二つの指輪
| 「ここ、いいかな。」 声をかけてきたのは筋肉質のごつい男。昼時でごった返す料理屋じゃぁ、まあ、相席も仕方がない。 「いいわよ。どうぞ。」 「おい、いいってさ。」 筋肉は連れに声をかけた。トレイを持ってやってきたのは二人。一人は 「すいませんね、私は外でもいいって言ったんですが…。」 まじない紐の数から見てまあ魔法使いだろう。そしてもう一人は… 「どうしてもこいつが座りたいって言ってね。」 これは珍しい。ハーフオークの女だ。 「あんたも冒険者かい?」 「ええ、まあ。流れの鍛冶職人ね。」 「お、そいつはいいや。俺のダガー見てくれないかな。なんか呪いがかかってるみたいでさ。」 「ジョゼ。悪いですよ。」 「いや、いいわよ。ちょうどギルドに行って営業の許可もとって来たところだしね。見料は今日の夕食代程度でいいわ。加工は実費をいただくけど。」 「ありがたい。じゃ、飯を食い終わったら頼むぜ。」 私たちは食後の飲み物だけを持って通りに面した店の外のテーブルに場所を移した。 筋肉…ジョゼの短剣は全部で7本もあった。 「…で、この一番長いのが最近手に入れた奴ってわけさ。こいつを使うようになってから、どうも体がだるくって仕方がないんだな。」 「うーん、このピンに吸体の呪いがかけられてるね」 「やっぱり…」 「このピンを捨てて、新しいのと取り替えれば大丈夫だと思うけど。結構特殊な太さよねこれ、まあ、その辺の鍛冶屋に持ってけば20シリーンってところかしら。」 「あの…ディルドさん。」 「何?…ええっと」 「ああ、スラッグです。 これだけの数を見ていただいて夕食1回というのも気が引けます。どうでしょう、もう少しお支払いしますから、私とアリュの装備も見ていただいて、加工が必要なものはお願いできませんか?」 「…そうね…正直ダガー7本で夕食1回分って言うのは少ないかなって思ってたのよ。いいわ。」 「装備といっても私は杖だけですし、アリュは…」 「この斧なんだけどね」 結局夕方近くまでかかってダガー7本と杖と大小の斧。それから小さなナイフ2本を見る羽目になった。 やばそうな呪いがかかっていたのはダガーが3本だけ。それの駆除とこれはサービスで斧にちょっと魔法をこめる作業をして… 「さて、じゃあ支払いだな、今日の夕飯はこの店でいいか?」 結局今回の儲けは夕食と宿代(ただし相部屋だ)と明日の朝食。それから現金で300シリーン。それと… 「とりあえずこれは気持ちですから…」 と、スラッグのくれた魔法反射のお守り。 ういうものは気持ちだけでもうれしい。 食事はにぎやかだった。私は一人で歩いていることが多いので、大勢での食事は久しぶりだ。それにジョゼの話は飽きないし。私はすっかり打ち解けていた。 彼ら3人は捜索関係が専門の冒険者とのことだ。 スカウトのジョゼがリーダーで、魔法使いのスラッグは交渉担当。ハーフオークのアリュは戦闘専門という所か。 「なんか探しものがあったらお安くしておくぜ。」 ジョゼが言う。 食事が終わったころ 「あの、ちょっと良いでしょうか?」 声をかけてきたのは若い僧侶だった。 「私、ラギルと申します。まあ、一応冒険者なのですが、先ほど聞こえたのですが捜査探索がお得意だとか。」 「ああ、まあな。」 「ぜひ私達と一緒に来ていただけないでしょうか。 実は、この近くの森に遺跡を見つけたのですが、私のパーティーは私と戦士二人でして,非情に心もとないのです。 できればお手伝いをしてくれる方をと探していたのですが…」 彼の後ろにはいかにもまじめそうな顔をした男と、これはいかにも悪そうな顔をした男がいた。 「私たちまだレベルも高くないのですが、偶然遺跡の入り口を見つけてしまって。 どうでしょう。分け前は等分するということで、あ、ただし、遺跡の報告権は私のほうでいただきます。」 「うーん。危険度は?」 「さあ、まだ入り口を見つけたばかりなのでなんとも。」 「じゃぁ、実はすごい小さい遺跡だったということもありえるわけだ。」 「はい。