「俺は今まで自分の情けなさをこれほどまでに痛感したことはなかった。」
「そんな・・・!」
 抗議しようとしたアンジェリークをオスカーは遮った。
「陛下の剣を自負し、強さを司る炎の守護聖。そうしていたが、今回は違った。聖地が危機にさらされ、君や陛下、俺達も捕らえられた。」
 真直ぐに前を見つめたまま、オスカーは言葉を続けた。
「俺は君の事が唯一の心配だった。自分のことはどうでも良かった。いざとなれば見張りの1人や2人、どうとでもなるからな。」
「オスカー様・・・。」
「ただ、俺の起こした行動が君を危険に晒すかもと思うと、どうしても動けなかった。そうやって、いたずらに時が過ぎ、結局俺達はコレットに助けられた。」
 オスカーの視線はまだ前を見つめたまま。まるで自分自身に言い聞かせているかのように。
「・・・最上階についた俺が見たのは、傷だらけになってもなお、陛下を庇ってあいつの前に立ち塞がる君の姿だった。」
 そこまで言うとオスカーはアンジェリークのほうに向き直り、彼女を抱きしめた。
「次元回廊をひきかえした俺が見た、君の倒れた姿。・・・一生忘れない。いや、忘れることなんか出来ない・・・。」
「オスカー様・・・。」
「俺の手に、君の血が付いていた・・・。」
 アンジェリークはオスカーの手を握り締めて、叫んだ。
「私、言ったはずです!!オスカー様を一人にはしませんって!!オスカー様、私の言ったこと、信じてくださらなかったんですか!!」
「違う!!」
 オスカーは即座に否定した。
「君が約束を違える事なんてないことは、この俺が一番よく知っている。それでも・・・怖かった・・・。」
 アンジェリークは言葉が出てこなかった。誰よりも強く、しかし誰よりも繊細な、最愛の男性(ひと)。
「今まで、命の危機を感じた事だってある。実際戦闘中に気が付いたら後ろに敵がいた、なんて事だってたくさんあった。・・・だが俺は不思議と恐怖を感じたことはなかったんだ。」
「何故?怖くなかったんですか・・・?」
 アンジェリークの問いにオスカーは笑って答えた。
「例え戦いで命を落としても、それが俺に課せられた定めなら、受け入れるって思っていたからな・・・。俺の生まれた惑星ではそういう生き方こそが一番だっていう考えだったんだ・・・。」
「そんな・・・。」
  アンジェリークはオスカーの手を握ったまま、動けなかった。

「だが、君が目の前で、俺の手からすり抜けてしまうかもしれない。君の魂が飛び立ってしまうかもしれない。・・・堪らなく、怖かった。君が誓いを破るはずなんかないと解かっていても、だ。」


「アイツが虚空の城に向かう前の日のこと、覚えてる?」
 リュミエールの館をオリヴィエが訪れたのは、アンジェリークがオスカーと話している、そのときだった。
「ええ。ジュリアス様がオスカーのいないのを心配されたんですよね。」
 ワインを酌み交わしながらリュミエールが言葉を引き継いだ。
「あの時さ、アイツ、震えてたんだよね・・・。」
「ええ・・・。驚きました。彼が、なんて・・・。」
「お子様連中は気付いてなかったみたいだけどさ。」
 いいながらオリヴィエは脚を組替えた。
「右手が震えてんのに気付いてさ、左手で押さえんだよね。」
「ですが、その押さえた左手が震えるんです・・・。本当に微かだったんですが。」
 二人は顔を見合わせた。
「・・・アタシさ、よくオスカーと任務一緒になるんだよね。そん時に武者震い、ってのは見たことあったんだけど。」
「全く別ですからね・・・。」
「・・・アンジェのことだろうとは思ったんだ。でも、アイツの瞳は揺るぎなかった。心配ないんだろうと思った。」
 オリヴィエがそこまで言うと、ずっとワイングラスを眺めていたリュミエールが微かに微笑んだ。
「あの時、オスカーの剣が鞘から少し外れていたのをご存知ですか?」
「え?嘘・・・。全然気付かなかったわ。」
「だから彼女は心配ないと、私は思ったのです。」
 リュミエールはワインに口をつけた。
「何で、鞘から外れてて、アンジェが心配ない訳?」
 オリヴィエの問いは最もだ。
「剣の誓い、です。」
「あっ・・・。」
 二人は顔を見合わせて、笑った。
「そっか、そっか・・・。じゃあ、全く問題なかったんだ。」
「そうです。彼の惑星に伝わる誓い。『剣に口付けて行った誓いはたとえ何があっても、命を違えてでも守らなければならない、聖なる約束』・・・ならば、大丈夫ですからね。」
「アンジェ、約束破ったりするコじゃないからね。・・・あ〜あ、アタシも恋愛したいわ。」
「おやおや・・・。」

 彼らは再びワインを酌み交わした。

 


まえに          つづく