絆のバッジ

ツーソン・ポーラスター幼稚園。

「あら、ネス君!いらっしゃい!」

という母親の声を聞きつけて、ポーラは飛ぶように階段を降りた。

「ネス!」

「ポーラ。久しぶり」

一ヶ月前と全く変わらない笑顔で、ネスはそこに立っていた。彼の手には、一冊のアルバムが握られていた。

ギーグとの戦いから一ヶ月。

今日はネスが一ヶ月前の大冒険の時に写真家さんにとってもらったアルバムを持ってポーラのところに遊びに来る日だった。

ポーラは、この日を心待ちにしていた。

ネスは野球少年だ。だから、休みの日はだいたい野球の試合が入っていて、ポーラと会う時間ができなかったのだ。

だからポーラは、今日は会えなかった一ヶ月分、ネスと2人の時間を楽しもうと思っていた。

「あとでお茶を持っていくわね」

母親の声を背中に聞きながら、ネスとポーラは2階にあるポーラの部屋に上がっていった。

と、突然「ネス君」とハスキーボイスで呼びかけられ、ネスは階段の途中で足を止め、後ろを振り返った。そこには、ポーラの父親が立っていた。

ネスはこのポーラパパが苦手だ。悪い人ではないのだが…ポーラの事となると我を失う…俗にいう『親バカ』なのだ。『超』がつく。

ポーラパパが手招きをしているので、ネスは仕方なくそっちへ歩み寄った。

「ネス君。君は素晴らしい少年だ。これからもずっとポーラと付き合っていって欲しいと思っている。しかし、若者らしい、健全な付き合いをしてくれたまえ。間違っても…」

「パパ!」

ポーラが顔を真っ赤にして2人の間に割って入った。

「どうしてそういうことしか言えないのよぉ!せっかくネスが来てくれたのに!ネス、行こっ!」

そう言うとポーラはネスの手を引いて、ずんずんと階段を上がって行ってしまった。

…でも、ポーラパパがあそこまでポーラのことを心配したがるのは、ポーラが大切にされている証拠だ。それに、そんなポーラパパをたしなめる優しいポーラママ…。

ポーラに手を引かれながら、いい家族だな、とネスは思った。

2人でアルバムを見ていると、辛いけどとても楽しかった冒険の記憶がどんどん蘇ってきた。

「あ、ほらほら、見て!どせいさんよ!サターンバレーに行った時の写真ね!」

「ジェフが僕等のところに来るまでの写真もあるよ。猿なんて連れてる!」

ネスはジェフの後ろにちゃっかり写っているバルーンモンキーを見て、ケタケタと笑った。

「…懐かしいね」

「そうだね」

辛い時も苦しい時も、4人で励ましあい、何度も傷つき、立ち上がってきた。

今となっては全てが夢であった様に思える。きらきらと輝いている思い出を、ポーラは目を細めて眺めた。

と、ポーラの目がある1枚の写真をとらえた。ぬいぐるみをつれたポーラが嬉しそうな顔をして、ボロボロな小屋をバックにネスと一緒に写っている。

「これ…私達が初めて会った時の写真ね」

「あ、本当だ。この時は大変だったよね、ポーラがさらわれちゃってさ…」

確かに、大変だった。でも、怖いとは思わなかった。ネスが必ず助けに来てくれると、信じていたから…。

そのネスは、なにか思い出した様にポケットをまさぐっている。ポーラがそれに気付いてネスの手を覗き込もうとしたのと、ネスがポケットの中から『それ』を出したのはほぼ同時だった。

「これをもらったのも、その時だったよね」

ポーラはネスの手に乗っているフランクリンバッジを見て、驚いた。

「ネス、それ…まさか、ずっと持ってたの!?」

「うん。僕の宝物」

顔いっぱいに笑顔を浮かべ、ネスは頷いた。

「これを持ってるとね、いつもポーラがそばにいるような気がしてね、すごく心強かったんだ。マジカントの話をしたよね」

ポーラは頷いた。確か、ネスの心の中の国で、ネスはそこで1人きりで戦って、自分の隠された力を手に入れたのだ。

「僕は1人で僕の悪い心と戦ったんだ。くじけそうになったけど…このフランクリンバッジを握ると…僕は1人じゃない。ポーラがついててくれてるんだって思えて、頑張れたんだ」

まるでいとおしいものに触れるようにネスはフランクリンバッジの表面を撫でた。

数々の雷を跳ね返してネスを守ってきたフランクリンバッジは、所々色褪せていてすっかり輝きを失っていたが、それがポーラには『自分はネスを守ってきたんだ!』と誇っているように見えた。

ポーラは自分の手でそっとバッジごとネスの手を包み込み、戸惑うネスの瞳をじっと見つめながら言った。

「私達、このバッジでずっと繋がってたんだね…ずっと、一緒だったんだね…ありがとう、ネス」

ネスは照れくさそうにもう片方の手で頭を掻いたが、目だけはしっかりとポーラの方に向けられていた。

「お礼を言うのは僕のほうだよ。僕はいつも、ポーラに勇気をもらっていたんだから。ポーラがいなければ僕は…逃げ出していたかもしれない。戦いから…ギーグから…自分から」

「ネス…」

その時だった。

「ポーラ、入るわよー」

そう言ってポーラママがおいしそうな匂いを漂わせる紅茶とお菓子を持って部屋に入ってきたので、ネスとポーラは慌てて離れた。

「…あら?ひょっとしてお邪魔だったかしら?」

ポーラママは顔を真っ赤にしている2人を見て、優しそうに微笑んだ。そして、ドアの影を覗き込んだ。

「…?」

「ほら、大丈夫よ、何もしてやしないわ。だからそんなところで、聞き耳立てるのはやめなさい」

わざとポーラに聞こえる声で、ポーラママはドアごしにずっと聞き耳を立てていたポーラパパに言った。

「ちょ、ちょっと、どういうこと!?まさかパパ…ずっと聞いてたの!?」

「い、いや、まぁ、ほんのちょっとね…しかし、私は感動した!ネス君、やっぱり君は素晴らしい少年だ!私は、私は…」

「いやっ、もう、信じられない!パパなんか嫌い!」

「そ、そんなぁ、ポーラぁ〜…」

ネスとポーラママは、顔を見合わせて笑った。

それからしばらくして、ネスは帰っていった。またしばらく会えない日が続くのだろう。

でも、もう寂しくなんかない。だって、私とネスはいつだって、あのバッジで繋がってるんだから。

ネス、あなたがフランクリンバッジを「宝物だ」って言ってくれたように、私はバッジで繋げられたネスとの「絆」が大事な大事な宝物だよ…。

ポーラは、小さくなっていくネスの背中に向って大きく手を振った。その手にはまだ、さっきのネスの手の温もりが残っていた…。

〜終〜