Erste Liebe〜エアステ リーベ〜


その2

 

   「あれ?しまった・・・蒸留水が足りない・・・」
   自分の研究室で、調合をしていたクライスは、つぶやいた。
   高度な調合を、頻繁に行うと、基本的な調合材料がよく足りなくなる。
   以前は、よくマリーに分けてもらっていたのだが、彼女は今この街に
   いない。
   しかし、自分で調合するには、少々時間が惜しい。
   一番手っ取り早いのは、他の錬金術師に分けてもらうのだが・・・。
   この街に、工房を開いている錬金術師は数人いるが、正直親しくしている者がいない。
   精度の良い商品を作れる人物となると・・・
   その時、頭に浮かんだのは、一人の女性。
   青のアイテムを作るのを得意とする女錬金術師。
   彼にとって一時期大きな存在だった。
   だが、彼女に会う事をここ数年避けていた。
   彼女にとって、自分は単なる年下の幼馴染に過ぎない事、
   彼女の心には、完全に別の男が居る事。
   2つの事実を突き付けられるのが耐えられなかったからだ。

    
    
   「今なら・・・会えるかな?」
   クライスの心には、彼女以上に大切な存在が出来た。
    
    
   その工房の軒下には、看板が掛かっていた。
   《ルシェッタ カルデナールの工房》
   軽くノックをすると、中から女性が出てきた。
   薄茶色の髪と黄緑の瞳を持つ20代中頃の女性。
   この工房の主だった。
   「まあ・・・クライス君・・・久しぶりね・・・」
    
    
   「あなたがこの工房に来るのは・・・初めてね」
   お茶の用意をしながら、ルシェッタは言った。
   彼女はクライスより3歳年上の25歳。
   アカデミーを卒業後、主に青と緑のアイテムを作る工房を開いた。
   錬金術師と言うより、薬剤師と言った方がピッタリの女性だった。
   「そうですね・・・特に用事が無かったもので・・・」
   「用事が無いから来ないって・・・あなた・・・本当に素っ気無い子ね・・・」
   クスクスと、彼女は笑う。
   「じゃあ・・・ここに来たって事は、用事が有るのね」
   「はい。蒸留水を売って欲しいのです。あなたの作ったモノなら間違いないでしょう」
   「いいわよ。チョット待ってね」
   そう言って、ルシェッタは奥の部屋に向かって行った。
   彼女を待つ間、部屋を見回していたクライスはある物を目を止めた。
   本棚に置かれている素焼きの笛。
   初めてルシェッタに会った時、しっかりと彼女が握っていたオカリナだった。


   当時クライスは5歳。
   ルシェッタは8歳。
   戦争で両親と家と故郷を無くしてしまった少女は、アルテナ教会の孤児院に引き取られ
   た。
   父親から貰ったというオカリナを左手に持ち、右手で弟らしき子供の手をしっかりと、
   握っていた少女。
   それが、彼女だった。
   自分に降りかかった運命を受け入れきれず、寂しそうな、泣きそうな顔をしていた。
   幼心に『彼女の笑顔が見たい』と思った。
   それが、初恋の始まりだった。


   「これくらいあればいいのかしら?」
   ルシェッタは、蒸留水の瓶を幾つか持って帰ってきた。
   「とりあえず、2つあればいいです」
   そう言って、クライスは瓶を受け取った。
   そして、その瓶の中身をじっと見た。
   「さすがに、精度が良いものですね・・・・主席だった人が作っただけありますね」
   「あら?・・・やあねえ・・・3回生の時だけよ・・・」
   ルシェッタは、恥ずかしそうに笑った。
   「4回生の時、あっさり1回生に負けちゃったんだから、たいした事ないわ」
   そう笑う彼女の顔を見ながら、クライスは思った。
   マリーとは、何から何まで正反対だ。
   だから、マリーに興味を持った。
   そして・・・


   「ところで、ルシェッタさん?」
   「何?」
   「表に掛かっていた看板、いつまで使うつもりですか?」
   「えっ?」
   ルシェッタは首を傾げた。
   「あのう・・・いつまでって・・・使っちゃいけない理由でもあるの?」
   「いいえ・・・」
   クライスは言葉を切り、目の前の女性を見た。
   これから言う言葉は、彼女への想いを断ち切る言葉。
   昔の自分なら、言えなかった言葉だった。
   「いずれ、『カルデナール』とは名乗らなくなるのでしょう?」
   「クライス君・・・」
   ルシェッタは、クライスの顔をじっと見た。
   彼女の彼に対するイメージは、小さい頃の姿のままだった。
   どうも、今の彼の姿と結びつかない。
   だから、彼が自分に寄せる想いに気が付いても、恋愛対象にはならなかった。
   ある意味、彼にとっては残酷な事実だった。
   いつか、はっきりとしなければと思っていたのだが、彼の方から事実を確かめに来た。
   自分もしっかりと対応しなければ・・・
   ルシェッタは笑顔で答えた。
   「そうね・・・でも、しばらく変わる事はないわね・・・
    肝心の相手がこの街に居ないのだもの・・・」
   「近々帰って来る筈です。帰ってきたら・・・」
   「ふふ・・・そうね・・・まあ・・・彼・・・しだいね」