ただ、入り口の扉にチェンバロ家の紋の入った封印がありまして…」 「チェンバロ家?」 「200年程前までこの地を代々治めていた司祭にして領主の一族です。」 「知ってますか?」 スレッジがアリュにふる。 「そうだね、小さな家だったけれど、聞いた話では教会の権威を嵩にきてかなり儲けていたみたいだ」 「なるほど…」 さすが探索系、地域の情報はきちんと抑えている。彼女がこのパーティーのデータベースって所か。 さて、彼らは結構乗り気のようだ。私は遺跡の探索なんて興味はない。私が探しているのはお宝じゃなくて人だ。 「邪魔者はおいとまするわね」 「ああ、明日の朝食もここで良いかな?」 「良いわよ。あなた達すぐに発つなら適当にすませるから。」 「えっ。あの、こちらの方はご一緒のパーティーの方では?」 「ああ、ディルドさんは違うんです。」 「鍛冶職人でな、アイテムの鑑定を依頼してたんだよ。」 「そうですか…あの、あなた」 「え?」 「ご一緒に来ていただけませんか」 「はぁ?」 「人数は多いほうが安心ですし」 まあそりゃそうだろうけど、私は考える。 この人リーダーとしては失格ね。3対3ならまだ主導権が取れるけど、見ず知らずのパーティーを4人も仲間にしたら何かあった時に自分たちが不利だという事に気がついていない。それとも何か大きな自信でもあるのかしら。 「探索中に見つかったアイテムの鑑定などもしていただきたいのです。」 「ふぅん」 「どうしますディルドさん」 「俺達は結構乗り気なんだが」 「うーん…」 別に用事はないし、それに入り口の封印が残ってたってことは中にモンスターがいる可能性は低いだろう。ちょっと気になることもあるし… 「いいわ。じゃぁ、打ち合わせちゃいましょうか」 次の日の朝、私たちは町を出て、夕方には小さな滝のそばに来ていた。 「先日、ある依頼の帰りにここをおりかかったのですが、その時にデリーが偶然見つけたのです。 この滝の裏に小さな穴があってその奥に遺跡があります。たぶん遺跡の壁の一部が崩れたのだと思いますけれど。」 滝の裏? 「ひょっとして滝を突き抜けていくの?」 「ええ。たぶん正式な入り口は多分埋もれていると思います、途中に落盤がありましたから。さあ、行きましょう。」 ってあなた、こっちはか弱い乙女なのよ… 結局アリュが私を支えてくれて、何とか入ることができた。あー、もぉ。びしょ濡れだわ。 なるほどここは遺跡の一部屋だ。左右の壁にアーチ型の入り口が切ってあり、その先は闇につながっている。 「松明がぬれなくてよかったぜ」 「この前来たときには右に行ったのですが、廊下の先で天井が落ちていて進めなくなっていました。」 「じゃぁ、こっちしかないな」 「ええ、それでこの上に…」 「これがチェンバロ家の紋章…」 「はい。ですので何かチェンバロ一族に関係のあるものだと思うのですが」 「行くか」 「ええ」 封印された扉は簡単に開いた。平たく言って鍵すらもかかっていなかったのだ。ただ、扉が開けられた形跡はなかった。と、言うことは。 「モンスターの住処にはなっていないということだな、スラッグ。」 「例外が2つあります。ひとつはこの先に別の入り口があるかもしれないということ。もうひとつは…非情に厄介ですが200年間飲まず食わずでいられるモンスターがいるかもしれない…」 「そいつは厄介だな…」 ジョゼはベルトをぐるりとまわすと一本のダガーを抜いた。私たちは奥に進んだ。 ところが遺跡は思いのほか小さかった。ちょっとした廊下の両側に規則正しく小部屋が並んでいて、その部屋の中にはいくつかの棺らしきものがあった。ほかはなにもない。たぶん共同墓地だったのかもしれない。 モンスターは蛇と血吸いこうもりと大きなヤスデだけ。 まったく問題は見られなかったが、同様にお宝もまったくなかった。 墓あらしは性に合わない。それに副葬品などというものは金持ちが入れるものだ。普通の人は死体といっしょに高価なものを捨てたりはしない。私たちは二つ三つの棺を開けた後は棺を見るのはやめてしまった。