人の死。
避けられない運命。
生物として発生したからには最後にして最大の崇高なるイベント。

遠野紫貴もまた祖父の死というものに直面していた。

小さな病院。そこのあからさまに白を基調とした部屋模様の中心に位置するベッドに祖父は寝ていた。まるで死んだように寝ている祖父は確かにもう数日間の命であった。

看護婦もいない、医師もいない、親類もいないその部屋で紫貴と祖父は二人っきりであった。
当たり前である、ほんの数分前に人払いをし、この状況を進んで作ったのだから。
祖父は紫貴に話がある。二人っきりで話がしたいと言う願いにより、この状況が作られたのであった。

一応は大財閥の親類が死ぬのである。さっきまでは親類やら、遺産についてなどの話をしにきた、あからさまに厭らしい顔付をした者たちでごったがえしていた。

「で、じいちゃん。俺に話があるって一体何なのさ?」

低いとも高いとも取れるようなそんな不思議な声音を発生させる紫貴。
容貌はすこし幼さの残る青年といったところである。これと言って特徴はないが、普段着に和服を使っているところは少し常人とは違うところかもしれない。

「ふふふ・・・・わしの命はもう数日の命じゃ・・・・じゃが、その前にある物語を話てやろうと思ってな・・・・」

ベッドの寝たきりの祖父。
白髪でその存在通り、今にも死にそうであった。

紫貴は辺りの机の上に置いてあったりんごを一つ取り、まるでバスケットボールを回すように、りんごを指で回した。

「物語?」

好奇心というよりは、その祖父の最後の願いにもにた与太話に付き合ってやろうと思うほうが強かった。

「そう、物語じゃ・・・・・・実際にあったな・・・・ちょうどお前と同じくらいの年頃の青年のな。その青年の人生の転機ともなった物語じゃ・・・・・・そう、あの夏、純白の吸血鬼と出会った秋の話じゃ。」


40年後の追想曲


葬儀のあと残されたのはその老人以外の全てだった。
逆に言えば、祖父がいないだけで、紫貴にとって別に変わらない生活だった。
生活としては変わらなかったが、紫貴はある遺品を祖父から頂いていた。

七夜と書かれたナイフ。なんのために渡されたのかは知る由もないが、手に妙になじむそのナイフを紫貴は一応は遺品ということで大切には扱っていた。

普通に学校に行って普通に帰って、普通に寝て、普通に起きる。
別段変わりようの無い生活に、祖父の死が転機となるかもと思ったが、特にこれといって変化がなかったのはやはりその程度のことでしかなかったと、半ば諦めの色を見せた。
ただ、祖父がいなくなったことにより、祖母と紫貴を取り巻く親類全員が今まで以上に過保護になってしまったのは紫貴としては嬉しいことではなかった。


「・・・紫貴・・・起きなさい、紫貴・・・・・」

祖父の死を回想中の紫貴に呼びかける声一つ。

「・・・ん・・・・・んん〜?」

自分でもわかるほどの眠気たっぷりの声だった。

「紫貴、学校に行く時間ですよ。早く起きなさい。」

はっと、意識が全部覚醒し、がばっと布団から跳ね起きる。ふと目に入るのは簡素な部屋の一面と自分を起こしてくれていた祖母だった。
そしてベッドの頭の方にある、備え付けの小さな物置場所にある目覚し時計を一瞥し、完全にやばい時間だと言う事を即座に理解した。

「うわっちゃあ!!」

変な声とともに、朝起こしに来てくれた祖母を見る。

「おはよう、紫貴。」

「え、あ、うん、おはよう、ばあちゃん。って、のんきにしている場合じゃないよ。着替えたらすぐに下に下りて行くから、ばあちゃんもしたで待ってってよ。」

「早くするのよ。秋葉様に怒られる前に来るのよ。」

そう言って祖母は紫貴の部屋から出て行った。

「わかってるって。」

即座にクローゼットから愛用の和服を取り出し着替える。
いつも時間に余裕があると、あれこれと余裕をかましながら着替えるのだが、こうして時間がないときはぱっと行動するのが紫貴の長所であった。

(・・・・・まさか、死んだじいちゃんの夢をみるとは・・・・・まあ、あの物語はなかなかおもしろかったからいいけど・・・・・)

服をさっと着替え終え、下の階に行く。

下の階のリビングに行くと座っている女性を一人発見する。
女性は紅茶をすすりながらいた。

「おはよう、秋葉ばあちゃん。」

「ええ、おはよう、紫貴。今日もまた一段と忙しそうね。」

いつも時間ぎりぎりに起きる朝は秋葉の小言を言われる物だと思っていた紫貴は、特に怒ってない秋葉をみて、少し拍子抜けをしていた。

「あ、あれ、秋葉ばあちゃん、今日は怒ってないの?」

「よーく時計を見なさい、紫貴。」

勝ち誇った顔で紅茶をすする秋葉。
そして言われた通りにリビングの備え付けの時計をみる紫貴。
そして驚愕。そう、リビングの時計は紫貴の部屋の時計よりも1時間ほど前にずれていたのだ。

「・・・まさか、秋葉ばあちゃん、俺の部屋の時計に細工した?」

「一時間ほど早めるのを細工と言うのなら、ええ、確かに細工をしましたよ。」

項垂れる紫貴。たまにこうして秋葉のイジメにあっているものだからたまったものではない。
それでも、まあ、遅刻寸前ではなく、余裕がありまくりと気づいたのだから、そうそう心穏やかではないという状況ではなかった。

