「う〜ん・・・」
目が覚めた時、あたしはベッドの中にいた。
窓の外は、すっかり暗くなっていた。
起き上がってある事に気が付いた。
いつもと同じ目線。
寝る時、いつも着ている寝間着を、着ている。
サイズは丁度良い。
「えっ?」
ベッドから降りて、鏡の前に立つ。
見慣れた全身が写っていた。
「元に戻った?
それとも・・・子供になったのが・・・夢?」
ベッドに戻ると、ある物が目に入った。
枕元の台の上に、子供の身体になったあたしが着ていた服が置いてあった。
その上には、メモがあった。
見慣れたアイツの字だった。
『眠っている間に、元に戻るかもしれないので、普段着ているであろう寝間着を
着せました。
信じる信じないは、貴女に任せますが、何もしていません』
「・・・最後の言葉は余計だよ・・・」
笑いが込み上げてきた。
アイツらしいけど。
ぐっすり眠ったので、頭はスッキリした。
結局、調合は途中になったので、続きをしようとあたしは、工房に降りて行った。
工房は、真っ暗だった。
ランプを持って作業台に近付くと、人が座っていた。
「あれ・・・クライス・・・」
彼は、作業台に頭を乗せ眠っていた。
側には、外したメガネが置かれていた。
あたしは、彼の寝顔を覗き込んだ。
「・・・やっぱり・・・綺麗な顔してるよねぇ・・・コイツ・・・」
このままじゃ寒そうなので、野宿用の毛布を掛けてあげようとした。
すると・・・
「う〜ん・・・」
彼が起き上がってきた。
ゆっくりと、彼の目が開く。
エリキシル剤と同じ青紫の瞳があたしを見る。
何回かまばたきをして、メガネを掛ける。
「マルローネさん?」
あたしの姿を上から下まで見て、ニッコリと笑った。
「元に戻ったのですね?」
「うん・・・ルシェッタさんの言う通りだった・・・」
「では・・・帰ります」
「えっ?・・・帰るって・・・寮には入れないんじゃ・・・」
確か、寮には門限が有った筈・・・
「寮には入れないので、実家の方に帰ります」
「こんな夜中に?
危ないんじゃない?」
「・・・私は男ですから、襲われる事は無いでしょう?」
それは違う・・・
真夜中に1人で外を歩くなんて・・・誰だって危ない・・・
「・・・どうして夜になる前に、帰らなかったの?」
「子供を家に1人きりで、置いて帰る訳にはいきません」
「はあ?」
「子供だけで夜を過ごすのが、どんなに不安か知ってますから・・・」
静かにアイツは言う。
「年長の兄弟が居てもそうでした。
誰にも、そんな思いをして欲しくないのです」
クライスのお母さんは、20年近く前に亡くなった。
お父さんは、たまに家を空ける事が、有ったらしい。
そんな時は、姉弟で夜を過ごし、とても不安だったのだろう。
「中身は大人だと判っていても、外見が子供の貴女を置いて帰れなかった・・・」
アイツがあたしの顔をじっと見ていた。
しばらく、無言で見詰め合う。
「でも・・・戻ったのなら・・・安心して帰れます。
では・・・」
アイツは立ち上がり、玄関に歩き出した。
「待って!!」
あたしは、アイツに駆け寄り、腕にしがみついた。
「マルローネさん・・・」
「やっぱり・・・危ないよ・・・いくらアンタが男でも・・・」
「じゃあ・・・どうしろと言うのですか?」
「・・・朝になるまで・・・ココに居たら良いじゃない・・・」
言ってしまってから、あたしは顔が紅くなるのが自分でも判った。
一晩を一緒に過ごすと言う事が、どんな事か想像してしまったから・・・
「随分・・・危険な事を言いますね・・・」
「・・・イヤなの?」
「イヤです!」
キッパリとアイツは言った。
「・・・あたしを・・・好きだって・・・言ったじゃない・・・」
涙が溢れてきた。
アイツの腕にしがみつき、あたしは泣き出した。
「・・・大好きですよ・・・この世の中で・・・一番・・・」
「じゃあ・・・どうして・・・あたしを・・・その・・・」
『抱く』と言う言葉をあたしは恥ずかしくて言えなかった。
「・・・その場の雰囲気で・・・流されて・・・関係を持ちたくないのです」
そう言って、アイツは優しくあたしの腕を振り解いた。
あたしの前に立ち、あたしの涙をそっと指で拭ってくれた。
あたしは、アイツの首元に抱き付いた。
「・・・まさか・・・結婚するまで・・・ダメって事?」
アイツの耳元で囁く。
「そうですねぇ・・・まあ・・・先の事は分かりませんから・・・」
「それって・・・心変わりもあるって事?」
「それは、無いでしょう・・・私に関しては」
あたしは、アイツの首に巻き付けていた腕を離した。
そして、アイツの顔を見た。
「あたしだって・・・無いわよ!」
「・・・そう願いたいです・・・」
ゆっくりとアイツの顔が近付く。
あたしは目を瞑る。
唇が重なる感触がした。
本当に軽いキスだった。
それでも二人共、顔が真っ赤になってしまった。
これじゃあ・・・この先は・・・未だ無理だなぁ・・・
「と、言う事で・・・帰ります」
しばらく、あたしを抱き締めていたアイツは、あたしから離れ歩き出した。
「ちょっと!・・・待って!」
もう一度アイツの腕を掴む。
「要するに・・・別々の部屋に居れば良いんでしょ?」
「・・・一つ屋根の下に居る事が、危険なのですよ?」
「い〜や!別々の部屋に居れば、大丈夫!」
あたしは、力強く主張した。
ここで、負けてアイツを帰らせたら駄目だ。
やっぱり、夜道は危ない。
「あたし・・・依頼の品を作らないといけないから、ココに居る。
アンタは、ベッドを貸してあげるから、上の部屋で朝まで寝ていたら?」
「あの・・・依頼の品なら作る必要ありませんよ」
「はあ?」
「・・・作っておきましたから・・・」
「え〜!もしかして・・・あたしが寝ている間に?」
「はい・・・ヒマだったので・・・」
・・・優等生の方々って・・・ヒマ人?
絶句して、口をパクパクしているあたしを、アイツは嬉しそうに見ていた。
「それじゃあ・・・あたしは・・・朝までココで何か適当な物を調合してるから・・・」
「・・・じゃあ、私は・・・お言葉に甘えて・・・眠らせて頂きます」
あっ・・・良かった・・・帰るのは諦めてくれたんだ・・・
「・・・ただし!」
そう言って、アイツはあたしの顔を覗き込んだ。
「・・・私の理性が吹っ飛んで・・・貴女を襲っても・・・文句は言わないで下さいね。
多分、大丈夫だと思いますが・・・」
「・・・言わないわよ・・・」
「では・・・おやすみなさい」
そう言って、アイツは二階に上がっていった。
あたしは、工房で調合を始めた。