Erste Liebe〜エアステ リーベ〜


その3

 

   グランビル村の中央には、広場があった。
   今、そこでは結婚式の準備が行われていた。
   女性達は、並べられたテーブルに次々と料理を並べ、男性達は祭壇を造っていた。


   久し振りに里帰りしてきたマリーも、母親と一緒に女性達の手伝いをしていた。


   マリーの母『ガゼーラ』は、今日結婚式を挙げる『グランディ家』の出身だが、今は
   姓を持っていない。
   彼女は、親の反対を押しきり、普通の農家の息子だった『ギラッフェ』と結婚した。
   ギラッフェの家には、姓が無かったので彼女も結婚によって、姓をを捨てた形になった。
   その為、彼女の子供達にも姓は無かった。


   マリーが、ザールブルグに行き、アカデミーに入る時、「姓が必要なら『グランディ』と
   名乗って良い」と、ガゼーラの兄である伯父は言ってくれた。
   だが、マリーはその姓を使わなかった。
   不便を感じなかったからだが・・・マリーにも使いたくない事情があった。
   その原因は、今日結婚する『ルーク』であった。


   「これで準備は終わりね」
   テーブルの上を見てガゼーラは言った。
   「もう・・・手伝う事はない?母さん?」
   「ええ。後は・・・本人達が来るのを待つだけよ」
   少々複雑そうな顔をして、ガゼーラは娘のマリーを見た。
   10数年振りに帰ってきた娘は、全く変わっていない様に見えた。
   ある事で、村を出て行った時と良い意味で変わってなかった。
   少なくとも、両親の前では。


   「じゃあ・・・母さんは伯父さんの家に行ってくるけど・・・」
   「あたしは、ここで式が始まるの待ってる」
   「そう・・・」
   心配そうな顔をしつつ、ガゼーラは立ち去った。


   「おい・・・マリー?」
   背後から呼びかけられてマリーは、振り返った。
   そこに立っていたのは、金髪に水色の瞳をした青年。
   「あっ。・・・兄貴・・・なあに?」
   マリーは首を傾げて返事をした。
   マリーを呼んだのは、2つ違いの兄『ビンセント』、愛称『ビリー』だった。
   黙っていれば、女性が放っておかない程の美形なのだが、口が少々悪い。
   言いたい事をハッキリと言う人物で有名だった。
   その為、普通の女性は彼にあまり関ろうとしない。
   妹のマリーとは仲が良いのだが、どちらもハッキリとモノを言うので、小さい頃は口喧嘩も
   多かった。
   しかし、マリーが13歳で村を出ていってから、10数年間顔を見る事も無かった。
   手紙をやりとりする事すら無かった。
   ある事実が仲の良かった兄妹の仲までぎこちなくしてしまったのである。


   「お前・・・結婚式に出て・・・大丈夫か?」
   「え?・・・大丈夫って・・・何で?」
   マリーは首を傾げる。
   「何って・・・その・・・」
   「もう・・・言いたい事があるならハッキリ言ってよ!
    兄貴らしくない・・・」
   「じゃあ・・・なんで・・・俺の顔をしっかり見ないんだ?」
   「えっ?」
   そう言われて、マリーはビリーの顔をじっと見た。
   だが、すぐに目を逸らした。
   「・・・見れないんだろ?・・・そんな状態で・・・ルークが別の女と結婚するのを冷静に
    見れるわけがない・・・」
   「でも・・・」
   マリーは黙り込み、俯いてしまった。
   彼女の肩が震えていた。
   ビリーは妹の顔に手を伸ばしかけて、止めた。
   自分がするべき役ではない。


   「・・・どこか・・・誰も来そうにない場所にでも行って泣いてきたらいい・・・
    結婚式に出れそうになかったら・・・それは・・・それで・・・いいんじゃないか?」
   マリーはゆっくりと頷き、駆け出していった。