「紫貴、あなたがいつも起きないから・・・と、まあ、今日は起きたのだから小言はなしにして一緒に朝食にでもしましょう。琥珀、準備はできているんでしょう?」

最後の台詞は台所に向かって発したものだった。

「はいはーい、ちゃんとできてますよ〜」

台所から顔をだす琥珀。
そして、紫貴の祖母、即ち翡翠とともに朝食を持ってくる琥珀。

「あ、おはよう、琥珀さん。」

「はい、おはよう、紫貴ちゃん。今日もいい天気ですよ。また学校から帰ってきたら畑仕事を手伝ってくださいね。」

「うん、必ず手伝うよ。」

「琥珀、いつも言ってますけど、遠野家の長男、要するに後継ぎになるべき男性に畑仕事とは情けないとは思いませんか。」

「はいはい、その話はまたあとにして朝食にしましょう。」


はぐらかす琥珀。
そして、5人でのにぎやかな朝食が始まる。
前は琥珀と、紫貴の祖母、要するに翡翠は一緒に食べていなかったのだが、紫貴の祖父、遠野志貴の提案により、みんないっしょでご飯ということになった。

琥珀と祖母が持ってきた朝食は、パンにハムエッグとコーヒーという簡単なものだった。

食事の仕方などは秋葉から嫌と言うほど教育を受けている為、ほぼ完璧に近かった。
が、秋葉に言わせればハムエッグを塩も醤油もかけずにそのまま食べる紫貴はちょっと変らしい。

「紫貴、今日からスポーツ大会らしいけど、無理して怪我なんてしたらダメよ。」

食事をしている最中に祖母が言ってきた。

「ん?わかってるってばあちゃん。そんな無茶はしないって。」

「あら?もうそんな時期なのね。応援にでも行きましょうか。」

「・・・・・恥ずかしいからやめてくれ・・・・親子参観日じゃないんだからさ・・・・・」

「そうですよ、秋葉様。今の子はシャイですから、そういうのは恥ずかしいんですよ。」

「あら、そうなのね。まあ、行くのは冗談だとして、遠野家の長男らしい活躍ぶり・・・・」

「紫貴ちゃん、しっかりと楽しんでくるのよ。」

秋葉の言葉を遮りながら言う琥珀。
それを睨む秋葉。

「・・・・あ、もう時間だから行くね、俺・・・・・」

ちょっと身の危険を感じて逃げ腰の紫貴。

そう言って戦場になりつつあるリビングを後にする。
唯一戦力外ともいえる祖母が気がかりだったが、まあ、生死に関わるわけでもなしなので無視しておく。

自分の部屋に戻り、簡単な荷物も持ち出す。
今日の授業はスポーツ大会だけなため体操服さえ持っていけばいいので楽なものであった。
緑のジャージ。ちょっとださいと思えるそれを鞄に詰め込んでまた下に降りる。

「いってきまーす」

その声とともに紫貴は家を出た。
大きな屋敷に住まう紫貴は、玄関からでてもまだ敷地内というのには奇妙な感じがしてならなかった。

「気をつけていくのよ。」

祖母が声をかけてくれた。
まだ玄関から遠くに行っていなかった紫貴は適当に返事をし、その場を後とした。

紫貴はこの町の高校に通う2年生だった。
しかも、私服おっけいの公立高校であるから珍しいことでも有名であった。
もっといい高校に行くはずでもあったが、秋葉ばあちゃんが無理していくこともないと言って、念願であった普通の高校に行くこととなった。

今日は期末テストも終わり、念願のスポーツ大会ということではりきって学校に向かった。
テストが終わったばかりだからというのが後押しをするのだろうか、妙に足取りが軽かった。

普通の住宅街に設置された道路を通って学校までの道とする。
今は一学期の期末が終わり、初夏の日差しが少し熱く感じるほどにまでなった、そんな気持ちの良い朝だった。
上を見上げると、空に上がったばっかりの太陽が浮いていた。自然と手を伸ばせばそこまで届く。そんな妄想へと駆り立たせるほど綺麗な太陽であった。

初夏の匂いも、風景も、住宅街での道では感じることはできないが、日差しの強さだけで十分夏を感じることができた。

いつもは余裕なく走っていくためそうそう景色を楽しむ余裕などはあるはずもなかったが、こうして周りの景色を見ながら歩くのも悪くはなかった。
ただ、景色と言うのがどこまで行っても家だと言うのは少々物足りないことでもあった。
が、それがまた良いと思うのが俺の変な風流の感じかたでもあった。
その変な風流と、和服を初夏の風になびかせながら俺は自分ではすごく颯爽と歩いていた。

「おはよう、紫貴君。」

周りの住宅街の家の微妙な違いを探しながら歩いている途中に話し掛けられた。
その話し掛けてきた人物は紫貴もよく知っている人物だった。

「ん?ああ、おはよう澄香。」

クラスメートの澄香。同じクラスだからして知らない方がどうかしている。
私服おっけーなうちの学校は、私服で個性を競う面もあるのだったが、この澄香はなかなか地味な服を着ていた。

無難な挨拶をして、今日のスポーツ大会についての話をしながら学校に向かった。

「今日からスポーツ大会だね、がんばろうね。」

「ああ、そうだな。それに澄香はスポ大よりもじょにーの方が気になるんじゃないのか?なんせ愛しの彼だからな。」

澄香とじょにーこと本名武田晋鯨はクラスが認める恋人同士であった。
なんでじょにーと呼ばれるのかは謎である・・・・いや、本当に謎である。

「・・・え?そんなことないよー。」

はにかみながら微妙な面持ちをする。
嬉しいという風な顔でもなく、なんとなく救い難そうな面持ちだった。
そして、そんな彼女になにか言わなくちゃならないという義務感に囚われるのだったが、次の瞬間にかき消された。

