『夕暮れ』




春休みが終わり、学校が始まって数日。

ここは教室。窓から外を見れば、オレンジ色の光で満たされた風景が目に映る。夕暮れだ。
ぼんやりと外を見ていると、声をかけられた。
「…お前も手伝え」
机にへばりついて、こちらを恨めしそうに見つめるイッキの方へ視線を向ける。
「手伝えって…日誌を?…無理」
「うぐぐ…ちゃんと書いたのに」
もう一度、書いたのに、と呟くと唸った。
「…あの陰険教師め!」
その物言いに苦笑を零した。
「そりゃあ、書く事なし、ってでかい字で堂々と書いて提出したら、折原じゃなくっても突っ返すだろ」
「だってねぇもん」
子供みたいな口調でそう言うと、窓の外へ視線を流した。
カズは机にひじをつき、手のひらに頭を乗せ、イッキにつられるように外を見た。
ふと、いつのまにかこちらの顔をじっと見ているイッキに気付いた。
「…なに?」
「あー…、お前の髪、超オレンジっぽい」
手を伸ばして、帽子からのぞく髪を人さし指で梳いた。頬を弛め、やわらけー、と呟く。
「俺の髪ってなんでか知らねぇけど、すっげぇ固いんだよなぁ」
イッキの髪に触れると、言葉どおり、固い髪質に笑う。
「ほんとだ」
「だろ?…なんかそのうちコンクリとかにささりそうな気するもん」
その言葉に吹き出して、くくっ、と咽を鳴らした。
イッキは笑う顔を暫く見ていたが、少し考えると、口を開いた。
「…あー、と、ちょいこっち」
と手招きをした。少しだけ身を乗り出す。
「なに」
「いや、なんかさ、一応言っとこうと思って」
そう言って頭の上に手をのせ、2回ほど軽くぽんぽんと叩いた。
「お前にありがと…って」
「…ありがと、ってなにが」
「いろいろ!仏茶の時とか、その前とか」
「別に、そんな事言わなくても…」
わかってるのに、と言うと
「言っときたかったんだよ。俺、お前の事好きだし」
あっさりと言い、立ち上がった。
「ほれ、書き終わったし帰るぞ」


ずるい、直感的に思った。なんでこんな時に言ってしまえるのだろう。こんなに素直に。

なかなか立ち上がらないカズを不審に思い、顔を覗き込んだ。つい、目を反らしてしまう。
「なぁんだよ、どうした?さては、お前照れて…」
「別に、照れてねぇし」
「照れてるじゃん。ひひ、かーわいいの。ほら、お前も言ってみ?」
「…なにを」
「俺の事、好きだって」
ああ、もう腹の立つ!と拳を握りしめた。

(そうだよ!…好きだよ)

ひと呼吸。息が詰まる。

立ち上がると、イッキの真正面に立ち、目を見る。けれど、すぐに反らしてしまった。
「俺も、好き、だけど…」
何を言おうとしているのか自分でも分からなくなる。ただ、頭の隅でいまだったら言えると、思った。
「多分、お前とは…意味が、違う」
泣き出しそうになっているのが、自分でも分かった。




「…」
数秒の沈黙。顔を見る事が出来なかった。どんな顔をしているのか、知るのが恐い。
もし、嫌悪感を露にされたら?もし、困った顔をされたら?…なにより、友だちにも戻れないのでは、と思うと顔を上げる事は出来なかった。
「それって…友情、とかじゃなくて、その、そーいう意味で?」
今、笑って冗談だと言え。取り返しがつかなくなる前に。…そう思うのに。咽の奥が灼けるように熱い。
いま泣きたいのだな、と頭の隅で思った。
なんとか声を振り絞り、ゆっくりと口を開く。
「…俺は」
声が震える。
「その、ただの…冗談、だよ」
一度口に出してしまえば、随分と楽になった。
「そ、ただの冗談だって!」
いつものように笑った、…はずだった。その笑顔に対して、イッキは真摯な顔をする。そして、静かに口を開いた。
「…すぐに分かるような嘘つくなよ」
「なんだよ!冗談だって…言ってるじゃん…」
「カーズ」
呆れたようなため息をつき、一歩近付くと手を伸ばす。伸ばされた手に思わず後に下がってしまったが、その分踏み込むと頭の上に手を置いた。
「何年の付き合いだと思ってんだ、お前。10年だぞ、10年」
頭を撫でられると帽子がずれて、前が見えなくなった。…その事がほんの少し有り難かった。
「まぁ、なんだ。お前がそーいう意味で俺の事好きってのは知らなかったけどさ」
考えながら、呟くように、ゆっくりとイッキは話す。
「俺は…女好きだし、その、男と、ってのは考えた事ねぇし…だからさ」
声がいつもどおりで、それだけで嬉しかった。
「だから…ちっと考えさせろ」
「…おう」
下を俯いたまま、呟くように言葉を返した。




