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ブーツヒルの午後。昼食を済ませた彼等、ヴァージニアとジェットは、どこへでもなく散歩に出た。日射しは暖かい。ぽかぽかして気持ちがいい。ヴァージニアは上機嫌だった。天気はいいし、隣にジェットはいるし。けれど、だから何なのかと問われてしまえばそれだけの事で、ヴァージニア自身も上手くこの機嫌の良さを理解出来ずにいた。ただ何かこうしている事が物凄く幸運なようにも思えて、ヴァージニアは自然と笑みが浮かべた。
「何笑ってんだよ。気色悪い」
「あれ、わたし笑ってた?」
「ああ」
対するジェットはいつもと変わらず仏頂面だ。少しは笑えば可愛げがあるのに、とヴァージニアは思う。どうしてこいつはこうも笑わないのか。そういえば記憶がないとか言っていたか。記憶がないから笑わない。笑い方がよく分からない。気持ちが分からない訳ではないが、少しは笑った方が健康にもいいのにと関係ない事まで考え、そこではっと思い至った。
(もしかしてわたし、ジェットが笑ったところを一度も見た事がないんじゃあ?)
大変な事に気付いてしまった。なんという事だ。仲間になってからしばらく経つのに、笑ったところはおろか楽しそうにしているしているところすら見たことがない。なんてドライな男なんだ。
これはしかし、問題だ。大問題だ。
ヴァージニアは即刻この問題を解決すべくジェットに詰め寄った。
頭の中でジェットが笑っている場面を想像して、何か似合わないなあと考えながら。
「ねえ、ジェット、笑って?」
ジェットにしてみれば彼女の言い分はいきなりもいいところだ。明らかに不審そうな顔を向けて来る。
「何だよ突然」
「わたしジェットが笑ったところ見たことないなあと思って。一度でいいから見てみたいのよ」
ジェットは呆れ果てた顔を作ってみせた。おおかたこちらの考えている事が馬鹿馬鹿しく思えているのだろう。
(でも、めげない)
「そんなモノ。面白くもないのに笑えるか」
「ジェットの場合は面白くったって絶対笑ったりしないのに……」
「何か言ったか?」
視線が怖い。ヴァージニアは慌てて首を振った。
「ううん別に」
そこで会話は途切れてしまった。どちらからも話し出す気配はない。やっぱりこんな話題嫌だったかな? とかでもジェットの笑い顔ってきっと凄く可愛いんだわとか色々な気持ちがないまぜになってヴァージニア自身を困らせた。仕方がないのでちらちらと何回もジェットの顔色をうかがってしまった。
「何だよ、何か文句あんのかよ。だいたい、この世に本気で面白いと思えるモノがあるもんか」
話題を続いてくれそうな雰囲気。ヴァージニアはほっとして言った。
「だから笑わないの?」
「まあそうだな」
何だかんだいって話を続けてくれる彼に、半ば予想していた事でもあったが、心の中で深く感謝をするのをとめる事が出来そうになかった。
(やっぱりいい子だもんね)
「それはやっぱりちょっと問題アリね。うん。面白いと思うモノがない、か……」
閃く。
「あッ! そうだ、いい事思い付いたッ!」
ジェットは半眼で呻いた。
「何を」
ジェットのその様子にも気付かず、ヴァージニアは瞳をキラキラさせながら告げた。
「無理矢理にでもとにかく面白いと思えるモノを作っちゃえばいいのよ。そしたら、それ自体が記憶になるって思えない?」
「……はあ?」
「そしたら想い出も出来るし。笑う事も出来るし。うん、一石二鳥だわ。……で、何かちょっとでもこう、面白いとか興味があるとかいうモノないの? ホントにないの?」
既にヴァージニアは己の想像力のみで話をしていた。ジェットを顔を見ながら喋ってはいるが、ジェットの表情までは視界に入ってこない。ジェットが「何だこいつは」的視線を送っているのにも全く気付かない。
