「ぜぇ……はぁ……」 オーエドはベッドに横たわっていた。その顔は赤らみ、呼吸も平時より荒い。血走った目が病人特有の凄みを演出していた。 ピピッと電子音を発した体温計をシエルは受け取り、表示を読み上げる。 「えっと……37度5分」 「くっ、そんな数字がなんだ。私にはやらねばならないことがっ……げふげふ」 「お父さん、無理しちゃダメだよ!」 「はぁ……はぁ……わたしはやるぞぉ……げふげふ」 並々ならない決意を表しながらも、次第にまぶたは閉じていく。オーエドが寝息を立て始めるのを確認すると、シエルはようやく胸をなで下ろした。 オーエドの病気は単なる風邪、されど風邪である。先ほど、町の病院で注射をしてきたばかりだ。これで安静にしていれば快方へ向かうのだが……。 「……教授、おやすみになったのね」 サエキが静かに部屋へ入ってきた。サエキはオーエドを追ってダイヤスペースへやってきた女性で、彼の助手を務めている。師弟以上の感情をオーエドに抱き、アプローチを試みているようだが、鈍感なオーエドは全く気付いていない。 サエキと看病を交代すると、シエルはリビングルームへ向かう。食堂とは別に設けられた憩いの間である。リラックスできるように緑が多く配され、家具も暖色でまとめられている。また、キッチンも備え付けられており、簡単な食事を作ることも可能だ。 「あ、お疲れシエル」 サキの屈託のない笑顔が、シエルを迎える。この少女が及ぼす影響力はとてつもなく、時には場の雰囲気さえも変えてしまう。現にサキの笑顔は、シエルが引きずっていた疲労感を吹き飛ばしていた。これは一種の特殊能力と言える。 「教授の具合、どう?」 「まだ熱が下がらないんだ。それなのに、ドロイド作るって利かないし……」 「筋金入りに頑固な人だからな。ほい」 カイトがコーヒーの入ったマグカップを渡しながら言う。 「いただきます……」 シエルは両手で包み込むようにカップを持ち、一口すする。猫舌のシエルのため、適度に熱を冷ましているあたり、カイトの細やかさと言うか思いやりが感じられる。ちなみにサキならば、煮えたぎるコーヒーを差し出していることだろう。 「教授とシエルって、頑固という点じゃ、本当の親子みたいだよねー」 「同感だ」 「うっ、ボクってそんなに頑固なのかな……」 「そういえば、前から気になってたんだけど、二人はどうして親子なの? 教授は地球人で、シエルはダイヤスペースの子でしょ」 「お前なぁ、そういうのは面と向かって聞くことじゃないだろうが」 「そう? でも変に気を遣うよりは良いでしょう。ね、シエル?」 うなずくシエル。そして、ゆっくりと語り始める。 「ボクとお父さんが出会ったのは、ずっとずっと前のこと……」 どうしてなのか分からないけど、ボクは一人で町を歩いていたんだ。それより前のことは、ぜんぜん覚えていない。 何人もの人とすれ違ったけれど、みんなボクに気付かないみたいだった。寂しくて、不安で堪らなくなって思いっきり走った。そして、ぶつかったのがお父さんだったんだ。 直感って言うのかな。この人に付いて行かなきゃって思って、お父さんの白衣をぎゅって掴んだの。お父さんは困った顔をしていたけれど、こう言ってくれた。 「一緒に行こうか?」 これは後から知ったんだけど、お父さんはダイヤスペースに来たばかりだったんだ。そう、二人とも迷子だったんだね。歩いている内に空は曇って、雨が降ってきて、雨宿りするために駆け込んだのが、お祖父さん――アムルガウさんの整備工場。 お祖父さんは、熱を出していたボクを看病してくれた上に、お父さんの仕事先まで探してくれて……。もしも、違う場所へ駆け込んでいたら、今のボクたちは無かったかも知れない。 でね、親子になる前に、もう一つ事件があったんだ。 ボクの本当の両親は結局分からなくて、里親を探そうって話になったんだ。ちょうど、お父さんは仕事で忙しくて、家に帰ってこれない日があるくらいだった。もちろん、ボクは反対したよ。でも、こうすることが一番良いんだって、ほとんど無理矢理に連れて行かれて……。 それでも、やっぱり離れたくなかったから、その日の内に抜け出しちゃった。夕暮れの道を歩いて、時々迷いながら。すっかり暗くなった頃に家に着いたよ。お父さんにはたっぷりと怒られたけれど……。 「仕方ないな」 口ではそう言っていたけれど、とっても優しい目をしてた。ちゃんと今でも覚えている……。 「……この後、ボクたちは正式に『親子』になったんだ」 「へー、良いところあるんだ、教授。変人だけど」 サキの頭を小突きながら、カイトは言う。 「一つ分かったことがある」 「え?」 「シエルの頑固も筋金入りだってこと」 「……自覚しました」 『みんな、大変よ!』 スピーカーから発せられたサエキの声が、三人の談笑に割り込んだ。 『教授が逃げたわ!』 「お父さん、寝ていたんじゃないの!?」 『狸寝入りだったようね。油断した私がうかつだったわ!』 「とにかく、手分けして探そう。俺は第一ブロック、サキとシエルは第三ブロックだ」 「OK!」 廊下を駆けながらサキは、シエルに呼びかける。 「それにしてもシエルたち、本当の親子みたいだね!?」 「うん。ボクたち、親子だから!!」 |