   「もう・・・妹を泣かしちゃ駄目じゃない・・・」
   後ろから、女性の声をした。
   呆れ顔で立っていたのは、20代中頃の女性。
   「う〜ん・・・確かに・・・言い過ぎたかなあ・・・でもなあ・・・アニー・・・」
   アニーと呼ばれた女性は軽くビリーを睨みながら
   「私達は、見守るだけ・・・そして、見届ける・・・それが・・・2人を引き離す事に係わった
    私達2人の役目・・・そうでしょう?」
   10数年前、マリーとルークが真実を知るきっかけを作ったのは、ビリーとアニーだった。


   「マリー・・・君が大人になったら・・・僕のお嫁さんになってくれる?」
   村の外れにある大きな木の下で16歳の少年は言った。
   彼の目の前には、13歳の少女がいた。
   「お嫁さん?・・・う〜ん・・・」
   実年齢より精神的に幼い少女は、すぐに返事が出来なかった。
   目の前にいる少年は、『大好き』と言える存在なのだが、彼と結婚したいとかいう事は、
   全く考えた事がなかった。
   「・・・返事は、今・・・すぐしなくても良いから・・・」
   「うん・・・」
   「じゃあ・・・家に帰ろっか?」
   少年は、少女に手を差し伸べた。
   少女は少年の手に、自分の手を乗せた。
   そのまま、2人は手を繋ぎ木の下を立ち去った。
   その木の上に、少女の兄がいて、2人の会話を聞いていたのも知らずに。


   「アニー・・・面白い事・・・教えてあげよっか?」
   ここは、村の広場。
   広場の端っこで、セッセと刺繍をしていた少女は、話し掛けられ顔を上げた。
   少女の名前は『アンジェリカ』、愛称『アニー』。
   彼女に話し掛けた少年、ビリーと同じ年の15歳だった。
   「なあに?」
   「ルークが・・・マリーに・・・プロポーズした・・・」
   「えっ?・・・」
   「まさか・・・こんなに早くするとは思わなかったけど・・・」
   「そんな・・・何てことなの・・・・」
   アニーの顔がみるみる青ざめていった。
   「そんなにびっくりした?
    見れば判るじゃねえか・・・2人の様子を見れば・・・」
   「仲が良いのは・・・知ってるけど・・・まさか・・・そんな事に・・・」
   アニーの顔色はますます青くなってきた。
   「どうしたんだ?
    お前・・・まさか・・・ルークが・・・」
   「ううん・・・私が好きなのはルークじゃないわ・・・
    それより・・・貴方達・・・知らないのね・・・」
   「何が?」
   アニーは胸に手を当て深呼吸をした。
   そして、重い口調で言った。
   「ルークは・・・ギラッフェ小父さんとガゼーラ小母さんの子供なのよ。
    貴方とマリーと同じ様に・・・」


   ビリーは、アニーが言った事を両親に確かめた。
   真実だった。
   両親が、マリーに真実を告げると言うのを、彼は止めた。
   ビリーの口から、マリーに真実は告げられた。
   マリーは意外と冷静だった。
   「早く判って良かった・・・まだ・・・恋には・・・成ってなかったから・・・」
   そう寂しそうに笑った。
   そして、村を出て行った・・・


   「特に、貴方は口を出したら駄目よ。ややこしくなるから・・・」
   「俺の顔が・・・ルークに似てるから?」
   「ええ」
   ルークとビリーは、外見がよく似ていた。
   2人共、金髪で水色の瞳の持ち主だった。
   「俺の顔をまともに見れないんじゃ・・・式には出れねえな・・・」
   「ルークって・・・かなりレベルの高い人物だったのね・・・
    ザールブルグにも居ないほどの・・・」
   「ったく・・・あの街には、マリーが泣きたい時に胸を貸してやろうって男は、居ないの
    かよ・・・」
   「そうね・・・でも・・・」
   意味ありげにアニーは微笑んだ。
   「候補は・・・居そうよ?」
   「えっ?」
   「街での様子を、マリーに聞いたのだけど・・・やたらと話に上がる男性がいるのよ。
    『天敵』なんて、マリーは言ってたけど・・・」
   「その『天敵』とやらに・・・期待するか・・・」