なんと答えるだろう。

それを考え始めるととてもじゃないが眠る気にはなれない。その晩何度かの寝返りをベットの中でうつと、何度目になるか分からぬため息をついた。
明日、どんな顔をして会えばいいのか。
イッキは笑って、明日学校では普通にしろよ、と言ったけれど、到底自信がない。
(ずる休み、しようかな)
その考えがよぎる度にそれではいけないと枕に顔を押し付けて、頭を振った。それじゃあ駄目だ、気まずくなる、と思うのに気が重くて、休んでしまいたいと思ってしまう。
「あーもう、俺って情けねぇ…」
イッキは、考えてくれるのだ、自分の気持ちについて、真剣に。その事は嬉しい。けれど、だからといって答えまで自分にとって嬉しいものだとは限らない。
(…もし、友だちと、してさえ…傍にいられなくなったら…?)
とても怖い事だった。
イッキの隣にいられない、考える事も出来なかった。あのガンズ解散の原因となった事件の時さえ、裏切っておいて都合の良い話だとは思うが、また一緒に笑えるだろうと…思っていた。ただの望みだったのかもしれないけれど。
けれど…と思い、無理矢理思考を中断させた。
「…悪い方にばっか考えてやんの…」





「なんか、お前さー俺の事避けてない?」
ぼんやりしていた所に覗き込むように顔を近付けられて、一瞬にして顔が紅くなった。
「え?あ?な、何?!」
「何って…俺の事を避けてませんかって聞いてんの!」
はぁまったく、とわざとらしい盛大なため息をつかれた。
「…あー、別に避けてる、訳じゃねぇけど…」
「けど?」
「なんか…緊張しちゃって」
曖昧な笑いを零すと、照れを隠す為に自分の髪にふれる。
「緊張?なんで」
「だって…俺は、その、今はさ!返事待ちなわけじゃん?!」
「そっか」
「うん…そう」
もう一度、そっか、と呟くとイッキは隣に座り込む。肩が触れる。心臓が、自分のものではないように思う。
ひどく浮ついて、苦しくて、息が詰まる。おそらく、嬉しいのだ。そう思った。
どうか顔が紅くなったりしませんように、そう願いながらイッキの顔を横目で見る。考えこむようにどこか遠くを見ていた。
困らせているのだろうか。ふと不安がよぎった。
おそるおそる口を開く。
「あのさ、もしかして俺、イッキの事…困らせてる?」
その言葉に振り向く。いつもとは違う顔で、まっすぐにこちらを見ている。心臓が音をたてた。それと同時に身体の熱がなくなっていくような。
怖い。
ふい、と顔を反らした。
「…こっち、ちゃんと見ろ」
少し怒っているようにも聞こえた。
「お前が逃げたら、俺だってどうしていいかわかんねぇよ」
ゆっくりと顔を上げて、真正面からイッキを見た。
にっ、と子供のような笑顔を浮かべ、言う。
「困るってそりゃあ…困るだろ。いきなり好きだって男から言われたんだぞ?ビビる、つぅか悩むだろ。…だから、ない頭使って一生懸命考えたんだぜ、お前の事」
穏やかな笑みを浮かべる。
「まぁ…あれだ。正直、まだよくわかんねぇんだけどさ、…よろしく、って事で」
「………?」
状況を理解出来ずに目をぱちくりさせた。
「…」
イッキの顔が紅くなった。
「お前なぁ!俺が精一杯考えた答えがわかんねぇってどういう事だよ!だから、これからよろしくつってんだよ!」
「…これから?よろしくって…その」
「おう」
「新たに友だちとして…?」
問答無用で殴られた。
「この阿呆!断られる事前提に物事考えるな!よろしくっつたら、よろしくなんだよ!」
痛む頭を押さえ、涙目でイッキの方を見る。耳まで赤くなっているのを見て、漸く照れているのだ、と思い当たった。
「…ほんとに?その、そーいう…事、で?」
「おう、そーいう事で!ったくしょうがねぇ奴だな」
顔を近付けた。
「色々考えてさ、多分、俺はお前にだったらキスできるって、そう思ったんだよ。だから」
一瞬だけ、唇を押し付けた。
「よろしく、なんだよ」





---2004/0910/イキカズ