「私も行きたいよー。」

「旅の邪魔だ。」

「冷血男・・・」

「なんと言われ様と弱い者は連れて行かん。」

「じゃあ、強くなったらいいの?」

「ああ、強いなら連れて行くさ。」

「じゃあ、10年、ううん、7年待って!それまでに絶対強くなるから。」

「わかったよ、じゃあ、ちょうど7年後だ。俺が旅立ってちょうど7年後に俺はここに帰ってくる。
そこで俺が思う程度に強かったら連れてってやるよ。」

「約束、だよ。」

またあの夢を見る。

6年と11ヶ月20日経った今でもあとときのことは何度でも思い出してしまう。
固執することもないのだろうに。ただ一人の女としていきてもいいのだろうけれども、私の激情的な感情はそれを許してはくれない。

今私がいる場所は医務室のベッドの中である。
実技の時間中に教師に勝負を挑んだところこの様である。

(はあ・・・教師にすら勝てないのか、私は・・・)

憂鬱になる。あの教師は決して弱くはない。むしろ上位級だろう。でも私は勝たないと気がすまない。
あの従兄弟が帰ってくるまであと10日。私は目にとまる人間全ての誰よりも最強でなければあの従兄弟は旅に連れて行ってはくれないと勝手に思い込んでいる。だからあの教師にも勝たなければ私の未来はないような気がしてならない。

ふと、一人分の気配が部屋の中に増殖する。
それはもう近くまで来ていた。それもそうだろう、医務室なんて広くもないのだから。

「名雪、起きてる?」

「おはよう、香里。」

想像通り友人だった。いつもそうだ、私が医務室に運ばれるとちゃんと見舞いに来てくれる友人と言えばこの香里くらいのものだ。

「ほら、鞄持ってきたわよ。動けるようなら帰りましょ。」

「あれ?今何時?」

実技の時間は朝からだったとはいえ、それから気絶したと言ってもたかがしれていると思った名雪は「帰りましょ」という言葉が嫌に非現実的に聞こえた。

「もう放課後よ。」

「・・・そっか、じゃ、帰ろうか。」

私は妙に寂しくなった。

帰る足取りは重くはなかった。
寝たせいで体が回復したようだ。

帰り際、香里と二人で武道場の隣を通る。

武芸に励む生徒たちで一杯であった。

(模擬刀か・・・)

何か違和感を覚える。
なんだろう、別に文句があるわけじゃない。ただ、生死がかかってない試合に得るものはないとでも思っているのだろうか。

(・・・はあ、病気だよね、これは・・・)

「あ、名雪先輩!こんにちわ。」

道場の練習生の一人が声をかけてきた。
一応私はここでは有名人だ。
入った当初、自分の力試しを行なうと言うことで放課後のクラブ生徒相手に道場破りを行なったことがあった。
とりあえず生徒には全勝であったが、剣芸部の教師にだけは何度やっても勝てなかった。
剣を人への見世物とする剣芸部にやられた私はちょっとふがいなさを感じたが、負けたのは現実である。
事実、今日の実技の担当の教師も剣芸部の顧問であるが私は未だに勝てない。

「こんにちわ、アレン。今日もがんばってるようだね。」

「ええ、速く名雪先輩のようになりたいですから!」

「そりゃ無謀ってものよ、アレン。名雪は根本的に格闘能力が違うんだから。」

「じゃあ、10年後には絶対強くなります!!」

元気よく言ってくる彼女に感化されたわけでもない。
約7年前の私と同じ台詞だからと言うわけでもない。
だけれども私は後押しをしてしまう。

「きっと強くなれるよ。」

もう一度後押し。自分自身に対しても後押しをかけて。

「きっと・・・」

ちょっとした雑談のあとに武道場を後にする。

帰り際、いつもはよく香里とどこかに行くのだけれども、今日は真っ直ぐ帰る。
今日はやけに胸騒ぎがする日である。こんな日は早く帰ってお風呂に入って寝るに限る。

「ただいまー。」

返事が返ってこない、お母さんはまだ帰ってきてないようだ。
この都市の軍事顧問だがなんだか知らないがいつもは家にいるお母さんがいないということは何かあったのだろう。
例えば他の都市との会合、祭事、式典など。
一番待ち望むのは戦争。

