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よし、と。
シェリルは覚悟を決めた。
「なあ、アレク」
「ん? 何だい」
胸がどきどきする。
でも。言うんだ。
「あたし、アレクのいたっていう『サシャ村』って所に行ってみたい」
「え?」
「見てみたいんだ。アレクがどんな所に住んでいたのか」
そんな訳で。
彼は久々に帰郷する事になったのである。
*
アレクが門をそっと開くと、連絡が既にいっていたのか、沢山の人々が出迎えていた。
アレクはそこで村長の姿を見つける。
「ゴゼ老! お久しぶりです」
「おおアレク。それにルッツも。見慣れぬ客人もいらっしゃるようだが……アレク。ハンターの仕事はどうかね?」
「はい。とても充実しています!」
横からルッツが茶々を入れた。
「『それに』……って、オレはオマケかよ?!」
「ルッツ!」
アレクがたしなめようとした、正に、その時。
「ええオマケね。というよりクズね」
その場のほのぼのとした空気を一変させるような声が響いた。
「ね、姉ちゃん……」
「久しぶりね、ルッツ。どうしていたの?」
「え、えっと……」
すると、今までにこやかだったクレッタの表情がかッと鬼の形相へと変貌した。
「あんたはこっちで説教よっ!」
「うわあぁっ! アレクっ、助けてくれよ〜!」
クレッタの怖さ十二分に知っているアレクとしては。
「……。頑張ってこいよー」
「薄情者おぉっ!!」
「……いい気味」
アレクの横で、シェリルがぽつりと呟いた。
それを何でもなかったかの様に、
「では。わし達は久々にお前達が帰ってきた事を肴に、酒盛りでもしよう。どれ、飲める口かね?」
聞いた先はヴェルハルトだ。
「俺か? 俺は……」
この男にしては、珍しく口を濁す。
どうやらそれ程飲める口ではないらしい。
ところが。
「わたしですか? わたしならかなり飲めますけど」
聞いてもいないのに答える声があった。
……マーシアだ。
これは、立場的に危うい所に置かれたヴェルハルト。
さあ、どうする?
「ねえ、ヴェルハルト。飲めるわよね?」
すると彼はきッと眼光を鋭くさせると、
「飲める。大丈夫だ」
「良かった! それじゃ後で飲み比べでもしてみない?」
「ああ」
結局どんどんどつぼにはまっていってしまったのだった。
「ん〜、それにしてもわたし達だけで飲むのもつまらないわね。テオも飲まない?」
「え、僕ですか? ええと僕……未成年ですけど。いいのかなあ?」
「平気よ。たまには大人の世界を垣間見てみるべきだわ」
「むしろそれって実際どうでしょうマーシアさん」
すると、そこへ、
「いや、飲めないようなら来なくていいぞテオ。無理は良くない」
明らかにそういうふうに言っている顔つきではないヴェルハルトが、言った。
「それって……僕の事心配してるようで実際違うんですよねヴェルハルトさん……」
「さあ、飲みに行きましょっ! 今日は飲んで飲んで飲みまくるわよっ!」
「……ああ、行こう……」
「僕、どうなっちゃうんだろう……アレクさん、助けて下さいよ〜」
「……。僕らも飲むから大丈夫だよ。多分。
この村のお酒はそれ程強くないし。多分。
例え酔っても僕らが助けてあげるから心配しなくていい。多分」
「何で全部『多分』がつくんですかあぁっ!」
アレクは、しかしそれをさらりとかわすと、
「さ、行こう、シェリル」
シェリルの方を見て、ふわりと微笑んだ。
「え? ああ、うん」
シェリルはといえば、その気もさっぱりなかったが、アレクの笑顔に押され思わずそう言っていた。
その内心は、というと。
……違う違う。
あたしはこんな所にこんな事をしに来た訳じゃないんだってば……
折角どっかの馬鹿男も消えて、ラッキーって思ったばっかりなのに……
どうしてこうついてないんだ……
*
たっぷりと、夜も更けて。
窓の外の景色は美しく、まばゆい程に輝く満月が照らしていた。
いつの間にか説教から解放されていたのか、ルッツもそこに加わっていた。
いや、加わっていたと言うよりも、既にのびていた。
見てみると今だ元気なのはマーシアだけで、後のルッツ、テオ、ヴェルハルトは随分前に潰れていた。
どうやら本当に飲み比べをしたらしく、たいへんな量の酒の瓶がころがっている。
そして、今マーシアは一人飲み比べをしている真っ最中だった。
しかしもう彼女の顔は真っ赤で、このまま酔い潰れるのも時間の問題だろう。
