疥王の街
| 「町の北のはずれのスラム街にある赤い橋のふもとに、気違い坊主がいる。奴がそんなことを話していたぜ。」 鍛冶ギルドがこの街での短期の仕事として紹介してくれた銀細工の店、そこに毎日顔を見せる男がいた。 ギド・パンチネロ。 遺跡狙いのスカウト。本人が言うには腕は立つらしい。 軽くウェーブのかかった髪に涼しげな目元。いわゆる「いい男」という奴だ。ただし、好みじゃない。 こいつがほぼ毎日声をかけてくる。たぶん、彼の誘いに毎日のっていたら、毎晩豪勢な食事ができたことだろう しかし幸運なことに…彼にとっては不幸なことに…私は彼に付き合っている暇はなかった。 店に来る娘達は勿体ながっていたが、彼女達だってギドの女たらしぶりは耳にしている。 「なあ、ディルド。俺たち知り合ってそろそろ一月じゃないか、食事くらい付き合ってくれてもいいだろ?」 「残念ね、二ヶ月前この町にきた時に門番のベアじいさんと知り合いになったけど、まだ食事にいってないの。」 店はそこそこ繁盛してきた。 バランス系の親方の作る作品は、派手さはないがその質の高さは折り紙付だった。でも、こんな平和な地方じゃ、品質よりも見た目の華麗さが売れ行きに影響する。 私の作る装飾品は、親方の娘の口コミもあって小さなブームになっていた。 まず娘たちの心をつかむ、彼女たちが自分の恋人にお守りとして送るのにちょうどよいもの…そう、男の人向けのリングやピアスなんかに、ちょっと精神系の念を込めたものを作る。 1割の人間が念に気づいてくれればもうけものだ。個別の交渉で作品を作ってやる。そうなればあとは冒険者達の間で話が広がっていく。 自信はあった。 精神系鍛冶職人は少ないし、私の中でくすぶる負の炎は作品に念をこめる時のエネルギーとして働いてくれもした。 あのギドだって、自分用の腕輪を買っていったほどだ。 だからなおさら、親方のあの一言はショックだった。 「ディルドさんや。このふた月ご苦労だったなぁ。あんたのおかげで店のほうも大繁盛だよ。」 「そんなことありませんよ親方。」 「いやいや。今までこの店にゃ魔法使いの皆さんしか来なかったが、このごろはお坊様や若い娘さんまで顔を出すようになったよ。 やっぱり精神系は貴重なんだな。わしのようなバランス系ははやらんよ。」 「そんなことありません。冒険者達は必要な能力を特化することもできますが、お守り代わりにアイテムを必要とする市井の方にはバランス系はありがたいものですわ。」 「そう言ってもらえるとうれしいよ。さて…ディルドさん。」 「はい。」 「何か心配事でもあるのかね。」 「は?」 「最近作品が荒れているね。」 「…え?」 「銀を甘く見ちゃいけないよ。作り手の心の動揺は一本のエッジにも顕著に出てくる。今のあんたの作品は、こんな田舎の一人親方にも分かるほど荒れている。 そういえばうちに来てもらってからまともな休みはなかったなぁ…どうだいここらで休みをとっちゃ。」 「…親方」 「あんたはいい作品を作る。このまま行けば将来のあんたの名に傷がつくものを作り出しかねん。 うちにいる限りは私が親方だ。言うことを聞いてもらうよ。出て来るのは週があけてからでいい。道具はいっさい置いて行きな。この休みの間は作品のことは考えん様にな」 「…はい…」 「ゆっくり休んでおいで。」 そういうと親方は、自分の指示で休ませるのだからといって週の給金を多めに渡してくれた。 作が荒れてきたのは気がついていた。原因は先週に仕入れたあのネタだ。 「町の北のはずれのスラム街にある赤い橋のふもとに、気違い坊主がいる。奴がそんなことを話していたぜ。」 この町に来て二ヶ月。私の胸の傷はうずきどおしだ。復讐紋が泣いている。仇は絶対にこの町にいる。 確信はあった。間違いない、その坊主が何か知っている。 私はありがたく休みをいただくことにした。そして問題解決の一番の方法を取ることにした。 その坊主に会って真相をつかむ。 次の日、私の部屋に訪問者があった。 「おはよう、ディルド。」 私は反射的に戸を閉める。 「そりゃないだろうディルド。恋人同士じゃないか?」 「誰がいつ恋人になった!」 「そういうなよ。お互いに愛し合った中じゃないか。」 あのバカ。これ以上大声で騒がれたら、この宿屋にいられなくなる。 私は戸を開けた。 「あのねぇ…」 私は口篭もる。そこには私の予想していたいつものギドはいなかった。 