   ルシェッタの工房からの帰り道、クライスは空を見上げた。
   秋の太陽が空にあった。
   「太陽・・・まるであの人みたいですね・・・」
   マリーを何かに喩えるなら『太陽』だとクライスは思っていた。
   その明るく、暖かい『太陽』の様なマリーに、あんな過去が在ったとは・・・


   マリーが生まれたグランビル村に、『グランディ』と名乗る家があった。
   姓を持つだけに村で1.2を争う名家だった。
   マリーの母親はその家の娘で、マリーの母親の兄、つまり伯父夫婦の1人息子が
   『ルクス・グランディ』、愛称『ルーク』。
   マリーより3歳年上で、本が好きな少年だった。
   かなりのお転婆娘で、本嫌いだったマリーが、何故か彼が薦める本はよく読んでいたらし
   い。
   『ルークが面白いって言う本なら、間違いない』
   と、マリーはルークに絶大な信頼を寄せていた。
   ルークの方も、明るく元気なマリーの姿を見るのが、楽しそうで、嬉しそうな様子だったら
   しい。
   感の良いシアは、2人が将来恋人同士になるだろうと思っていたし、なって欲しいとも思っ
   ていた。
   グランビル村は、規模が小さい上に内部での婚姻も多かったので、4親等内である従兄
   弟同士の結婚は避けられてきた。
   だが、ルークの父とマリーの母は腹違いの兄妹で、ルークの母は他所の村出身の女性だ
   った。
   それぞれの親達が反対するとは思わなかったし、もし反対しても、2人は自分達の意志を
   貫くだろうと、シアは思っていた。
   しかし、ルーク16歳、マリー13歳の時、2人は残酷な事実を知った。


   ルークの両親には、子供が居なかった。
   名家の当主であったルークの父親は、既に男児2人に恵まれた妹夫婦に、どちらかの子
   を養子にしたいと申し入れた。
   妹夫婦は、当時1歳だった長男の方を養子に出した。
   その子がルークだった。
   2年後、妹夫婦に女児が生まれ、『マルローネ』と名付けられた。
   ルークは、自分が養子とは全く知らなかったし、マリーも兄弟は2歳上の兄『ビンセント』し
   か居ないと信じていた。
   事実を知ったマリーは、村を出てザールブルグに行きたいと言い出した。
   表向きは、数年前に家族で首都に引っ越したシアが寂しそうだから、観光を兼ねて会い
   に行きたいとの事だった
   人口が村に比べて格段に多い街に行けば、沢山の人々に出会う。
   その中で、ルークを忘れさせてくれる男性に出会えれば・・・
   そう考えたマリーの両親は、彼女をあっさりと送り出してくれた。


   『あの人は、あまり故郷の話とか、子供時代の話をしなかった・・・』
   クライスは、今までマリーと交わした会話等を思い出した。
   故郷を無くしたり、故郷の話を嫌う冒険者に気を遣っていたのかと思っていたが、彼女も
   触れてほしくなかったのだろう。
   シアの話からすると、幸せな少女時代を送っていた筈だ。
   だが、その風景の中に居る少年を思い出すのが辛かったのだろう。
   しかし最近、シアに昔の話を時々する様に、なってきたらしい。
   『クライス君に知り合ってしばらくしてからなの。
    だから・・・』
   シアが言いたい事は解る。
   自分もそうだった。
   ルシェッタは、時々訪ねてくるクライスを、いつも笑顔で迎えてくれた。
   親の形見というオカリナを、よく吹いて聞かせてくれた。
   それは、幸せな風景だった。
   だが、彼女への想いに気付き、それが叶わないと知った時、その風景は思い出したくな
   い記憶になってしまった。
   その中に彼女と、彼女が選んだ男が入っていたからだ。
   2人を憎む事が出来れば、まだ良かった。
   しかし、どうしても彼ら2人を、憎むなど出来なかった。
   ルシェッタが選んだ男も、違う意味でクライスにとって大切な存在だった。


   マリーに出会って、ケンカをしながらも多くの時間を過ごすうち、その風景は思い出しても
   胸が痛まなくなった。
   「あの人に・・・感謝しないといけませんね・・・」
   もうすぐ暮れようとする太陽を見て、クライスは呟いた。
   そして、太陽を思わせるマリーの笑顔を思い出した。
   彼にとって、一番守りたい笑顔を。

 

つづく


中書き

     やっと「その2」完成です。
     長くて長くて・・・後半を「その3」にしようかとも思いましたが、続けました。
     次は「その3」です。
     グランビル村でのマリー。
     マリーのエアステ・リーベはケリがつくのか?

     近々公開予定です。

 

     

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