パーティーへのお誘い
| マスター君が宿舎に訪ねてきた。 「…今度な…新しいパーティーを、立ち上げようと思っている…今の…パーティーに何の不満があるというわけでもなのだがな…」 この子はいつもこうだ。何の準備もなく本題を切り出してくる。こちらの意向などお構いなし。心に無理に入ってこようとする。 あまりいないタイプだ。それが心地よい。 「…ジェラールと…俺、後はアリシアと…もう一人僧侶…ミレナが…おまえも知っていると思うが、ミレナが仲間になる…どう思う?」 どうもこうも、数ヶ月前まで私は一軍の将だったのだ。このパーティーの穴なぞ簡単にわかる。 「ミレナは侍僧?」 「…いや…回復役だ…」 大当たり。 野犬や野良ギガンテスあたりには勝てるだろう。捨て駒として各地にばら撒かれているディアスの下っ端にも勝てるかもしれない。 でも… 冒険者達を斬ることに喜びを見出し、己を磨いている者達には、おそらく…勝てまい。 「あのね…」 私はカップから、薄い紅茶を一口すすり、彼を見る。 彼らは、私に心の温かみを取り戻させてくれた恩人でもある。無駄にやられてはほしくない。 「はっきり言うとね、前衛が足りないわ。前から力押しで来る敵をとめる人がいない。アリシアは回復を手伝うの?」 「…いや、アリシアは知性系だ…」 「決定的ね。肉弾戦の専門家でもないジェラール様を一人先頭に立てて戦う。相手が魔法を使えばダメージは後の人間にもらうこともあるのよ。ジェラール様だけ回復していればいいってものじゃない。少しずつ少しずつ後手に回ってそのうち回復が追いつかなくなる。彼が突破されたら?次は?僧侶と知性系の鍛冶職人?回復と詠唱に手一杯で満足に絶えることもできない彼女達が倒れたら残っているのはあなたよ。ぺらぺらの服と杖とまじない紐を装備している、あ・な・た。 ラッシュの得意な戦士と忍び寄る盗賊、それに禁呪使いがいれば私にも勝たせる自身があるわ。 悪いことは言わない。戦士か機械兵…うぅん…最低でも打撃系の僧侶をもう一人仲間になさい。前線を厚くする必要があるわ。」 チン…カップがいい音をたてる。 きつい顔になっているのがわかる。このところいつもそうだ。 かなり分は悪いがミレナを前線に立たせるか。ジェラールとミレナでダメージの分散ができればアリシア如何によっては… …でも… マスター君とミレナの関係を知っている以上、彼女を前に出せとはいえない。 第一ミレナは性格的に前線には不向きだ。彼女とて冒険者。一通りの戦いは学んでいるし、心に芯はとおっている。しかし、戦いというものは気持ちだけで勝てるものではないのだ。 前線にいるならばそれなりの能力も持たなくてはいけない。たとえ回復の力を削っても。 しかし、パーティーは戦争のために集められた軍隊とは違う。 回復役の仕事は戦いの場だけではない。普段の生活の中でこそ回復や癒しは必要なのだ。それゆえ精神の修行を修めた僧侶が回復の役をになうことになる。いかに戦士や盗賊が回復魔法を使うことができても…だ。 彼女の性格、戦い方、考え方、容姿。全ては回復役にふさわしい。戦いには不向きでも精神の昇華をへている彼女は回復役に徹したほうがいい。その点に間違いはない。 それに、彼女を前線に出すことはジェラールも…そういえば私は頭の中では『ジェラール様』とイメージすることはない、不思議なことだが、私が頭の中でも尊称をつけるのはマスター『君』ぐらいなものだ…ジェラールも難色を示すだろう。彼はそういう人だ。 ミレナが女だから?自分が男だから?いや、そういう押し付けがましいというか、硬いことではない。ではやさしさからかと言うと、それも違う。 あえて言うなら、彼がジェラールという人物だからだろう。ジェラールはミレナに前線に出ろとは言えない。どう言ったらいいものか、うまくは説明できないが、それは私にはよくわかっている。 そこが彼の持つ心地のよい点であり、私が彼に引かれている点といっても良い。 戦は戦術の教則本のとおりには行かない。人はチェスの駒ではないのだ。そこには感情があり、戦う目的がある。 己の気持ちをだましてまで荒野をさすらう身に落ちることはない。それなら、市井で暮らせばよいことだ。 それゆえ、彼らは軍隊ではない、パーティーという旅の仲間なのだ。 「紅茶。お飲みなさいな。」 「…ああ…」 私は彼の、線の細い顔を見るともなしに見ながら考える。 アリシアが知性系というのは悪くない。いい選択だ。この前まで鍛冶職人まがいの事をしていた私にはよくわかる。 鍛冶職人が戦闘で役に立つ道は二つ。 私のように精神系ならば回復役のいないパーティーで回復役に徹することができる。後は知性を特化して魔法での攻め手となること…どの道、ダメージの分散役にはなれない。 …やはりこのパーティーは前線が弱い。せめてリーウェイ氏でもいれば…まあ、アリシア親衛隊に新婚のアリシアを守らせるのも趣味が悪いか…しかし… 「とにかく、できるだけ早めに前線を募集することね。」 「…うん…そうだな…」 しばらくの沈黙。 「…家の事だが…大変だったな…」 そうね、マスター君。でもそれはご訪問の挨拶として、一番最初に言うべきことよ。 「まあ、でも考え様だわ。家は正当な持ち主の手に渡ったし。私も自害しないですんだし。」 「…なぁ、ディルド…キルシュバルトの天宮騎士団に入ったのだろう…今度は騎士として…その…ん…その…生きていくのだろう…」 おや?