『闇、あるいは光』



「行くよ、グーフィー」

 ドナルドがきっぱりとした口調でそう告げると、案の定グーフィーは困惑しきった顔で、こちらと俯いたまま動かないソラを見つめていた。
 行方知れずとなった王様を捜す手がかりとして、二人は『鍵』を持つ者であるソラとともに行動してきた。が、『鍵』が選んだのは彼ではなかった以上、『鍵』の本来の持ち主と共へ行くのは当然ともいえた。

「……でも」
「いいから!」

 短い間とはいえ、ソラとともに過ごした時間を思えば、彼を置いていくことは裏切り行為のようにも思えた。心のどこかへ突き刺さる罪悪感を紛らわすように、ドナルドは苛立った声を上げた。
 一方『鍵』を手に入れたリクは、さっさと遙か前方に見える城へと向かい、二人は慌てて彼を追いかけなければならなかった。
 ドナルドはもう後ろを振り向かなかった。グーフィーは何度も気遣わしげな視線を背後に、おそらく未だぴくりとも動かずに俯いているだろうソラに投げかけていたが、彼は逆巻く滝がおこすわずかな風に栗色の髪を揺らすだけだった。
 黄昏時のような真っ赤な空の果てで、その内に虚無を抱く城は薄く赤みを帯びて、まるで生き物のように輝いていた――


 ホロウバスティオン。
 虚ろの名を冠された城の、闇に沈む長い廊下に三人の姿があった。
 先を進むリクは、その後ろからドナルドとグーフィーの二人がついてくることなど眼中に無い様子で、ただ黙々と歩を進めている。城の内部はことごとく入り組んでいたが、彼は全く迷う様子もなく奥へ奥へと進んでゆく。風を切るたび規則的に揺れる彼の銀の髪を見つめながら、ドナルドはふと先程彼がソラに向かって言った言葉を思い出していた。

 ――俺達はいつも、同じものを奪い合っていたよな。

 うずくまるソラを見下ろす彼の視線に、わずかな侮蔑の色を見つけて、ドナルドは複雑な心境だった。
 ここに至るまでに、ドナルドは何度かソラから彼や彼の親友達が共に過ごしたという小さな島でのことを聞いていた。島でのことを語るソラの顔はとても楽しそうで、彼の思い出が確かに幸せなものだったのだろうと容易に想像できた。――だが。
 同じ島で、同じ時を過ごした彼の親友にとっては、それはただ楽しいだけの思い出ではなかったのだろう。
 小さな島で起こった様々な出来事を、おもしろおかしく話してきかせるソラの、ただ無邪気な笑顔を思い出して、ドナルドはそっと目を伏せた。
 あの子は、あれからどうしただろう。
 怒っているだろうか。あっさりと自分を見限り、置いていった自分たちのことを。
 ここにくるまで、あの忌まわしい影達の姿はなかった。だが、まったくいないということはないはずだ。なぶるように投げ出されたあのおもちゃの木剣ひとつで、連中を相手にできるとは思えない。怪我をしているのではないか。たった一人で、きっと心細いだろう……
 止めどなくあふれ出す思考を振り切るように、かぶりを振った、その時。

「――……っっ!?」

 一瞬、何かの気配を感じて、ドナルドは反射的に振り返った。素早く愛用の杖を取り出し、魔力を込める。

「………?」
「どうしたの、ドナルド?」

 後ろを歩いていたグーフィーが、不思議そうに声をかけてくる。気配はもうとうに消え失せ、廊下のそこかしこには闇がわだかまっているだけだ。

「グーフィー、今……」

 言いかけて、ドナルドは言葉を止めた。自分が気付いた気配に、グーフィーが気付かなかったはずがない。この一見のほほんとした相棒は、そういったことに関してはエキスパートだ。盾一つで敵を屠る実力は伊達ではない。

「……なんでもない」

 何か言いたげな相棒に無理に笑いかけて、彼は再び前を向いた。先を歩くリクの背中は、薄暗い闇に紛れ始めている。後ろの二人の会話なぞはなから聞いてもいないらしい。
 細く長い窓から差し込む光はわずかに足下を浮かび上がらせるだけで、廊下の大半は暗い虚無の中にある。長い廊下は両開きの扉の前で終わっていて、途中で立ち往生している二人のことなどかまわず突き当たりへとやってきたリクは、一見重たそうにもみえる扉を軽々と開けて中へ入っていった。
 扉の向こうは廊下よりは明るいらしく、あえかな光が申し訳程度に廊下の闇を割いてあらわれた。

「………ドナルド?」

 立ちすくんだままじっと前方を睨みつけている彼に、グーフィーはそっと声を掛けた。彼が考え事をしているときに迂闊に声を掛けるのは得策ではないが、このままではリクとはぐれてしまうかもしれない。

「……いこう」

 なにかを振り払うように頭をふると、ドナルドは慣性に従って少しずつ閉まり始めた扉に向かって走り出した。
 わずかな光の中へ。
 暗き闇の淵より。


END
2003/01/20