供物として神像にささげられているものはあったが、それにしたってたいした値打ちもなさそうな器とか皿が何枚かだ。昔はこの上にパンでも乗っていたのだろう。 罠にいたってはひとつもなかった。まあ、当然だろう。公共の場所に罠を仕掛ける馬鹿はいない。 いいかげんに引き上げて、探索権を冒険者ギルドに売ったほうが金になるんじゃないかと考え出したその時 「うおっ」 ボストンの叫び声がした、彼の持っていた松明が消える。 「どうした!」 そのとき 「きゃっ」 私の持っているカンテラがいきなり爆発した。 あたりは真っ暗闇になる。 「ちょっとまってろ」 ジョゼが新しい松明に火をつける。 ボン! 「なんだ!」 「火をつけないで!」 ラギルが叫ぶ 「たぶん、焔矢カブトです」 「なんだそりゃ」 「焔矢カブトは火山地帯に住む甲虫です。餌が硫黄なんですが、熱源に向ってすごい勢いで飛んでくる性質があるんです」 「じゃぁ、明かりは使えないってこと?」 「マジックライトなら大丈夫です。熱を発しないですから。」 「マジックライトか。」 「これから私が皆さんにある魔法をかけましょう。このまま奥に進むのであれば絶対に必要な魔法です。皆さん手を出してください。ちょっと危険ですが、よろしいですね。」 「ああ」 私たちはラギルの前に手を差し出した。ラギルが私たちの手に魔法をかける。 「ボストンが怪我をしたな」 「一旦戻ろう。」 「いやそれにはおよびません。ボストン町まで戻れるな?」 「はい」 「よし、じゃぁ先に帰っていろ。」 「はい。」 「大丈夫か?」 「大丈夫ですよ、もうすみましたから。」 「なにが?」 「あなた達への魔法ですよ」 「?」 「すんでないじゃないか、光らないぞ?」 「光りませんよ。マジックライトはかけていませんから」 「何?」 「大丈夫、ここに明かり木があります。これなら焔矢カブトは襲ってきませんから、これをもって奥に進みなさい。」 「どういうことだ」 「ラギル師。全て教えてあげたほうが彼らも動きやすいのではないでしょうか?このようなところで逆上されてもたまりません。」 「そうだな、いいだろう。ここはね。チェンバロ家の取り仕切っていた墓所のひとつなんですよ。だから、今まで会った死体は皆さんのご高察どおり当時の人達の亡骸です。 全部の棺を開けていたならば気がついたでしょうが、奥に行くほど高貴な人たちが眠っています。副葬品も多いのですよ。 だがそんなものは私の目標じゃない。この扉の奥にはね、第六代チェンバロ家領主タラーン=チェンバロの二人の子供が眠っているんですよ。 この双子はね、若くして死んでしまったのですが、タラーンは非常に悲しがりましてね。子供の名前をつけた二つのリングを作ったんです。 記録では「リヒテリング」と「レヒトリング」というのですが、これが知能のリングと呼ばれていましてね。二つをあわせるとある知識が得られるというのですよ。 あなた方にはそのリングを取ってきていただきたい。」 「何で俺たちが」 「嫌だと言ったら」 「うーん、あなた方はその二つのリングを取ってくるまではここから出られません。『強制』の魔法をかけましたから。」 「何?」 『強制』それはカース系の魔法の中でも特殊なもので、非常に強力なものだ。 持続効果は数日間と短く、ペナルティ条件に生命こそかけられない…もともと使役のために使う魔法なので、死なれては困るのだ…ものの、解除はほぼ100パーセント不可能。 それに生命の危険はないがそれに近い状態にまで持っていくことはできる。ただし… 「しかし、『強制』は呪詛の中でも制限が多いんです。かけられる方にその旨了解を取らなければならないはずですが。」 スラッグの言うとおり。『強制』はその強力さゆえにかけるにも手順が必要なのだ。かけるほうの了解がいる。つまり騙してかけることはできない。さっきかけたのだとしたら… 「さっきあなた方に言いましたよね。『奥に行くのに必要な魔法をかける』と。私の申し出に皆さんが自分からかけてくれるようにと同意したじゃありませんか。 目的の部屋はね、使役の魔法にかかった者がいないとは入れないのですよ。