「はろはろ〜」

と、言うなんとも拍子抜けする声と同時に、背中に衝撃が走る。
要するに誰かに後ろから抱きつかれたってことであった。

「ぐあ・・・・・後ろから抱きつくのはやめれ、夜霞」

夜霞と呼ばれた女性

「な〜に言ってるのよ、紫貴ちゃんは〜。まだまだ子供なんだからぁ〜。お姉さんに甘えときなさいって。」

そして俺とこの夜霞はクラスでは夫婦に認定されている。
まあ、嬉しいようで、なってみるとなかなか嬉しくないんだよね、これが。

「おはよう、夜霞ちゃん。」

「おはー、澄香。今日も調子良さそうだね。」

「夜霞ちゃんも良さそうね。」

そんな普通の挨拶をしている間も俺は抱きつかれたままである・・・・くそう、人を無視しよってからに。

「早く退けー、夜霞。」

「本当にどいていいの〜?」

にこやかに笑いながら夜霞が言ってくる。
この女は何でも知っている、俺のことについてなら。
だから俺が、抱きつかれて嬉しがっていることも全てお見通しであった。

「ん〜ふふ、紫貴ちゃんは子供ですねえ。」

「・・・・・・うるせえ」

そんなこんなで腕を組みながら登校する俺と夜霞・・・・・・こういうことがあるから夫婦だとか言われる始末・・・・・・
そんな風景を、またはにかみながら見ている澄香。

学校につくまで手を組む俺達。クラスも同じだからして、クラスに入っても手を組んでいたりもしてる。もはや、からかう者もいなくなった、その代わりできたものが遠野夫妻という名だった。

もうジャージに着替えている者をいる異様な雰囲気の教室へと足を運ぶ。
いつもながら簡素な教室だなあと、思って入るつもりだったが、今日は一際違う物があった。
前と後ろの黒板に書かれた「必勝」、「闘魂」、「一撃必殺」、「愛をぶつけろ」、などの文字により、派手な教室に見えた。無論白チョークだけでなく、5色ぐらいのものを使い分けながら書いてあるため、より派手に見えた。

「よう、紫貴。朝からいちゃいちゃすんなって。」

話し掛けてきたのはじょにーこと武田晋鯨だった。夜霞は荷物を自分の机に置くとさっさとスポ体のためのジャージに着替えてに行ったから今ここにはいない。
男子は教室で着替え、女子は体育館に設置された場所に着替えに行くのが、定説通りである。クラスのやつ曰く、そんなときがない限りは俺と夜霞は一緒にいるらしい。
いや、実際いる気もするからなあ、否定できん。
俺の男子友達ならこの男が一番仲がいいと思う。
無論女子なら夜霞が仲が良いと思う。

「・・・ああ、そういうなって。それにお前も澄香といちゃいちゃすればいいだろ。」

「俺は恥じってのものを知ってるからな。」

むう、やはり恥ずかしいことなのか・・・・・・
まあ、普通ならそうか・・・・・ってことは俺は普通ではないということか・・・・切なさ爆発・・・・・・

ってことで俺等も着替える。
男子ばっかりだから恥じを知らずに脱ぎ去る。

・・・・脱いでから気が付いたが、今から女子が来ないって保障はないんだよな・・・・・
さっきだって夜霞と澄香は普通に教室に入ってきた・・・・・

「きゃー!紫貴君とじょにー君が・・・・」

・・・・言わんこっちゃねえ・・・・・

女子が入ってきて悲鳴をあげる。
持っている荷物を落としながら悲鳴をあげるとこなんてすごいベタである気もした。

「お前等、着替えるのは一度チャイム鳴ってからにしろよ。それから一斉に着替える仕組みなんだからさ、うちの学校は。」

知ってるけど忘れてた・・・・・

「ま、この際だから着替える。」

ってことでじょにーと俺はそのまま着替え出した。
さっきの一度悲鳴をあげたらそれでよかったのか、俺等が着替えいてるのを横目にさっさと準備をして教室を出て行った。

俺達が着ているのはグリーンのジャージ。
聞こえはいいかもしれないが、見た目はすごい地味であった。なんていうか、着ているのが恥ずかしくなるぐらいの地味さだった。

「1年のジャージはかっこいいのにな。なんで俺等の代のはこんなにもださいのだろうか。」

「校長の陰謀だろ。」

「・・・・・やな校長だな。」

素早く着替え終える。
さすがにずっと醜態をさらすわけにも行かない。

適当にしゃべりながら時間を潰す。
そのうち夜霞も戻ってきて、また俺と夜霞はひっつきながら、俗に言ういちゃいちゃしながら時間を過ごすこととなった。
じょにーの机の近くに集まる。近くのやつの椅子を借りて俺達は腰を落ち着かせる。

