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そびえ立つ不気味な城の手前には、なにやらちいさな集落ができていた。 徒歩で少しずつ近づくにつれ、それらはほとんどが簡易テントのたぐいばかりであることが見てとれた。そして、そのまわりでうごめく無数の人影も。 集まっているのは、魔法学園の学生達と、花人達がほとんどのようだった。学生達はなにやら得体の知れない器機をそこらに広げ、何かの実験を行っているようだった。花人達は、その手伝いをしているのかもしれない。 なんにしろ、とギルはそっと隣を窺いため息を漏らした。 隣を歩くラルクの表情は、目に見えて不機嫌になっていた。 『紫紺の亡霊』
「課外授業?」 「そうッス。今日の夕方までに、ここにあるものを使って課題をクリアしないといけないんスよ」 集落、とは言ってみたものの実際にはテントの数は数えるほどしかなかったが、小さなそれらが肩を寄せ合うようにして並んでいる。その真ん中で謎の実験機器を前にした学生に声をかけると、そんな返事が返ってきた。 「……こんなところで?」 「課題なんだからしゃーないッスよ……」 彼等の背後に佇むものを見上げ、呟いたギルの言葉に、その学生は泣きそうな声で答えた。 彼等からやや離れた位置で、腕組みしたラルクが睨みつける視線の先、そこには。 「骨の城、ね」 ギルがぽつりと零した言葉通り、巨大な骨で出来た奇妙な城が、不気味な沈黙をまとってそこに存在していた。 巨大な骨の城への唯一の侵入口は、巨大な竜の頭蓋骨だった。まばらに生える下草は、その竜が遺骸となってもなおその巨体から逃れようとするかのように、周囲にぽかりと奇妙な空間をのぞかせている。 ちょうど城門前の広場のようになっている場所にも、学生や花人達の姿があった。彼等は思い思いの場所に座って、なにやら捜しているようだった。おそらく、実験に使う材料を捜しているのだろう。 学生達の手伝いをしているらしい花人達は、彼等がリアクションに困るような妙なものばかり掘り返してきているようで、「これとかどうかな〜」「何スかそれ!?何なんスか!!?やめてこっち持ってこないでー!!」などと、はたで見ている分には微笑ましい(?)やりとりを交わしている。 賑やかな彼等を横目にみながら――とはいえ実際に見ていたのはギルの方で、ラルクは目もくれなかったのだが――二人は、城の門……巨大なドラゴンの頭蓋骨の前へ立った。 「閉まってる……ねぇ」 「結界か。小癪な」 人1人余裕で飲み込めそうな竜の顎はしかし、ぴったりと閉じて来訪者を拒んでいる。古びて黄色くなった骨をしげしげと見つめ、ペタペタと叩きながら見たままを告げると、ラルクはふんと鼻を鳴らした。 「おそらく、このあたりに門番がいるはずだ」 そいつを始末すれば、と辺りに鋭い視線をめぐらせるラルクとはどこまでも正反対に、ギルはのんびりと背後をふり返ると、 「……意外な伏線、とかだったりして」 「これとかいい感じ〜」「うおおおそれはもしや幻のぉぉぉーっっ!!?」「いいから真面目にやろうよー……」もはや飽きてきたのか、なにやら妙なコントを始めている花人&学生達を指さした。 だが、ラルクはそれきり口を開かなかった。 したたか打ち付けた腰のあたりをさすり、ギルは顔をしかめた。 骨の城、城内。紆余曲折の後、門番をはり倒して二人は中へと侵入を果たしていた。だが、入ってすぐのところに仕掛けられていたらしい罠にまんまとはまってしまったのだ。ラルクとはぐれたばかりか、どうやら地下へと叩き落されたらしい。 「あいつ、結構アホだよな」 こーんなわっかりやすい罠にはまるなんて。 本人が聞いていれば即座に斧の制裁が加えられるところだが、今はギル一人だ。辺りには不気味なまでの沈黙に閉ざされているが、そんなことはかまわず、ここぞとばかりにぐちぐちといいたい放題である。 見回してみれば、そこは先程までいた1階のエントランスホールに似たつくりだった。違う点といえば、ラルクがうっかり作動させたトラップのスイッチがないことくらいか。 城は、骨だけの外観を思い切り裏切った複雑な構造になっているようだった。内側はほぼ石造りで、そこらじゅうに散らばった無数の骨がなければ、普通の城といっても差し支えないだろう。 とにかく、いったんラルクと合流しなくてはならない。どこにいるのか見当もつかないが、自分と同じく地下へ落とされたことは確かなはずだ。 落ちていた帽子を拾ってかぶりなおすと、ギルはたまりかねたように息を吐いた。 「なああんた、いつまで覗いてる気だ?」 呟きとともに向けた視線の先で、動揺の気配が広がる。ギルはもう一度息を吐きながら、続けた。 「俺に用があるんだろ?わざわざこんなところに呼びよせたりしてよ」 トラップが作動した直後、ギルは自分が別の場所へ転送させられていることに気付いた。それはこの城のトラップのひとつではない、とすぐに悟った。 そうしてわざわざ自分だけをこの場所へ連れてきた。だというのに、その相手は気配を絶って隠れているだけなのだ。 「……気付かれていたとはな」 「よっく言うぜ」 最初からそのつもりだろうに、という言葉の後半は飲み込んで、ギルは柱の影から現れた人影をじっくりと見据えた。 潜ませた殺気をもはや隠すことなくぶつけてくる人物。それは、白い毛並みの獣人だった。 「次は、森だ」 「へいへい」 半壊した骨の城をあとにして、休む間もなく二人は次なる標的の元へと向かう。そこで、最後のはずだ。 「なあ」 疲れた様子など微塵も見せず、先を歩くラルクに、ギルはふと声をかけた。 返ってきた沈黙を返答代わりに、先を続ける。 「あんたは、なんであいつに……ティアマットに、従ってんだ?」 「……願いを、かなえるためだ」 てっきりお前には関係ない、とか言われるかと思っていたが、返事は存外にもあっさりと返ってきた。 「願い」 「そうだ」 「どんな?」 「……」 ラルクは、それきりまた押し黙った。 「さっきな、あの城の中で」 再び口を開いたのは、やはりギルのほうだった。ラルクの背中に薄い視線を投げ掛けながら、独り言のように告げる。 「シエラ、っていう白い毛並みの獣人に会った」 ラルクの背中が、かすか揺れたように見えたのは、気のせいだろうか? 「まあ会ったっていうか殺されかけたっていうか」 「……それが、どうした」 「殺されちゃかなわんからな。そいつを殺した。返り討ちにしてやったよ」 こともなげにさらりと吐き出された言葉に、ラルクは今度こそはっきりと反応した。驚愕をのせて振り向いた彼に、ギルは優しく穏やかで、冷たい微笑みを向けた。 「ウッソぴょ〜〜〜ん」 無言で斧を振り上げ追いかけてくるラルクから逃げ回りながら、ギルはケタケタとやや下品な笑い声を上げた。
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