おそらくそれでその部屋に入るものの地位とか魔法のレベルを確認しているのだと思いますがね。」 ラギルの乾いた笑いが響く 「目的の部屋に行くのに『強制』が必要なら仲間に形だけかければいいことじゃないか。」 「記録では奥の祭壇にはガーディアンがいるのです。先日試してみたのですが結構きつくてね。そこで、あなた方にお願いしようと言うわけです。私も仲間は大切なのでね。 からくり人形は全部で3体。まあ、3人で相手をしてもらっておひとりがリングをとってくるという方法が良いのではと思いますよ。さあ、もう十分に話をしました。私はここで待っています。早く行ってらっしゃい。 あ、それから、当然私に危害を加えることはできませんから無駄なことはなさらないように。」 「この部屋の反対側にチェンバロ家の紋章の入った扉があるはずだ。扉の中心にこの札を当てれば開く。その先は玄室だ。記録によれば一番奥の像に指輪がかけてあるとのことだ。首尾よく指輪を取ってきたら、『強制』は解除してやる。」 指輪を取ってこなければ外に出れないというなら仕方がない。『強制』とはそのくらい強い魔法なのだ。 私たちは明かり木を拾って奥へ進んだ。今は言うことを聞いておいたほうがいいだろう。ラギルの言うことが本当なら、私たちの誰かがその指輪を手にしたときに『強制』は切れる。嘘だとしてもその指輪があれば何かしらの交渉もできるだろう。歩き出して思い出した。壁中が焔矢カブトでいっぱいなのを…うっわー、ここまで多いと…ちょっと苦手なのよね… 玄室の扉が開く。 私たちはマジックライトで黄緑色に照らされた部屋に足を踏み入れる。 ちょっとした闘技場ほどの広さの細長い部屋、 部屋の奥3分の1ほどのところで床がなくなり、マギフレア(魔法の炎)が床を覆っている。 フレアの目に祭壇のようなもの、そして左右に黒い像が3体。 「さあ行ってこい」 いつのまにか戸口にはデリーがいた。 「かなわない相手というわけでもない、あれを見ろ。」 デリーがガーディアンの1対を指差す。そいつは4本の腕を持つ像だったが、その脚は折れ曲がり立つことはできそうにない。 「膝の関節の部分を狙えば何とか倒すことができる。いけ。」 私たちはあきらめて歩を進める。部屋の半ばまで来た時にどこからともなく声が響いた。 『死者の眠りを覚ますことなかれ、二つの光を引き離すことなかれ。』 と、同時に 「動いたッ」 ガーディアン達が動き出した。 「ディルド、右のを頼む、スラッグは左の細いの。アリュはその四本腕だ。指輪は俺が取ってくる!」 ジョゼがそう叫ぶとガーディアンの隙をうかがい奥に向かう。さすがは盗賊。早い。指示の出し方も定石道理。一瞬でこの判断は好感が持てる。相手の一番弱い所にこちらの一番強いものを当て、後はそいつを片付ければ味方の援護に回れるというわけだ。 スラッグの詠唱が終わる。マジックネットの一種か、ガーディアンを光の糸で絡め取っ手いる。しかしあれじゃどっちも動けない。早目に助けに行ってやらなきゃ。 そのとき、デリーが倒したといっていたガーディアンが動き出していた。 「がぁっ」 「アリュ!」 4本の腕のうち2本を器用に使って体を起こすと、残った手で持っていた槍でアリュを襲ったのだ。 「アリュ!大丈夫ッ!」 「大丈夫だ!」 とは言うものの彼女の表情は苦しそうだ。 「アリュ、大丈夫か!」 ジョゼの動きが止まる。私の前にいたガーディアンはそれを見逃さなかった。 ブン! 「うわっ!」 一飛びで距離を詰めたかと思うと、ガーディアンはその鋭いスパイクのような腕をジョゼにつきたてる。彼は紙一重の所でその腕をつかんだ。 私は祭壇に向って走り出した。 「ジョゼッ、そいつ頼むわっ!」 「…簡単に言う…」 だが、これが一番良い方法だ。 アリュは心配だが、4本腕は動きが鈍い、移動はできないようだ。 細いのはスラッグがマジックネットで抑えている。 そしてジョゼが自分のわき腹に刺さっているスパイクをつかんでしまえば…数的有利。私の前にはガーディアンはいない。 