「お前等って本当仲がいいよな」

俺と夜霞のいちゃつきぶりを見たじょにーのもっともな言葉だった。
後ろ数人の男子がうんうんと頷いているのは気にしないでおこう。

「恋人〜、って感じがするもんね。」

澄香の乗じてきた。そんなに仲がいいように見えるんだろうなあ・・・・

「んー?でも私ら付き合ってるわけじゃないしね。」

「そうなのか?」

「ん?ああ、まあ、確かに付き合ってるのとは違うわな。」

「それに紫貴には他に好きな人がいるもんねえ。」

「マジ!?」

おーおー、じょにーが大口開けて驚いてやがる・・・・・そこまでびっくりなことだったか・・・

「んー、どうせあれのこと言ってんだろ。なら好きだとかそういうのではないような気もするがなあ。」

「へー、でも、紫貴が好きになるってことはよほどの人だろ?どんな人だよ、教えろって。」

「どんな人ってか・・・・・そうだな、じょにーは吸血鬼って信じるか?」

「信じてねえけど、それがどうかしたのかよ。」

「その話題の俺が惚れた人って吸血鬼なんだよねえ、これが。」

「は?お前本気で言ってるのか?」

「そうだよな・・・・・まあ、どうかしてるわな、俺は自分自身でもどうかしてると思ってるさ。ま、笑いネタ程度に聞いてくれて構わんことさ。」

(そうだよな・・・・たった一度じいさんから聞いた話の人物である者に惹かれるとはな、俺もどうかしてるよなあ・・・・・・まあ、でもどこか惹かれるんだよな、聞いてるだけでも。純白の吸血鬼か・・・・・・本当にいたらいいのにな・・・・・・)

自分でもわかるほど無邪気な顔をしていただろう。
その純白の吸血鬼のことを考えるといつもそうだ、顔が綻ぶのが止められない。
鏡を見たら母親を目の前にしたただの子供と同じ顔をしているだろう。

「まあ、でもそんなわけのわからん女なんか考えられないほど紫貴のことを独占してあげる予定なんだけどね〜。もう私抜きじゃ生きられない〜って泣きついてくるほどにね〜。」

「はは、楽しみにしてるよ。」

夜霞のどこから来るのか不明な意気込みにちょっと押され気味になりつつも、ぐっと回避して次の話題へと移って行った。

9時を示すチャイムがなる。
ちなみにいつもの授業だった場合は8時50分から始まる。
もう一つちなみに言うと8時40分から8時50分までが着替えで、それから9時までは教室待機と言う風になっていた。
今日はスポーツ大会と言う事もあって9時からの開始である。
チャイムが鳴ったあとに、放送が流れる。

「えー、今からスポーツ大会を始める!先のテストの鬱憤を晴らしつつ、なるべく怪我のないようにがんばるように。いや、むしろ、私としては怪我をするほど白熱する方がいいのだが、PTA的にダメなんで、これぐらいにしておく。何はともあれ開始だ!!」

校長からの放送だったが・・・・・・

「相変わらず意味のわからん校長だな。」

「いくら私服の学校だろうと和服を着てくるお前もなかなかの変人ぶりだと思うのだがな、俺は。」

じょにーの突っ込みが冴える。
まあ、さすがに服を競うって言っても俺の和服はなかなか異質なものらしい。
夜霞の日替わり服と相成って、俺等は異質扱いされているらしい。

「ところで、俺等の今日の戦場への出頭は何時だ?」

要するに今日のスポーツ大会の日程ということだ。
一応俺はサッカーとドッチボールにエントリーしている。
うちのクラスの本命はバスケらしいが、そんなことは覆すほどがんばるつもりだ、俺達サッカーチームはなんせ優勝狙いだからな。そのわりには未だにキーパーが決まっていないという異例の事態である。・・・・・・今思えばこんなこったから俺達サッカーチームは期待されてないのかもしれない。

ちなみにスポーツ大会は5日間、月曜〜金曜日にかけて行なう行事である。
決まりきっているが、最終日は決勝の日である。

「そうだな、今日の午前は無し、昼からサッカーの試合が一回あるだけだ。」

「じゃ、午前は他の競技の応援ってとこか。」

「ん?ああ、そうだな。午前には女子のバレーと、男子のバスケがあるな。女子のバレーはすぐに始まるぞ。」

「そうそう、私らも出るんだからしっかり応援するのよ。特に紫貴ちゃんは私に愛の篭った応援をするのよ。」

そう言いながらまた後ろから抱きつく夜霞。今度は頬もぷにぷにと突っついていた。
すっかり紫貴は子供扱いされている。

「・・・へいへい、わかってますよ。」

「紫貴、顔が赤いぞ。」

「うっさい!」

未だにじょにーだけはからかってくる。そのからかってきたじょにーを蹴飛ばして、八つ当たりはそれだけにしておいた。
くそう、じょにーと澄香だって二人で並んで座って仲良さそうじゃないか。

そしてまた放送が聞こえてきた。

「9時20分より競技が始まります。試合に当たっている生徒は所定の位置に行って下さい。」

「じゃ、私らもボチボチ行きましょうか、ね、澄香。」

澄香を誘っておきながら、手を握っている先は俺だというところが夜霞らしいと言えばらしかった。
というか、俺をそのまま連れて行く気ですか、あなたは。

4人で教室を出て下駄箱に行き靴に履き替える。
バレーと言えば室内な気分だが、俺等の学校は外にバレーコートが設置されていた。

外に出ると人が結構いた。
すでにバレーコートを占領して練習をしているチームもいた。

登校時よりも初夏の日差しが強く感じるが、まだ運動して熱くもなっていない体にはちょうど良い外気だった。
バレーコートは2つ設置されている。大抵は片方が男子、もう片方が女子の試合をする設定である。
遠くを見回すとサッカーのコートで男子が練習をしていた。

