5月末の、暖かな春の日差しのなか、ザールブルグの街中を、男が歩いていた。
彼の名前は、クーゲル・シェンク。
王立騎士団に所属する騎士で、街の見回りをしている所だった。
「クーゲル!」
聞き覚えのある声に振り返ると、一目で妊婦と判る女性が立っていた。
青銀色の髪と、神秘的な青紫の瞳の美女である。
年は20代前半に見える。
彼女の傍らには、3.4歳の幼女が居た。
女性のスカートを、しっかりと握っている幼女の髪は、栗色。
クーゲルを、じっと見ている瞳は緑黄石を思わせる緑色。
「イリー・・・街を出歩いていて・・・大丈夫なのか?」
「何よ・・・どうして、みんな口を開くと、『身体の調子はどうか?』とか、『家で休んでいれば
良いのに』って言うのよ〜」
「当然だろ?
お前は、心臓に欠陥があるし、今は、妊娠中だし・・・」
「自分の身体の事は、よく判っているわよ。
調子が良いから、出歩いているのよ!」
そう言って、彼女は膨れっ面をした。
クーゲルに声を掛けてきたのは、『イレジーヌ』。
愛称『イリー』だった。
クーゲルとは、子供の頃からの知り合いで、いわゆる幼馴染みだった。
4年前に結婚し、1人の子供の母親である。
そして、もうすぐ2人目の子供を産む予定になっていた。
ちなみに、彼女の夫も、クーゲルの幼馴染みだった。
「そうだな・・・悪かった・・・。
・・・もうすぐだな・・・2人目が生まれるのは・・・」
「ええ・・・」
そう言って、イリーはニッコリ笑った。
「5月は、子供を産むのに良い月だって言うのは、本当ね。
寒くもないし、暑くもないし、産まれたばかりの赤ん坊には、1番良い季節よね・・・」
歩きながら、イリーが言った。
そして、傍らの幼女を見た。
「この子の時は、冬だったから・・・。
冷えないかとか・・・心配で・・・。
おまけに、私自身の調子も悪かったから・・・。
ラディには、本当に迷惑掛けっぱなしだったわ・・・」
『ラディ』とはイリーの夫の愛称である。
本名は「ラディウス』。
クーゲルと同じ年で、この街で医者をしている。
「3人目も、春が良いわねぇ・・・」
「・・・3人目?」
イリーが呟いた言葉に、クーゲルは立ち止まり、聞き返した。
「・・・3人目も・・・産むつもりか?」
「ふふ・・・私の命が続いていて、身体の調子が良ければね」
そう言って、イリーは、ニッコリと微笑んだ。
イリーには、生まれつき心臓に欠陥があり、寝込む事も多かった。
20歳まで生きられるかどうかというのが、医者の診断だった。
(その診断をした医者は、ラデイの師匠だった)
そして、現在の彼女の歳は、22歳。
「まあ・・・医者が夫なのだから・・・大丈夫なのだろうが・・・。
本当に・・・お前達夫婦には、驚かされてばかりだよ。
20歳と18歳で、結婚するし・・・」
ラディが20歳、イリーが18歳の時、2人は結婚した。
周りの人間は、あまりの若さに反対したが、2人は反対を押し切った。
何故なら・・・
「子供が出来たのだから、しょうがないでしょ?」
「それだよ・・・。
心臓が悪い女性との間に、子供を作るなんて、ラディは、何を考えているんだと
思ったぞ・・・俺は・・・」
「本当に・・・ラディには、悪いと思っているわ・・・。
私の我が侭に、ずっと付き合わせているのですもの・・・。
子供を、押し付けて逝く事が判っているのに、欲しがったり・・・。
無事に産まれたら、この子の為に、もう1人欲しいって言ったり・・・」
イリーは、淋しそうな笑顔を浮かべた。
「だから、私、1日でも長く生きてやるわ
この子・・・アウラの為にも、お腹にいる子の為にも。
そして、私みたいな、滅茶苦茶な女に捕まってしまった、『ラディウス・キュール』って
男の為にもね」
そう言って、イリーは、普段の強気な顔に戻った。
イリーは、身体の弱さと、外見の儚さに、似合わない程の気の強さを持っていた。
ラデイに言わせると、『無鉄砲』らしいが・・・。
「お前の勢いだったら、死神だって逃げ出すだろうな・・・。
3人目を、元気に産む事だって夢では無いかもな・・・」
クーゲルは、半分本気で、そう言った
彼女なら、運命を捻じ曲げられるかもしれないと思いながら。
「ありがとう。
あっ!家に着いたみたい。
じゃあね・・・」
ちょうど、キュール家の前に3人は、辿り着いていた。
イリーは、アウラを連れて家に入って行った。
(頑張れよ・・・イリー・・・。
俺は・・見守る事しか出来ないけど・・・。
ラディ・・・しっかり、イリーを守れよ)
クーゲルは、キュール家の前から立ち去った。
複雑な笑顔を浮かべながら。
3日後、イリーは、男の子を産んだ。
『フェザラート』と名付けられたこの男の子は、父の外見と、母の性格を受け継いで
成長する事になるが、それは別の話である。
終わり
後書き
フェーザさん、誕生日おめでとう小説です。
(御誕生おめでとう・・・かな?)
彼の誕生日は、5月26日って設定にしました。
キュール姉弟の両親の設定とかを考えたら、キュール父とクーゲルさんが、
同じ年になったので、友人って設定を付けてみました。
イリーさんは、外見はクライス似に、中身がフェーザさん似にしてみました。
(まあ・・・息子達が、彼女に似ているっていうのが正解だけど)
でも、口調がマリーっぽくなったかも・・・。
そう言えば、リリアトの時代の話ですね、コレ。
多分、リリアトキャラは、街の何処かに居ると思いますが・・・。
クーゲルさんは、な〜んか別人って感じですけど、24.5歳で若い騎士様
だから、こんなのもアリではないかと・・・。
その内に、ラディさんがちゃんと出てくる話も書くつもりですけど・・・。
(シェンク兄弟とラデイさんの話とか・・・子供達との話とか・・・)