いつになくまじめな顔の彼。いつもとは雰囲気が違う。 「サンキュ。入るぜ、いいな。」 「変な期待してるなら…」 彼は椅子を取るとベットと反対の壁際にもっていって座った。 「北のスラムに行くんだって?」 「…?」 「惚れた女のことだ、何だって知りたくなっるってもんだろうって、嘘、嘘。そう怖い顔するなよ。酒場の親父に聞いたのさ。」 私の中で彼に対する考え方が少し変わって行くのがわかる。 この男、ただのにやけた女たらしじゃない、用心しなければ。 「…で?」 「死ぬぞ。」 「…?」 「北のスラム街を甘く見るな、あそこはただの貧民窟じゃない。あそこは疥癬王の収める自治領だ。 疥癬王ってのはこの辺の非合法ギルドの長だ。奴はこの町では大きな仕事をしない。さらに他の町のゴロツキどもがこの町に来るのを防いでいる。そう、だから街の中は平和なのさ。ここの領主も認めている。 そんなわけで、あの地区は疥癬王が領主との密約でもらったお上の手が入らない特別の場所だ。それをいいことにあそこには、存在を知られるだけでやばい奴らがゴロゴロしている。 こっちの人間が入り込んだら、スパイと判断されて消されるぞ。」 「…」 「だが方法がないわけじゃない。 あの町だって日用品なんかは自前で用意できるわけじゃない、外からモぃんだ。 おまえにネタを売った男、あの男もそうなんだが出入りの商人や職人なんかがいないわけじゃない。 それから、こっちとの連絡をするための人間とか、中の施設を利用する冒険者とかな… 俺が案内してやるよ。 遺跡で見つけたアイテムをさばくのに、あそこにはよく出入りしている。少しだが顔もきく。 暗くなると面倒だ。今から出よう。」 彼の言うことは本当だった 二つの川にはさまれた北のスラム街に渡るモグリの渡しも見つけてきたし、町の中に入っても何人かの男達は気軽に冷やかしにきた。町全体がやばい雰囲気なのは私にも感じ取れた。 「いいか、赤い橋のあたりは新参者が多い。それほど凶悪な奴らもいないが反面俺の顔もききにくい。俺がやばいと判断したら引き返すぞ。」 「ええ、いいわ。」 「それと…黒い羽の刺青をしている奴らには絶対に逆らうな。奴らは…」 「なんなの?」 「疥王警備隊といって、ここの警察兼執行人だ。」 大した悶着もなく赤い橋の近くまできた。 途中黒い羽の男達に誰何されたが、その都度ギドがうまくごまかしてくれた。 赤い橋につくと彼は私に待つように言い、僧侶の住処を探しにいった。 ほどなく彼は帰って… 「わかったぜ。行こう。」 「ええ。」 「なあ、ディルド、人それぞれに事情があるから聞かなかったんだが、その坊さんて何なんだ?」 「たいしたことないわ。知り合いの最期について話を聞きたいのよ。」 「ふぅん。」 そして後は何もいわず私を、僧侶の寝泊りしている小屋まで案内してくれる。 私たちは迷うことなく小屋に入っていった。そこには… 「自殺だな…」 粗末なベッドの上に横たわっているのは僧侶の死体だった。 彼の右手は自分の左の鎖骨から縦に刺さっている短剣の柄をしっかりとつかんでいた。 「どうする?帰るか?」 「ちょっと家捜ししてもいいかしら…」 「まあ、この街じゃ誰も気にしないだろうが、できるだけ急いでな。」 私は薄暗い小屋の中を調べ始める。 たしかに気はふれていたのかも知れないが、この男はアバドンの高位の司祭だったのだろう。 持ち物の大半は祭祀関係のものだった。 行李の中にあった礼服だけがやけにきちんとしていて、妙にもの悲しかった。 日用品らしきものは小さなテーブルの上にかけた椀がいくつかと黒い教本と薬、それに羊皮紙の束。その中に… 「あった…」 マイスターベイレン…「アバドン之欠片伍番」を所持し… "轟ッ!" 風がなって、私は誰かに突き飛ばされた。 「くそっ」 何かがこげるにおい。連続する軽い破裂音と立ち込める煙。たぶん煙幕玉だ。 「逃げるぞ。」 ギドが私の腕を取る。 「待ってメモが…」 「命が先だ!」 テーブルが炎に包まれる。ファイアボール。メモが火に包まれる。 ギドが私を入り口に引っ張る。待ってそっちには誰だか知らないけど敵が… ギドが部屋の奥に向かってナイフを投げるのと、戸口にダッシュするのは同時だった。 "苛ッ!" 部屋の奥でナイフのささる音、侵入者が音のほうを向く。 低い姿勢でダッシュしたギドの手が一閃する。 倒れこむ禿頭の大男の額に一瞬黒い羽根が見えた。 