奴らはたぶんアイアンゴーレム。機動力にこれだけ容量を裂けば、支持はそんなに細かくはできないはず。 それゆえ、最後の砦としてのマギフレアだ。 よく見れば部屋の隅にはいくつかの骸骨があるが、マギフレアの奥には何もない、あのマギフレアには絶大の自信があると見える。ここでもたもたしていればガーディアンの餌食というわけか。 しかし、部屋を横断するようにフレアを配置しては、愛する子供たちの遺体のそばに、親も寄ることはできなくなってしまう。 たぶん一部はまやかしの炎だ。部屋の奥に行く通路がかならずあるはず。それは… 「ここだっ!」 炎の帯を二つに切るちょうど真ん中。 飛び石のようにマギフレアの配置していない床石がある。 「ディルドさん、急いでください…もう持ちません」 スラッグの声を聞きながら私はフレアに突っ込んだ。 フレアの奥は不思議なほどの静寂。争う音は聞こえない。 目の前には、母親に抱かれている二人の子供の石造。これは動きそうにない。 石像の左右の小さな祭壇の下におそらく棺があるのだろう。 『死者の眠りを覚ますことなかれ、二つの光を引き離すことなかれ。』 例の声が聞こえる。 私は確信を持って石像に近付いた。 二人の子供の広げられた手に光るリング。これだ。 と、そのとき。 『死者の眠りを覚ますことなかれ、二つの光を引き離すことなかれ。』 石造の母親がしゃべり始めた。 一瞬この製造も動くのかと思ったが…それは私の間違いだった。 私に話し掛けたのは一人の女の残留思念。平たく言って魔法で作られた幽霊だ。多分、カースの魔法がかけてあるのだろう。 『死者の眠りを覚ますことなかれ、二つの光を引き離すことなかれ。』 「わかったわ…」 私は答える。こういう奴らには嘘をついても仕方がない。 「安心して、あなたの子供たちの眠りは妨げないわ。この二つの指輪も引き離すようのことはしない。あなたの子供たちが安らかに眠れますように。そして二つの光を引き離すものに災いあれ。」 私は石像に近付き子供たちの指から指輪を抜き取る。持っていかないとはいってない。 そして身を翻した。 部屋の中でのけりはつきかけていた。 さすがはハーフオーク。この種族には「怒り」という特殊能力がある。 怒ることで、自分の戦闘能力を数倍に上げることができるのだが… 「ひどいありさまね」 アリュは残念だが助からないかもしれない。 彼女の体を回復させるのには僧侶クラスの祈りが必要だ。種族の違う相手には私の魔法は聞きにくい。 ジョゼの傷も浅くはない。急所は外れているものの、スパイクは背中まで貫通していた。 こちらには一応の回復を試みる。 「アリュ、あなたは…」 「しかたがない、ラギルに頼むしかないだろう。」 「指輪をネタに交渉してみるわ。」 「その必要はない。」 その越えに振り向くと、デリーが立っていた。 「ご苦労だったな。さあ、指輪を渡してもらおうか。」 「聞いていたでしょ、アリュの回復をしてくれれば考えてもいいわ。」 「これはこれは。ハーフオークには素人の回復魔法は効かぬか。」 「ラギルに伝えて。彼女の回復をしないと、指輪は…」 「それにはおよばないよ。」 デリーがアリュに近付く。そして 「はっ」 奴の抜く手は見えなかった、それほどの使い手だったとは… ショートソードは深深とアリュの胸に突き刺さっていた。 「これで回復はいらんだろう?ん?」 「きさまっ」 「怒るな怒るな、どうせ亜人だろう。私は亜人が嫌いでね。君達は約束どおり解除魔法をかけてもらえるように…」 アリュがデリーに崩れかかる。 「こら、離れろ」 しかしアリュはなれない。逆にデリーを締め付けだした。 「やめろ。もう私を絞め殺すほどの力も残っていまい」 奴の言うとおり、彼女の膝が折れる。 「アリュ!」 そのとき。一瞬の光。 魔法の爆発だ。音もしない。 自らの死を持って発動する魔法。巻き込み爆発。 彼女の体は光に変化し砕け散り、その威力はデリー一人に注がれた。 たまらずデリーが吹き飛ぶ、その先は… 「ぎゃぁぁぁぁ!」 マギフレアの穴。