苦笑いの気配とともに、骨ばった大きな手のひらが降りてくる。
 まるで小さな子供にするように頭を撫でられて、ロイドは照れくささを隠すように「子ども扱いすんなよ」と言った。

「ジーニアスじゃあるまいし」

 なるべく小さな声で呟いたつもりだったのに、すぐさま横合いから抗議の声が飛んできた。こういう時にはいつも以上に頭の回る幼なじみの少年に口で勝てるわけもなく、あとは結局、いつものようなたわいもない言い合いになる。
 鳶色の髪の傭兵が、それをどこか懐かしむように見つめていた。


『ぬくもり』


 いつかと同じように頭を撫でられて、ロイドはまたか、と嘆息した。まるっきり小さな子供をあやすようなそのしぐさに、いつかと同じように子ども扱いするなと抗議の声をあげかけて、ふと口をつぐむ。

(……そうか)

 子供なのだ。
 唐突に理解して、ロイドは目の前の男の顔を覗き込んだ。自分とよく似た鳶色の髪と、同系色の瞳。傭兵を名乗っていた男が自分の実の父親だと知らされたのは、つい最近だ。
 ロイドの17年の記憶の中に、男の顔はない。実の両親と生き別れになったのは14年も前のことで、当時3歳だったロイドにそのころの記憶などないに等しかった。
 育ち盛りの子供にとって、14年という歳月はあまりにも長い。だがそれは、目の前の男にとってはさしたる時間ではなかっただろう。ましてや、彼は4000年以上を生きた天使だ。それこそ、瞬きをする程度のものだったはずだ。
 だからこそ、彼の記憶の中の自分は、3歳のころのまま、止まっているのだろう。
 幼くかよわい、ただ庇護されるだけの小さな子供。それが彼が最後に見た、息子の姿だったから。
 時間の流れは残酷なものだとつくづく思うのは、たとえばこういうときだ。月日はあっという間に遠い過去へ流れ去り、けしてとどまることはない。あれから自分は手足もすっかり伸びて、随分大きくなった。剣の腕だって、かつてはまったく歯が立たなかった彼を打ち負かすほどに強くなった。でも、彼の中で彼の息子はいまだ3歳児のままなのだろうか。
 いや。この先もずっと、それは変わらないのかもしれない。自分が彼の息子である以上、彼にとってはいつまでも「子供」なのだから。
 あまり長い間見つめ続けていたせいか、男の瞳に疑問が混じり始めていることに気付いて、ロイドはなんでもないと呟いた。

(ま、今回だけな)

 今回だけは、おとなしく撫でられてやろう。
 やや不思議そうな表情の父親に笑いかけると、その大きな手のひらが頬へゆっくりと降りてきた。その優しいぬくもりに、ロイドはそっと目を閉じた。


END
2003/11/02