ジェットは根負けしてか、あるいは違う理由でか、それは分からないがとにかくため息を吐き出した。
ヴァージニアがにこにこしながら返事を待っている。
(ジェットが興味あるのって、何だろう。わたしにも分かるやつかな。わたしも一緒になって夢中になれる類いのモノだったらいいな)
ジェットはとうとう答えた。
「強いて言うなら、一つだけ」
「えッ。何々ッ?」
答えるは、小さな声。
「……。お前」
沈黙。
「え? えッ? 今なんて? ごめんちょっと聞こえなかった」
嘘ではない。冗談で答えた訳ではない。ジェットの声が小さすぎるのがそもそも良くなかった。
そう答えた数瞬後に、ジェットの首筋当たりからかっと赤くなるのが見えた。なぜだろう。ひょっとして、ジェットは一段決心としてとっておきの秘密か何かを自分に教えてくれていたのだろうか。それを聞き逃してしまったヴァージニアは自分を恥じた。
(折角ジェットの事が聞けるいい機会だったのに。ジェットはへそ曲がりだからもう教えてくれないんだろうな)
案の定だった。
「もういい。聞こえなかったならいい」
「え、何でよ、聞かせてよ。別に恥かしくなんかないわよ。わたし、頑張るから教えて?」
「うるさいッ! もういいッ!」
もう、とヴァージニアが口を挟む前に、ジェットはなぜか散歩のルートから外れていた。
「あれ? ジェット!?」
「帰る」
「待って、ちょっと待って、よ、」
ひとり空しく手を差し出すも、ジェットはふいとかわしヴァージニアの家に先に帰ってしまった。
「どういうつもりよ……もう」
怒鳴ってみたり赤くなってみたり小さな声で何か呟いてみたり。ここのところのジェットは少し行動に一貫性がない。
(何かお腹に悪いものでも食べたのかな?)
うーん、でも、とヴァージニアは考えかけ、そしてふと思い出した。
(『帰る』?)
私の家へ?
帰る、って?
帰る家を持たない彼が、今そう言ったのか。ヴァージニアの実家を、帰る家だと言ってくれたのか。
彼にはもう既に、帰る家が存在しているのだろうか。
安住と言う言葉の意味を、理解出来たという事なのだろうか。
「……」
言葉をなくしてしまった。
(何か、嬉しい、な)
心の中でえへへと笑って。そうしたら先程のジェットの不自然な態度も綺麗さっぱり気にならなくなった。
そんな事よりも、とにかく嬉しかった。彼自身、気付いているのかいないのかそれは分からないが、想い出が存在し始めている事を。ハンフリースピークでもバスカーコロニーでも彼は「帰る」と言うのかも知れない。だけれど。ただヴァ−ジニアの目の前でそう言ってくれた事が物凄く嬉しかった。
同じところに、わたし達は帰る事が出来る。
同じ時間に御飯食べて同じ時間に休んでみたりとか。宿屋では取れない安らぎを、わたし達はここで得る事が出来る。
ヴァ−ジニアはそうした時間をジェットと共有出来る事をこの上なく幸せに思った。
ここに不自然な草むらがある。
不自然に盛り上がっている不自然な緑色をした不自然な草むらだ。
その中で、何やらごにょごにょと人の話す声がする。
「可哀想なジェット君……果たして報われるのはいつの日か! 来週は怒濤の急展開ッ! ……みたいな進み方してるな今日も」
「ちょッ、声が大きいですよギャロウズ」
「あッやばいッこっちくるぞあいつッ! 隠れろ隠れろ」
「って、あの視線絶対気付いてますって! どうするんですか! だからやりたくなかったんですよこんな事! 元々乗り気じゃなかったのにあなたが無理矢理に誘うから」
「何を? そういうお前こそなんだかんだ言って結構乗り気だったじゃないか! 今さらとんずらこくなよッ」
「とんずらって……って、あ」
「……お前ら、そこで何やってるんだ……」
「あ。」
約一名を除き、タコ殴り。
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