奴はそのまま炎に包まれた。 「おや、デリーは、どうしました?」 「死んだよ。炎のピットに足を滑らせてね。」 「おや、そうですか。」 「それでおしまい?仲間じゃないの?もっと…」 「こんなところで死んでしまうような部下だったとは、お恥ずかしい。」 「あんたって…」 「リングは、取ってきたんでしょうね」 「ああ、ここにある…」 スラッグが前に進む。ちょっと待って、リングは私が持ってるのよ。 彼は隠しから二つのリングを取り出した。さっき私が見せたものと寸分の互いもない。 これは「愚者の金」また、渋い魔法を… 「止まれ」 ラギルが手をかざす。マジックサーチか。だが… 「ふーん、確かに魔法がこめられている様ですね。さあ、持ってきてください。 忘れないように、変な真似をすれば、痛い目に会うのはあなた方ですからね。」 スラッグがラギルに近付く、いったい何を考えているのか? 確かにリングを渡すその瞬間は奴に近づける最大のチャンスではあるのだが。 スラッグの手が一閃し、そこから火の玉が飛ぶ。いいタイミングだ。しかし僧侶には… 「はっはっはっは、」 炎の渦はラギルに前で向きを変えスラッグをおそった。 「こんなこともあろうかと思って、カウンターマジックをかけておいたんですよ。」 スラッグはいまや炎の塊と化している。と、そのスラッグがラギルに飛び掛る。 「やめろ! 」 ジョゼの叫び。スラッグはラギルにつかみかかる。そのすがたは、さっきのアリュのようだ。 「はっはっは。無駄無駄、魔法で作り出された炎では私を焼くことはできませんよ。」 「伏せろ、ディルド!」 私はジョゼに引っ張られ床に倒れる。 ヴゥワーン 空気の震えるなんともいえない音、そしてラギルの悲鳴。 そうか、ここは… どのくらいたったろう、部屋はまた静かになった。 カウンターマジックといえども、飛び掛ってくる焔矢カブトはよけきれなかったみたいね。 床の上にはたくさんの虫の死骸とぼろぼろになった二人の男の死体があった。 わずかな望みをかけて、スラッグに回復をかける。 意識は戻ったが、たぶんだめだろう。こんな時に役に立つはずの僧侶はもうすでに事切れている。 「スラッグ。無茶しやがって」 「すいませんね、ジョゼ。しかし…アリュがいないなら、もう私には生きていく意味はありません」 「馬鹿が」 「どうせ呪われた身です。ああ、ディルドさん。無関係のあなたを巻き込まなくてよかった。」 「大丈夫?もうしゃべらないほうがいいわ。もう少し回復をかけて…」 「いや、もう結構です。私はもうだめだ。ああ、アリュ。迎えに来てくれたんだね…」 そういうとスラッグは事切れた。 下手に回復がかけられるとこういう無力感に覆われる。私は、たった2日間のパーティーメンバーのために涙した。 「アリュはな。実は、ハーフオークじゃないんだよ。」 ジョゼが話をはじめたのは帰り道だった。 ありったけの回復を彼に施してその日は遺跡の中でやすんだ。次の日ジョセがいくらか回復したので、二人で滝の裏から這い出てきたのだ。 「彼女はスラッグの婚約者でな、きれいな子だった。 ある年、はやり病でな。医者にも見放されて、その時奴はまだ魔法学院の研究生だったんだが…」 禁呪の一つに手を出したらしい、体力をつけるためにオークの血を彼女に使ったのだ。 「病はいえたのだが、アリューシャはあんな姿になっちまった。 俺達にとってこのパーティーは、アリューシャの姿を戻すための方策を探す旅だったんだが… あの鎧はな、アリュの希望で作ったんだ。自分が死んだらその姿を残したくないと言ってな。」 細い山道を抜け、がけ沿いの道を下る。 「実はアリュは、もう長くはなかったんだよ。魔法の副作用でぼろぼろだったし。 スラッグはよく俺に行ってた。彼女が死んだら生きてはいけないって。あんな姿になっても愛してたんだ。」 「そう…」 「よーし、止まれ」 いつのまにか目の前に一人の男が立っていた。 「ボストン。」 「ふん、ラギルの奴、やられちまったみたいだな。ざまもねぇ。 おっと。動くなよ。お宝は俺がもらう。」 