何故僕はこんなところにいるのだろう。
それは本当の僕には必要ない問いかけ。
僕は獣として生きなければならない。
それが不本意だとしても、僕にはもう道がない。
だって、人間じゃないのだから・・・
道は昼間だと言うのに薄暗いものだった、空を木々が覆いかぶして光なんてものはちょっとしか入ってこなかった。
栞ちゃんは香里の後ろにべっとりとくっついていた。
私は郁未さんに言われた通りに一番後ろに位置し、後ろの警戒をした。
当然郁未さんが一番前であり、香里がその次である。
郁未さんが言うには獣は総じて賢い。よく注意して歩かなければ全滅はそう難しいことではないとのことだった。
最初に獣に出会ったのは森に入って時の感覚が薄れていった時だっただろうか。
私の耳に木々がゆれる音がした。ここはそう風は入ってこない。そうそう木々が揺れるということはなかった。
郁未さんが私達の歩を止める。敵がいることを察知したのだろう。
声を出すなと言うジェスチャー送った瞬間あたりであっただろうか。
キイ!その声とともに数匹の獣が上空から降ってきた。
一瞬見たその姿はぞっとした。
その獣は首がなく頭は体と同化していた。腕は人間の比ではないほど太い、そしてその先には強力な爪が生えていた。
「上ね、いつも通り短絡思考ね!!」
郁未さんがその場からすっと前に飛ぶ。
その時きらっと郁未さんの手が光ったようにも見えた。
私も同じように軽く跳躍し、敵の方に注意を払っていたため、そうはっきりと見たわけでもなかった。
香里は栞ちゃんを抱いて横に飛んでいた。
私は剣を抜いて応戦しようと思った、その瞬間まだ私が剣を抜ききるか否かの瞬間に私は返り血を浴びていた。
何が起こったのはわからなかったが誰が起こしたのかはわかった。
郁未さんだろう。
3匹もいた獣を一瞬で殺していた。
その手を注意深く見るとそこには糸のようなものが薄暗い森の光と血のせいで光っていた。
「郁未さん、それは?」
「ん?ああ、糸よ。カルセアの蜘蛛の糸を加工して作った強力な糸よ。威力はさっき見たとおり、この程度の獣なら簡単に切り裂くわ。本当はもっと強力な糸があるんだけどね、生憎この前落としちゃってねえ。」
このような武器は初めて見た。郁未さんを見たとき何も武器を持ってないのは不信に思ったがこれで謎が解けた。
香里は栞ちゃんをまだ大事そうに抱きかかえながら起き上がった。
「ま、こいつは大抵数匹で行動してて大抵上から襲ってくるわ。まあ、注意深く音を聞いてれば不意打ちをされることはないでしょう。」
郁未さんは簡単に言うが私達にとっては強敵あることには変わりない。
恐らく私たちならば瞬殺されていただろう、さっきので。
ぞっとしながらも次は私も戦おうと心に決めた。
あまり敵とも戦わない内に川に出た。ここらで大体半分だと郁未さんが説明してくれた。
この川は海にも通じていて、この川の流れにそっと泳いでいったらミッドガンドは近い。そう説明してくれた。ただ、泳ぐ気にはならない。物凄い速さで川は流れていた。これは村で洪水が起きた時に見たような流れと同じだった。この川に入ったらもしかしたら死んでしまうかもしれない、そう思うほどに流れは速かった。
私たちはその川で休憩を取ることにした。
「怖いところですね。」
栞ちゃんがそう言った、けれど震えなどはしていなかった。香里と一緒にいることで安心感があるのだろう。
「ま、でも概ね順調ね。ええ、困るぐらいに順調だわ。」
「困るんですか?順調なのに」
「ま、あれよ。上手く行き過ぎてよかった試しなんてないわ。それにおかしいくらいに獣の気配が少ない。いつもならこれの3倍は襲われてるところだわ。」
とりあえず街で買った食料とここの水を飲んで休憩を取った。あまり一箇所にとどまらない方がいいと助言されたので、すぐにまた出発することにした。
あとは川にそって下ればいいとのことで、私たちは川に沿って歩いていった。
重大な問題はここから始まった。
いくら襲われないと言ってもちょっとは獣の気配は感じられていた。木の上、私たちが通ったあとの道、恐らく木の陰に隠れている獣もいただろう。
だが、その気配すらもがぷっつりと消えた。そして消えた瞬間に郁未さんの顔がうっすらと光るのが見えた。汗をかいていたのだった。
