「・・・天使様が・・・居たの・・・」
少女は、悲しそうな顔をして言った。
「天使?」
少年は、少女の顔を覗き込みながら聞き返した。
「・・・イリーが、天使を見たって?」
切れ長の青い目をした少年は、目の前の少年に尋ねた。
彼の名前は、クーゲル・シェンク。
騎士見習いになったばかりの14歳である。
「そうなんだよ・・・。
あの日から、アイツ、すっかり落ち込んでしまって・・・」
緑色の目をした少年は、溜め息交じりに答えた。
彼の名前は、ラディウス・キュール。
親しい間柄の人々からは、『ラディ』と呼ばれている。
クーゲルと同じ14歳の少年である。
2人の間で話題になっているのは、彼等より2歳年下の少女『イレジーヌ』。
愛称『イリー』である。
数日前、ザールブルグでは、夏祭りが行われた。
ラディは、イリーと一緒に祭りに出掛けた。
その時、人込みの中で彼女とはぐれて、何とか探し当てた時、イリーは、青ざめた顔を
して、「天使を見た」と言い出した。
「天使を見たからって、何で落ち込むんだ?」
「・・・あの世からの迎えが来たんじゃないかって、思い出したみたいなんだよ・・・」
2人の少年は、暫らく黙り込んでしまった。
イリーは、生まれつき心臓に欠陥が在り、長く生きられないと言われていた。
彼女は、何時も死と隣り合わせで生きてきた。
それでも、気弱になる事無く、心を強く持っていたのだが・・・。
「・・・良い気分転換になると思ったのに、こんな事になるなんてな・・・。
連れ出さなきゃ良かった・・・」
ラディは、深く溜め息をついた。
「確か・・・祭りに居た人達の中で、仮装した人達が居たよなぁ・・・。
その中に天使の扮装した人が居て、イリーは、その人を見掛けたんじゃないのか?」
(全く・・・何だかんだ言って、ラディは、イリーが大事なんだな・・・)
クーゲルは、そう思いつつ、目の前の少年の反応を窺った。
「俺も、そう思って、アイツに言ったんだけどな・・・。
こうなったら・・・」
ラディは、何かを決意した顔で言った。
「何だよ・・・」
「・・・『天使様』を・・・探す・・・」
「どうだった?」
「天使の扮装をした人を見たって言う人は、居ないな・・・」
公園の噴水に腰掛けて2人は、今日何度か目の溜め息をついた。
ラディとクーゲルは、街の人々に、「祭りの日に、天使の扮装をした人を見ていないか?」
と、聞いて回ったのだが、「見た」と言う人を見つける事は出来なかった。
「イリーが見たのは、本物の天使だったのかなぁ・・・」
ラディは、空を見上げながら呟いた。
(本物の天使だとしたら、やっぱり、アイツを迎えに来たのか?
・・・アイツ・・・まだ、12年しか生きてないのに・・・)
そう思いながら、彼は、夏の空を見ていた。
「・・・お前達・・・何しているんだ?」
2人に声を掛けてきたのは、冒険者の格好をした少年。
「兄貴・・・」
「ディオさん・・・」
クーゲルの1つ年上の兄、ディオ・シェンクだった。
「天使を探しているんだ・・・」
そう答えたのはクーゲルである。
「・・・?・・・天使?!・・・お前達・・・暑さでどうかしたんじゃないか?」
ディオは、2人の意外な答えに驚いた。
「正確には、天使の扮装をしていた人・・・なんですけどね・・・」
ラディは、微笑を浮かべて言った。
「天使の扮装?・・・それって・・・夏祭りの時か?」
「・・・?見たのですか?・・・ディオさん・・・」
ラディとクーゲルは、思わず立ち上がった。
「ああ・・・『金の麦亭』に入って行くのを見たぜ」
「・・・『金の麦亭』・・・ありがとう!・・・ディオさん!」
そう言って、ラディは、『金の麦亭』のある方向に走って行った。
「・・・アイツらしくないな・・・あんなに慌てて・・・」
ディオは、その場に残った弟に訊ねた。
ラディは、沈着冷静な人物で、感情を表に出す事が少なかった。
「・・・イリーが、絡んでいるんだよ。
今回の『天使』探しは・・・」
「イリー・・・か・・・」
(それで、あの冷血漢が、冷静で無くなっているのか・・・)
ディオは、心の中でそう思いつつ呟いた。
ラディは、女性に対して、かなり無愛想な少年であるが、イリーに対する態度は、ホンの
少し違っていた。
一見、冷たく接していそうでありながら、彼女の身体を気遣う事を心掛けていた。
本人は、『アイツは、ジイさんの大事な患者だから、何かあったら、ジイさんの評判が下が
るからだよ』と、言うのだが・・・。
「・・・俺も『金の麦亭』に行ってくるよ・・・じゃあ・・・」
クーゲルは、そう言って、その場を立ち去った。
中書き
マリアトの中年親父達(私が勝手にそう名付けました)の少年時代の話です。
『天使様』の正体は、次回で明らかになります。