っと私は思う。マスター君が口篭もった。珍しいことだ。 「そうね、後しばらく修行というか教化があって、その後は布教僧のお供かこの森の警備か。」 「…そうか…自由騎士には…なれないのか?」 「マスター君。私はエルヘブンの反逆者なのよ。自由騎士になったらそれは反逆の意思があったためと見なされるわ。後は、わかるわよね。」 当然わかるだろう。彼の家系も私の家系も同じようなものだ。貴族という名前に隠された暗黒面を知らないはずがない。 「…ああ…」 「それにね、実は騎士の修行というか訓練はあっちで済んでいるのよ。で、私の養母が僧侶の適性を調べてくれたの、そうしたらね…」 ここで一旦言葉をとめる。さあ、どう対応する?いつもの彼なら… 「…ん?僧侶の適正か…で、どうだった?」 やはりいつもと違うようだ。いつもの彼ならここは興味なさ気に短く『何だ?』というべきところ。 いつものあなたは、私といるときにそんなに答えを急がない。 「かなり偏ってるけど、適正があるみたいなのよ。神の声を聞くことはできそうにもないんだけど。カースやブレスは僧正クラスなんだって。」 「…そうか…」 「もっとも、騎士として生きてきた時間が長いから、普段は力仕事になりそうね。ちょっと信心深い騎士って…」 「あのな、ディルド。」 彼が人の言葉をさえぎる。めったにないことだ。 「…うちのパーティーに…来て…もらえないだろうか…前線で戦ってくれるおまえが…必要…なんだ…」 それはぎこちのないプロポーズ。唐突なラブコール。 こんな時でも彼は赤くなることはない。ただ、その視線だけが落ち着かない気に床の上を這う。 かわいい。 ミレナにもこんな顔で話しかけたのかしら。 「あのね、マスター君…」 「前線が弱いのは…わかっていた…専門家のおまえに…言われて…はっきりした…し…もともと…すぐに中心部に切り込もうとか…人と戦う…とか…そういうことじゃ…いや…モンスも…強くなってるし…四人…四人では…いや、率は…いや、そんなことは…いいのだけれど…前線の…頼れる騎士の…頼れるって言うのは…気心知れてると言う…だから…その…いや…だからこそ…その…おまえに…来てほしい…う、うちのパーティーにはおまえが必要なんだ…」 彼は残っていた紅茶を一気に飲むとこういった。 「…すまない…すこし、しゃべりすぎた…」 そしてまた沈黙。 私もあえてしゃべらない。我ながら悪い女だ。 「…今日は、何か使い魔の調子がおかしいようだ…これで帰ることにするよ…」 「そう、じゃぁ、玄関まで送るわね。」 ああ…私は今、彼に嘘をついている。どうするべきか、ここで全てを打ち明けてしまうか? だが、私にとって今こそが甘美な時間であることは確かだ。 玄関のホールまで彼を送る。途中ですれ違った騎士が私に敬礼をする。 外はすっかり暮れていた。 「マスター君」 「…また、来ても、いいか…」 玄関の両脇に立つ騎士たちは槍をささげた最敬礼のまま微動だにしない。 「私ね、来月、最終審問なの。」 「…?」 テンプルナイツがこんなにも尊敬の念を表すものについて、彼は知っているのだろうか。 「最終審問前は禊(みそぎ)にはいるから…」 それは騎士の位を得ながらも高位の僧侶の実力を持つもの。 「規則とか、厳しいのよ。」 パラディーン…聖騎士。 「だから、明日からしばらくは会えなくなるわ。」 正式な位ではないとはいえ、ここにその実力を認められ審問を受ける者がいる。そう。私。 「最終審問がうまくいけば…」 私はここで、真実を彼に打ち明けることにした。 「布教の任につくことも可能かな。」 彼はきょとんとしている。うーん。いい顔ね。でも、いまひとつよ…そうね、こうしたらどうかしら。 「その結果が出るまでははっきりしたことは言えないわ。でもね。うまく行けば、みんなと旅に出ることができる…と思う。」 彼の顔にかすかに喜びの色が広がる。 この表情。今この瞬間、彼は私だけのものだ。 「わかった?」 「…あ、ああ。…みんなに言っておく。…」 「マスター君。いつも言ってるでしょ。女性に接する時は気を配って…」 「…あ、えっと…最終審問…うまくいくように祈っているよ…」 「うん。ありがとう。」 「…じゃぁ…」 そういうと彼の姿は一巻きの風とともに消えた。テレポートか…あんまり人前ではやらないほうが良いのに… 「やはり、最終審問の後は、出立されるのですか?」 二人の警備の内の片方。南方から来ている浅黒い肌の騎士が声をかける。 「御身はここにありて人を導けども、心が荒野に彷徨えば…」 「そは空虚なる教えにならん。そは大いなる意思にそぐわじ…ですね」 髪を短く刈り上げた女騎士が後を続ける。 「うん。」 「やれやれ。これも、大いなる意思の思し召しというやつですか。」 「ブレス系のパラディンには初めてお会いいたしましたので、私もいろいろ教えていただきたかったのですが…」 「ジャハド、アリア。今宵は冷えそうだ。夜警、ご苦労だな。しっかり。」 「…はい。」 「はい。お休みなさいませ。」 「うん。おやすみ。」 私はもう一度だけ振り返ってみる。 そして三人そろって声をあげた。 「おぉ。」 それは碧色に輝く、この季節には珍しい大きな流れ星だった。 |
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