春の祝い
 雪に閉ざされた山奥に悲しみを抱え身を寄せ合う2人――衝撃的な事実を知り同時に大事な兄を失った暁人と、少年の日からのささやかな願いである、三人で平和に暮らすという青写真をただ一発の鉛玉のために奪われた諒を暖炉のやわらかな光が照らしている。

 二人の間に横たわる沈黙は気まずいものではなく、むしろ多くの言葉を交わす必要がないほどの深い信頼と親愛の情を表しているかのようだ。

パチパチと音を立てて光と熱を与えてくれる薪の残量が少なくなっていることに気付いた諒は、小屋の外に薪のストックを取りに出た。

まだまだ雪は深いけれど、大気はだいぶ緩んで鋭くなくなったと諒は思う。

いつもなら頬を刺すような冷気が、今夜はずいぶんと優しい。

空を見上げれば、いつもの冴え渡る冬の空とは異なり薄く広がる雲に星がだいぶ揺らいで見える。

春はもう近い。

諒は昼の出来事とあわせてそうしみじみと思った。





昼間のこと、外に出た暁人が息を弾ませて小屋に戻ってきた。

どうしたんだと驚く諒を、とにかく来て、とひっぱって暁人は連れ出した。

早足ぎみに歩く暁人が足を止めたその先には一本の木があった。

明らかにこの針葉樹林に不似合いな、葉をまとわないその木を諒に紹介するように暁人は手を添えた。

「見て、諒。これ、つぼみつけてるんだ。」

言われて諒は気付いた。

小さなつぼみを無数につけてこの木はたたずんでいた。

見れば中には咲きそうな成長の早いものもある。

こんなにまだ雪があるのに、と正直諒は驚いた。

「驚いたな。まだこんなに雪があるのに。」

「うん、だから僕もうれしくて、諒にも見せたいな、って。」

暁人が照れくさそうに頬を染める。

「これ多分梅だな。こんなところに自生するはずないからきっと誰かが植えたんだろうなぁ。」

春の訪れを誰よりも早く悟るこの花を、遅い春の足音を告げる使者として植えた風雅な人がきっといたのだろう。





おまえはいい時期に生まれたな、と言われたことがある。

花がほころび、あちこちで生きとし生けるものが春の訪れを喜び歌うそんな季節に生まれたのだからと、総一郎はあの時言った。

彼の語り口の持つ説得力に、春は歓びの季節なのだとあの時の諒は妙に納得したものだ。

そしてこんなに深く雪にうずもれたこの山にも春は必ずめぐってくる。

小さな小さなきざしにも、変化が確実に起きていることは明らかだ。

もうすぐここにも春が来る。
春を告げる取りはもうそばにまで来ている。





もう、と言うべきなのか、まだ、と言うべきなのか…時は確実に過ぎ、傷を癒している。

いつかは二人の心も悲しみを乗り越えてゆけるのだろう。

季節が徐々にめぐりくるように、変化は必ず起きている。

いつになるかはわからないけれど、そう遠くない気がすると、諒は暁人を見ながら思っている。

「なあ、総一郎。」

心の中の魂のかけらに呼びかける。

「暁人は絶対大丈夫だよな。」

彼の魂が優しげにうなずいた。

春はもう近い。



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