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『over』
あの山を越えれば、海が見える。 少年は歩き続けていた。強い日差しを浴びてむせかえる緑の匂いが、荒い息を吐く喉にからみつく。 あの山を越えれば――― 連なる山々の向こうに、海が広がっているのだと、そう聞かされたのはいつのことだっただろう。その日から、少年は強く願うようになった。 いつかあの山を越えて、海を見に行くんだ。 されどどれほど山を越えようとも谷を渡ろうとも、目の前に広がる青い海はない。 坂道を下り、急な傾斜を歯を食いしばって登りきっても、その先にはさらに連なる山の群れ。 それでも少年は歩き続ける。 尾根を越えて、その向こうへ。 さらにその向こうへ。 「……結局、海なんざないのさ」 いつもは軽薄な笑みばかりをたたえる整った顔に、今は優しい微笑みを浮かべてゼロスは言う。 「どんだけ歩いたって海なんざありゃしない」 どれだけ逃げてもこの世界から逃れることなどできはしない。 死を迎えない限りは。 ただ優しいばかりのゼロスの微笑は、他のどんなそれよりも冷酷で、そして悲しいばかりの虚偽に満ちていることを、ロイドは知っている。 終わりなどない。 果てなどない。 その先に希望など、 理想の楽園などありはしない。 海は、見えない…… 「でもさ」 静かな笑顔をまともに見つめ、ロイドはふと思いついたように口を開いた。 「それって、道間違えてるだけじゃねーのか?」
END |