「ごめんね・・・あんたの服、濡らしちゃって・・・」
椅子に座ったマリーは、お茶の用意をしているクライスに言った。
思い切り泣いた為、マリーの目の周りは、真っ赤になっていた。
それでも、何とか一息ついたので、すぐにでも帰ろうとしたのだが、クライスに止めら
れた。
「このまま、帰られたら私が泣かせたみたいですから」
そう言って、とりあえずお茶を飲んで行けばと、用意を始めたのであった。
「ふ〜・・・温ったか〜い・・・」
入れられたお茶を飲んでマリーは、大きくため息をついた。
思い切り泣いて、喉も渇いていたようだった。
そんなマリーをクライスは、じっと見ていた。
そして、口を開いた。
「ひとつ・・・私の話を聞いてくれますか?」
「えっ?」
「私にも、初恋の相手がいました」
「そう・・・」
「少々、長話になりますが、良いですか?」
「いいよ」
クライスは、ゆっくりと話し始めた。
「20年前、私達姉弟は、母を亡くしました」
「お母さんを・・・。それは・・・大変だったね・・・」
「いいえ。・・・こう言ったら冷たいのですが、私には、母の記憶が全く無いのです。
母が居ないのが当たり前だったので、寂しいと思った事はありません・・・」
そう言って、クライスは微笑んだが、その笑顔は寂しそうに、マリーには見えた。
「父は再婚をする事無く、私達を育ててくれました。
医者だった父は、家で診療所をしていたのですが、騎士団の遠征に軍医として付いて
行く事がありました。
まだ姉も幼い頃、子供達だけを家に置いて行く訳にはいかないとの事で、父が留守の
時だけ私達は、教会の孤児院に預けられていました。
姉が12.3歳になると、姉弟だけで留守番をする様に成ったのですが」
「アンタ・・・苦労してたのね」
「別に苦労はしていませんよ。
姉は、大変だったと思いますよ。
ほとんど、我が家の主婦の役割を果たしていましたから」
「じゃあ、アウラさんがお嫁に行ったら、困るんじゃないの?」
「でしょうねぇ・・・。父は、1人で何とかやって行くと言ってますけど・・・」
そこまで言って、クライスは首を傾げた。
「・・・話が逸れましたね。元に戻しましょう。
私が5歳の時、遠征から帰って来た父は、8歳の少女と5歳の少年を連れていました」
「誰なの?その2人」
「2人共、ヴァイツェン村の出身で、少女の方は両親を亡くして、少年の方は両親とはぐ
れたそうです。
村が戦争で無くなったので、孤児院に引き取ってもらう為に連れてきたと父は言ってま
した」
「・・・どっかで、聞いた様な話ね・・・」
マリーは、記憶の糸をたぐった。
「少年の方は、貴女もご存知の筈ですよ。
試験中、お世話になったでしょう?」
「・・・ルーウェン?」
「そうです」
「もしかして、アンタとルーウェンって、知り合いだったの?」
「そうですね・・・さっきお話した通り私達は、孤児院に預けられた時期が在って、姉弟だけ
で家の留守を守れる様になっても、時々孤児院に遊びに行ってました。
彼は其処に居た子供ですから、幼馴染みと言って良いですね」
マリーは、思わずクライスの顔をマジマジと見詰めてしまった。
全く共通点が無さそうな2人が、幼馴染みとは・・・。
「まあ、彼の話は改めてするとして・・・。
少女の方は、アカデミーで貴女より1年先輩なのですが、『ルシェッタ・カルデナール』と
言う名前を聞いた事ありませんか?」
「ううん・・・」
「・・・彼女も主席だったのですが・・・」
「主席?・・・そんな凄い人と知り合いになる訳無いでしょう?」
「・・・そう強く断言しなくても・・・」
クライスは、ため息をついた。
自分も主席だが、マリーとは知り合いになった。
この事を、彼女はどう思っているのだろうか?と。
「彼女も、幼馴染みなのです。そして・・・」
「初恋の相手?」
「はい」
クライスは頷いた。
「・・・5歳で初恋って、かなりマセてたのね。アンタ・・・」
「彼女が好きだと意識したのは、10歳を過ぎた頃です。
小さい頃は、もう1人の姉の様に思っていました」
「彼女とは、どうなったの?」
「どうにもなりません」
「・・・?『好きです』とか・・・何とか言わなかったの?」
「彼女にとって私は、弟の様な存在に過ぎない事が判っていましたから・・・」
「そんなの・・・判らないじゃない。言ってみないと・・・」
クライスは、ゆっくりと首を横に振った。
「彼女には、想いを寄せる男性が居ましたから。
彼は、間違いなく彼女を幸せにしてくれる人物でした。
・・・諦めるしかないでしょう・・・」
2人の間には沈黙が流れた。
「・・・そんな顔をしないで下さい。・・・私は、大丈夫です」
マリーが、泣きそうな顔をしているのに気が付いて、クライスは、笑顔で言った。
「もう、吹っ切れていますから。・・・何故なら・・・」
クライスは、立ち上がりマリーの側に歩み寄った。
そして、彼女の手を取り立ち上がらせた。
「貴女が居ますから」
「えっ?」
マリーの水色の眼が、大きく見開かれた。
「諦めようと決めたのに、私は、ずっと初恋を引き摺っていました。
だから、人との係わる事、特に女性と係わる事は避けていました。
でも、貴女は違った。
最初、彼女とは正反対の女性だと思って、興味が湧きました。
そして、貴女に係わっている内に、段々と貴女の存在が大きくなっていきました。
今では、私のとって1番の存在は、貴女です」
「・・・1番・・・あたしが?」
「はい」
クライスはそう言って、マリーを抱き締めた。
「貴女にとっての1番にもなりたいのですが・・・どうですか?」
マリーの耳元で囁く。
マリーは、暫く考え込んでいたが、小さな声で呟いた。
「・・・あたしも・・・アンタが一番の存在だと思う。
だから、ルークの結婚式に行く気になれたんだよ・・・」
マリーは、クライスの腕の中でぼんやりと考えていた。
初恋を諦めると決めた時から、自分がずっと探していたのは、全てを受け止めてくれる
存在だった。
探し出すまで、少々時間が掛かったが、やっと見つけた。
だから、初恋を完全に終わらせる事が出来た。
この場所は、絶対に誰にも渡したくないと。
「・・・そろそろ・・・離してくれない?」
クライスの腕の中は心地良いが、少し恥ずかしくなってきて、マリーは言ってみた。
「・・・すいません・・・」
クライスは、マリーの身体を解放した。
2人とも、顔が真っ赤になり、恥ずかしさの為に相手の顔が見れなかった。
「・・・帰るね・・・」
マリーはそう言って、玄関の方に歩き出した。
「マルローネさん」
クライスに呼ばれ、マリーは振り返った。
「工房を開いたら、知らせて下さいね。
又、依頼を持って行きますから」
「うん・・・」
2人の恋物語は、こうして始まった。
おわり
後書き
やっと完成しました〜!
最初は、全然クラマリじゃなくてどうなる事かと・・・
でも、最終的には、ちゃんとクラマリになりましたよね?
さて、この話の後の2人には、色々な方々が絡みまくり(シアとか、ルシェッタさんとか、
キュール家の方々とか・・・)色々な話が在ります。
良かったら、お付き合い下さいね。