「・・・くそっ、全くこんな日に森に来てしまうなんて迂闊だったわ・・・」
一瞬私も香里も栞ちゃんも何を言っているのか理解できなかった。
そして次の瞬間ぞっとするような殺気を私たちは浴びた。
「いいから戦闘準備なさい!死ぬ覚悟でね!!」
何かとてつもない物がいる、それだけはわかった、そいつのせいで他の獣が逃げてしまったのだろう。そのことに気付いた郁未さんが最も速く恐怖したのだろう。
「・・・もう、遅いよ・・・」
上から声がしたと思って上を見ようとした刹那、私は何か生暖かい液体を体に感じていた。
ぼとっ、何か嫌な音とともに郁未さんの腕が肘のあたりから斬られていた。
私は郁未さんの血を体に浴びていたのだった。
郁未さんの腕を斬ったはずの獣はもう姿が見えない。がさっと音がしたため、また木の上にでも帰っていったのだろうか。
「・・・全くついてないわね、団長クラスの獣に会うなんて・・・・」
郁未さんはそうゴチながら斬られた方の腕の血を止めることに専念していた。
団長クラス、私はその言葉でギルドで郁未さんが説明していた話を思い出していた。
森の獣には人語を解し、人間とは比べ物にならないほど強い獣がいると。その獣はこの大陸の森を自治し、人間や他の魔物からの侵略のために団結していると。獣同士の場合、より強い種族が支配権をもっている為、その団長クラスの獣には絶対服従をしているらしい。一番位の高い獣は大陸最高の樹海を持つ樹昏の森に住む獣の姫君が一番支配力を持つとのことらしい。
団長クラスの強さはないが知能が高く、人語を解する魔物も多数いると、通常はその獣達が森を自治しているが、たまに団長クラスが各森を見回りに行くと、そうなっているのだと。
知能が高い獣は森の一角に城を構えているとも教えてもらった。
「名雪!龍の剣の力をフルに使いな!!そうでもしない限りどうあがいたところで生き残れないよ・・・」
私は刀身を抜いて構える。
とりあえず川を背にし、栞ちゃんが郁未さんの腕の止血を魔石でし、それを私と香里で守っている形となった。
「どっから来るのかわかったもんじゃないわね・・・・」
香里がごちる。香里の剣は通常の冒険者が使う湾曲した剣であるが、魔石でできてるわけでもなく、極普通の剣である。
がさっ、また上で音がした。私は上に警戒を置いた瞬間。
がはっ!と香里の悲鳴が聞こえた。
その次の瞬間どぶんっ!と大きな水の音を聞いた。恐らく吹っ飛ばされて香里は川に沈んでしまったのだろう。
私が視線を戻すとそこにはウェーブした綺麗な銀色の髪を持った獣がいた。
だが印象は獣ではなかった。獣というよりは人間に近かった。服も着ていれば体の作りも人間そのものだった。ぱっと見違うとすれば腕が綺麗な毛で毛深く覆われ、猫のような耳をしていたぐらいだろう。猫科の獣の変種であろうか。
「・・・我等が姫の領土を侵す者はみな殺す・・・」
声もほぼ人間と一緒だったが、目がとても冷たそうだった。
私はそれだけで戦慄した。だが、私はふと戦慄と違う物も覚えた、祐一と同じような目だった。
その冷たい目に私は一瞬心を奪われた。
「名雪!何してるのさっさと斬りかかりなさい!!」
はっと、我に返り瞬間私は剣を横薙ぎにする。
獣は本当に軽いステップで後ろに下がる。
「郁未さん!大丈夫!!?」
ふと、後ろに目をやる、そこには郁未さんの姿はあっても栞ちゃんの姿はなかった。
「し、栞ちゃんは!?」
「川に放り込んだわよ!ここよりは安全よ!!どうせミッドガンドに着くわよ!でも、私たちがここで足止めしないとこいつはどうせ追いかけて香里ちゃん達も殺すでしょうね・・・・こいつらにとってこの程度の川の速さなんて水に浸かってるだけと同じよ!」
流れの急なこの川とここもどっちもどっこいどっこいだと思ったが郁未さんが言うのだからそうなのだろう。
香里達を追わせないためにも私は殿をうけおったのだった。
「・・・ち、死ぬんならただじゃ死なないわよ。ねえ、名雪。」
いつも間にかちゃん付けではなくなっていた。だが、その時の私はそんなことには気が付かないほど集中していた。
限りないほどの絶望の中で、私は未だに獣の目に感じた祐一のことを考えていた。