子供の心を忘れないで

 

その1

 

   「きゃ〜!・・・どうしよう・・・」
   あたしは、この時、完全にパニックに陥っていた。


   あたしが、うっかりしていたのが、そもそもの始まりだった。
   連日の徹夜で疲れていて、その疲れを取ろうとして飲んだ栄養剤。
   どうやら、調合ミスが有ったらしく、飲んでしばらくすると、あたしは・・・
   小さくなって・・・しまった。


   最終的には、10歳前後の子供の姿になってしまった。
   普段着ている服は着れないから、サイズが小さくて着れなかった服を探し出して着た
   のだけど、やっぱりブカブカだった。


   「まあ・・・しばらく・・・様子を見るか・・・依頼も溜まってるし・・・」
   あたしは、作業台の側にある椅子の上に立った。
   ちょっと身体の方が高くなるけど、座ったら手が届かない。
   「作業し難いけど・・・仕方ないな・・・」
   こうして、材料と器具を並べ出すと、玄関の扉がノックされた。
   「・・・誰だろう・・・居留守・・・使っちゃおうかなぁ・・・」
   悩んでいると、扉が開いた。
   しまった・・・鍵を掛けるの・・・忘れてた・・・


   そこに立っていたのは・・・
   「お嬢ちゃん・・・誰?」
   薄茶色の髪と、黄緑の瞳をもつ女性。
   最近、知り合ったルシェッタさんだった。


   「・・・栄養剤を飲んで・・・子供になっちゃったぁ?」
   あたしが状況を説明すると、ルシェッタさんは、かなり驚いていた。
   「・・・普通・・・栄養剤を作ろうとして・・・若返りの薬になる?」
   「はぁ・・・」
   ・・・痛い所を突いてくる・・・
   優等生で、主席を取った事もある彼女にとって、あたしの様に適当に調合するという
   行為は、理解出来ないのだろう。
   ルシェッタさんの作る薬は、いつも完璧だった。
   きっちりと分量を計るから、絶対失敗はしない。
   その代わり、新発見も無いらしいけど。


   「その薬・・・どんな割合で材料を混ぜたの?」
   「え〜と・・・」
   あたしは、覚えている限りだけど、分量と作業の流れを紙に書いて、ルシェッタさんに
   渡した。
   その紙を見てルシェッタさんは、ブツブツと呟き出した。
   「・・・ルシェッタさん?」
   呟きに耳を澄ましてみた。
   「・・・これと・・・これで・・・ああいう効果が出て・・・こっちが加わる事によって・・・」
   どうやら、薬の分析をしているみたい・・・
   流石・・・元主席・・・
   しみじみと彼女は、優等生だったんだなぁ、と思う。
   それに、加えて性格も良いし、家事とかも得意そう・・・


   ルシェッタさんは・・・アイツの初恋の相手・・・
   彼女の知的な所も惹かれたのだろうか?


   「・・・多分・・・大丈夫ね・・・」
   ルシェッタさんが言った。
   「え?・・・何がですか?」
   「・・・元に・・・戻れるわよ・・・多分・・・」
   「本当ですか?」
   よかった・・・
   この姿だと、何かと不便だから・・・


   「効果は、一時的なもので・・・薬が切れたら・・・元に戻ると思うわ」
   「いつ頃戻れそうですか?」
   「・・・それは・・・判らないわね・・・戻らなかった時の事を考えて、解毒剤を作った方が
    良いわね」
   「解毒剤ですか・・・」
   う〜ん・・・適当に調合した薬の解毒剤かぁ・・・
   「作ってあげるわ」
   「えっ!?」
   ルシェッタさんはニッコリと笑った。
   「今・・・ヒマなのよ・・・
    そろそろ、彼が帰ってくると思って、仕事を入れなかったのに・・・
    帰って来ないのだもの・・・彼・・・」


   ルシェッタの想い人は今、この街に居ない。
   彼女は、その人が帰って来るのを待っているらしい。
   『そんないい加減な男を待ってるなんて・・・信じられない!』
   と、アイツに言ったら、アイツは珍しく怒った。
   『・・・そんないい加減な人ではありません!
    ルシェッタさんの想い人は・・・」
   どうやら、人を見る目が厳しいアイツが一目置くほどの人らしい。
   ルシェッタさんの想い人は。


   「お願い・・・出来ますか?」
   「ええ・・・でも」
   そう言って、ルシェッタさんはチョコッと首を傾げる。
   「・・・材料費は・・・頂くわよ」
   「あっ!・・・勿論払います・・・」
   ・・・しっかりしている・・・
   きっと、しっかり者の奥さんになるわねぇ・・・
   この女(ひと)・・・


