夜空には大きな月が浮かんでいた。夜の景色すべてを照らすようなか細い光に建物が淡く浮かび上がる。やわらかな闇。冷たくて心地よい風が頬を撫でる。男はただそこに佇んでいた。
暫くして男は、ひとつ息を吐いた。
なにか歯車が軋むような音がして
「なんや、なつかしいなぁ」
と、笑った声が夜の闇に吸い込まれるように響いた。
ゆっくりとその声の方へ振り向く。
帽子をかぶっていて表情は分からなかったが、昔と変わらぬ顔で笑っているのだろう、そう思った。体型や声は少年から青年に変わってしまったが、雰囲気や話し方、些細なしぐさはまったく変わっていない。
あと、変わってしまったこと。
車椅子に視線をあわせると、眉を寄せた。けれども、それは一瞬の事で車椅子の男には分からなかっただろう。
「お久しぶりです」
静かにそう言うと、微かな音を立てて車椅子が動き、男の隣で止まった。
「そうやなぁ、久しぶりや。で、最近は渡り鳥と一緒か」
「ええ、まぁ」
「あのボーズは空の王になれそうか?」
「…、会ったん、ですか」
ああ、と空を仰いで呟いた。
「なかなか根性はすわっとるようやけど、まぁ技術の方がまだまだやったわ」
「彼、下手ですよね」
その言葉に声をだして笑う。つられるように、笑みを零す。
「…本物の、空の王やったらええな」
ぽつりと呟くように言った後、顔を上げ、男の顔を見た。
にっ、と懐かしい笑顔を見せる。
「俺の翼は所詮、ロウで塗り固められたもんやったし」
しゃーないわ、と笑う。どこかからかうような声だった。
「…酷いなぁ、カラス君。そんな事言ったんですか」
暫し見つめあうと、ふたりして吹き出した。
「別に空さんの事を言った訳じゃあなかったんですけどね」
足に目をやる。
「…僕としても、残念だったんですけどね…あなたが」
言葉が途切れる。これ以上の事を言ってはいけない、そう思った。
言ってもしょうがない事なのだ、昔自分によく言い聞かせた事を思う。
昔、そう言い聞かせなければ、先へは進めなかった。それぐらいにはショックで、そう思ってしまう程度には大切だったのだろう。ぼんやりとそんな事を考えた。
「信じて、もらえないかもしれませんけど…あなたの事は好きでしたよ」
苦笑に似た微笑みを浮かべ伝えると、頭を掻いてやはり苦笑に似た笑いをその顔に浮かべた。
「まぁ…なんや、知っとったわ、そんくらいの事」
その言葉に、綻ぶような笑みを浮かべる。
「本当ですか?だったら…嬉しいです」
それ以上、言うべきことも伝えたいこともなかった。
暫く、車椅子の男の目をまっすぐに、愛おし気に、見つめた後、ぺこりと軽く頭を下げて言った。
「それでは」
「そっか、じゃあな」
同じように笑顔を浮かべると、手を上げて軽く振った。
また今度、と言えないことがほんのすこし悲しくもあったが、それでいいと自分に言い聞かせ、静かに男はその場を去る。
そうして、炎の王と過去の空の王は別れを告げた。






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空とスピ。捏造話。






---2004/0716/武内空とスピット ファイア