王の洞窟
| 「こんな夜更けに、いったいどういうことかな。私は機嫌が悪いぞ。」 「王よ。ここに来るまでに思いのほか時間がかかってしまいました。まずは深夜の訪問をお詫びいたします。」 私は王に対する臣下の礼をとりながらこういった。 年老い、傷ついているとはいえ、王の威風は堂々としたものだった。 「私達はあなたに教えを請いに来たのです。 十日ほど前に、この地に一人の娘が迷い込みました。その行方はこの地の王であるあなたならご存知かと思います。」 王は黄色い目を細めてじっと私たちを見ている。そして荒い鼻息をひとつ立てるとこう言った。 「知ってどうする。」 「この男は…」 と、私は後にいる狩人のオーロを指差す。 「かの娘の婚約者でございます。月が満ちれば夫婦となる約束をしております。」 「…」 「王よ、婚姻の約束はこの者達にとって非常に重大なものなのです。人によってはその呪詛に一生縛られるものもおります。 なにとぞお教えを…」 王は不服そうに首を降ると、長いため息をついた。 「私がその娘の行方を知っているとして、なぜおまえらに教えてやらねばならん?」 「それは…王のお慈悲にすがるしか…」 「ボ、僕からも話をさせてください…」 オーロが前に出る。恐怖で声が震えているとはいえ、いい度胸だ。 「ニナがいなくなってから僕は村の周りをくまなく探しました。 僕は、毎日獲物を追って山野を歩く身です。周囲の地理には詳しい。今までも迷い童などを何回も探しました。その僕が、今回だけは見つからないのです。 もうここしか、この火吹山しかありえないんです。 僕はニナが心配です。流れの盗賊がこの辺を徘徊しているという噂も聞きますし。 うか、どうか、二ナの行方を知っているなら教えてください。」 「ならばまず山の中を探せばよかろう。なぜここに来た。」 「この山で雨露をしのげる所はここしかありません。」 「…」 王はその羽を2回振るとこう言った。 「その娘なら、私が喰った。」 「えぇっ。」 「お戯れを。エンシャントドラゴンは人など食さないではありませんか。」 「むぅ…僧よ、そこまで知っておってなぜここに来た。」 「私達は王が彼女に危害を加えたとは思っておりません。この山は王の狩場。何かお知りになりはしないかと…」 「知らん。」 王は赤い尾をくねらせながらそう言った。 終わりだ。もう何も話す事はないらしい。エンシャントドラゴンの機嫌をそこねるのはよくない、私一人ではどうこうできる相手ではないからだ。 いったん帰ろう。私がそう思った時、 「では、ニナが来るまでここにおいてください。」 「オーロ!」 「本当に…本当にここしかありえないのです。 他の場所は村のみんなも探してくれています。 ここだけは、あなたとの40年前の盟約があるので、誰も足を踏み入れられません。私だって、ディルドさんが一緒に来てくれなければ無理だったでしょう。 今、村に帰ってしまったら私はもう二度とここには来る事ができない。 お願いです、ここにおいて下さい、この場所で彼女を待ちます。」 「愚かな!」 脅すかのように王が火をはく。しかしオーロは動じない。 「おぬしの村の近くに、ふらりと帰ってくるころもあるであろう。」 「そのときは村の誰かが見つけてくれます。しかし、この山に迷い込んで、私がここにいなかったらニナはどうなるでしょう。」 「この山ではおぬしは生きて行けん」 「わかっています。私が餓えて死ぬまでの間でかまいません。どうかここにおいて下さい。 私が死んだらそのときは捨て去っていただいて結構です。」 「死んでしまえば、女に会うこともできまい。」 「ニナは食料を持ってきていません。私が餓えて死ぬころには、彼女も…」 「先に十日前と言ったな、さすればすでに死んでいるのではないかな」 「かも知れません。だとしたら私も後を追いましょう。でも、無駄に命を立つよりは、最後までニナを待っていたいのです。」 「並々ならぬ思いではあるな。だが…」 王は荒いため息を上げると、こう言った。 「おぬしら人間の言うことは信じられんな。」 「王よ、エンシャントドラゴンと人間は、太古は共存していたと聞きます。