   「でも、まず・・・服を何とかしなきゃね?」
   そう言って、ルシェッタさんは出て行った。
   1時間程すると、彼女は何かを持って帰って来た。
   「コレなんか丁度良いんじゃないかしら?」
   それは、子供の服だった。
   「孤児院から借りてきたの。
    その服じゃ作業もし難いでしょう?」
   本当に、良く気が付く女(ひと)だなぁ・・・


   ルシェッタさんは、栄養剤の残りを持って帰って行った。
   あたしは、再び依頼の品の調合に取り掛かった。
   玄関には魔法で鍵を掛けた。
   今日1日は、居留守を使う事にした。
   こんな姿・・・あまり見られたくない。


   しばらくして、玄関の扉がノックされた。
   当然、返事はしない。
   ガタガタと扉が揺すられ、そして・・・
   ガチャッと音がした。
   えっ?・・・
   魔法で掛けた鍵を開けられるのは・・・


   「・・・誰ですか?・・・あなたは・・・」
   アイツだった・・・


   「栄養剤を飲んで・・・子供の姿に・・・
    何をどうしたら・・・そうなるのですか?」
   アイツ・・・クライスが呆れた様に言った。
   ・・・あたしが作る薬は、優等生の方々には、相当理解不能らしい・・・
   作った本人にも判らないのだから・・・


   「さあ・・・」
   あたしは首を傾げ、そう言うしかなかった。
   「・・・作った本人が・・・何を言うのやら・・・」
   「・・・悪かったわね!」
   相変わらず、言う事がキツイ。
   慣れちゃったけど。


   「・・・で・・・どうするのですか?
    まさか、この姿のままでいるおつもりですか?」
   「大丈夫!・・・らしいよ・・・勝手に元に戻るらしいから・・・」
   「薬が切れたら戻ると?」
   「うん・・・万が一の為に、解毒剤も作ってくれているし」
   あたしが、こんな風に言うと、アイツの顔が険しくなった。
   「・・・誰かに・・・この姿を見られたのですか?
    しかも・・・錬金術を知っている人に・・・」
   「・・・あんたが・・・よく知ってる女の人・・・あたしより1つ年上の・・・」
   「・・・ルシェッタさん・・・」
   アイツの顔がチョット曇った。
   ・・・やっぱり・・・まだ・・・引きずっているのかなぁ・・・


   「・・・彼女の分析なら・・・間違いないでしょう・・・
    解毒剤も作ってくれているのなら、安心ですね・・・」
   「・・・信頼しているんだね・・・彼女の事・・・
    本当に・・・良く出来た女性だよね・・・あたしと違って・・・」
   アイツは、黙り込んでしまった。
   あたしも、これ以上言う言葉が見付からなかったので、作業を再開した。
   アイツは、その辺の椅子に腰掛けて、あたしをぼんやりと見つめていた。


   「・・・どうして・・・あたしなの?」
   調合をしながら、あたしは言った。
   「はい?・・・何の事でしょうか?」
   「・・・ルシェッタさんって何でも出来る人だよね・・・」
   「そうですね・・・
    錬金術師としての腕も良いし、料理とかも得意ですねぇ・・・」
   「やっぱりね・・・」
   思った通りだった。
   あたしは、椅子から降りて、トコトコとアイツの側に歩いて行った。
   そして、椅子に座っているアイツを見上げた。
   「・・・おかしいと思わなかったの?
    あんな完璧な女(ひと)を好きになったアンタが、あたしの様な落ちこぼれを好きに
    なるなんて・・・」
   ・・・言うつもりなんて・・・無かったのに・・・
   身体が子供になって、思った事が口に出易くなったみたいだ・・・


   「・・・少し・・・思いましたけど・・・」
   ・・・やっぱり・・・思ったんだ・・・
   あたしは、下を向いた。
   そのとたん、身体がふわっと・・・浮き上がった。
   気が付くと・・・あたしは、アイツの膝の上に乗せられていた。


   「えっ?・・・あの〜・・・」
   動揺したあたしの耳元でアイツの声がした。
   「いくら考えても・・・判らないので、考えるのは止めました。
    大事なのは、あなたが好きだという事実だと、開き直りました」
   「・・・開き直りねぇ・・・」
   そう言って、あたしはアイツの胸にもたれ掛かった。
   とても、心地良くてあたしは急に眠くなってきた。
   ここ数日、ロクに寝ていないし、子供の身体になって眠くなり易くなったみたいだ。
   あたしは、大きな欠伸を1つすると、そのままアイツにもたれ掛かって、眠ってしまった。

 

つづく

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