そして何故かバレーコートの近くでサッカーをしているやつらがいた。
サッカー繋がりと言うことで敵対心ばっちりの目で睨んでやったら、向こうも睨み返してきたがった。

「紫貴ちゃん、あんなやつらになんか気を取られてないで、私にのみ熱い情熱を注いでくれてればいいのよ〜」

頭を撫でられながら気を静められる俺。そこはかとなくガキっぽい・・・・・
向こうもそれを見て笑ってやがる。
くっそ、あいつら試合で当たったら覚えてやがれよ。
ちょうど向こうのジャージも緑だしな、同じ学年ってことは確実だ。

ま、んなことはおいて置いて、そのうち夜霞の競技が始まる時間となった。

「さ、夜霞ももうそろそろ競技開始だろ?がんばってこいよ。」

「勝ったらキスしてね、紫貴ちゃん。」

これも夜霞の口癖のようなものだった。テストでもなんでも、ことあるごとにそういうことをいわれる。
まあ、それで実際キスをされるわけだが・・・・・思い出すだけでも恥ずかしいぐらいに夜霞は激しくキスしてくる・・・・・
いや、それはそれで嬉しいんだけど・・・・まあ、人には知られたくないけど・・・・・

「ああ、好きなだけさしてやるから、行ってこい。」

そうしてバレーの競技に行った夜霞。

審判も配置につき、放送でも開始の合図をし、本格的なスポーツ大会の開始である。
一気にわっと歓声が湧きあがりと審判の笛の音により、試合の開始となった。

他のクラスと、自分等のクラスの歓声を横目に俺は俺なりの応援をし始めた。

大きな声で夜霞を応援しているときに、なにか嫌な、なにかねばっこい、そんな厭な気分に襲われる。
そして次の瞬間にそれは不意に誰かに見られているような、そんな感じに捕らわれるものへと変わった。

後ろをばっと振り向く。だが、そこには一緒に応援している生徒やら、見たこともない生徒がいるだけだった。

(・・・・・・気のせい・・・・か・・・・・いや、気のせいなんかじゃないはずだ・・・・・・・なんだ、この異様な胸の高鳴りは・・・・・・・・)

どくんっと、心臓の音が聞こえる。特に胸に手を当てているわけでもないのに、心臓の音が自然と聞こえてきた。
高鳴りがする、本当にここまで心臓の音が聞こえる物なのだと自分ですら驚くほどの。

(夜霞と初めてキスしたときでさえ、こんな高鳴りにはならなかった・・・・・・・なんなんだ、この異様さは・・・・・・興奮しているのか?俺は・・・・・・)

「・・・しk・・・・・紫貴・・・・紫貴!」

「・・・え?あ、なんだ?」

「どうしたんだ、ぼーっとして。いや、ぼーっとってかスゲエ怖い表情してたぞ。それに勝ってるとしてもちゃんと応援してやれよ。」

「あ、ああ、そうだな・・・・・・すまん。」

けれど、応援に身が入らない。
考えがまとまらない。
死んだように手も反応しない。

その割にはいろんな衝動が頭の中を駆け巡る。

―殺せ―犯せ―奪え―殴れ―泣き叫べ―

何かに支配されていくのがよくわかる。

何に支配される?自分の体だぞ・・・・支配されることなどあってたまるものか・・・・
そう強く思う反面、体は言う事を効かない。

くそっくそっくそっくそっくそっくそっくそっ!!!
自分で自分を押さえつけるのに一杯だった。

「紫貴ー!勝ったよ〜!!」

次に我に戻ったのは夜霞が戻ってきたときだった。

「え?あ、ああ、おめでとう、夜霞・・・・・」

「・・・むー、ちゃんと見てたの?」

「こいつなら始終ぼーっとしてたから見てないだろ。」

「本当に?じゃ、私の活躍も見てないの?」

「あ、ああ、すまん。実は見てないんだ・・・・・・なんか、気分が悪いんだ・・・・・本当に自分でもわからないくらいに・・・・・・」

「保健室で休んだ方がいいんじゃない?」

「・・・大丈夫だろ・・・そんな感じの気分の悪さじゃないんだ・・・・」

「そうなの?」

そう言って夜霞は俺のおでこに手を当て、体温を測ろうとする。

ちょっと恥ずかしい気がして俺は目を少しそらした。そしてそのそらした先の風景はちょうど学校の屋上だった。

見えた屋上の風景の一つに揺らめく人影が一つあった。
自分でも驚くほど目を見開きながらそれを見る。

―殺せ―殺せ―殺せ―殺せ―殺せ―殺せ―

それを見た瞬間胸の高鳴りといろいろな理解不能の衝動が最高潮となった。

俺は自分の意思とは裏腹に夜霞の腕を振りほどいて走り出していた。屋上へと向かって。

「ちょっ!紫貴どこに行くのよ!」

夜霞の声だけが妙に耳に残り、そこからはもう歓声も何も聞こえない。ただ屋上にのみ意識が集中しだす。


走る、自分の教室の前も走り、人影の見えた特別棟の屋上へと向かう。

下駄箱に差し掛かる。が、スリッパに替えることなどはしない。下駄箱で靴を変えることなど思い出しもしなかった。
靴のまま小汚くなった通路のタイルの上を走る。
階段も数段飛ばしで上がる。新記録達成だったかもしれないが、そんな数などは数えもしない。

たまに学校内に残っている者に変な目で見られたが、俺の形相を見るや否かに、言葉を無くしていた。

颯爽と走り、俺は数分と経たずに屋上への扉の前へと来ていた。
自分でも驚くことに、あれだけ走ったのにも関わらず息があがるどころか、汗一つかいていなかった。
むしろ、冷め切った体は余計熱くなった感情に馴染んでいた。