それを遠くの方から見て、傍観者を決め込んでいるアレクと、そしてシェリル。
今まで無言で適当に酒を酌み交わしていたのだったが、突如アレクが話し掛けてきた。
「シェリル」
「ん? 何だよ……」
「ちょっと、抜けないか」
思いもよらない申し出に、しばしシェリルは呆然とする。
「……。何で?」
「いいから。突然外の風に当たりたくなってさ」
「……分かったよ」
*
外を。
どこに行くでもなくぶらぶらと散歩した。
シェリルは、何度ととなくアレクの顔を覗き見た。
割と整っている顔だが……この顔の一体どこにあれ程の強固な精神、ひいては彼の冒険心が眠っていると言うのだろう。最初はハンターになりたくて、とうとうなって、世界中を旅して回って、……それでも彼の冒険心を満たす事は誰にも出来ないのだろう。
彼のその心は、自分自身に働きかけるのではなく、まわりにいる仲間達に影響させているのだと常々シェリルは考える。彼のその心が、自分に勇気を与え、自分に信じるという事を教えてくれて、そして、
……自分でも気付かぬうちに彼のそばにいたい、と、思う様になるのだ。
本当に、馬鹿みたいだ。こんな男が好きになるなんて。
ふと、また、アレクの事ちらりと見ると、アレクの顔が月光に反射していて綺麗だった。男の顔を見て綺麗だとか思うのは変だろうか。それともこれが世に聞く「恋は盲目」という奴なのだろうか。
(……馬、馬鹿くさい。何が恋なんだ)
赤くなっていく自分の頬が、どうにも止められなかった。
「ほら。あれ」
「え? 何だ?」
急に話し掛けられて、シェリルはどぎまぎする。
「僕の家」
「ああ、……」
今日は満月だった。
それでか、月光は景色にどこも外灯を灯してあるかのようなほのかな明るさを提供していた。
だからこそ、アレクの顔も、今彼が指差した彼の自宅も、はっきり見えたという寸法だ。
「何か、暖かそうな家だな。あたしのいた家、っていうか部屋とは違う……」
「そうかな」
「そうだよ。……何となく、流石、と思う」
「どうして?」
「分からない。けど……」
再び。シェリルはこっそり彼を盗み見た。
月光が彼を明るく照らしていた。
「アレク……」
「?」
「月の光がアレクを照らしてる。ってそんな事どうでもいいんだけど」
本当に、最近の自分は変だ。こんなどうでもいい事で勝手に一人でどきどきして。
どきどきして?
(……あ!)
うっかり忘れていた。
ここに来た目的を。
マーシアの飲みっぷりに呆れ果てすっかり忘れていたのだったが。
(そうだ、あたしがここに行きたいって最初に言ったんじゃないか)
今日こそ、アレクにこの思いを告げる。
今までのこの思い、伝えるんだ。
(……と、いうような事をやろうと思っていたんだった)
冗談じゃない。
思い出したら恥ずかしすぎて、言葉の一つも出てきそうにない。
ぱっ、と。アレクの方を見遣ると。
彼はこれ以上ない、というくらいのいい笑顔を浮かべていた。
シェリルは呆気に取られる。
「何がおかしいんだよ、そんなに」
「ん? 別に。ただ、シェリルとこうしてゆっくり話す事が出来てとても嬉しいなあと思って」
「馬っ、馬っ鹿じゃないのかあんたっ! 何をっ、そんな、こっぱずかしい事を……」
「シェリルは嬉しくないか? ……僕はとても、嬉しい」
満面の笑みで、彼はそう言った。
シェリルはそれに、ただ恥ずかしそうに俯く事で返した。
内心、心臓は爆発しそうに鼓動を打っている。
そのくせ考えている事はやけに冷静なのだ。
(今なら……今なら、あたし、言えるかも知れない)
この雰囲気にのって、もう、言うしかない。
何のためにここに来たのか。
それを思い出しながら、良く考えながら、言葉を紡ぐのだ。
よし、と。
シェリルは覚悟を決めた。
胸がどきどきする。
でも。言うんだ。
……想いを告げるのだ!
「ア、アレクっ」
「何だい」
「あのさ、あのさあたし……」
頭がおかしくなりそうだ。
「あんたが……」
瞬間。声が。
辺り一面の雰囲気を爆砕した。
「なー! 今ゴゼ老の家で二次会やってんだけど、来る? 楽しーぜっ!」
「……。」
「……。」
誰か、なんて、今さら聞くのは……。
「……。ルッツ、あんたね……」
「へ?」
「一回まじで死んでこいっ!!」
(……この……こンの野郎……!!)
はっきり言って、もう罵倒するしかなかった。
〜終わり〜
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