<歴史全般に関する所論>
●「歴史上の人物評」についての私見
歴史上の人物を評価する場合、どういう基準で行うのが一番妥当なのか?
人物同士の比較なども考慮すると、個々人の置かれた状況が当然ながら平等ではない以上、実績重視では「歪み」が大きくなるのは必定ですし、結局は「実績と言動を総合的に検討して」という辺りに落ち着かざるを得ないと思うのですが、さてそのバランスや如何。
とりあえず私としましては、「すべき事」よりは「すべきでない事」の方がまだ確定しやすいと思い、以下の様な事を心がけようとしてはおります。
●「現在の視点」「神の視点」だけで評価しない。
当時の慣習や状況を考慮しない「偏った視点」で見てはいないか。
また、自分が全体の動きを俯瞰して見ていること、対象が限られた情報で動いていたことを、きちんと考慮して見ているか。
●例え一次史料であろうとも、安易に鵜呑みにはしない。
正史もそうですが、例え書き手が学識ある貴族や僧侶であろうと、又聞きや勘違い等で誤りが書かれている可能性はあるし、自分達に都合の悪いことはえてして筆を曲げもするものである。
ましてや、対象に対し悪意や隔意を持っていることが想定される場合は、当然割り引いて見るべきであるが、それらをちゃんと踏まえて見ているか。
●書かれた事が全てだと思わず、書かれていない事が無いとも思わない。
事件や行動の記述に不自然に見える点がないか。
見事なものや愚劣なものとして名高い言動であっても、それは本当にそういう評価をすべきものなのか。常に疑問を持つことを怠らないよう心がける。
また、安易に「天才」「名将」「阿呆」といった「便利な言葉」を使って思考停止をしてはいないか、注意する。
これらの考えが妥当か、またそれをちゃんと実行できているか。
まあ色々と悩みは尽きませぬが、それでも人物について考え評することは、歴史において最も「人」に興味をもつ私にとっては、辛くも楽しきものであるとは言えます。
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