なぜに人間が信用できませんか?」 「私の脇腹に槍をつきたてたのが人間だからよの。」 王はいまいましそうに羽を振った。 「だがまあ、それは良い。その男の思いはわかった。その娘が死んだなら、自分も生きていられぬというのだな」 「は、はい。」 「では、教えてやろうではないか。」 王はそう言うと。大きな爪で器用に何かを摘み上げた。それは血にまみれた人の死体だった。 「で?」 初老の村長が私に答えを急がせる。 「やはりニナは死んでいました。あの日、雨に降られて、ドラゴンの住む洞窟に逃げ込んだようです。 そこでドラゴンを見て取り乱した。それで…」 「そうか…オーロは?」 「話を聞くと、自ら…」 「…かわいそうなことを…」 「王からの伝言です。 いかなる理由があろうと火吹山を侵してはならぬ。 此度は男の真摯な態度に免じ不問とするが、再び盟約を破れば、王は村に降り来るであろう…と」 「信用できるのかな…」 「エンシャントドラゴンは約束を違えません。私たちが愚かなことをしなければ心配はないでしょう。」 「討伐隊を頼んだほうが…」 「村長。正規軍は実害がなければ出てくれません。冒険者に頼むにしても、先立つものがなければ…」 「今のままで…ということですか」 「はっきり言って火吹山はただの荒地です。この村からは遠いし。 ドラゴンが村に来ないというのであればそのままにしておいたほうがいいでしょう。 下手に手を出して跡地にゴブリンでも住まれた日には目も当てられません。」 「今のままならモンスターどもが巣食う可能性も低いということですね。」 「きつい言い方ですが、このような辺境の地では、多少の脅威とは共存していくことも大事かと思いますが…」 「そうですね。 …村はずれに二人のことをしたためた碑でも作って、火吹山には人が近付かないようにしましょう。」 「それが賢明だと思います。」 「わかりました。お疲れ様でしたね、シスター。これから教会にお戻りになりますか?」 「ええ。正直疲れました。2.3日休ませていただいて、また旅に出るつもりです。」 「そうですか、司祭様によろしくお伝えください。」 「はい。」 「で?」 好々爺の司祭が私に答えを急がせる。 「以上です」 司祭が私の目をまっすぐに見る 「シスターディルディオーネ。あなたが最終審問の一環でここに来て5日になりますが…私は面白いことに気がつきましたよ。 あなたは、嘘をつくと鼻の頭に汗をかきますね。」 私は無意識に鼻の頭に指をやる。汗なんかかいてないじゃない?…あ! …やられた… 私はため息をつきながら目をそらす。 「お許しを司祭様。嘘です。」 「でしょうね。」 「どうして?私は嘘をつくのが上手なはずですが?」 「はははっ。それは困ったシスターだ。 でもエンシャントドラゴンが盟約を守ると言ったのはあなたでしょう。だとしたらニナが殺されるいわれはない。 それにね。彼は正当な理由がない限り、取り乱したりした程度では無闇に人を殺したりしない。」 「あぁ、確か…」 「ええ、40年前に彼と盟約を結びに行ったのは今の村長のお父様と私ですからね。」 「真実を話そうではないか。」 王はその死体を私たちのほうに掲げた。 「男よ。全てを受け入れる覚悟はあるな。」 「はい。」 「それは、先日この洞窟に来た魔法使いの亡骸だ。お前が先に言った流れの盗賊とはこやつのことであろう。 こともあろうに私の城で無礼をしおったので、成敗してくれたわ。」 「…」 「ところで、私がなぜこの地に居るかは聞いておるな?」 「傷を癒されるためとお聞きしております。」 私は村で聞いた話を思い出していた。 40年前、この火吹山に一匹のドラゴンがやってきた。それが「王」と呼ばれるこのエンシャントエルドリードラゴンだ。 王はそのときある騎士との戦いで傷を負っていた。 それまでこの山には野良ワイバーンが居たらしいのだが、王はそのワイバーンをあっさりと倒すとこの洞窟に居座った。 ドラゴンランスとして祝福された槍で受けた傷を直すのは時間がかかる。 その傷を癒すため彼は地熱の噴き出すこの地を療養の場として選んだのだが、そこに人間達がやってきた。 