いつもは鍵の掛かっているその重厚な扉は、ドアノブを捻り、扉を押すと簡単に開いた。

いつの間にかきつくなったその日差しが飛び込んできたかと思うと、すぐに、屋上の広さを空想的に感じた。

そして、その空想の中心にいる初夏の陽光に当てられた一つの影。

「これはこれは、希少なお客人のご登場だ。いや、希少と言うよりは招かれざる客と言うか。本当は真祖の姫君を呼び出すための特異点であったのだが・・・・まあ、いい。貴殿は元より最終的なターゲットだ。早かれ遅かれ殺すことには変わりはしないだろう。」

その、得意げに言葉を発するものを、見つめる。

初夏にしては暑そうな学生服の格好。
ぼさぼさのような、特徴的に整えられた髪形。
執拗に格好つけたかのように突っ込んだ手。
中性的なようで男らしい顔立ちをしたそれ。

何度か紫貴はその容姿を見たことがあった。
そう、祖母たちと一緒にみたアルバムの中にあった写真の一人。
懐かしき、よき理解者であり、最愛の血縁者。
その男の名は

「・・・・・・・遠野志貴・・・・・・・」

「ふふ・・・・やはりわかっているようだな。さすがは子孫と言う事か。いやいや、この虚像の姿を認識できているところを見ても君はこの姿の者をよく知っているのは一目瞭然ではあるが。この虚像は元々真祖の姫君の思念の一部を拝借し、仕掛けた特異点の能力に乗じたものだが・・・・・・まあ、よい。」

(・・・・・・意味がわからない・・・・遠野志貴は死んだはずだ・・・・死人が生き返ることはありえない・・・・この目の前の物はなんだ?)

考えすぎてショート寸前の頭に初夏の陽光のせいで余計暑くなり、切れかけてもいたが、体だけはぞっとするほど冷たいものであった。

「ふむ、わからないという顔をしているな。だから言ったろう、これは虚像だと。まあ、よい。総じて結論だけを特出して言ってやろう。いや、私が今からの行為とでも言うか。要するにこうだ。私は君を殺すということだ。」

殺すと言った瞬間、それは常人ならざる踏み込みで紫貴に向かって行った。

そして、間合いに入る一歩手前でポケットから手を出す。
その手に握られた物はこれもまた見覚えのあるナイフだった。いや、短刀と言った方がしっくりくるかもしれないが、今ここで重大なのは、この殺傷能力を持った物で切りつけようとしていることだった。

もう一歩のところでスピードをあげて力強く踏み込む。
踏み込むのと同時に、俺の顔の方目掛けてナイフを振ってくる。

それを瞬間的に回避する為に斜め後ろに飛ぶ。ナイフが頬を掠める感じを十分に感じつつ、
そして一回転して立ち上がる。

頬に流れる一筋の血が暑くなった体には余計冷たく感じる。

「ほう、さすがに避けるか!それでこそかの者の子孫だ!!」

(危ねえ・・・・・もうちょっと深くえぐられてれば頚動脈に届いていた・・・・・)

「何かわからんが・・・やるってんならとことんやってやるさ!」

意識を相手に集中させる。中途半端な集中ではない。極限までの集中、相手の微かな動きでさえも見逃すことを許さない。

目の色が変わる。
日本人が例えで言うそれではなく、本当に色が変わる。

「ほう、魔眼か・・・・・なるほど、いよいよもってかの者の子孫らしいことだな。」

魔眼・・・・・確かにそうである。
祖父以外には誰にも教えたことのなかったこの能力。
祖父だけが理解してくれ、この能力の制御方法を教えてくれた。
扱い方もそうそう慣れたものではない、これまで生死を賭けた戦いの中でこれを使ったことはなかったから。悪戯程度のことでしかこの能力は使ったことがなかった。

「まあいい!そんなものを使ったところで我には届かぬことを思い知れ。」

さっきの相手の踏み込みとも劣ることのない踏み込み速度で今度は紫貴が相手に向かって直進する。

「戯言を!誰かは知らんが俺を相手にしたことをあの世で後悔しろ!!」

相手は紫貴の直進に合わせナイフを振ってくる。
紫貴はその手を見切り、ナイフを避ける。
避ける瞬間相手のナイフを持った手首に手刀を軽く入れる。

両者はぶつかることなくお互いの横を通り過ぎ、一回の攻撃が終わりとなる。

両者はすぐに振り返り、また飽きなく相対する。

「それで終わりか?歯ごたえの無さはなんだ?もっと攻撃をしろ!私を殺してみろ!!熱く恋するように私にだけ執着しろ!!」

「あ?御託並べる前にテメエのナイフ持ってる手を見てみるこったな。」

言われた通りに相手は自分の手首を見た。

ずるっ そんな不気味な音と共に相手の手首はずれ落ちた。
プシュー!っと紅い鮮血が吹き流れる。

「・・・な!?これはどういうことだ・・・・」

ありありと驚愕の表情を出す相手。それを見かねて講師を始める紫貴。

「さっきすれ違った時にな、テメエの腕を分解してやったんだよ。」

「・・・そうか、貴殿の魔眼の能力は物質の切断か。おそらくは触れた部分の物質の結合を分解する能力。物質はなんであれ、結合によってその形を形成している。その結合部分を切ることによって物を崩壊させるということか・・・・・君のその能力はかの者よりは劣るが、脅威である事に付いては否定ができんな・・・・・これはやられた・・・・だが」

