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「ごめんなさい。私、結婚できない…。」
最愛の姫、一条杏に思い切ってプロポーズした葉月珪。
前からずっと言おうと思っていたことです。 海の見えるホテルの最上階のフレンチレストランを押さえ、帰りは彼女の好きなデートスポット、臨海公園の散歩。そこで一世一代の大勝負をかける、とシチュエーションもバッチリです。
杏ちゃんはそのデートを心から楽しんでいるように葉月くんには見えました。出てきたコース料理も美味しそうに食べていましたし、その時渡した誕生日プレゼントの総シルクのワンピースも、
「珪くん、こんな高価なもの、私がもらっていいの?」
と、小首を傾げて可愛く言われ、
「お前の為だけに買ったんだ。お前がいらないんなら、捨てる。」
と、周りにいた女性陣を腰砕けにするようなハニーボイスで囁いて杏ちゃんを感激させていたのです。
(後は臨海公園で、勝負、だな…。)
そんな事を決心しつつ、彼は言いました。
「結婚しよう。」
それに対する彼女の返事は、冒頭のアレ、でした。 気合満点根性入りまくり、かつて彼がこれまでにないくらい真剣なその想いはあっさりと否定されてしまったのです。
葉月くんは、その場で固まってしまいました。
(俺、何かしたか?…もしかしたら、料理が気に入らなかったのか…?それとも、店の雰囲気が…。)
葉月くん、もう頭の中はパニック状態です。全くといっていいほどプロポーズとは関係のないあさってなことで悩んでいます。通常の思考回路からは考えもつかないスピードで、様々な今までの思い出が脳内を駆け巡っています。
(森林公園で、杏に膝枕をしてもらって…。)
おおっと、あまりのことに現実逃避に走った模様です。しかしココは臨海公園。更にポロポーズをしている真っ最中です。
「…くん…いくん…珪くん!!どうしちゃったの!!」
杏ちゃんに肩を思いっきり揺さぶられ、舌を噛んで、葉月くんは我に返りました。
「…ああ、悪い。考えごとしてた。」
プロポーズの最中に考えごと、というのはどうかと思いますが、葉月くんの対応に慣れている杏ちゃんは大して気にもせずに、
「ぼーっとするのはいいけど、ココは風邪引いちゃうかもしれないから、温かいとこに行こう、ね?」
と、言ってのけました。
「あ---。」
ああ、行こうと言いかけて葉月くんは動きを止めました。プロポーズをしていたことを思い出したのです。
「…なあ、なんで俺と、結婚できないんだ?」
葉月くんの問いに杏ちゃんは悲しそうにうつむきました。
「………………………ごめんなさい…………。」
これは、決定的です。しかし葉月くん、諦められません。
「…………………他に、好きなやつでも、出来たのか…?」
そう聞いた葉月くんの声は地を這うより低かったことでしょう。
「そんな人なんかいないもん!!!珪くんより素敵な人なんかいるわけないもん!!!」
「じゃあ、なんで…………?」
自分以外の誰かを好きになったわけではないことが分かって、葉月くんはちょっとだけ復活しました。しかしなぜ杏ちゃんは受け入れてくれないのでしょう。
「………………。」
杏ちゃんは無言のままです。
「俺、上手く自分の気持ち、言えないから、これまでお前にいろいろ嫌な思いさせたこと、あったと思う。……でも、俺、お前とこれからも一緒に過ごしたい。」
そして、葉月くんはうつむいた杏ちゃんの頬をそっと両手で包み込んで、言いました。
「俺、お前の事、大事にするから、だから…。」
葉月くん渾身の告白に、杏ちゃんはようやく顔をあげました。その表情は断られた葉月くんより、遥かに苦悩に満ちています。
「珪くんが私のこと大切にしてくれてきたのは、ちゃんと分かってるよ。喧嘩したのだって、お互いのこと分かりあうために必要だったって、そう思ってる。」
「杏…。」
「でも、それでも、私…。」
そこまで言うと、杏ちゃんはぽろぽろと涙を流し始めたのです。
「理由、あるんだろ?」
葉月くんに聞かれた杏ちゃんは、黙ってうなずきます。
「それだけでいい。教えてくれないか?でないと俺、どうしていいか分からない…。」
それは至極最もな意見です。せめて断られる理由くらいは聞くでしょう。
「……………………………。」
杏ちゃんは涙を流しながら、とうとうしゃがみ込んでしまいました。
葉月くんも同じようにしゃがみ込み、杏ちゃんをそっと抱きしめました。杏ちゃんが一瞬体を強張らせましたが、直ぐに元に戻りました。それでも泣いたままです。
----------葉月くんは待ちました。------------
杏ちゃんと再会するまで10年以上待ったつわものです。まさかこの場で10年待つ訳ではないでしょうから、葉月くんは辛抱強く待ち続けました。
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