「アンジェリーク・・・?」
 オスカーはふと何かを感じて、後ろを振り返った。
「どうしたんですか?オスカー様・・・。」
 ランディの問いかけにも答えない。
「・・・悪いが、先に行ってくれ。」
「え?何を・・・。どこ行くんですかー、オスカー様!!」
 遠くを見つめたまま、今来たほうにいきなり踵を返すオスカーを引き留めようとしたランディだったが、後ろからぐぃっと引き戻された。
「行かせてやんな。」
「オリヴィエ様・・・。」
 それ以上何もいわずに見送るオリヴィエを不審な様子で見つめるランディの視線に気がついたのだろう、彼は、このまっすぐな後輩に笑いながら答えた。
「あいつは昔から妙なカン、みたいなのが働く奴でさ、なんていうか、・・・戦士のカン、っての?・・・本来ならこういう状況をほおっておく奴じゃない、ってのはあんただって分かってんでしょ?」
 いつも剣の稽古をつけてもらっているから。と言わずともランディには分かっていた。
「戦士のカン、ですか・・・。俺には・・・。」
「あいつだからこそ、だと思うよ。そういう環境に生まれて、そんな中で生きてきた。私やあんたには逆立ちしたって持てないもんだよね、悔しいけどさ。」
「オスカー様だから・・・ですか・・・。」
 溜め息をついたランディの頭をくしゃくしゃっと撫でると、うーんと背伸びをして、オリヴィエは言った。
「さあてと。ジュリアスに言い訳しなきゃねぇ・・・。ランディ、がんばんなよ。」
「はい!!・・・って何で俺がジュリアス様に言い訳するんですか!!」
「オスカーあんたに言ったじゃん。『あとはよろしく』ってさ。」
「そんな事オスカー様言いませんでした!!」
 むきになるランディを見て、再び笑い出すオリヴィエ。
「まあまあ。とりあえず合流しとこっか。私たちまで遅れたらジュリアスに言い訳の仕様がないし。」
「あ・・・待ってください、オリヴィエ様!俺も行きます!!」
 オリヴィエの後を追おうとしたランディだったが、ちょっと立ち止まりオスカーの行った方向を見やって、思った。
 (いつか、あなたのように、俺もなりたい・・・。大切な人を守ることが出来る男に・・・。)


「アンジェリーク!!」
 どこかで私を呼ぶ人がいる・・・。
「しっかりするんだ、アンジェリーク!!」
「ん・・・。」
 アンジェリークが目をあけると、さっき見送ったはずの恋人が・・・。
「気がついたか・・・?」
「オスカー様・・・?どうして、ここに?」
 彼女を抱きかかえたまま、オスカーは大きく息を吐いた。
「分からない・・・。ただ訳もなく悪寒がした。何かが俺に告げた。戻れ、と・・・。」
「皆さんは・・・?」
 自分の状況を考えずに仲間の心配をするこの天使に、オスカーは苦笑しながら言った。
「そんなことより具合はどうなんだ?・・・言っておくが、俺に遠慮や嘘は許さない。」
 大丈夫だと言おうとしたアンジェリークだったが、オスカーの眼光の鋭さに黙り込むしかなかった。そしてそれが精一杯のアンジェリークの状況をオスカーはすぐに把握し、そして愕然とした。
 アンジェリークのドレスから、かすかに血の匂いがしてきたからだった。
「分かった。・・・もう何も心配しなくていい。」
 アンジェリークを安心させようとしたオスカーだったが、声はかすれ、上ずっていた。たった一人の天使を失うかもしれない恐怖を、実感してしまったからである。
 数々の戦乱の中にいたオスカーは、命が消えてしまう瞬間を数え切れないほど見てきた。今のアンジェリークの顔は、そんな瞬間の人と同じに見えたのだ。 その時だった。 突然アンジェリークが強い口調で言ったのだ。
「大丈夫。私はあなたをひとりにはしません。」
「アンジェリーク・・・。」
 掠れた声のままのオスカーに、柔らかな微笑を浮かべたアンジェリークが囁いた。
「オスカー様。私はあなたを決してひとりにはしません。だからあなたも・・・。」
 戸惑っていた彼の瞳に、ゆっくりと光が宿り始めた。
「誓ってくれ。俺を、孤独の中に再び突き落としたりしないと。この剣に・・・。」
 そう言うとオスカーは腰に刺していた剣を彼女の前に差し出した。アンジェリークはその柄に口付けるとゆっくりと瞳を閉じていった。
「・・・確かに見届けたぜ。俺は、必ず戻る。君をひとりにはしない。」
 呟いたオスカーは自分の館にアンジェリークを連れて行った。


「オスカー様!・・・アンジェリーク様!!」
 執事は自分の主の腕に抱かれている補佐官を見て、驚愕した。
「手当てを頼む。」
「は・・・はい!!」
 オスカーの言葉に一瞬うろたえたものの、執事は的確に指示を出していった。
「ベッドをすぐに!今いる医師を全員ここへ呼ぶこと。・・・それと。オスカー様。」
「何だ?」
「女王陛下には、いかがされますか?」
 顎に手をやり、少しの間考えたオスカーだったが、首を横に振った。
「畏まりました。」
「・・・じゃあ、後は頼んだ。」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
 深々と頭を下げると、使用人に指示を出すために、執事はその場を後にした。
 彼が立ち去るのを見届けたオスカーは、先に行った一行を追うために、館を後にした。

 

まえに          つづく