待ち望んでいるのだけれども口に出しては言いはしない。世間体もあれば、頭がおかしい人間だと思われてしまうのが嫌だから。

でも、従兄弟ならわかってくれるんだろうなあ、とちょっと想像にふける。

台所に置いてあるビンの中身をコップに移して飲む。
甘い香りが口いっぱいに広がる。広がりすぎて鼻にもちょっとまとわりつく。
牛乳を一杯飲むだけでも情緒的になる。
なんだろう、あの約束の日が近いから妙に心がざわついている。
たぶん、連れて行ってもらえないという気持ちが先行しているのだろう。
人は悪いことを先に考えてしまうとある先生に聞いたことがある。
たぶん、今がそうなんだろう。

「はあ、憂鬱。」

客間のドアから外にでる。
外の物置から外面状の愛用の槍を出す。

けれど今日はそれをしまう。

今日出すのは本当の愛槍。

従兄弟が一度だけ旅の途中に送ってくれたものだった。狙ったのかどうかは知らないがそれは私の誕生日に贈られてきた。プレゼントとしてはあまり好まれた物ではないだろう。
けれど私はとても嬉しかった。
これを使いこなせれば私は従兄弟に認めてもらえると思ったからだった。
そしてこれを使いこなす自信も、その時はあった。

銘柄も何も知らないただ贈られてきただけの存在のその槍。
ただ一つ、刃の部分にこう書かれているだけ
「生命を潤せ」
とりあえずなんの意味があるのかはわからないが、刀匠の趣味か何かだろう。
私には関係ない。関係あるのはこの剣の殺傷能力だけである。

青光りするそれをじっくりと眺める。
一般人が目にすることはまずない魔法剣である。

魔法鉱石を加工して作った剣である、使用者の能力に応じて魔法というものが使える。
火の鉱石を使えば火がで、水の鉱石を使えば水が出る。それはそういったものである。
決して戦場でも使用用途の比重が大きい物ではない。
魔法鉱物は壊れやすい、魔法使いとしてはいいが、普通に戦闘用として使うのには好まれた物ではない。普通の剣とぶつかり合えば簡単に壊れてしまう。
杖の形状をした魔法剣はよくあっても槍の形状をしたものはそうあるものではない。
それこそ式典程度でしかみる機会なんてあるものじゃない。

だが、名雪のそれは違う。
決して鋼で作った剣の堅さにも引けを取らない特別あつらえの物だった。

ふいに槍やと意識をやる。
水をイメージし、それを剣の脳の部分へ送りつける。
剣と一体化すればするほど魔法力は大きくなるが、使用者の精神的作用も大きい。

名雪は簡単な水のイメージしかしなかった。そのため名雪を包み込むように程度の低い水が周りを囲むように存在するだけだった。

物置の中ということを思い出し急いで水を建物の外へと出すイメージを剣に送り込む。
水は名雪の想像通りに外へと移動する。

名雪も一旦外に出る。
外に出て一呼吸置いて、今度は大きなイメージをする。
莫大で緻密な構想。
水の粒が名雪の周りを囲う。
そして今度はその一粒一粒を圧縮し、深海のさらに奥深くの水圧のようにする。

緻密な構想だった、脳が悲鳴をあげる。これ以上の負荷は耐えられそうにない。
けれどまだ仕事が残っている、これに攻撃命令を出さなければここまでイメージした意味がなくなる。
その存在を攻へ転じさせることによってようやく意味をなす。
人を傷つけなければ私がやっている意味はない。一つでも戦場で生き残る術を増やしたい。

そうしなければ・・・

最後の気力を振り絞って地面へ攻撃するように 命令 を下す。これはイメージではない。

・・・連れてってくれそうにないし・・・

どすっどすっ!と地面に嫌な音が聞こえるのを最後に私の意識はそこで途絶える。
ここで気絶してどうするんだ、などとは考えない。だって戦場で倒れたらそこに待ってるのは死なのだから。この程度で倒れるのなら私には死しか待っていない。