話しながら切り落とされた手首からナイフを拾う相手。

言葉が途切れるか否かに視界からふっと消える相手。
神経を屋上に張り巡らせ、相手の位置の特定に急ぐ。

「こっちだ」

完全に死角からの攻撃。
寸前で致命傷を避けるが、腕を切られた。
紅い紅い血がジャージの上に滲み出す。
じんわりと重い感覚だけが脳を支配する。
ジャージの上から滴り落ちる血分だけ精神が研ぎ澄まされていく。

(くっそ・・・・・死角からの安全な攻撃に変えてきやがった・・・・・それになんつうスピードしてやがる・・・・・致命傷を回避するだけで精一杯だ・・・・・・)

それからも死角を付いた攻撃は止まらない。

首筋、手首、アキレス腱、頬、太股、肋骨の隙間を通しての内蔵への直接攻撃。

針に糸を通す、そんなありきたりの言葉がよく似合うその執拗以上に急所だけを狙った攻撃。
致命傷だけをなんとかかわすだけで精一杯だった。
だが、それももう無理そうであった。
致命傷ではないだけで、直接的な外傷は確かにあった。
体の至るところにナイフでの切り傷は増える一方であった。
そして河のように流れ出る血の量も比例して多くなる。

(・・・・・やばいな・・・・血を出しすぎたか・・・・目眩がする・・・・・あと持って2、3回と言う所か・・・・・・・だが、やつのスピードにも有る程度慣れた・・・・・・次の一瞬でやつが切って来たときにナイフを俺の腕に突き刺して絡めとる!・・・・・できるか!?いや、やらなければ、死んじまう・・・・・)

正直自信なんてものはなかった。
第一相手の位置さえ特定できないのにそのやり方は不可能に近かった。

速すぎる影が右から姿を現す。
これがラストチャンス、自分でそう言い聞かす。
神経をすり減らしながら相手の攻撃を見切ろうとする。

そのときふいに屋上のドアが開くと共に現実に戻すような聴き慣れた声を聞いた。

「あー、いたいた〜、紫貴ちゃーん!」

「ばかっ!来るんじゃねえ!!」

敵のことなど気にせずドアの方を向く。
ぞっとした、声だけ聞いたときでは、それが本当に声の主でなければいいなどと希望的観測すら持った。
戦慄とは異なる冷や汗が噴出す。
最悪の事態を想定した。
なんとしても避けねばならぬ。

「もー、こんなところで・・・・って!どうしたのよ、血だらけじゃない!」

この場に似合わないその声は屋上に響き渡る。

「どうしたじゃねえ!さっさと逃げろ!」

「逃げろって・・・・どうしてよ?」

「ここには殺人者がいるんだよ!」

「・・・・・何いってんのよ、ここには紫貴ちゃんしかいないじゃない。」

「え?」

今度は俺自体が素っ頓狂な声をあげる。

辺りを見回すが、俺が言う殺人者の姿などはどこにもなかった。
重々しい空気はそこにはなく、ただ青空が広がる屋上の本来の姿と、地面にこびり付いた血だけが辺りを支配していた。

(・・・・・・消えた・・・・・のか?明らかに優性だったのにも関わらずにか?目撃者が増えるのを恐れた?いや違う。来たのは夜霞一人だ・・・・一人増えた程度で気にはしないだろう・・・・・じゃあ、何故だ?)

疑問だけが脳裏によぎるだけではなかった。
「助かった」
素直にそう思った。
冷め切っていた体に、ぐっと体温が戻る。
疲労と汗が一度に襲ってきたが、気にはしなかった。

「さあて、今度は私の質問に答えてもらいましょうかねえ〜。ここで、なにをしていたんですか、紫貴ちゃんは。」

返答に困る。
なんて答えればいいのかわからないが、わからないなりに言葉を選び出そうとする。

(・・・・・・ここで殺し合いをしてたなんて言えねえよなあ・・・・・言い訳を考えようにも・・・・まあ、思いつかんなあ。)

「・・・・まあ、良いわ、そんなことは。それよりも傷の手当てをしましょう・・・・・・そんな血だらけでいると不審者に思われるわよ。」

夜霞の助け舟が渡される。
元より答えずに事を得るつもりだったため、予想通りの展開と言えばそうであった。

「それに、どうせ答えないつもりでしょ。いいわよ、紫貴ちゃんのことだから悪いことはしてないでしょうから、理由は聞かないことにするわ。」

・・・・・俺の性格もろバレしているなあ。まあ、殺し合いは悪いことだと思うのだがなあ。

そんなことよりも、流れ出る血を止血したかったため、さっさと夜霞のあとに着いて行き、保健室に行くとにした

(・・・・・・そういえば、やつは手首を切って血を大量に流したはずだ・・・・・・なのに、さっき夜霞が来た時に見回したらその血の量とは明らかに足りない量の血しか地面に残っていなかった・・・・・・なんでだ?見た目よりも血を流さなかったってことか?)