ボストンが指を鳴らす。 ブーン 小さな羽音のような音がする。 「んっ」 ジョゼがうめく。 「俺はラギルほど甘くないんでね。バインディングをかけさせてもらったよ。 ま、見た目にだまされて俺のことを盗賊だと思ったのが運のつきさって、お、おい!」 何事もなかったように近づいて来る私を見て奴は驚いたようだ。 そりゃそうだろう。魔法使いが完璧なタイミングでかけられたバインドをこんなすぐに破るものがいるはずがない。 全てはスラッグのくれた魔法のお守りのおかげだ。 幻覚のマギフレアを見分けることができたのも、玄室にかけられていた呪いの魔法にかかることなく指輪を抜き取れたのも。 実を言えば「強制」にだってかかっていなかったのだ。 ただ、ジョゼ達を人質に取られているのと同じ状態だったので、手出しができなかっただけだ。 スラッグは禁呪に手を出すほどの男だ、非常に強力な魔法をこめてくれた。もっとも、この作用で私自身に回復もかけられない状態になっている。実は結構つらい状態なのだ、できれば戦いたくはないが… 「とまれ」 ボストンが小さなクロスボウを構える。 「魔法耐性か?まあいい、じゃぁ取引しようじゃないか?」 奴らはいつも取引をしたがる。 「俺はお宝さえもらえればおまえ達に用はない。命は助けてやろう。 もともと俺もラギルに雇われただけなんだ、おまえたち、仲間がやられたからって俺に恨みを抱くのは筋違いってもんだろう? お宝をよこせ、そしてここで別れようじゃないか、絶対に危害は加えない。何なら「強制」をかけられてもいいぜ。」 ボストンは武器を捨てた。 「ほら丸腰だ」 丸ごしったって魔法使いだろうが… 「いいわ、まずバインドを解きなさい。ほら、これが指輪よ。もう一つは彼に渡してあるわ。」 私は奴に指輪を一つ渡す。 奴は用心しながらそれを取ると自分の指にはめた。 そのまま後に飛び退る。 頭が痛い… 「何だコリャ、取れないぞ。」 古代魔法によくある奴だ、アイテムが人に同化してしまい、その人物が死なない限りは外せない。 「ん…こりゃ…そうか…そうだったのか、ハッハッハ、すごいぞ、これは、」 頭の痛みはますますひどくなってくる。 知識の指輪。奴にはどんなビジョンが見えているのだろうか。 「これさえあれば…これさえあれば、フッフッフッ。 オイ、もう一つのリングもあるだろう。それをよこせ。約束は守る。」 やつはジョゼのほうへ歩き出す。十分に離れた、一気に私に飛びかかれる距離ではない。 頭が痛い、もう限界だ。 「あーボストン。ごめんなさい。嘘々、指輪はここよ。」 私は指輪をかざす。 「ほら、これはあなたにあげるわ。 ここに高らかに宣言しましょう。この指輪はあなたのものよ。この指輪は二つながらあなたのもの。ちゃんと管理しなさいな。」 そして、 「ああっ、何をするっ」 私は指輪を谷底に投げ捨てた。日の光を浴びて銀色のアーチが谷底にのびる。 「貴様どういうつもりだ、い…ッがぁっ!」 奴はいきなり転げまわる。 「あぁ、頭がっ、…割れる」 反対に私の痛みは、峠を越したようだ。 「き、貴様何をした」 ほう、まだ立ち上がったか。いい根性ね。 私は冷ややかに言った。 「指輪はあなたのものよ、そういったじゃない。」 「何が…」 「せっかく権利を委譲したのにねぇ。」 「…」 「二つの指輪にかけられていたカースよ。」 「この…アマ…」 奴はまた崩れ落ちると、それでも私にむかって這いよってくる。 「二つの光を離すことなかれ。二つの光を引き離す者に災いあれ。」 「グッ…」 「指輪の呪いよ…残念ね。ちゃんと二つの指輪をそばに置いていなかったから…あなた、死んでしまいなさいな。」 「…せっかく…世界の真理を…」 「あなたには荷が重すぎたようね。」 「がはっ!」 最後に大量の血を吐くと、奴は動かなくなった。 奴の指でリングが光る。持ち主が死んだので、アイテムが外れたのだ。 私は奴の指からリングを外す。 「あなたたちは、せめてそばにいるといいわ。」 私はもうひとつの指輪も谷底に向かって投げ捨てた。 |
|