『エルヘブン史誌』
エリ・サバクタニ著
『エルヘブン史誌』北部編より
『黄蝗の乱』
| 戦乱による統治は人民の信頼を容易に得ないものであるが、みずから統治者に逆らい兵をあげることのできぬ小民達は、その慣習の中に時折大きな負の遺産を残し育んでいくことが少なくない。北部エルヘブンに残る古い宗教の一つ『アバドンの調べ』も、そのような負の遺産の一つといってよいだろう。 前統治時代か、もしくはその前の統治時代から信じられてきたこの宗教は、忘れられた古代神の中でも特異な神アバドンを信奉する。 アバドンは『アバドンの知識』と呼ばれる特別な知識を来るべき日に選ばれたもの一人に教える神と信じられているが、その知識の内容や知識のもたらされる日、選ばれる人物の条件などについては、どの文献にも載っていないという不思議な神である。一説によると、その知識があれば世界を支配できるというが、当然定かではない。 現在の調査ではアバドンを主神とする団体は少ない。その中でも『アバドンの調べ』は団体として大きくなく、北部エルヘブンの一村落で信奉されているだけであった。この村落の公式な名称は (この間、数行欠落) では付近を治めていた王族の末裔であったという。そのため、『アバドンの調べ』では『アバドンの知識』とは現統治体制を覆すことができるものとしてと信じられていたようである。 後に『黄蝗の乱』と呼ばれることになった事変の首謀者は『アバドンの調べ』の指導者ジャハナムである。 彼らの考えでは9つに分けられたアバドンの体を集めることにより、アバドンが復活し、ジャハナムがその教えを受け、現在の世界が破壊され、新しい世界に生まれ変わるというものだったらしい。 ジャハナムが各地に送った檄文『時来たれり』により賛同した信者達と8つの教会が北部エルヘブンに終結することになる、その数2万5千。さらに重税にあえいでいた地域からの流民1万近くがこれに加わることになった。 この数はもう一揆などのレベルではない、十分に国家転覆を狙う人数である。北部エルヘブンのうちターレ、イヴァン、フリオ・クルスの3都市程度なら、支配下に収めるのも無理はない数でありジャハナムの思惑もそこにあったのではないだろうか。 ところがこの氾濫は事前に露見する。北上していた『アバドンの左足』教会の一派がヴェルネ家の国境警 (この間数行欠落) なかなか腰をあげない枢密院に対し、みずから平定に向かったのはタルディオリ家、シューリヒト家、ロット家の3領主であった。 もっとも城持ちであり自由に1千人長クラスの軍が動かせるのはタルディオリ家だけであり、残りの2領主が見劣りするのは否めない。しかし、当時『クッションの上で悪魔を縛る』とまで言われた美しきシューリヒト家の女伯爵サティーンの参戦は、兵士達の士気を多いに高めたであろうし、通商都市フリオ・クルスを支配下に置くロット家からの軍資金は、自発的に立ち上がった討伐軍にとっては何物にも変えがたいものであったろう。こ (この間十数ページ欠落) って、一時期の熱狂のおさまった氾濫とはこのような結末を迎えるものと言えよう。 『黄蝗の乱その後−1』 こうして反乱は治まったとはいえ、この一週間で討伐軍の受けた被害は大きな物であった。 もっとも悲惨だったのはロット家だろう。当主ロレンツォ・ロットの死。3人の息子の内2人がこの戦いで命を落とし、残る末弟のグスタフは行方不明。一時はロレンツォの妻ガラが後を取る動きがあったものの、ロット家は断絶することになる。 タルディオリ家の当主オラースだけは、この氾濫で命を落とすことはなかったが、長男ルイジは闘いの傷がもとで以後馬にすら乗れない体になってしまった。とはいえ、なくなったロット家の後をうけ、経済都市フリオ・クルスの統治権を得たタルディオリ家は一番の拾いものをしたといってよい。このことが北部自治都市群でタルディオリ家の評判を落とす羽目になると踏んだオラースは、シューリヒト家の存続に力をつくすようになる。 当然、領主の夫が反乱軍に寝返ったシューリヒト家はそれでなくても領主夫婦が死亡。後継者のヴォルディアスが行方不明と、ロット家同様、断絶の沙汰を迎えることになるはずだった。 これを救ったのは従軍司祭のニコラ・モーラ(現ロレンツォ修道院副監)である。彼は、グスタフ・ロットとヴォルディアス・シューリヒトが『アバドンの調べ』の残党を追ってひそかに旅立ったと主張、この主張を重く見たオラースは貴族院会議を招集、これが俗に言われる『黄蝗の (この間数ページ欠落) るといえる。 結果的にこの「初陣にはやや若すぎるが、古来十五、六歳の出陣がなかったわけではない。」というパオロ卿の意見が取り入れられ、18歳の娘は騎士の叙勲を受けることになり20代目の当主となる。 ディルディオネがサティーンの娘であったことが幸いした。彼女は、母の手によって武芸一般を仕込まれていたからである。また、当時の習慣のとおり、修道院での行儀見習いも終えていたが、オランゲンザート寺院で彼女は『聖宮守護隊』に入っていたこともありこれが騎士見習いの一環とみなされた。 叙勲により、騎士になったといってもディルディオネにかされた使命は過酷といわなければならない。行方不明の兄を探すに要する期間は七年。 しかし、このクエストは以外な結末を迎えることになる。 以下『黄蝗の乱その後−2』に続く |
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