   マリーは、村の外れにある木の下にいた。
   そこで、膝を抱え泣いていた。
   しばらくして、涙は止まったが、マリーは顔を伏せたままでいた。
   『まだ・・・吹っ切れないや・・・いくら泣いても・・・』
   その時、頭上から声がした。
   「マリー?」
   兄のビリーだと思って言った。
   「ちょっとは・・・すっきりしたよ・・・兄貴・・・」
   「・・・どうしたの?・・・マリー・・・」
   前に立っていたのは、ビリーではなかった。
   顔はよく似ているが、別人。
   「ルーク・・・」
   今日、結婚式を挙げる新郎だった。


   「・・・どうして、新郎がココに居るのよ?」
   「いや・・・新婦は色々忙しいけど・・・新郎ってヒマなんだよ・・・
    ちょっと、散歩って事でココに・・・」
   気まずそうに彼は言った。
   「あっ・・・ごめんね邪魔して・・・別のトコ散歩してくるから・・・」
   「待って!」
   マリーは、ルークを引き止めた。
   「あの時の返事・・・まだしてなかったよね」
    そう言ってマリーは、ルークの方を見た。
   「返事も何も・・・」
   「保留したままじゃあ・・・スッキリしないから・・・今するね。あたしは・・・」
   マリーは、にっこりと微笑んだ。
   「あたしは、あなたのお嫁さんにはなれない。だって、血が繋がった兄妹だから。
    でもね。
    なれないけど・・・なりたかった・・・」
   2人の間に沈黙が流れた。


   「僕も・・・あの時、君以外の人は居ないと思ってた。
    神様をかなり恨んだよ。でも、気が付いた。
    僕が欲しかったのは、君というより、君の家族の雰囲気だったんだ。
    本来、自分も居た筈の家族の・・・。
    それを僕に与えてくれる人は他に居た。
    でも、あの時の言葉は、本気だった。それは、信じてくれる?」
   「うん!・・・幸せに・・・なってね!」
   「ありがとう」
   ルークは、最高の笑顔を見せた。
   マリーは、ほんの少し、心が軽くなった気がした。
   「ねえ・・・腕・・・組んでいい?」
   「えっ?」
   「妹だったら・・・いいでしょ?」
   「うん・・・いいよ」
   マリーはルークの右腕に自分の左腕を絡ませた。
   「さっ。帰ろうか・・・カワイイお嫁さんが待ってるよ!」


   「2人共・・・なんで一緒に居るんだ?」
   広場の帰り道、マリーとルークは、ビリーにバッタリ会った。
   「散歩の帰り!」
   マリーはニッコリと笑った。
   そして、ビリーの顔を真っ直ぐに見た。
   その顔を見て、ビリーは、はっきりと判った。
   何があったか判らないが、マリーはルークへの想いを吹っ切れたのだろう。
   「散歩ねぇ・・・」
   「あっ。そうそう・・・ちょうどいいや・・・」
   マリーは、右腕をビリーの左腕に絡ませた。
   「な・・・何だよ・・・」
   「うふふ・・・こんなのを・・・両手に何て言うのかな?」
   「そうねえ・・・騎士(ナイト)・・・じゃない?」
   ビリーと一緒にいたアニーが言った。
   「あっ!それ・・・良い表現・・・」
   「良かったわね・・・二人共・・・カワイイ妹に甘えられて・・・」
   ルークとビリーは、顔を見合わせて苦笑いをした。


   その後、広場では盛大に結婚式が行われた。
   その場には、太陽の様な笑顔のマリーがいた。
   新婦の投げたブーケは、アニーが受け取った。
   ブーケを手に入れたアニーが、ビリーに意味ありげに笑顔を向けたのだが、
   それは、別の話。


   その次の日、マリーはザールブルグに向かう馬車の中に居た。
   今、自分が一番居たい場所に帰る為に。

 

つづく

    


中書き

     マリーのエアステリーベ、決着編です。
     ちょっと、煮詰まりそうだったのですが、アニーさんに救われました。
     彼女の登場で、話がスイスイと進みました。
     新婦さんの名前は・・・考えていません。
     付けなきゃいけないんですけどね・・・
     次は、いよいよ本格的にクラマリです!

 

小説リストにもどる