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『暗い海』 バンエルティア号の甲板で、メルディはそっと息を吐いた。 航海は今日も順調。あと数日もすれば次の目的地へ―――セイファートキーの光が示す、セイファートの試練の場所へとたどり着くことができるだろう。 (その試練っていうの?受けてやろうじゃねぇか) いつもめんどくさくてしょうがない、とでもいいたげな彼が、だらけた表情を引き締めてガレノスに向かって言った。その言葉に嬉しくなりながらも、同時に申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。 もともと何の関係もないはずの彼等を、無理矢理こちらの都合に巻き込ませたのは自分だ。たまたま一番最初に会ったから、たまたま彼が「力」を持っていたから。こじつけにも似た理由をつけて、そこから目を逸らすのは簡単だ。さして広くない甲板の上、そっと座り込んでメルディは強くおのれの両腕を抱いた。 彼にみずからの内に眠る「力」の自覚がなかったころには思いもしなかった。裡に眠るあまりにも強烈なそれ。自覚し、制御を覚え始めた彼から、その一端が零れ始めた。 フィブリル。彼の裡にある強烈なひかり。 自分の裡にあるそれとは正反対の激しい力に、強く反発しながらも惹かれている。強力なひかりにちっぽけな闇は削り落とされていくばかりで、それがわかっていても止めようがない。 握り締めた両手が震えだす。大丈夫、まだ大丈夫。根拠のない言葉を呪文のように何度も何度も繰り返した。 「大丈夫…メルディは、まだ壊れないよ……」 「リッド?……なにやってんの?」 「な、なななな、なんだ、ファラか」 声をかけた瞬間ぎくしゃくと奇妙な踊りをはじめた幼なじみに、ファラはかなり訝しげな顔をした。たしか風にあたってくると言っていたはずなのに、何故か甲板へ通じるはしごの下で立ち尽くしていたリッドは、なんでもないと両手と頭をぶんぶん振り回している。 「…まいっか。ね、それよりメルディ見なかった?」 「え?あ?いや…どうかしたのか?」 この際挙動不審な彼のことはさておいて、今はまず気がかりを片付ける方が先だ。ファラが先ほどから探している少女の名を口にすると、リッドはまだ動揺から立ち直りきれない顔で聞き返してきた。 「んー、どうしたっていうか、メルディ、ここんとこなんだか元気ないでしょ?本人はなんでもないって言うけど、ちょっと気になって……どしたの?」 「ん、いや」 ファラの言葉に、何事か考え込むようにじっとはしごの上を見つめていたリッドは、やがて振り向くとしごく真面目な顔で言った。 「なあファラ、腹減った」 「…あのね」 なにか心当たりがあるのか、と黙って待っていたファラは、思わず膝が砕けそうになるのをこらえてため息をついた。ふざけないでと言いかけて、はたと気付いた。 メルディがどこにいるのか。 「リッド、メルディは…」 「だからさ、何か作ってくれよ。な?」 いまは、そっとしておいたほうがいい。 「……そうだね」 はしごの頭上には、鉛色の空がある。ここからは分からないが、遮るもののない甲板では、風がごうごうと唸りをあげているはずだ。 「ちょっと早いけど、夕食作ろっか。あったかいシチューがいいかな?」 「おおーいいなそれ。それでいこうそれで」 早速よだれを垂らしそうなリッドに苦笑しながら、二人はそっとはしごの下を離れた。 冷たい甲板から降りてきた彼女を、暖かい食事と笑顔で迎えるために。
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