「行くぞ!」 ギドに引っ張られながらも、私の手が動いたのは単なる反射だった。 すでに部屋の中に入っていたのだろう。煙の中から突進して来た赤い髪の戦士の顔面に私の鞭がヒットする。 私の鞭は相手の動きを封じる為の巻き取り用じゃない。ダメージ優先、いわばフレイルだ。 嫌な手ごたえ。しばらくおもては歩けない顔になったわね。 うめき声を上げてうずくまるその男にも黒い羽の刺青があったのかはわからなかった。 後はどこをどう逃げたのかはわからない。気がつくと川のほとりに来ていた。 ギドが座り込む 「…川を越えれば奴らは追って来れない。泳げるか?」 「ええ私はね。でもあなたは大丈夫?」 「ああ…」 「うそ。見せなさい」 「…いや…いい。」 「いいから」 私は無理やり彼を組み伏せる。 ここまでとは思わなかった。たぶん私を突き飛ばした時にやられたのだろう。彼の背中はやけただれ、一部は炭化していた。 「…こんなに…」 「しくじったなぁ…こんな事に…なるなんて…」 「ごめんなさい。」 「はっ。俺が自分で言い出したことだ…。謝ることはない…」 走り回ったせいだろう、彼の様態は見る見る悪化していく。 「少し黙ってて、薬を手に入れて…」 「無理だ、もう日が落ちる…暗くなったら…女が一人で…歩ける所じゃ…ない」 「でも…」 「行か…ないで。お願いだ。一人にしないで…くれ」 「ギド」 「自分で惚れた女のために…死ねるなら…いい人生だったって…こと…」 「馬鹿なこと…」 「付き合いだしてまだ短いのに…お前に…見取ってもらえるなんて…」 「…もうしゃべらないで…」 「ディルド。 この腕輪な…受け取ってくれ… お前に作ってもらってから…位置認識の魔法を…つけたんだ。自分のいる場所のイメージが、頭にわくはずだ…スカウトの必需品て奴だな…俺だと思って…」 そういうと彼はあの腕輪をはずして私に持たせた。 「いいか、もう少し暗くなったら…川を泳いで…流れは速いが何とか…なるだろう。 もし…流されて…渡った先の土地勘がなくても…この腕輪が教えてくれる…はずだ…」 「わかった。」 「ディルド。」 「何?」 「手を…握ってって…くれないか…」 「…意外と、ウブなのね。」 「…惚れ直したろ?」 そこまで言うと、彼は目を閉じた。 それから一月、私はこの町を離れることになった。 「おしいねぇ。あんたみたいな職人は一箇所に腰を落ち着けたほうがいいものができるのに。まあ、いつか思いを遂げたら、ひとところに落ち着くことも考えるといい。」 「はい、ありがとうございます。親方。」 「あんたの前にいい炎がともされるようにな。」 「はい、では失礼します。」 その時店の扉が開いた。 「ディルドォ〜ひどいじゃないか、俺に何にも言わないで出て行くなんて。」 「…ギド」 「二人はいつまでも一緒と…」 「言ってないから。」 ギドはあの後すぐに意識を失った。 で、その後回復魔法をかけたというわけ。 私は精神系だから、僧侶ほどではないが回復魔法なら一通り使えるのだ。 しかし、あの時彼の傷は思いのほか深かった。決して楽観はできない状況だった。 私は高位魔法のリザレクションが使えない。あの時すぐに回復を施しても生き返る保証がなかったのは事実だ。 だから、気の済むまで語らせてあげた。 それによって思い残すことがなくなれば心の付加が取れ、回復力も増すことは知られている。 意識を失ってから、本当の死が来るまでのわずかな時間。この時間の回復が一番効果が高いのだ。 『…ディル…ド…』 『黙って!』 『…聞いて…』 『後でね、必ず治して見せるわ。』 『…ディル…』 『しぃー』 そしてあの人は死んで行った。 絶望の目で私を見ながら、自分の最期の思いも告げられずに…あんなことはもうたくさんだ。だから、語らせてあげた。 …まあ、男が自分の腕の中で死んでいくって言う心地よい雰囲気に呑まれて、回復魔法が使えるって言い出せなかったのは悪かったと思っている。 回復が終わってしばらくたった時…運がよかったのだろう、私たちを運んだ渡し守の舟がそばを通りかかったのだ。 金を多めに払って私たちを渡してもらうと、その足で彼を寺院に運び込んだ。 応急の処置がよかったのだそうだ。半月もしたらまったく普通に動けるまでに回復した。その日から店に顔を出したほどだ…タフな奴。 「あのなぁ…ディルド」 彼は町の門まで送ると言ってついてきた。 