剣の下の王座

 初めは嘘だと思った。

「どんな戦であれ、慢心は死につながる。」
 父様はいつもそういっていた。

 だからこそ、この小さな反乱でさえ両親は出立前に私に会いに来たのだし。私も二人のために守り紐を編んで渡した。
 しかし…今回の相手は正規の軍隊ではない。戦いに明け暮れた野党や山賊たちでもない。
 『クッションの上で悪魔を縛る女』サティーンと『天眼師』とまで呼ばれたその夫である軍師オネストの二人だもの、たかが農民達の反乱くらいで…と私は踏んでいたのだ。
 それが…

『オネスト様が反乱軍に寝返られ、サティーン様に切られました。そのときの傷がもとで、サティーン様も陣中で…』

 家令のべレッティオは、最後まで言い切ることが出来なかった…
 師匠のベイレンが気を利かせてベレッティオと二人だけにしてくれたのは幸いだった。

 父様が母様に切られた?父様が寝返って?父様が母様を裏切ったというのか?それは…ありえないことだ。

「お嬢様、私は戻らなければなりません。実は…坊ちゃまが…ヴォルディアスさまの行方が知れないのです。」
「なに?」
「ヴォルディアス様はロット家の方々と右翼におりましたが、そこが混戦に巻き込まれまして…ただ、此度の戦は一段落しましたが…死者、負傷者の中に坊ちゃまのお姿がなく…」

 ベレッティオ…年をとったな…祖父のいなかった私達にとってベレッティオは大切なお爺様のようなものだった…父様も一目置いていたのだっけ…

「こちらにはシモーネを寄こしますゆえ」
「いや…いい」
「ディルディオネ様…」
「家も大変であろう。シモーネを寄こすとは…ロベルトとマリオは?」
「…」
「そうか…。私はいい、ここにいれば安全だし。貴族院からの沙汰があるまでは居場所を変えてはまずいだろう?」
「…お嬢様。さぞお辛いでしょうに…若き日のお母様のようでございますな。ご立派に…」
「お前にも迷惑をかける。家のほうはビノットとアルバロがいれば何とかなろう。必ず兄様を見つけ出しておくれ。」
「はい。では、これにて発たせていただきます。」
「うん。…爺。」
「は?」
「どのようなことになっても、早まった真似だけはしてくれるな。この上…」
「…こうみえて、爺はそう柔ではございませんぞ。お嬢様。よき光が共にありますように。」
「うん。よき光が共にありますよう…」

 ……
 ……
 ……
 ……

 結局兄様は見つからなかった。

 半年後の沙汰。
 私は騎士となり、第20代シューリヒト家当主になることになった。

 同時に私に与えられた使命。
 それは行方不明の兄様を探すこと。
 期間は7年。
 この混沌とした世界の中で一人の人間を探すのに7年とは。

 やはり貴族院の圧力か、シューリヒト家は消されるということだ。
 どうしてこうも王室は北部貴族に厳しいのだろう。北部一斉蜂起などもう百年も前の事件だというのに…

 クエストを拒否することはできない。
 そんなことをすれば、街ごと攻められる。
 2年後には瓦礫の山。10年後にはトルテブルクという街のことすら人々の記憶からなくなるだろう。
 あのオレンジ色の瓦の続く街並みに王室騎士団の連中が火をつけて回る光景が目に浮かぶ。それだけは避けなくてはいけない。私はあの小さな街が好きなのだし。

 物は考え様だ。逆に言えば7年間は生かしておいてもらえるということ。
 できるだけのことはやってみよう。
 行商人達と職人のギルドも手を貸してくれるというし。

 母様もおばあ様もこんな悩みの中で生きていたのかしら。
 のしかかる責任。報酬は領主であるという小さな満足だけしかないというのに、二人の女傑はそんな表情は微塵も出さなかったな。私はその域にまでたどり着けるのだろうか。

 ふと、私は父様に兄弟で館内の古い部屋に連れて行かれたことを思い出した…

「二人ともよくご覧。あそこに天井から一本の細い糸で大きな剣をつるしておいた、その真下に椅子がある。あそこに座ってごらん?」
「糸は切れないの?」
「切れるかもしれないし、切れないかもしれない。魔力を込めた糸じゃないんだから、いつかは切れるさ。」
「やだなぁ、危ないよ。」
「私も嫌。」
「そうだね、普通はみんな嫌がる。でもね、どちらかがあの椅子に座らないといけない。お前たちの二人ともあそこに座るのがいやだったとしたら、国の民達にどんな不幸がおきるかしれない。」
「死んじゃうの?」
「うん。」
「でも糸が切れたら危ないでしょ。」
「あの椅子にはね、お前達のうちどちらかは座らないといけない。
 あの椅子は領主の座だ。そこに座るものは大きな権利と義務、そしてそれ以上の責任を持つことになる。人々を治めるということはそういうことだよ。
 その身をかけて事に望み、いつも死の恐怖を身近に感じていなくてはならないんだ。そして、その恐怖に打ち勝つだけの勇気と信念がなければ、あの椅子に座ってはならない。」

 父様はそういうと私と兄様を抱きしめてこう言った。

「いいかい、僕のかわいいおチビさん達。これから、自分が貴族であるということに迷ったり疑問を感じたりした時には、いつでもこの部屋に来なさい。そして自分に聞いてみるがいい。自分にはあの椅子に座る覚悟があるか…と。
 はっはっは。二人ともわからないという顔をしているね。まだお前たちには早かったかな。
 でも今日の日の事を覚えておくんだよ。いつか決断の時が来ることになる。いつか…」

 …いつか決断の時が来る。いつか、決断の…時が。
 そう。
 父様。私、あの部屋に行ってみます。
 そして椅子に座ってみましょう。

 どうか、私に勇気をおあたえください…

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