そして1時間後---。
 杏ちゃんの重い口がようやく開いたのです。
だって、私、お掃除できないもん…。
「…………………え?」
 葉月くんは自分の耳を疑いました。
だから!!!!!お掃除ができないから!!!!結婚できないの!!!!!!!」  
  半ばやけくそのように杏ちゃんは叫び、その勢いで立ち上がりました。危うくこけかけた葉月くんですが、抜群の運動神経が作用し、彼も立ち上がることができました。 あっぱれです。
「…………………。」
「………………。」
 無言のまま見つめあう二人。

「…………そんな理由なのか………?」
「そんなってなによ!!!!」
 しかし葉月くんからすれば、そんな、でしょう。一世一代の賭けの答えがそれでは、いくらなんでも情けなさ過ぎます。
「おかーさんからも言われたんだもん。『杏ちゃん、結婚はできないわね』って。」
「そんなに凄いのか…?」
「尽は『ねーちゃんの部屋はブラックホールだよな。』って言われるし、おとーさんも部屋には絶対入ってこないし、それに…。」

「…でもお前、前に風邪ひいたとき、俺、部屋に入ってるぞ。別に汚くなんかなかった。」
 そうです。高校時代に葉月くんは杏ちゃんのお見舞いに行っているのです。
「あれは奇跡なの。」
「奇跡…?」
 葉月くんからすれば、杏ちゃんと再会できたことのほうが奇跡だと思うのですが…。
「インフルエンザって、1週間くらいは感染の可能性があるから、学校には行けないでしょう?でもね、熱は4日目にはもう下がってたし、はっきり言ってヒマだったの。」
「で?」
「で、おかーさんが『ヒマをもてあます暇があるんならお部屋のお片づけしてみたら?』って言うから、やってみたの。でも…。」
 杏ちゃんは恥ずかしそうに言いました。
「結局ごちゃごちゃになっちゃって…。」
「でも、俺が行った時は普通だったと思う。」
 普通がどうなのかは、最早問題ではないでしょう。
「押入れに全部押し込めて、ベッドの下にも押し込めて、そしたら珪くんが来たの…。」
 グッドタイミングだった、ということです。

「片付け全般がだめなの…。洗濯するのは好きなんだけど、たたんでしまうのがだめだし、お料理の後片付けも…。」
「ちょっと待て。お前家に来てもそんな感じ全然なかったぞ。」
 そうです。杏ちゃんは葉月くん家でしょっちゅう手料理を振舞っているのです。
「お料理しながらお片づけなら、何とかいけるの。それに珪くん、隣で食器洗ってくれてたし…。」
 葉月くんは食べ終わった後食器を洗っていたのです。勿論杏ちゃんも一緒でしたが。
「たまっちゃうの見ると、発狂しちゃいたくなるの。でも自分でやるともっと酷くなっちゃうの…。」
 瞳に涙をいっぱい溜めて、杏ちゃんは言います。

「それだけじゃないの。私、書類の管理能力がゼロで、大事な書類なんかは家に帰るとおかーさんが私のかばんをチェックして、書類だけ抜いてくれるの。」
 もうここまで言ってしまったら恐いものはないと判断したのでしょう、杏ちゃんは全部打ち明けることにしたようです。
「プリントなんかの宿題はどうしてたんだ?」
「居間でやって、終わったらおかーさんが冷蔵庫の横に貼っててくれるの…。」
 げに素晴らしきは親子かな…。
「こんなんじゃいけないって何回も思ったの。でも、やればやるだけ……。」
「片付けが嫌だとかじゃないんだろ?」
 葉月くん、優しく杏ちゃんを慰めます。
「俺、思うけど、お前はできないんじゃなくて、要領が分からないだけなんじゃないか?書類も今みたいに冷蔵庫に貼っておけば、お前、大丈夫なんだろ?」
「へ?」
 思いがけないことを言われて、杏ちゃんは涙が止まってしまったようです。
「お前の面倒、一生俺が見てやる。片付けも、書類整理も、俺が引き受ければ問題ないだろ?」
「珪くん………。」
 杏ちゃんは感激して、葉月くんに抱きつきました。葉月くんも杏ちゃんを抱きしめ返し、こう囁きました。
「結婚、してくれるよな…?」

 

 勿論返事は------------。

 

「一緒に、生きていこうね。珪くん。」

 


あとがき。
昨日の夜、突然最初のひと言が出てきたんです。寝る前に久し振りにGSやったんですよ、それもヘッドフォンつけて。
耳元で囁かれて、いい気分の時に浮かんだフレーズが、アレ、なんですよねぇ…。
私ってば根っからのコメディ女だと実感した瞬間でした(悲)。