オーロとニナの住んでいる村の当時の村長と教会の司祭だ。 彼らはエンシャントドラゴンが知性もあり、きちんと対応すれば危険はないと知っていたため交渉にきたのだった。 時々村を襲いに来るワイバーンを倒してもらったことに感謝を述べた後、村と王との間に交わされた盟約は次のようなものだ。 「人間は火吹山を侵すべからず。王は村を襲うべからず。」 お互いに不干渉。姿を見せないという約束。それは双方にとって大変に良い条件だったといえる。 そして火吹山そのものが王の狩場として、人が立ち入ることなく40年が経った。 王の傷はまだいえない。 そして、姿の見えぬドラゴンの話は半ば伝説と化していった。 「この男だが…己の力に相当の自身があったようだな。 どこかで噂を聞きつけたのだろう。傷ついた竜風情簡単に倒せると思っていたのだな。」 「なぜ、そんなことを…」 「聞くも愚かなリ、僧よ。私等の爪も牙も皮も。相応の魔力をおびておる。ことに腑なぞ、召還のためにはかなり使うのではないかな?」 「それは…そうですが。」 「まあよい。とにかく奴は私の怒りに触れた…背中にこんなものを突き立ておったのでな。」 言われてみると王の肩に小さな短剣が刺さっている。ダンシングソードか何かで飛ばしたものだろう。 エンシャントドラゴンにそうも見事に刺さっているとなると、あの短剣にもドラゴンランスの祝福がかけられていると思ってよい。 「小癪なので豚にでも変えてやろうかと思って魔法をかけたのだが、こやつ備えはしておったようだな。僧よ。」 「はい。」 「悪意の委譲という古代魔法を知っておるかな?」 悪意の委譲。たしか、カウンターマジックの元になった古代魔法のはずだ。 「自分にかけられた魔法を単に跳ね返すのではなく、誰か別の人に身代わりになってかかってもらうというものだと記憶していますが。」 「そのとおり。 そんな技で弾かれてしまうとは、私もまだまだだが…さすれば切り裂けばいいだけのこと…こやつ、どうやら私がまったく動けないと聞いていたらしいな。」 噂の裏を取らなかったのね。バカな奴。 私はもともと自分の欲望のために無用に命をあやめようとするものにまで同情するような良い僧侶ではない。その上、自らの力を盲目的に信じて手配を怠ったものなど論外だ。 「さて、そこで、おまえも気がついていると思うが…その魔法がどこに委譲されたのか…ということだ。」 「…」 「…まさか…] 「まことにもって、災難であったと言うしかない…入ってくるがいい] 奥の暗がりから入ってきたのは…一匹のオークだった。 「…」 こんなことが起きようとは。 オークが…それでも町娘達の着るようなフリルのついた服をきちんと着ていることが、私には余計切なく思える。 「…」 オーロは声も出ない…王さえも黙ったままだ。 「…オーロ」 オークがおずおずと声をかける。 その声は美しかった娘のころのままだった。 「まあな。見た目が変わっただけで、内面は何も変わっておらん。 ありていに言えば、魔法でこう見えるというだけで、娘の本質は何も変わっておらん。それが一番…」 王が口篭もる。そう。それが一番残酷なことだろう。 「解除はできないのでしょうか?」 「悪意の委譲は、術者に起因する。いわばこれはこやつが…と魔法使いの亡骸をさして…かけた魔法なのだ。私には解除できん。」 「…ニ…ニナ」 オーロが要約口を開くのとニナが叫ぶのは一緒だった。 「殺して、オーロ。」 「ニナ?」 「私、もうあなたと暮らすことができない。こんな姿で一人じゃ、とても生きていけないわ。でも…自分で命を絶つ勇気すらないの。だから、お願い、あなたの手で私を…」 信仰とは不便なものだ。 いかなる理由があろうと自らの命をその手で絶つなど、私は許せる立場に居ない。 自らの命を自ら絶つ行為は私の信仰ではけっして許されないことなのだ。 しかし…この娘を救うのにそれ以外の方法があるというのだろうか。 もしそうだとしてもオーロが彼女に手をかけるのを黙って見過ごすことできない。 だとしたら誰が…方法はひとつしかないが… 「いや、僧よ。それはいかん。」 王が口を開く。