あの従兄弟と初めてあったのはいつだろう・・・
そう、記憶が確かならあれは私が7歳くらいの時。
もうかすかな記憶しか私には残っていない。
あの時さわった手のぬくもりしか、私は覚えていない。
「名雪、あなたの従兄弟の祐一さんですよ。」
「・・・よろしく。」
「いとこ?」
「そう、私の姉さんの子供なの。難しいこと言っても無駄のようですから、まあ、兄弟みたいなものだと思ってください。」
「じゃあ、私お姉さん?」
「どちらかと言うと妹って感じかしら。」
お母さんは笑っていた。
でも、従兄弟は笑ってはいなかった。
氷のようなその表情は私は恐怖と捕らえ、直視することができなかった。
でも、私は従兄弟に懐こうとした。
何故だろう、氷のような表情の中の悲しい眼をした従兄弟を癒してあげようとでも思ったのだろうか。
私は未だに従兄弟のことがよくわからない。
何故お母さんのお姉さんの元を離れてここに来たのかすら私は知らない。
知っていることと言えば、よく従兄弟は剣を見ながら寂しい顔をする程度のことだった。
他の子と、そう私は話すことができなかった私は、自分のことがとても恥ずかしがり屋だと思っていた。でも、それでも良かった。一人で寂しくしていると、いつもいつの間にか従兄弟が隣に居てくれた。話したり遊んだりしてくれたわけじゃない、ただそばに居てくれた。私が話し掛けると肯いたりしてくれた。私はそれが嬉しくていろんなことを従兄弟に話した。
氷のような表情をした従兄弟の心はとても暖かかった。
私はずっと従兄弟といたいと思った。
だから従兄弟の旅立ちの日に、私は何が何でも着いて行きたかった。
今でもその気持ちは変わらない。
夢の終わりを告げる光に誘われうっすらと開いた視界には天井があった。
あのあと何時間経ったのかすら私には感覚として捉えることができなかった。
見回すと自分の部屋だと言う事がわかった。
カーテンは閉められているが、その隙間から光が差し込んでいることから、朝か昼かどちらかと言ったところだろうか。
とりあえずだるい体を動かしベッドから出ることにした。
カーテンを開け太陽からだいたいの時間を割り出そうとしたが、それは意外と簡単に計測できた。
「日が昇ったばっかり、ってことはまだ朝が始まったばっかりってことか・・・」
意外と長く気を失っていたのだなと思った。
思えば服装もいつの間にかパジャマになっていた。
おそらく母親が着替えさせてくれたのだろう。
木で出来た階段を降りながら一階へと移動した。
台所に行き、いつものコップで牛乳を一杯飲む。
まだちゃんと頭が働かないが、気分は優れていた。
「名雪?」
ドアの向こうから母親が覗いていた。
「おはよう、お母さん。」
「またあの剣を使ったんでしょ。ダメじゃない、あれはまだあなたには使用できるものじゃないのよ。」
お母さんは私が使ったコップを水がめの中の水を使い、洗ってくれた。
こんなの、あの剣を使えば簡単に水を作れるのに。
思ったが口にしない、口にしたらまた怒られてしまう。
「とりあえず、気をつけなさい。すぎた力は身を滅ぼすわよ。」
「はい。」
これ以後の会話はただの痴話話だった。
特に気にするようなことは口にしなかった。
でも、本当はお母さんは口にしたかったのだろうと思う。
だって、私が従兄弟とした約束をお母さんは知っているのだから。
その期日がもう近づいていることも含めて。
「いってきまーす。」
「気をつけてね。」
私は学校へと歩を進める。
歩くだけのことにも気が入らない。
何かと考えてしまう。
学校に着いても終始そんな感じだった私はついに放課後までそのスタイルを貫き通してしまった。
「ほら、名雪、いつまでもぼーっとしてないでさっさと帰るわよ。」
「・・う、うん。」
「名雪。あんた最近ちょっと変よ。そりゃ前に話してもらって事情は知ってるけど。ちょっと気が気じゃないのはなんとなくわかるけど・・・もうちょっと軽くしてても大丈夫なんじゃない?」
「んー、自分じゃそう変わらない気がするんだけどねえ・・・」
そう言いながら俯く私。
そりゃ事情を知ってる人間が見れば不安を抱えてるように見えるだろうけれど、そんな感情など私にはない。
なんだろうと聞かれても私には答えられないが、ただ負の感情が芽生えていることは確かだった。
この日もただ杞憂だけが過ぎて終えることとなった。
それから数日経ち、約束の日が来た。
私はその日学校を行くふりをして、学校をさぼった。
明日になれば無断欠席がお母さんにばれるだろう。
でもそんなことはどうでもよかった。
私はよく従兄弟と過ごした場所に来ていた。
そこは街外れの山の中にある開けた場所である。
よくここで私は従兄弟と一緒に遊んでいた。
実は剣技もここで従兄弟に教えてもらっていた。
従兄弟は底なしに強かった。子供だった私にもそれは理解できた。
でも、私は絶対に勝ちたいと思い何度も挑戦した。勝率は聞くまでもないだろう。
従兄弟がもし帰ってくるならここに立ち寄るだろう。私はそう思いここに来た。
切り株の上に腰掛、私はうっつらうっつらしていた。
いつの間にか寝ていたらしい。
日はもう傾きかけていた。
周りを見渡しても誰もいない。
私はこのとき確信した。
「そっか。祐一は帰ってこなかったんだ。」
家に帰ればいるかもしれない、そんな甘い考えなどしない。
夜に来るかも知れない、そんな儚い思いもしない。
私は裏切られたんだ。
そんな状況でも私の中に突き上げる衝動はすがすがしかでしかなかった。
そして私は決心した。
「旅に出よう。」
最初からこうするべきだった。従兄弟が剣を贈ってきた本当のメッセージに気付くべきだった。
従兄弟は最初から帰ってくる気なんてないってあの剣が送られてきたときに気付いていた。
会いたければ自分で会いに来い。
あの剣はそういう意味があったんだろう。
それに気付きながら目を背けていたのは私の甘い少女の感情だろう。
唯一嫌気ができるならそこだけだろう。
私は山を降りた。
途中、家に帰る前に香里の家を訪ねた。
「名雪、従兄弟とは会えたの?」
ちょっと不安そうな目をした香りはおずおずと言ってきた。
「ううん、会えなかったよ。」
「そう。」
香里はなんと言っていいかわからないような顔をする。
「でもね、いいの。私自分で従兄弟を探しに行くことにしたんだ。」
「自分でって、あんたまさかこの都市を出て行くつもり?」
「うん、そうだよ。」
「そうって・・・一人で行くなんて危険よ。」
「一人じゃないよ、香里も連れて行くつもりだから。」
呆気に取られた香里。
私は続けて言う。
「一緒に行ってくれるよね?香里」
「ちょっと待ちなさい。いくらなんでも急すぎるわよ!」
「私は唐突じゃないときがあった?」
そう私の発想はいつも唐突で大胆だった。
いつもそれに付き合っていた香里はよく知っているだろう。
「・・ああ、もうわかったわよ。行けば良いんでしょ行けば。社会見学とでも思っておくわよ。
それに、私もさっさとこの街を出たいと思ってたしね、ちょうど良いわ。」
その後街を出る算段をしてまた明日と言って私は自分の家に帰った。
明日が待ち遠しい。
私は明日いろんな意味で理想どおりの私になれる。
従兄弟を探すなんてただの一つの理由でしかない。
私は本当はただ旅をしたかっただけなのかもしれない。
とある屋根の上からずっと監視している一つの目。
それに名雪は気付くことなく家に帰り、入っていった。