「なぁに?」 「オレが、寺院で治療を受けているときに疥癬王の使いの者が来たよ。」 「あの坊さん。アバドン教だったらしいんだ。 疥癬王はあの町での宗教活動は禁止している。組織化して対抗勢力になるのを恐れているんだな。 あの戦士と魔法使いは坊さんを暗殺するために派遣されたらしい。 俺達を見て、騒がれるくらいなら一緒に始末しようとしたんじゃないかって事だ。 本来、俺達に関しては向こうのミスだし、この件について口外しないと約束してくれれば、復讐とかはしないと言っているんだ。どうだろう?」 「…そうね…。いいわ…口外しない。約束するわ。」 「そうか、よかった。」 ギドは心底ほっとしたようだ。 「…あ、それとな、俺のその腕輪なんだが…」 彼の男物の腕輪は、私の二の腕にぴったりとはまっていた。 「ああ、これ。いいわねこれ、気に入っちゃった。さすがスカウトよね、位置認識をつけておくなんて。ありがとうギド。いただいておくわ。」 「えぇー。だってそれ俺のじゃん。」 「何よ、私にくれたんでしょ。『俺だと思って』って言ったじゃない。あなただと思ってせいぜいこき使ってあげるから、あきらめなさいな。」 「か、金まで取っておいて…」 「人聞きの悪い、お金は親方の店に払ったんでしょ。…もう、泣くなよ。ほら、代わりにこれあげるから。」 私は胸の隠しから一つの腕輪を取ると、彼に渡した。 「え?いいのか?」 「大事になさいよ。」 「ああ、ありがとう。」 「あなたの役に立つように、回復の念をこめておいたわ。小さな傷ならすぐに治るはずよ。」 「本当かい…うわっ、そりゃいいや」 いつの間にか私たちは城址門の広場まで来ていた。 「これからどうするんだ?」 「郡都まで行く隊商に入れてもらったわ。その後は、その場次第ね。」 「そうか…気をつけてな…」 「ええ、あなたも。元気でね。」 「…なあ、ディルド。実は俺…」 私はそれ以上言わせなかった。 隊商での私の立場は護衛隊の武器の管理…荷物と一緒とはいえ馬車で移動ができる身分だ。馬車には私と回復役の尼僧、商人の秘書をやっている書記官の女と薬草師。 独身女が4人集まって、しかもこの隊商の輸送品はワインとくれば… 「いいわよね、飲み放題なんて。」 「いや、飲み放題じゃないから…」 「事実上飲み放題よ、飲みきれないわよ、こんなに。」 「飲みきらないでください。一応料理用ですから…」 「料理用?この神から賜った飲み物を料理に使うなんて冒涜です。」 「いや独身女がガバガバ飲むのも冒涜かと…」 焚き火を見ながらいつもの談笑。 私は最後のギドのあっけにとられた顔を、ふと思い出して一人笑う。 まったく。キスぐらいであんなに…本ッ当にウブなんだから。 あの時、彼の言っていた事はたぶんウソだ 治療の時に彼の背中に黒い羽の刺青があったのを私は見ている。 さらにあの僧侶に刺さっていたナイフ。鎖骨から心臓を一突き。 あれは後ろから忍び寄って刺したものだ。暗殺だとしたら盗賊にしかできない芸当。たぶん実際にやったのはあの二人ではない… 彼とて私に羽を見られたことには気がついているだろう そこまでお互いわかっていて、なかった話にしようと言ってきたのだ。 疥王警備隊の中での彼の地位はわからないが、かなりのものがあるに違いない。 あの後、私や親方のところには何の被害もなかった。スラム街の王ともいわれた人物が、外の人間に子飼いの部下を二人も倒されて黙っているはずがない。おそらく、彼が止めておいてくれたのだろう。 私があの町に戻ることはたぶんない。だとしたら、彼のウソにのってあげるのもいい女というやつだ。 ただ、問題は残る。 黒い羽同士なのになぜギドも襲われたのか。なぜあの僧侶は殺されたのか。そして何よりあの僧侶が死んだ跡も、胸の痛みが… 「…消えないのよねぇ…」 「どうしたの?」 「ん?なんでもないなんでもない。」 まあ、いいだろう。今回の件はここまでにしておけ。私のカンがそう告げている。謎は時間とともに解けるだろう。 「さて、もう一度乾杯しましょうか。」 「そうね、私たちの前を過ぎていった男達のために。」 「いいわね、それ。」 …やれやれ、この不良女どもが… 「じゃ、乾杯」 「男達のために!」 「男たちのため…!」 『乾杯!』 |
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