私の考えが読まれているのか? (そう嫌がるな。おぬしらの言葉は話しにくい。) 今度は王の言葉が私の頭の中に響く。王よ、ご随意に。 (この男の代わりに娘の命を絶つという役目くらいは、私が引き受けよう。せめてもの贖罪だ。) 確かに、王のブレスなら彼女は苦しみもせず逝くことができるだろう。 だが、残されたオーロは… (それもおぬしが気を妬くことではないぞ。僧よ、おぬしは万能ではない。私もまた万能ではないように。 その小さな体でここに居る者全ての運命を引き受ける必要はない。そのことはこの男に選ばせればよいだけのことだ) しかし、オーロの死を見逃すなど私の… (おごるな!) 王が一喝する。 私は思わず身を竦ませる。 (おぬしの持つ信仰など小さなものだ。それはまた他の者に無理強いできるものではないぞ。 この二人が自ら死を選ぶというのなら私は喜んで手を貸そう。 そこにおぬしの入り込む余地はない。 おぬしは自らの信仰の持つ規範に縛られ身悶えることじゃ。 この者達の行方はこの者達が決めよう。おぬしは導くことはできても引きずることはできん。 邪魔だけは無用。) 王が宣言する。 こうなっては私には見守ることしかできない。 王の言うことは間違っていない。私達はその事実を忘れそうになる。 確かに、私達は模範になり、手を取り、導くことはできる。 しかし、悩める人とて無理に縛り付け、真理のトビラの先まで引きずることはできないのだ。幸福への歩みは本人が選ばなければならない。 (僧よ。そこで自らの無力さを見つめるがよい。世はおぬしの思いの及ぶことばかりとは限らぬ。) 心苦しいばかりの静寂。誰もその口を開かない。 「オーロ。お願い。」 二ナの目から涙があふれる。 「どうするかな、男よ。」 そして、ついにオーロは口を開いた。 「これは…あまりにも不憫すぎます…王よ…どうか…」 「何と?」 司祭が厳しい目で私を見る。事は重大な禁忌に触れるかもしれないのだ。 「オーロはこう言いました。」 「これは…あまりにも不憫すぎます…王よ…どうか…どうか、僕もオークに変えてください。」 「オーロ!」 「ニナの心が昔のニナのままだったとしたら、僕には何も望むべくはありません。 見た目がオークだというのなら、私も同じ姿になりましょう。 ニナと同じ目で見、同じ気持ちで感じたいのです。どうか私もオークに…」 「天晴れ!」 王が叫ぶ。 「その願い聞き入れよう。主のコトバが嘘でないことを私に見届けさせるため、二人とも豚の姿になり、この城で私の下僕として生涯私に尽くすことを許そう。」 「…しかし…」 「もう言うな、僧よ。矢は放たれた。」 (…村に帰るが良い。そしてこの二人をそっとしておくのだ。 何、見た目などすぐなれる。ぬしら人間の言う化け物が三人この城でむつまじく暮らすということだ…) と、オーロの姿がまばゆく光り…彼は、オークになった。 「そうですか…」 司祭の目がまたやさしさを取り戻す。 「王が心打たれて人間に戻してくれたとか、そういうことではなかったのですね。」 「残念ながら、司祭様。それならば一緒に帰ってきております。」 「確かに、世の中は物語のように都合よくは行かないものです。」 「はい」 「では二人は王の城に?」 「さいわい火吹山は荒地とはいえ、王の狩場でもありますし、生活に困ることはないでしょう。 司祭様、私としては今回の件は伏せたままにし、今後も村の人はあそこに近付かないほうがいいと思います。何しろ見た目はオークですので…」 「…大騒ぎになりますな…」 「ええ」 司祭は杯を持ったまま窓辺に向う。 窓からは大きな月が覗いていた。 「あの月を、二人も見ているのでしょうな。」 「たぶん。」 「二人のために乾杯をすることは。禁じられてはいませんかな。」 「司祭様とも思えないお言葉ですが…オークの夫妻のために杯を上げてはいけないという規範はなかったと思います。」 「では二人のために。シスターご一緒にいかがです?」 「喜んで。」 私はテーブルの自分の杯を取り、窓辺に歩んだ。 |
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