だが、やはりそんなこともどうでもいいことであった。
行く途中血が廊下に付くと後々面倒そうだったため、夜霞に一度汗を拭くためのタオルなどを持ってきてもらい、それで簡単に止血してから保健室へと向かった。

屋上に残ったのは、気持ちの良いまでの青い広さと、初夏の日差しによってもう乾燥しそうな血痕と、多くの謎と小さな確信であった。



保健室には予想外に誰もいなかった。
先生の一人でもいるものかと思ったが、スポーツ大会の日などは外にテントを建てて簡易的な安静所が設けられているため、そっちの方に全員行っているらしかった。

二人っきりというなかなかどうして良い環境であることはあったのだが、相手が夜霞のため新鮮味には欠けている事は否定できないところであった。

誰もいない保健室に新鮮味を感じる方が大きかったことも否定できないことであった。
白いカーテンに白いベッド。
様々な薬品を取り揃えた薬棚。
保健の先生の趣味なのか、花瓶に植えられた綺麗な部屋。
身体測定のための体重計や身長測定の機械。
誰がどう見ても保健室であった。まあ、当たり前のことなのだが。

「はい、これで止血終了。」

そんな声と共に俺の全身包帯ぐるぐる巻きは完成した。
全身というのは言いすぎだとしても、腕や足、脇腹など至るところに包帯が巻かれていた。

「で、どうするの?もうちょっとで昼ごはんになるけど・・・・・その格好の言い訳は考えてあるんでしょうね?どうせ私等のクラスのことだから質問されるわよ。」

「・・・・・ん?ああ、そうだな。サッカーの秘密特訓をしていたとでも言っておくさ。」

「・・・ま、それで納得すればいいけどね。」

「昼からのドッチはどうするの?その怪我で出れるの?」

「ああ、致命傷はないからな。なんとかなるさ。」

「そう、無理しちゃダメよ。」

「ああ。」

包帯巻き巻きにされた体に違和感を感じながら、俺はただの好奇心から薬棚にある薬品を物色し始めた。

俺はこれでも薬の知識などは心得てるつもりだった。
なんせ家には専門の人がいるから、そういうのはおもしろいからよく習っていた。
そのため、薬品の扱いは得意だった。
それに、俺はばあちゃんよりも琥珀さんに懐いていたため、薬品の扱いや料理などは得意であった。
その代わりと言ってはなんだが琥珀さんが不得意の掃除などもやはり俺も不得意であった。

「何か良い薬品でもあった〜?」

「いや、やっぱ普通の薬品ばっか。あんましおもろそうなのはないや。」

などと結構危険な会話もできるのは夜霞のいいところであった。

薬棚を物色中にふいに後ろから夜霞が抱き付いてきた。
いつもの事といえばいつものことであるためふいというのは何か違うような気もした。

「ん〜ふふ〜、二人っきりですねえ。紫貴ちゃんに逃げ場なしって感じ〜」

色気のある声を出す夜霞もいつもの事といえばいつものことであった。

「そういえば、さっきの試合の褒美のキスはまだだったわよね〜。」

そう言って俺の顎をくいっと動かされたかと思うと、俺の口は夜霞の口で塞がれていた。

さっきまでの屋上の血の味とは正反対に甘い香りのするものが鼻を突き刺しながら口の中でも広がった。

いろいろと我慢できなくなった俺は夜霞を俗に言うお姫様だっこをしながら白い清潔感漂うベッドへとお連れした。

「・・・・ん〜、紫貴ちゃん、可愛がってあげるわよ〜。」

「抱っこされてる人間の言う台詞ではないわな。」

そう言って夜霞をベッドに押し倒す。

ふと夜霞が腕を伸ばし、その見惚れてしまうほどの綺麗な指が俺の口へと触れた。

「わかってると思うけど優しいキスから始めるのよ、紫貴ちゃん。」

俺は自然と笑みをこぼしながら、甘いキスをするため顔を近づける。

触れるか否かの時にスピーカーから聞きなれた音と共に放送が始まる。

「今からお昼休みとなります。次の試合の開始は1時30分からとなります。」

なにか興が削がれた気がしなくもなかった。

「んふふ、おあずけってことね。またあとにして、私等も教室に戻りましょうか。」

「んー、了解。」

興がそがれたとしても、なにかやりきれない表情をする俺。
なんか、ひねくれた子供のような顔でもしてるんだろうなあ。

「そうがっかりしないの。」

これもまた子供のように手を引かれながら俺達は保健室を後にした。


「お、遠野夫妻のお帰りだ。」

と言った感じのヤジリが俺達を迎えてくれやがった。
適当に挨拶しながら、弁当箱がちらほら見れる教室の間をぬって歩いて、じょにーと澄香が食べている席まで行く。

「ん?よう、お帰りお二人さん。先に弁当たべてっぞ。」

一つの机に二つの弁当をつっつくじょにーと澄香。

俺と夜霞も近くにあった席をじょにーらが食べている机に合わせる。

「んで、調子はもういいのか?」

「ん?ああ、もうだいぶいいな。まあ、初夏の日差しにでもやられたとでも思ってくれ。正直俺自身何がなんだがわかってないんだ。」

「そうか、で、その包帯についても説明してくれるんだろうな?」

教室に入ってもそのことについては誰も何も言わなかったから正直触れられずに終わるかなあ?と思っていたが甘かった。

「んー、そうだな。殺人者に殺されかけたってことで納得してくれ。」

「なんだそりゃ。まあ、いいか、どうせ紫貴のことだし、変なことでもやったんだろう。」

「無理しちゃダメだよ、紫貴君」

「ああ、適度にがんばる。」

「無茶してがんばれ。死なばもろともだ、紫貴。」

「ほう、ならばお前が特攻隊長やってくれよな。敵の戦力を2、3人ほど削れば良いほうだ。」

「悪いな、俺は司令塔なんだ。」

ああ、そりゃしょうがないかと顔に思いっきりだしながら昼飯を食べることにした。