家は、最早人材面においても他家に隔絶している、と言っても過言ではあるまい。
<5年10月>
最早戦いの趨勢は決まった。 そう考えたわしはライル・スレテート両家に降伏勧告を行ったが、両家とも言下にそれを撥ね付けて来た。
やはり戦う他はない様であり、わしは新たに加わった将帥達を含め、前線の領主の再編成を行う事にした。
スレテート家は疲弊の極に達し、ライル家にもいまや昔日の勢いは無い。
今こそこの乱世を終わらせる時である。
<5年11月>
コーブリッジのエランから早速勝利の報が入る。
650の兵を率い出陣した彼の者は、いずれも400近い戦力を有していたアラインとウォルターの軍を連破、相次いでキャメロンとカルウェルティを占拠したとの事である。 流石ははあのブランシェ家の当主、と言うべき見事な各個撃破だ。
この2戦でレッドワルトに残された最後の主力部隊・ライル家北部軍は消滅し、さらにはその切札であったミーティア・チルをも使いきった事になる。
これで奴の現本拠・アイランドを守るのは、僅かな敗残兵達だけとなった筈だ。
謀略に長けた奴に時を貸さぬためにも、この勢いのまま一気に片をつけてくれよう。
<5年12月>
年末になっても、我が軍の怒涛の進撃は止まらない。
まずわしが999の大軍をもってライル領ハーレックに迫ると、100に満たぬ同地の守備隊は戦わずして四散、逃げ遅れた敵将ウルフヘルを捕虜とする大勝を収めた。
次いで進出したマーシアでも、200近い兵を有していた守将レオフリックが物資と兵を置き去りにして遁走した為、あっけなく我が軍の無血開城に終わった。
これでライル家の本土領は全て陥落である。
一方西部方面からも、リンディニスのオーウェンが満を持してスレテート家に侵攻を開始し、アトレバテスのジェラルド軍を叩き潰したとの報を皮切りに、同軍のカーディフ攻略、カンブリアのアルゴルのエルジング無血制圧など次々と朗報が届く。
ケルマイヤー・ゲオルグ等に策定させた後方支援態勢も円滑に運営されており、全てが順調に進んでいる。
なおアトレバテスで敗れ捕虜となったジェラルドは、ティリアンが身代金支払いを拒否した為行き場を失い、我が家に身を寄せる事になった。
最早両家とも本拠をかろうじて保持するのみ。
来年初頭にも全てが終わるであろう・・・
<6年1月( 前編 )>
「戦闘準備、全て完了致しました。 900の兵、何時なりとも進撃可能です」
そうわしに報告するのは新参のジェラルドである。
主君に見捨てられた当初は呆然自失の態であったが、既に立ち直り、なかなかの有能振りを示してくれている。
しかしスレテート家本拠ポウィスへの侵攻。
それは正直な所わしにとっては気が重い。 彼の地には旧友ユースタス、そしてフレイム殿がいるのだから…
しかしわしは頭を振り、ジョスリンとしての感情は捨て置きジェラルドに肯くと、トルディン家当主としてなすべき命を下す事にした。
「全軍、これよりスレテート家ポウィスへの進撃を開始する。わしに続け!」
…そして戦いが始った。
我が軍900とドラゴンを迎え撃つは、ティリアンと150余の兵、そしてフレイム殿。
「俺が灼熱公の元に来たのは、今度こそあの忌まわしいドラゴンめに炎の引導を渡す為だ。
ジョスリン、お前も力を貸してくれ!」
16年前、そうわしに熱く語ったフレイム殿に今、わしの率いるドラゴンが襲いかかっている。
まさに皮肉極まる光景、としか言い様があるまい。
しかし今は戦い、勝利を収める事をのみ考えん。
わしは全軍に魔龍に続き突撃を命じた。
魔龍の放つ業火と六倍の兵力差に圧倒され、ティリアンの抵抗が沈黙したのは、開戦から二日目の夕刻の事であった…
<6年1月( 後編 )>
戦いも終わり、ようやくわしはジョスリンとして、フレイム殿と久闊を叙する事が出来た。
「フレイム殿、お久しぶりですな。 相変わらずお元気そうでなによりです」
「もう俺は人とは言えぬ、二十年やそこらで変わるものかよ。
ジョスリン、そういうお前は随分老けた様だがな」
「…この十六年というもの、色々な事がありましたからな。
そう、本当に色々な事が…」
「…まあそうだな。 しかしそれにしても、まさかお前がこのイシュメリアを統一する勇者だったとはな、俺達宝石魔術師の眼は、揃いもそろって節穴ばかりだったと言う事か!」
そう言って愉快そうに笑うフレイム殿。
やはり変わらぬ友というのは良いものだ。 例え相手が人で無かったとしても、それに何程の意味があろう。
しばし楽しい時を過ごした後、わしは捕虜達の引見に移った。
イシュメリア元大司教・ティリアン。
わしにとっては一時ながら世話になったレアンデル殿の仇ではある。
しかし同時にフレイム殿が見込み、ユースタスが世話になった者である事も間違い無い。
結局わしは彼を解放し、その一党もろとも快く我が家に迎え入れる事にした。
そしてわしは、ユースタスとも久闊を叙すと、ハーレックへと舞い戻るべく足早に城を発った。
最後の戦いはまもなくである…
<6年2月>
帆に風を受け、一路我が船団は西方を目指す。
この島国イシュメリアのさらに西方の小島アイランズ、そこが十六年もの長きにわたるこの戦乱の終息点になろうとしている。
ライル家にはもはや沿岸を守る戦力すら残されていない様であり、
我が軍は人影の無い港に悠々と取り付くと、一斉に下船を開始した。
「いよいよこれが最後の戦いとなる! 勝利と、そして統一は目前だ!
全軍、わしに続け〜!」
かくしてわしの号令一下、最後の決戦は幕を開けた。
我が軍999に対しライル家の残兵はわずか18。
いかに敵軍にパスハがいようとも、逡巡すべきいかなる理由も無い。
わしはサンダラスと全軍を率い、直ちに突撃を開始した。
パスハが度重なる雷撃と矢の雨に屈したのは、戦闘開始より2日目の夕刻。この時をもって、16年に渡りイシュメリア全土を覆っていた戦乱は、完全にその幕を閉じたのである。
レッドワルトをはじめライル家の面々が、そしてわしを裏切って以来ブランシェ・ランカシア・スレテートそしてライル家とひたすら逃げ回り続けたジュラスコも、ついに観念して出頭してくる。
わしは全てを水に流し、彼ら全てを我が家へと迎え入れた。
…全ては終わった。 さあロンディウムへと凱旋せん!
→最終章へ